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第5章:闇
38・私にできること
しおりを挟む「大樹さんっ! 大樹さんっ!」
黒い触手が引き抜かれると、大樹さんの体から大量の血が吹き出した。
ごぶりと音を立てて、大樹さんの口からも血が吹きこぼれる。
どさり、と大樹さんの体は床に崩れ落ちた。
突き飛ばされた私は床に転がってしまったけれど、すぐに体を起こし大樹さんへと駆け寄り抱き起す。
「大樹さんっ!」
「こ、はな、ぶ、じ、か?」
掠れた声で問われ、私は大樹さんにしがみついて頷いた。
「大樹っ! 小花っ!」
駆け寄って来た将成さんが、大樹さんごと私を担ぎ上げて走る。
将成さんの背中ごしに元居た場所を見ると、妖魔の黒い触手が伸ばされていた。
あの位置は、大樹さんの頭があった場所だ。
将成さんが助けてくれなかったら大樹さんの首がなくなっていたかもしれないと思うと、ゾッとする。
将成さんは私と大樹さんを、妖魔からかなり離れた位置に下ろしてくれた。
「大樹様ぁっ! 大樹様ぁっ!」
「大樹様っ!」
お姉さんの亜紀さんの肩を借りて、なんとか立ち上がった真紀ちゃんが、ふらつきながらも私たちの元までやってきた。
賢さんもこちらに来ようととしたのだけれど、
『真中の血を引く娘は、もう一人居たなぁ。では、連れて行くのは、そちらの娘にするか。妖魔王様がどちらをお好みかはわからんがなぁ』
賢さんが麗華さんの元から離れようとすると、妖魔の黒い触手が麗華さんに伸ばされるのだ。
賢さんは背中に麗華さんを庇いながら、妖魔を睨みつける。
「こ、小花ぁっ! あんたのせいよっ!」
肩を掴まれたと思ったら、思いきり頬を叩かれた。
亜紀さんが止めようとするけれど、真紀ちゃんは私の頬を叩くのを止めなかった。
「真紀! 止めなさいっ!」
「嫌よ! 小花が、こいつが悪いのよ! こいつのせいで、大樹様がこんな目にっ! 小花! あんた、周りを見てみなさいよ!」
「え?」
真紀ちゃんの言葉通り、私は周りを見回した。
みんな傷ついて、床に倒れていた。
ちい兄も、麗華さんも、俊秀さんも、分家のみんなも、すごく傷ついている。
「あんたのせいよ! これはあんたのせいなの! 今、大樹様がこんなに目に遭っているのも、全部あんたのせいなの! あんたが悪いのっ!」
返す言葉がなかった。確かにそうかもしれない。
「小花、そいつは頭がおかしいのだ。気にする事はない」
と将成さんが言ってくれたけれど、将成さん自身も全身血だらけだった。
そして一番重傷なのは、大樹さんだ。
大樹さんは私を庇ってくれたから、こんな事になってしまったのだ。
ここを出て、早く手当をしなければいけない。
だけど、あの妖魔は今も私たちを狙っていた。
『娘は奪われたが、奪い返すのは簡単そうだ。もちろん、次代の四家は、すぐに始末できそうだ』
「殺させなどしない。俺がお前を倒して、みんなを医者にみせる。おい、俊秀! 動けるか! 動けるなら、みんなを一か所に集めろ! 離れていれば、一人ずつ狙われてとどめを刺されてしまう! 固まっていれば、俺が盾になってやれる!」
妖魔を視線でその場に縫い付けたまま、将成さんが俊秀さんに叫ぶように言った。
「おお、任せろっ!」
ふらつきながら、俊秀さんは立ち上がる。
だけど、俊秀さんは脇腹のあたりを押さえていて、その手は血で濡れていた。
「小花、無事で良かった……」
ちい兄もゆっくりと立ち上がったけど、左手で右肩を押さえていた。
蘭華さんは足を怪我していて起き上がる事ができなくて、明奈さんと厚くんが肩を貸している。
そうして四家の人も、分家の人も、みんなゆっくりと私たちの周りに集まった。
「大ちゃん……」
大樹さんの変わり果てた姿を間近で見た賢さんが、力なく大樹さんの名前を呼んだ。
「賢様! 小花のせいです! こいつさえ、居なければ!」
真紀ちゃんの言葉を聞いて、賢さんが私に視線を向けた。
賢さんは何も言わず、ただ私の顔を見つめていた。
賢さんも真紀ちゃんと同じように、私のせいだと思っているのだろうか。
「小花を渡して、私たちは助けてもらいましょうよ! だって、大樹がこうなったのは、小花のせいなんだもの!」
そう叫んだのは、麗華さんだった。
麗華さんに続き、渚ちゃんも真紀ちゃんも声を上げる。
「そうしましょう! 麗華様が言っている事が正しいわ!」
「そうよ! 今は、一刻も早く大樹様の手当をしないと!」
「いい加減にしろよ!」
怒鳴ったのはちい兄だった。
ちい兄は左手で怪我をした右肩を押さえて私のそばまで来ると、私の事を強く抱きしめた。
「小花は俺の、大事な、可愛い妹だ! 絶対に、妖魔になんか渡したりしねぇ!」
私を抱きしめるちい兄の右肩からは、血が流れ続けていて、私の服を赤く染めていく。
ありがとう、ちい兄、庇ってくれて。ものすごく嬉しいよ。
私の事を大事って言ってくれてありがとう。
私もちい兄が、それからみんなが大切だよ。
みんなは助かってほしいし、今とても傷ついている大樹さんにも、生きていてほしい。
そのためには、先程絶対に行くものかと思ったけれど、私は妖魔王の元へと行くべきなのではと思った。
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