西園寺家の末娘

明衣令央

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第5章:闇

35・妖魔の肯定

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「真紀!」

「麗華! 渚! 七海! お前ら、一体何してんだ!」

 大樹さんが真紀さんを睨みつける。
 そして同じように、ちい兄が麗華さん、渚ちゃん、七海さんを睨みつけた。

「だって、大樹様! 小花さえ居なくなれば、全てが上手くいくんです! 誰もが幸せになれるんです!」

「何を言っている?」

 大樹さんが不快そうに眉を顰める。

「そうです、千隼様! 小花ちゃん……いえ、小花さえ居なくなれば、全てが上手くいくんです! 麗華様も、優介様も、それから千隼様も幸せになれるんです!」

 渚ちゃんの言葉に、もう止めてと七海さんが叫び、床に膝をつき、ちい兄に頭を下げる。ちい兄は、

「何やってんだ、七海! おい! 一体、どうなってんだよ!」

 と怒鳴りつけると、今度は麗華さんを睨みつけた。

「わ、私は、もっと自由に生きたいのよ! 小花が生まれなければ私は自由だった! 私から自由を、お母さんを奪ったその子が憎いわ! そんな子、いらない! どっか行っちゃえばいいのよ!」

「麗華姫っ! そんな事を言ったら駄目だ!」

 賢さんがそう言って、麗華さんの体を抱きしめた。

「賢……賢が好き! 私は賢が好きなの! 北御門家になんか、行きたくない! その子が生まれなければ、こんな事にはならなかったはずなのよ! お母さんが生きていたら、私を守ってくれたはずだもの! その子が生まれてきた事が、間違いなの! 生まれてきた事が、あの子の罪なの! あの子が全部悪いのよ!」

 麗華さん、渚ちゃん、真紀ちゃんの言う事を、彼女たち以外のこの場に居る人間全員が、青ざめた顔で聞いていた。
 三人の言っている事は、おかしい。
 だけど、彼女たち三人の中ではその言動は正当化されているようで、何度もその主張を繰り返す。

『あぁ、面白いな、お前たち人間は! そして、愚かだ! 心が弱く、揺るぎやすい! いや、違うか! お前たちは、己の欲望に忠実過ぎるのだ!』

 私を捕まえている妖魔が、ゲラゲラと笑い出した。

『その女たちの希望通り、この娘は俺が連れて行こう! そうすれば、誰もが幸せになれるのだ! なぁ、そうだろう!』

「えぇ、そうよ! 小花さえ居なければ、みんな幸せになれるの!」

「そんな子、早くどこにでも連れていってしまって!」

「それが一番! その子がいるから、みんな幸せになれないの!」

 いくら私の事が嫌いだとしても、こんな事を言うなんて信じられない。
 多分、言っている三人以外、みんなそう思っているんじゃないかな。
 そう思った時、賢さんが叫ぶように言った。

「大ちゃん! 違うんだ! みんなその妖魔に操られているんだ! 心にもない事を、言わされているだけなんだ! だから、あいつを倒しさえすれば、元に戻る! みんな元の優しい子に戻るんだ!」

 そうか、妖魔のせいなんだ!
 賢さんの言う通り、今私を捕まえている妖魔を倒しさえすれば、渚ちゃんも真紀ちゃんも、元に戻るんだ。
 また友達に戻れるんだ。
 もしかすると、私を嫌っている麗華さんとも仲良くできるのかもしれない。
 茉莉花と蘭華さんみたいな姉妹になれるのかもしれない。
 だけど、そう思った私の考えは、すぐに否定された。

『何を言っている! 自分たちの都合のいいように言うな! 先ほど、己の欲望に忠実だと言ったはずだ! その娘たちは、俺が操っているわけではない! こいつらが言っている事は、元から己の中に抱えていたものだ! 俺は、その考えは正しいと、肯定してやっただけだ!』

「え? それじゃあ……』

 じゃあ、やっぱり私はあの三人に、こんなにも嫌われているっていう事なの?
 悲しくて、悔しくて、涙が溢れる。
 そんな私に、妖魔が耳元で、お前の居場所はどこにもない、と囁いた。
 私の居場所は、本当にどこにもないの?

「小花! しっかりしろ! お前の居場所なら、たくさんあるだろう! 己をしっかり保て! あいつらのように、闇の声に呑まれるな!」

 大樹さんの声が聞こえて、私は我に返った。
 そうだ、ここで心が折れたら、私は闇に堕ちてしまう。
 大樹さんたちがしばらくの間、私がここに来るのを禁止した理由は、こういう事だったのかもしれない。
 心が弱いと、つけこまれる、呑まれてしまう、闇に堕ちてしまう――やっぱりこの場所は、心が弱い人が来ていい場所じゃないんだ。

「すぐに助ける! 俺を信じろ!」

「うん、信じてる! 私は、大丈夫!」

 大樹さんは強い人だ。
 それに、ちい兄もいる。蘭華さんも政成さんも、俊秀さんだっている。
 四家の人たちがみんな、私を助けようとしてくれているんだ。
 きっと助かる――私はそう思っていた。だけど――。

「やめて! もうやめてよっ!」

 大樹さんも、ちい兄も、蘭華さんも、将成さんも、俊秀さんも、妖魔の強力な一撃を受けて、倒れてしまったのだ。

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