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第4章:不協和音
8・元気になって
しおりを挟む私と茉莉花ちゃんは、茉莉花ちゃんが真中家に来たのを、友達の家に遊びに来ただけ、と考えられるようになってからは、特に何かを話す事もなく、静かな時間を過ごしていた。
多分、互いに考えていたのは、今朝の学園での事なんだろうけど、今はその事について話し合っても、何も解決できないような気がした。
ただ、時々茉莉花ちゃんが泣きそうなっていたから、そのたびに私は茉莉花ちゃんの手をぎゅっと握って、茉莉花ちゃんは一人じゃないからという気持ちを伝えていた。
それは、私も一人じゃないと、自分に言い聞かせていた事でもある。
「小花、開けるよ」
そう言って扉を開けたのは、叔父さんだった。
叔父さんは私と茉莉花ちゃんを見ると、
「二人とも、遅くなってごめんね。お客さんがいっぱいでさ。お昼ごはんができたから食べなさい」
と言って、手招きする。
部屋の外から漂ってくるお肉の匂い、ぐう、とお腹が鳴る。
時計を見ると、もう十三時半を過ぎていた。
「生姜焼きなんだけど、茉莉花ちゃん、食べられるかなぁ?」
「生姜焼き?」
こてん、と首を傾げて、茉莉花ちゃんが呟く。
どうやらお嬢様は、生姜焼きを知らないらしい。
「あのね、豚肉を甘辛く炒めたもので、白いご飯をガッツリ食べたくなるおかずなんだけど……まぁ、食べられそうになかったら別のものを作ってあげるから、とりあえず食べてみて」
「は、はい……」
茉莉花ちゃんが素直に頷いてくれたので、私は叔父さんに続き、茉莉花ちゃんと一緒に二階のリビングへと向かった。
テーブルには三人分の生姜焼き定食が並べられていた。
「お客さんがだいぶ落ち着いてきたから、今、店の方は父さんと母さんで対応してくれてる。茜は、昌央を連れて買い物に行ったんだ。だから、僕も一緒にお昼ごはんを食べてもいいかな?」
叔父さんはコップに麦茶を注ぎながら、そう言った。
茉莉花ちゃんが緊張するんじゃないかと少し気になったけれど、彼女はしっかりした口調で大丈夫です、と言い、叔父さんにお礼を言っていた。
だいぶ慣れてくれたみたいだ。
「じゃあ、食べようか。いただきます」
「はい、いただきます」
「い、いただきます」
叔父さんの声を先頭に、私と茉莉花ちゃんは手を合わせた。
それからお箸に手を付けて、目の前の生姜焼きを食べるふりをして、茉莉花ちゃんを見守る。
叔父さんも茉莉花ちゃんが気になっていたのだろう、私と同じように食べるふりをして、茉莉花ちゃんを見守っていた。
茉莉花ちゃんはお箸を持ったまま、しばらく豚の生姜焼きを見つめていたけど、一切れを摘んで口に運ぶ。それから、
「わ」
と小さく驚くと、お茶碗を手にして白いごはんを口へと運んだ。
「茉莉花ちゃん、どう? 食べられそう?」
おそるおそる聞くと、茉莉花ちゃんは目を輝かせて頷いた。
「は、はい、美味しいです! ごはんをたくさん食べたくなります!」
「うん、そうだよね!」
茉莉花ちゃんの言葉を聞いた叔父さんは、小さくガッツポーズをした。
「ごはんをたくさん食べてほしかったから、生姜焼きにしたんだ。そう言ってもらえると、僕も父さんも、とても嬉しいな」
「あ、あの、圭様がおっしゃるお父様というのは……こ、小花の、おじい様……昌幸様の事ですか?」
「け、圭様?」
様付けで呼ばれた叔父さんは、一瞬困ったような表情をしたけれど、そうだよ、と頷いた。
茉莉花ちゃんにはまだ、「小花の叔父さん、小花のおじいさん」と呼ぶのは、ハードルが高いらしい。
「僕の父さん……小花のおじいちゃんと相談をして、今のメニューを決めたんだよ。茉莉花ちゃん、元気がなさそうだったから、元気になってもらいたくて。真中の者はね、美味しいごはんをみんなに食べてもらって、元気になってもらいたいって思ってるんだ。だから、茉莉花ちゃんが生姜焼きを食べて、白いごはんをたくさん食べたくなったって思ってくれたのなら、僕も父さんも、とても嬉しいんだ。これが、真中の者の考え方なんだよ」
「真中様……」
叔父さんの言葉を聞いた茉莉花ちゃんは、ぽろぽろと涙を零した。
思いがけない人からの優しさに触れて、感動しちゃったみたいだ。
そっとティッシュを渡してあげると、茉莉花ちゃんは涙をティッシュで拭いつつ、何度もありがとうございますと繰り返した。
「茉莉花ちゃん、多分、南京極のおうちで真中の事はいろいろと言われているんだろうけど、うちはただの定食屋だから、いつでも気軽に来てくれたらいいからね。僕も父さんも、他のメニューも食べてみてほしいから」
「はい、ありがとうございます! また、食べに来させていただきます!」
茉莉花ちゃんは明るい声でそう言うと、笑顔で頷いてくれた。
叔父さんは満足そうに頷くと、さぁ、食べて、と私たちを促す。
そして私と茉莉花ちゃんは、ごはんのおかわりまでして、用意してもらった豚の生姜焼きを完食した。
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