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第1話-出会

出会-1

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「あ~マジかぁ~」
 目の前にそびえる急な階段を見て、スーツを着た営業マン風の男は意気消沈する。
 ただでさえ、休日出勤しているのに何故、大変な思いをしなければならないと男は思う。
 本来、今日は土曜日である。営業依頼が入れば、社員が休日だろうが出勤になるブラック企業に勤める悲しき社会人の性にへきへきする。
 それでも男は「シャッ!」という掛け声と共に自身に気合を入れて、急な階段を昇っていく。
 ここで、この男の紹介をしたいと思う。
 金智 京助かねとも きょうすけ 26歳。
 ポリティス株式会社 営業部 第3課所属に勤務する会社員だ。
 営業成績はまずまずといった感じの平社員で、社内からの人望も厚くはない。
 只、平々凡々と会社と自宅を行ったり来たりするだけの日々を送る。何の面白みもない社会人である。
 そんな金智京助にも通常の人には持ち合わせていない才能がある。それは、営業先で様々な事件に巻き込まれる事だ。
 ただ巻き込まれるだけではない。巻き込まれた事件を解決するのが金智京助、最大のアピールポイントなのだ。
 読者の皆様も、こんな面白みもなく毒もへったくれもない主人公の解説に飽きてきたと思うので、金智京助の才能の片鱗を見て頂く為、本編に戻ろう。
 息をひぃひぃあげながら目的の営業先がある3階のフロアに着く。
 日頃の運動不足を痛感しながら、息を整え営業先の戸を叩く。
 だが、中から返事は返ってこない。しかも、ドアのすりガラスからは部屋に明かりが点いていない事が伺えた。
「いたずらかぁ~」そう言いながら、再度ノックする。
 変わらず返事もなく、一か八か、京助は覚悟を決めドアを押して開ける。
「失礼しまぁ~す」
 恐る恐るドアを開けながら部屋を覗き込むと、照明は消されており無人で薄暗い事務所であった。
「ど~もぉ~ポリティス株式会社でぇ~す」
 京助は事務所に居るであろう人間に声を掛けるが返事が返ってくる事は無い。
「誰か、居ますかぁ~」辺りをきょろきょろと見回しながら部屋の奥へと歩いて行く。
 そして、歩を進めていると足先に何か当たった。
「なんだ?」
 足元に落ちている物を拾い上げる。それは、血の付いたオブジェクトだった。
「おい、まさか・・・・・・」
 視線を先に向けると、一人の男性が床に倒れていた。
「マジかよ」そう言った瞬間、背後から「きゃあ~」と女性の悲鳴が聞こえてきた。
 驚きながら後ろを振り向くと、清掃員の恰好をした中年女性が悲鳴の声を挙げながら立っていた。
「あ、これですか。自分じゃないですよ」京助は女性に冷静に弁解したつもりなのだが逆効果のようでまるで猟奇的な殺人犯が相手を油断させ殺害する為に近づいて来る。そう言ったような感じの雰囲気を醸し出しながら女性に歩み寄る。
 女性は恐怖のあまり声を出せないのか、近づかないでという雰囲気を出しながら後退りし、その場から逃げようとする。
 ここで女性を刺激してはいけないと思った京助は、その場で立ち止まり凶器であろうオブジェを机に置くと自身で警察へ通報した。
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