上 下
256 / 544
第拾陸話-愛猫

愛猫-1

しおりを挟む
「ここよ」
 羅猛 燐らもう りんが指差した先には、猫カフェ「CATエモン」の看板があった。
「どうして俺が」不服そうに熱海 長四郎あたみ ちょうしろうが呟くとすかさず「何か文句ある?」と燐の一言に大きく首を振り否定する。
 どうして、こうなったのか。
 話は数時間前に遡る。
 その日、長四郎は依頼もなく久しぶりの休日を楽しもうとしていた。
 昼前に湯船に浸かり、事前に頼んでいたデリバリーフードサービスで頼んだ寿司を待っていた。そろそろ、配達員が来るタイミングで湯船から上がった長四郎はこの日の為に買ったバスローブを着て脱衣所を出た足で、玄関がある事務所の扉を開けた。
 すると、事務所の来客用のソファーに座り寿司を食べる燐の姿があった。
「お、俺の寿司を・・・・・」狼狽える長四郎を凝視する燐。
「どうしたの? その格好?」
「どうしたじゃねぇよ! 何、当たり前な顔して、人の寿司食ってんだよ!!」
「あ、ごめ~ん。お腹空いていたから」
「返せ! 俺の寿司、返せ!!」
 燐は申し訳なさそうに、ガリだけが載ったトレイを長四郎に渡そうとする。
「いらねぇよ!」
 突き返すと燐はガリを食べ、「ごちそうさまでした」と長四郎に向かって言った。
「俺の華やかな休日が」
 長四郎は天井を見上げ、放心状態になる。
「ごめんて。分かった。お詫びにデートしてあげるから」
「流行りのパパ活みたいなこと言わんでください。俺の心のオアシスゥ~どこ行っちまったんだよ~」
「心のオアシスが欲しいのね。いい所連れてってあげるから。ね? さ、着替えた! 着替えた!!」燐はそのままバスローブの長四郎を自室で使っている部屋へと押し込んだ。
 数分後、バスローブからいつものオフィスカジュアルな服装に着替えてきたのだが肩を落としたままであった。
「貴重品は持ってる?」
 燐のその言葉に黙って頷く長四郎。
「行くわよ」
 そして、事務所を出た2人が向かった先が猫カフェ「CATエモン」である。
「さ、ここで十二分に癒して貰うと良いわ」
 燐は長四郎にそう告げると「CATエモン」の戸を開けた。
「いらっしゃい。あ、燐ちゃん!」
 最初に出迎えた店員が嬉しそうに近づいてきた。
「今日は1人?」
「いえ、客を連れてきたんです」
 燐は後ろで棒立ちしている長四郎を見る。
「どうも」店員はそう言いながら会釈してきたので、長四郎もまた会釈し顔を上げるついでに店員が首からぶら下げていた名札を見る。
 そこには、店長 猫谷 好江ねこたに よしえと書かれていた。それを見て、名前にピッタリな仕事だなと長四郎は思った。
「好江さん。私にカフェモカを、こいつにはコーラで。良いよね?」
 高圧的な態度の燐に黙って長四郎は頷いた。
「おやつはどうする?」好江が尋ねると「付けてください」と即答する燐。
「分かりました。じゃ、適当な場所に座って待ってて」
「はい」燐は元気よく返事をし、元気のない長四郎を猫が集まっているところへ座らせた。
「お待たせしましたぁ~」好江が注文したドリンクを持ってくると長四郎の周りに店に在籍する全猫が集結していた。
 ラッキーな事に店内の客が長四郎達だけしかいなかったので、事なきを得たのだが。
「たまに居るの。猫を引き付ける人」
 好江はそう言いながら燐にカフェモカを出す。
「そうなんですね」と答える燐はどこかつまらなそうであった。
 何故、つまらないのか。それは、これだけ猫が集まっているのに自分の元には1匹も近寄らないからだ。
「大丈夫よ。猫は気まぐれさんだから。その内、近づいてくるわよ」
「そうですかね」
「店長ぉ~」
 バックヤードから呼ばれた好江は「楽しんでね」と言い、バックヤードへと向かった。
「あ、コラっ! 舐めるな!!」
 1匹の猫が長四郎の顔をペロペロと舐める。
尚道なおみちに気に入られて良かったじゃん」
「尚道?」
「その子の名前」
「さすが、常連」
「少しは癒された?」
「全く」と言いながら長四郎の顔には笑みがこぼれていた。
 燐は連れて来て良かったそう思った時、尚道が燐の膝の上に乗ってきた。
「尚道ぃ~」
 猫撫で声の燐は名一杯、尚道を可愛いがるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

くぐり者

崎田毅駿
歴史・時代
黒船来航を機に天下太平の世が揺れ始めた日本。商人に身をやつしていた忍びの一流派である鵬鴻流の鳳一族は、本分たる諜報において再び活躍できることを夢見た。そのための海外の情報を収集をすべく、一族の者と西洋人とが交わって生まれた通称“赤鹿毛”を主要な諸外国に送り込むが、果たしてその結末やいかに。

つむいでつなぐ

崎田毅駿
ライト文芸
 物語はある病院の待合ロビーから始まる。言葉遊び的な話題でおしゃべりをしていた不知火と源に、後ろの席にいた子が話し掛けてきて……。

忍び零右衛門の誉れ

崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。

自称「未来人」の彼女は、この時代を指して「戦前」と呼称した

独立国家の作り方
ミステリー
刺激の少ない大学生活に、一人のインテリ女子が訪れる。 彼女は自称「未来人」。 ほぼ確実に詐欺の標的にされていると直感した俺は、いっそ彼女の妄想に付き合って、化けの皮を剥ぐ作戦を思いつく。 そんな彼女は、会話の所々に今この時を「戦前」と呼んでいる事に気付く。 これは、それ自体が彼女の作戦なのか、そもそも俺に接触してくる彼女の狙いは一体何か。

魔女とアニキ! ~訳アリコンビの大(?)冒険!~

mimiaizu
恋愛
 勇者の息子ゼクト、はるか先代の魔王の娘ミエダ。素性と立場は違えど、『魔王』に関わる訳アリの少年と少女が暗い闇の中で出会った。そのまま意気投合してコンビを組み、とりあえず、初代魔王の遺産を探しに外の世界に冒険の旅に出る。すべては『目的』を見つけるために! この二人の行きつく先は希望か絶望か、奇妙なコンビが世界に旅立つ!

世紀末祭:フェスティバル

崎田毅駿
ミステリー
二十世紀最後の年を迎える瞬間に、一人の男が殺された。この死を皮切りに、大量殺人の幕が上がった。初詣客で混雑する神社や飛行機には爆弾が仕掛けられ、砂糖や水に毒が混入、イベント会場は炎に包まれた。一体何が起こっているのか? やがて、そのヒントにつながりそうな手掛かりが、最初に死んだ男の部屋で見付かった。ミレニアムキラー2000なる人物が二千人殺しを示唆するメッセージを残していたのである。

闘技者と演技者

崎田毅駿
大衆娯楽
国内随一のプロレス団体が更なる集客を見込んで、今一度最強幻想を作らんと思い立った。そこで社長兼エースの道山は前座連中全員参加のガチンコ勝負のトーナメントを発表する。あくまでもプロレスのルールに則った真剣勝負で、優勝した選手には将来のエースの座もあり得るという社長の言葉に参加者は燃えた。そんな一人、若手の小石川拓人はライバルと目す長身・巨漢の宇城宙馬を緒戦の相手に希望する。

私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜

赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。 これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。 友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!

処理中です...