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第肆話-映画

映画-6

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「長さん、疲れてるみたいやけど大丈夫?」
 目の下に大きな隈を作り、疲れ切っている長四郎を見て心配そうに尋ねる一川警部。
「ああ、大丈夫です」
 そう答える長四郎の目は虚ろで、今にも倒れそうであった。
「いや、そうは見えないですけど・・・・・・」
 絢巡査長も長四郎の只ならぬ様子を見て、長四郎の言葉を否定する。
「そうすかね。一晩中、掃除してただけなんで。年かな・・・・・・」
「長さんもそげん事を言う年になったとはね。
じゃあ、聞き込み行くばい」
 一川警部は、一人撮影所の守衛室へと歩いて行く。
 絢巡査長とフラフラの長四郎は一川警部の後を追い、自分達も入場の手続きをする。
「そんで、あたしらはどこから手を付けてけば良いとね?」
 一川警部は長四郎に指示を求めてくる。
「取り敢えず、制作室に行きましょう」
 長四郎は一川警部と絢巡査長を、撮影所内にある制作室へと案内する。
「私が室長の質実 剛健しつじつ ごうけんです」
 質実室長が3人名刺を渡す。
「これはご丁寧にどうも。
私、警視庁捜査一課命捜班の一川です」
「絢です」
「熱海です」
 一川警部に続き、名刺を渡す長四郎と絢巡査長。
「それで、警察の方がどの様な御用で?」
「実は、連続殺人事件の被害者全員がこちらの撮影所に来ていた可能性がありましてね。
被害者達が立ち寄りそうな現場を教えて頂きたいとです」
「はぁ」
「具体的には、清掃業者がどのスタジオに何時に清掃に入っているか。後、目撃情報の聞き込みを行わさせて頂きたいです。決して、撮影の邪魔になるようなことは致しませんので」
 絢巡査長が補足説明をし、協力を求める。
「分かりました。とはいえ、沢山の業者が出入りしますし、今現在、出入りしていない業者もありますから・・・・・・」
「その点は、心配ありません。ここに書いてある業者だけを調べて教えて下さい」
 絢巡査長が被害者達の勤務先リストを渡す。
「早速、調べさせて頂きます」
 近くに座っている部下に調べるよう指示を出す質実室長。
 その時、どでかい鼾が制作室に響き渡る。
 音の出所を見ると一川警部の隣に座っている長四郎が大きく口を開け、鼾をかき爆睡していた。
「ちょ、長さん!! 起きんしゃーね!!」
 一川警部は、長四郎の肩をゆすって起こす。
「あっ! ああ!!」
 情けない声を出し、口から流れ出るよだれを慌てて拭きながら長四郎は目覚める。
「す、すいません」
 長四郎は謝罪する。
「いえ」
 そう答えながら、この男は何しに来たんだと思う質実室長。
「じゃあ、我々も捜査に戻るんで。これで失礼します」
 一川警部はそう告げ、3人は椅子から立ち上がり制作室を出る。
「長さん、今日はもう帰って寝たら?」
「そうさせてもらいます」
 一川警部の提案に従い長四郎は事務所兼自宅へと帰宅するのだった。
 それから8時間が経った頃だろうか。
 帰宅し、ベッドで寝ていると事務所の方から物音がする。
 その音で目が覚めた長四郎は、近くに置いてあった木刀を手に取り恐る恐る事務所へ歩いて行く。
 確かにここへ帰宅した際、事務所の鍵を閉めた。
 勿論、客が来ても自然と帰すようにCLOSEDの看板も出した。
 泥棒か?
 そんな事を考えながら、事務所に繋がるドアをそっと開ける。
 もう、すぐ目の前に人の足があった。
 それも女性のだ。長四郎はゆっくりと顔を上げると、案の定、燐の姿があった。
「どうも、こんばんは~」
 愛想笑いを浮かべながら長四郎は挨拶する。
「こんばんは」
 燐は、ニコッと笑顔を浮かべる。
「じゃ、おやすみなさいませぇ~」とだけ長四郎は言うとそのままドアを閉めようとする。
 が、ドアは閉まるどころかむしろ開いていく。
「あの、寝るんですけど・・・・・・」
「知らないわよ。そんな事。
ほらっ、お兄さん探しに行くよ!!」
 長四郎の手を握り、部屋から引っ張り出そうとする。
「いやいや、今日はお休み」
「はぁ? あんたさ、それでも探偵?
依頼人の願いを叶えるのがあんたの仕事でしょ。なる早で」
「あのね、誰のせいでこんなに疲れたと思ってんのよ?」
「私のせいだって、言いたいの?」
「うん!!」
 無邪気な子供の返事のように頷く。
「それはごめん・・・・・・」
 燐もまた昨晩、長四郎に部屋を掃除してもらった事には感謝しているようだった。
「明日から、本腰入れてやるから。
今日は、帰ってくれ」
「嫌よ」
「なんで、寝かしてよ。もうっ!!」
「これ、買ってきたから」燐は長四郎にマイバックに入った食材を見せる。
「なぁ~に、これ!」
 某カードゲームアニメの主人公の様な言い回しで、燐の意図を聞き出そうとする。
「お礼」
「お礼なら、また今度で」それだけ、燐に伝えるとドアを閉める。
 そして、ベッドに引き返そうとするとドアの向こうからすすり泣く声がする。
「はぁ~」
 長四郎はドアを開けると、一生懸命、目薬を点眼し涙を作ろうとする燐の姿があった。
「負けたよ。今日の献立は何?」
「カレー」
 燐はそう答えると、長四郎の部屋に上がり込む。
 燐が作るカレーが出来るまでの間、長四郎は一川警部に捜査状況を尋ねる為、電話を掛ける。
「もしもし、一川さんすか?」
「おっ、声が元気になったみたいやね」
「お陰様で。今朝は申し訳なかったです」
「気にせんとって。長さんが連絡くれたのって、事件の事やろ?」
「モチの論です。で、どうでした?」
「長さんの言ったとおり、一部の被害者達はあそこの撮影所に来とったんやけど。
時計屋と結婚プランナーと化粧品会社社長は来とらんかったと」
「そうでしたか・・・・・・ロケはどうですか?」
「ロケ?」
「そうです。撮影所だけで撮影するのが映画ではありませんから。後、化粧品会社社長はスポンサー企業として、調べて下さい」
「成程ね。流石は、長さん」
「すいません。朝にそれを伝えれば良かったんですけど」
「気にせんとって」
「あ、それともう一つお願いしたいことがあって」
 長四郎は恵一の部屋で見た事件の切り抜きについて話をする。
「という事は、長さんが追っている行方不明人とあたしらの事件が繋がりがある言う事?」
「可能性はあるので、頭の片隅に入れておいて頂けたら」
「はいよぉ~
何か分かったら連絡ちょうだい」
「はい。じゃあ、失礼します」
 通話を切ると燐がこちらを見ていた。
「ねぇ、里奈のお兄さん何かの事件に関わっているの?」
「それは分からない。そんな事よりカレー出来た?」
「あ、うん」
「食べよ。食べよ」
 長四郎はちゃんとした回答を誤魔化し、カレーが並んでいる部屋へと燐を連れて行くのであった。
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