山下町は福楽日和

真山マロウ

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出会いは吉とでるか

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 寄り道もせずヒヅキヤへ。要望どおり階段を忍び足でのぼり、チャイムのかわりにスマホを鳴らす。すぐにドアがひらいた。
「早く。こっち」
 深刻な面持ちで招きいれられ、畳ゾーンで車座になる。朔くんはかなり狼狽していて、そわそわ、きょろきょろ、体も目線もさだまらない。

「八雲に客が来てるんだ」
「そりゃ珍しいな。どこの誰だ?」
「わかんない。見たことない人。なんか信じらんなくて」
「まあ、八雲を訪ねてきたやつは、これまで一人もいなかったもんな」

 落ちつかせようとして、和颯さんがわざと時間をかけて相手をする。そのかいあって平静をとり戻していた矢先、ぶち壊すようにチャイムが鳴った。私たち以外でここに来るのは八雲さんしかいない。朔くんが戸口にむかうあいだ、死角に身をよせ息をこらす。

「勉強中すみません、朔。留守番お願いしていいですか。買い物に行ってきます」
「……わかった」

 朔くんが去った直後、細くあいた窓から一階のドアベルが聞こえた。和颯さんと覗きみる。髪の長い、けれども蓮花さんとは違う女の人が八雲さんとでてきた。
「元カノとかですかね」
「そんな艶っぽい空気はなさそうだがな。身内にしてもよそよそしい。ちょっとした知りあいってとこじゃないか」

 二人の背中を見送ったあと一階におり、朔くんと合流。八雲さんが作りおきしてくれていた、おやつをいただきながら秘密会議となる。

「そもそも、なんで八雲ってここにいるんだ?」
 くだんの女性との関係について一通り予想をのべたあと、朔くんがしきりなおす。各人、手にしているのは柚子餡のどら焼き。もっちり生地とさっぱり餡がしっとりなじんで美味しいはずなのに、私も動揺さめやらず、味がよくわからない。

「ばあさんが連れてきた。行くあても金もないからって、そのまま居候だ」
 和颯さんが言うには、名前と年齢以外はなにもわからないらしい。そんな素性の知れない人をよく住まわせる気になったもんだと驚くが、私も似たようなもの。おかげで今がある。

「本人にきけば教えてくれそうな気がしないこともないような」
 ちびりちびり、グリーンルイボスティーで暖をとりながら呟くと、流れが急転。
「たしかに、ひよちゃんが相手なら白状しそうだな」
「俺もそう思う。日和、きいといて」
「ええっ、私が? 無理だよ、そんなの」
「平気だって。八雲は日和のこと気に入ってるし」
「もし俺が八雲で、三人の中から誰か選ぶんなら、絶対ひよちゃんだな。なんといっても話しやすい」

 懸命に辞退したけれど、二対一でおし負ける。考えなしで発言したばかりに裏目。どら焼きの味が、ますますわからなくなってしまった。

 一時間もしないうちに帰宅した八雲さんは、一息つくまもなく夕飯の準備にとりかかった。慌ただしさのなか話すようなことでもないので、食後の片づけのときを狙う。

「八雲さんは横浜が地元じゃないですよね」
 直接的すぎず遠まわしすぎずと悩んだ結果、妙な角度からのアプローチになる。言われたほうも、きょとん。

「いや、ほら、朔くんのお弁当のこと知らなかったですし」
 どうにか体裁をとりつくろうと、ああ、と納得顔。
「そうですね。でも、子どものころ、このあたりにいたことある気がするんです」
「引越したんですか?」
「どうでしょう。ちゃんと思いだせないですけど、横浜には住んでないと思います」
「それって、まさか記憶喪失とか……!」

 なにも話さないのは話せないからなのかと思いきや、隣の横顔がほろっと崩れる。私の推量は過剰だったようだ。

「ちゃんとありますよ。三歳とか四歳とかの小さいころだったんで、母親につれられて遊びにきたことがあるようなないような、曖昧な記憶なだけです。ただ……」
 順調に食器の泡をすすぎ流していた手が、喋りとともに緩慢になる。
「バラの香りが、したように思うんです。花いっぱいの場所で……」
 心ここにあらず、その瞳は過去の景色を見つめている。

「このあたりでバラといえば、山下公園や港の見える丘公園ですよね。まだ秋バラが見られると思うんで、明日あたり行ってみませんか」
 流れ的にも今回は誘いにのってもらえるだろうと思いきや、迷いなく断られがっくり。

「日和さんとでかけるのが嫌なわけじゃないんです。僕、手際が悪いんで時間を確保しないと、予定までにごはん作れなくて」
「いえ、どうぞお気になさらず。いつも美味しいです。ありがとうございます」

 八雲さんに嘘がないのが伝わってくる。だからこそ、お手あげ。鉄壁の守り。つけいる隙がない。これが私じゃなく時雨さんだったら、と考えてしまうもしくは昼間の彼女だったら……。



 翌日の昼食後。あてつけのように単身、バラを見にいく。ひやりとする風が、ぽっかりあいた心の穴に痛々しくしみる。

 山下公園を経由して、港の見える丘。わずかでもお日さまの恵みをいただこうと、木々のしげるフランス山地区内でなく、その横の坂道をいく。のぼりきったところで左に折れれば、港の見える丘公園だ。

 展望台に進み、見わたす。慣れない角度からのベイブリッジ。日ごろ見あげっぱなしのマリンタワーと目線の高さが近くなるのも新鮮だ。しばらく眺めて目的のバラ園へ。数年前にリニューアルされたから雰囲気が違ってそうだが、なにかしら手がかりになるかもしれない。写真をとっておこう。

 スマホを構えアングルを探す。そこらを歩きまわり何枚かシャッターを押したところで、頭が冷えて正気づいた。私、なにやってんだろう。頼まれたわけでもないのに。こんなうそ寒いなか、肝心の職探しもしないで。

 八雲さんの顔がふっと浮かんだあと、和颯さんと朔くんが脳裏をかすめた。それから昨日の彼女の姿も。私がでしゃばらなくても、八雲さんには頼りになる人たちがいる。それにきっと、こんなこと望んでない。むしろ迷惑だって思うかもしれない。やめておこう。よけいなお世話だ。

 撮ったばかりの画像をすべて消し、気持ちをきりかえる。ここまできたのを無駄足にするのも、なんだかもったいない。しばらくぶりの山手やまてエリアだ、大佛次郎おさらぎじろう記念館や近代文学館に寄ってみてもいいし、洋館めぐりをしてみるのもいい。
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