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誰しも事情はある
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ただの現実逃避と言われてしまえばそれまでだけど、そうでもしないとやってられない。誰にも迷惑かけてないんだ、そのくらいしたっていいじゃないの。開きなおり、幸せしかない未来を思いえがく。秋晴れのもと動物たちとたわむれるさまを、ネガティブ要素の入りこむ余地なんてないほどに。
たちこめていた暗雲がかすんでいく。けれどもメンタル回復をはたせそうだった矢先、張りのある声がして中断されてしまった。
「朔じゃね?」
気づけば、少し離れたところから男の子たちが四人、足をとめてこちらを見ていた。制服は着ていないが、みんな中学生くらい。くちぶりからして朔くんの顔見知りらしい。
「なにやってんだよ、こんなとこで」
そのうちの一人、快活そうな少年が近づいてきた。中肉中背の筋肉質。短くカットされた髪に血色のいい肌が、いかにもスポーツ少年だ。
返答を待つべく、彼らの目が朔くんに集まる。私もそっと横目でうかがう。朔くんは顔をふせ気味にして応答せず。組んだ手が、かすかに震えているようにも見える。嫌な予感。もしかして、この子たちが朔くんの不登校の原因だとしたら。
「ど、どうも。朔くんの親戚というか、そういうかんじの、です」
しどろもどろ、私が代理で応じる。しかも関係性を説明するのがややこしくて嘘をついてしまい、さらに焦る。必死に頭を働かせようとするほど変な汗が全身から吹きだす。
こんなときコミュ力キングの和颯さんがいてくれたら、ほがらかに挨拶をかわし、スマートにやりすごし、難なくこの場を丸くおさめてくれただろうに。……って、そんなの考えている場合じゃない! 今ここで朔くんを守れるのは私しかいないんだ、なんとかしないと!
ともかく無難な言葉で濁して平和に退散する、と心に決めたはいいが、情けないことに意気ごみとは裏腹、唇がひくつくばかりでなにも出てこない。
「またな、朔」
埒のあかない私に見きりをつけたのは、四角い銀縁眼鏡をかけた子だった。ほかのメンバーたちより十センチくらい背が高く、端正な顔だち。落ちついた物腰とシンプルきれいめファッションで、なんとなく冷静沈着キャラっぽい。信頼もあついのだろう、みんな不服なく従う。最初の子が表のリーダーなら、彼は裏のリーダーといった風情だ。
「学校休んで観光案内とか、いいよなぁ」
離れていく背中のうちのどれかから絶妙な音量で聞こえてきた、悪意なさげなぼやき。だからこそ、まっすぐな威力で胸につき刺さる。私ですら心が折れそうなのだから、当事者の朔くんはなおさら。伸びかけの髪からのぞく横顔は青ざめ、さっきまでの笑顔は見る影もない。
天国から地獄。しかも私ときたら、てんで機転のきかないポンコツぶり。そのうえ朔くんが一番嫌う、嘘までついてしまった。最悪だ。
「ご、ごめん、うまくフォローできなくて、親戚とか嘘ついちゃって」
謝りはしたものの、朔くんは無言のまま。まるで私が見えていないかのように来た道を足早に戻り、ヒヅキヤの中に入ることなく外階段で自分のフロアへ。それからは頑として部屋からでてこず、八雲さんが二階まで食事を運ぶのが三日続いた。
「うかつでした。まさか学校の子たちと遭遇するなんて」
八雲さんと二人きりの、おやつタイム。パンプキンプディングをスプーンの先でぷにぷにつつき弱音をはく。今日も今日とて文句のつけようがないお味なのに、後悔の念が邪魔をして、どうしても美味しさが半減してしまう。
平日でも放課後は、学生さんも自由の身。部活などがなければ、街にくりだしてもおかしくない。そこまで考えがおよばなかった自分に腹がたつ。
「日和さんのせいじゃありませんよ。そもそも学区内でもないですから。朔だって、そんなことになるとは思ってもみなかったでしょうし」
朔くんの実家は相鉄線沿いにある。たしかに、遊びにでかけるにしても乗り換えが必要なこのあたりまで足をのばすより、一本でいける横浜を選ぶ確率のほうが高そうだ。
それにしたって、なぜ。あのスポーツ少年とか運動部所属っぽいのに部活どうしたんだ。サボるようなタイプでもなさげだったけど。
「みなとみらいあたりで買物して、そのまま流れてきたのかもですね」
八雲さんの説も腑におちない。
「だとしたら横浜駅のほう行きません? 相鉄ですぐ帰れますし」
「あまりこっちのほうに来ないなら、『ついでに』ってなったのかもです。最近だと、映えるっていうんですかね、絵になる場所も多いそうですし」
彼らに直接確認しないかぎり真相が判明するはずもない。が、どんな理由であれ、どこを訪れるかなんて本人たちの自由だ。私がとやかく言う筋あいはない。だから、誰が悪いわけでもないんだ。しいて言えばタイミングが悪かっただけなんだ。わかってる。でも……。
「朔くん、怒ってませんでしたか。私のこと」
あのとき、もっとうまく対処できていれば。いまだに、うじうじ悩んでしまう。
「まさか。朔は気持ちを整理してるだけです。人よりちょっと時間はかかりますが、どうか気長に待ってあげてください」
「だとしても、こんなに閉じこもってるのは私と顔をあわせたくないからに思えて。最初から、すごい嫌われてましたし」
「そんなことありません。なんなら夕食、日和さんが持っていきますか。朔は嫌がらないはずですよ」
そのとおり、むこうが来ないなら自分から行けばいいだけの話。なのに反射的に、身も心もひやりと縮こまる。
「……私も気持ちの整理がついてからにします」
避けているのが自分のほうだと思い知る。傷ついている朔くんを目のあたりにするのが怖いんだ。そんなふうにしてしまった自分のふがいなさを突きつけられるのが。
プディングを口にいれる。もはや風味を感じる余裕もなく、なめらかさが舌になじんでいくだけ。せっかくの絶品スイーツをだいなしにしてしまったのは、ほかでもない私自身。そして、朔くんをちゃんと守ってあげられなかったのも……。
たちこめていた暗雲がかすんでいく。けれどもメンタル回復をはたせそうだった矢先、張りのある声がして中断されてしまった。
「朔じゃね?」
気づけば、少し離れたところから男の子たちが四人、足をとめてこちらを見ていた。制服は着ていないが、みんな中学生くらい。くちぶりからして朔くんの顔見知りらしい。
「なにやってんだよ、こんなとこで」
そのうちの一人、快活そうな少年が近づいてきた。中肉中背の筋肉質。短くカットされた髪に血色のいい肌が、いかにもスポーツ少年だ。
返答を待つべく、彼らの目が朔くんに集まる。私もそっと横目でうかがう。朔くんは顔をふせ気味にして応答せず。組んだ手が、かすかに震えているようにも見える。嫌な予感。もしかして、この子たちが朔くんの不登校の原因だとしたら。
「ど、どうも。朔くんの親戚というか、そういうかんじの、です」
しどろもどろ、私が代理で応じる。しかも関係性を説明するのがややこしくて嘘をついてしまい、さらに焦る。必死に頭を働かせようとするほど変な汗が全身から吹きだす。
こんなときコミュ力キングの和颯さんがいてくれたら、ほがらかに挨拶をかわし、スマートにやりすごし、難なくこの場を丸くおさめてくれただろうに。……って、そんなの考えている場合じゃない! 今ここで朔くんを守れるのは私しかいないんだ、なんとかしないと!
ともかく無難な言葉で濁して平和に退散する、と心に決めたはいいが、情けないことに意気ごみとは裏腹、唇がひくつくばかりでなにも出てこない。
「またな、朔」
埒のあかない私に見きりをつけたのは、四角い銀縁眼鏡をかけた子だった。ほかのメンバーたちより十センチくらい背が高く、端正な顔だち。落ちついた物腰とシンプルきれいめファッションで、なんとなく冷静沈着キャラっぽい。信頼もあついのだろう、みんな不服なく従う。最初の子が表のリーダーなら、彼は裏のリーダーといった風情だ。
「学校休んで観光案内とか、いいよなぁ」
離れていく背中のうちのどれかから絶妙な音量で聞こえてきた、悪意なさげなぼやき。だからこそ、まっすぐな威力で胸につき刺さる。私ですら心が折れそうなのだから、当事者の朔くんはなおさら。伸びかけの髪からのぞく横顔は青ざめ、さっきまでの笑顔は見る影もない。
天国から地獄。しかも私ときたら、てんで機転のきかないポンコツぶり。そのうえ朔くんが一番嫌う、嘘までついてしまった。最悪だ。
「ご、ごめん、うまくフォローできなくて、親戚とか嘘ついちゃって」
謝りはしたものの、朔くんは無言のまま。まるで私が見えていないかのように来た道を足早に戻り、ヒヅキヤの中に入ることなく外階段で自分のフロアへ。それからは頑として部屋からでてこず、八雲さんが二階まで食事を運ぶのが三日続いた。
「うかつでした。まさか学校の子たちと遭遇するなんて」
八雲さんと二人きりの、おやつタイム。パンプキンプディングをスプーンの先でぷにぷにつつき弱音をはく。今日も今日とて文句のつけようがないお味なのに、後悔の念が邪魔をして、どうしても美味しさが半減してしまう。
平日でも放課後は、学生さんも自由の身。部活などがなければ、街にくりだしてもおかしくない。そこまで考えがおよばなかった自分に腹がたつ。
「日和さんのせいじゃありませんよ。そもそも学区内でもないですから。朔だって、そんなことになるとは思ってもみなかったでしょうし」
朔くんの実家は相鉄線沿いにある。たしかに、遊びにでかけるにしても乗り換えが必要なこのあたりまで足をのばすより、一本でいける横浜を選ぶ確率のほうが高そうだ。
それにしたって、なぜ。あのスポーツ少年とか運動部所属っぽいのに部活どうしたんだ。サボるようなタイプでもなさげだったけど。
「みなとみらいあたりで買物して、そのまま流れてきたのかもですね」
八雲さんの説も腑におちない。
「だとしたら横浜駅のほう行きません? 相鉄ですぐ帰れますし」
「あまりこっちのほうに来ないなら、『ついでに』ってなったのかもです。最近だと、映えるっていうんですかね、絵になる場所も多いそうですし」
彼らに直接確認しないかぎり真相が判明するはずもない。が、どんな理由であれ、どこを訪れるかなんて本人たちの自由だ。私がとやかく言う筋あいはない。だから、誰が悪いわけでもないんだ。しいて言えばタイミングが悪かっただけなんだ。わかってる。でも……。
「朔くん、怒ってませんでしたか。私のこと」
あのとき、もっとうまく対処できていれば。いまだに、うじうじ悩んでしまう。
「まさか。朔は気持ちを整理してるだけです。人よりちょっと時間はかかりますが、どうか気長に待ってあげてください」
「だとしても、こんなに閉じこもってるのは私と顔をあわせたくないからに思えて。最初から、すごい嫌われてましたし」
「そんなことありません。なんなら夕食、日和さんが持っていきますか。朔は嫌がらないはずですよ」
そのとおり、むこうが来ないなら自分から行けばいいだけの話。なのに反射的に、身も心もひやりと縮こまる。
「……私も気持ちの整理がついてからにします」
避けているのが自分のほうだと思い知る。傷ついている朔くんを目のあたりにするのが怖いんだ。そんなふうにしてしまった自分のふがいなさを突きつけられるのが。
プディングを口にいれる。もはや風味を感じる余裕もなく、なめらかさが舌になじんでいくだけ。せっかくの絶品スイーツをだいなしにしてしまったのは、ほかでもない私自身。そして、朔くんをちゃんと守ってあげられなかったのも……。
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