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トラブルメーカー
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翌朝。ロラン王子とトウヤは後手に捕縛され、地下牢から出されました。
しゃくしゃくと踏みしめる草は雨が乾いておらず、葉先に雫を実らせます。
明け方の冷気で眠れなかったロラン王子は、くったり萎れていました。
「むちゃくちゃ寒かった……」
「大丈夫っすか」
「トウヤ平気なの」
「そっすね、なんとも」
「すごいなぁ、若さかなぁ」
「そんな変わんなくないすか」
「七歳差はでかいよ。俺が百歳になったとき、トウヤは九十三なんだから」
「あんまピンとこないっす」
雑談をかわしながら連れていかれたのは、建物の裏。すでにアルマンとコルトとライゴ、そしてチトセ女王が揃いぶみでした。
「二人ともありがと! 俺のために、わざわざ来てくれたんだね!」
身内の姿でロラン王子に活気。ですが、アルマンは仏頂面に磨きがかかります。
「ライゴさんに言われてしかたなくです」
「またまた、そんなこと言っちゃって。ほんとは心配してくれたんでしょ?」
「あれを見ても同じことが言えますか」
くいと親指をむけた先には「ハクレン様ハクレン様……」とあたりをキョロキョロするコルト。ロラン王子には興味がなさそうてす。
「……うん、コルトはそうかもって思ってたとこあるから、べつにいいんだけど」
「よくないですよ。ロラン様のお姿を魔術画におさめるために連れてきたっていうのに」
「えっ、やだよ、やめてよ、なんでそんなことすんの」
「もちろん、ロラン様が罪人になられた記念ですよ」
くりひろげられる緊張感のない会話を、ライゴが咳払いで仕切りなおします。
「ハクレン様のお力で桜は元に戻った。だがそれは、あの枝がミヤ姫の桜だという証明でもある。俺たちはお前が犯人だと確信している。異論がなければ刑に処す。どうだ、なにかあるか」
「いえ、俺が犯人です。罰はうけます。あとミヤ姫に謝りたいっす」
いさぎよく罪を認めたトウヤですが、その肩は小さく震えていました。どんな刑罰かもわからないのです、いくら覚悟したって恐ろしいに決まっています。
「待って! トウヤはおばあちゃんのために、あの枝を折ったんだ。悪意があったわけじゃない。それに、しっかり反省もしてる。桜は元に戻ったんだし、今回は許してあげたっていいでしょ」
見かねて擁護するロラン王子。しかし、一歩前に出たチトセ女王は肯んじることなくトウヤに告げました。
「あなたには桜と同じ痛みをうけてもらいます。折られたのは人の体でいうと左腕あたりでしょうか。ライゴさん、彼の左腕を斬りおとしてください」
誰しもの瞳が驚きに揺れます。
「はあァ? なにバカなこと言ってんの!」
わめきたてるロラン王子にかまわず、ライゴが刀を抜きます。
「アルマンとめてよ!」
「これはこの国の問題です。俺たちは介入すべきじゃありません」
「じゃあコルト、斬られた腕すぐくっつけるか再生したげて!」
「再生なんて無理ですよ、トカゲの尻尾じゃないんですから。くっつけるのだって、私の技量では確約できません」
らちがあかない、と矛先を変更。
「ライゴはそれでいいの! 命令だったら間違ったことでもするの!」
「俺はチトセ様が正しいと信じている」
こちらも話になりません。
「トウヤも考えなおして! 腕がなくなったら大変だよ。おばあちゃんのお世話だって……それよりも命に関わることになったらどうすんの!」
十五歳の少年に迷いが生じます。が、近衛兵らに押さえつけられ、いよいよ観念。
「すんません。もしものときは、ばあちゃんを……」
ギュッと目をとじるトウヤ。ライゴの刀が振りかざされます。
「ダメだってば!」
あらんかぎりに叫ぶロラン王子。
直後、背中に強い痛みが走り、そのまま意識を失ってしまいました――。
「ああ、よかった。気がつきましたか」
ロラン王子がまぶたを開くと、コルトの安堵した顔がありました。
「ここは、みくも屋です。わかりますか」
「ええと、俺は……」
ぼんやりする頭で記憶をたどって心当たりに行きつくと、ロラン王子はとび起きました。トウヤをかばって斬りつけられたのを思いだしたのです。
こわごわ背中を触ります。とくに異常はありません。
「コルトがなおしてくれたの?」
「私ではなく、ハクレン様が」
「そうなんだ。今度お礼言わなきゃ」
「モモさんにも。さっきまでロラン様のこと看ていました。おばあさんのお世話をしながら」
「そっか。あの子は本当に優しくていい子だね」
「それと、アルマンさんには謝ったほうがいいと思います」
「……怒ってた?」
「たぶん本気のやつです」
そこに扉がノックされ、噂のアルマンが入室します。
平生の表情でありながら一目でお怒りと見うけたロラン王子は、ただちに詫びようとしました。が、それよりも先に下顎を掴まれ、
「次、同じことをしたら、生きてても死んでてもカチ割ります」
ぐぐぐ、とアルマンの指に力がこもります。やはり彼は、とってもお怒りでした。
「ふみまへんれしあ(すみませんでした)……」
涙目で謝る主君に、ため息。手を離したアルマンは、ロラン王子が一番気にしていることを伝えます。
「トウヤさんは無事ですよ。ミヤ姫がチトセ女王に懇願してくださって不問となったんです。ロラン様の侵入罪も」
「えっ、そうなんだ! ……ミヤ姫にも迷惑かけちゃったな」
反省心を見てとったアルマンが、お説教をとりやめたかわりにお風呂セットを渡します。
「さ、湯あみでもなさったらいかがですか。さっぱりしますよ。丸一日以上も寝てたんですから」
なんだかんだ言っても準備万端、気をきかせてくれる世話係にジーンとして部屋をでたロラン王子。
と、浴場にむかう廊下の先に、リボン頭の後姿をとらえました。
「モモちゃん!」
呼びとめられ、モモがふり返ります。
「あら、ロランさん、もう大丈夫なんですかぁ」
「うん、ありがと。コルトに聞いたよ、俺のこと看ててくれたって。あと、おばあちゃんのことも。……って、どしたのソレ!」
モモごしに見えた老婆は、車輪つきの木製椅子に乗せられていました。
「チトセ様がくださったんですぅ」
「うっそ、あの人が?」
「ああ見えてお優しい方なんですよぉ」
嬉しそうに眉をさげたモモが、老婆が気に入っているらしい庭の桜を見にいくと言ってその場を去ります。
遠ざかる彼女たちを見送るロラン王子のお腹からは健康の証、ぐううと大きな音が鳴りわたりました。
しゃくしゃくと踏みしめる草は雨が乾いておらず、葉先に雫を実らせます。
明け方の冷気で眠れなかったロラン王子は、くったり萎れていました。
「むちゃくちゃ寒かった……」
「大丈夫っすか」
「トウヤ平気なの」
「そっすね、なんとも」
「すごいなぁ、若さかなぁ」
「そんな変わんなくないすか」
「七歳差はでかいよ。俺が百歳になったとき、トウヤは九十三なんだから」
「あんまピンとこないっす」
雑談をかわしながら連れていかれたのは、建物の裏。すでにアルマンとコルトとライゴ、そしてチトセ女王が揃いぶみでした。
「二人ともありがと! 俺のために、わざわざ来てくれたんだね!」
身内の姿でロラン王子に活気。ですが、アルマンは仏頂面に磨きがかかります。
「ライゴさんに言われてしかたなくです」
「またまた、そんなこと言っちゃって。ほんとは心配してくれたんでしょ?」
「あれを見ても同じことが言えますか」
くいと親指をむけた先には「ハクレン様ハクレン様……」とあたりをキョロキョロするコルト。ロラン王子には興味がなさそうてす。
「……うん、コルトはそうかもって思ってたとこあるから、べつにいいんだけど」
「よくないですよ。ロラン様のお姿を魔術画におさめるために連れてきたっていうのに」
「えっ、やだよ、やめてよ、なんでそんなことすんの」
「もちろん、ロラン様が罪人になられた記念ですよ」
くりひろげられる緊張感のない会話を、ライゴが咳払いで仕切りなおします。
「ハクレン様のお力で桜は元に戻った。だがそれは、あの枝がミヤ姫の桜だという証明でもある。俺たちはお前が犯人だと確信している。異論がなければ刑に処す。どうだ、なにかあるか」
「いえ、俺が犯人です。罰はうけます。あとミヤ姫に謝りたいっす」
いさぎよく罪を認めたトウヤですが、その肩は小さく震えていました。どんな刑罰かもわからないのです、いくら覚悟したって恐ろしいに決まっています。
「待って! トウヤはおばあちゃんのために、あの枝を折ったんだ。悪意があったわけじゃない。それに、しっかり反省もしてる。桜は元に戻ったんだし、今回は許してあげたっていいでしょ」
見かねて擁護するロラン王子。しかし、一歩前に出たチトセ女王は肯んじることなくトウヤに告げました。
「あなたには桜と同じ痛みをうけてもらいます。折られたのは人の体でいうと左腕あたりでしょうか。ライゴさん、彼の左腕を斬りおとしてください」
誰しもの瞳が驚きに揺れます。
「はあァ? なにバカなこと言ってんの!」
わめきたてるロラン王子にかまわず、ライゴが刀を抜きます。
「アルマンとめてよ!」
「これはこの国の問題です。俺たちは介入すべきじゃありません」
「じゃあコルト、斬られた腕すぐくっつけるか再生したげて!」
「再生なんて無理ですよ、トカゲの尻尾じゃないんですから。くっつけるのだって、私の技量では確約できません」
らちがあかない、と矛先を変更。
「ライゴはそれでいいの! 命令だったら間違ったことでもするの!」
「俺はチトセ様が正しいと信じている」
こちらも話になりません。
「トウヤも考えなおして! 腕がなくなったら大変だよ。おばあちゃんのお世話だって……それよりも命に関わることになったらどうすんの!」
十五歳の少年に迷いが生じます。が、近衛兵らに押さえつけられ、いよいよ観念。
「すんません。もしものときは、ばあちゃんを……」
ギュッと目をとじるトウヤ。ライゴの刀が振りかざされます。
「ダメだってば!」
あらんかぎりに叫ぶロラン王子。
直後、背中に強い痛みが走り、そのまま意識を失ってしまいました――。
「ああ、よかった。気がつきましたか」
ロラン王子がまぶたを開くと、コルトの安堵した顔がありました。
「ここは、みくも屋です。わかりますか」
「ええと、俺は……」
ぼんやりする頭で記憶をたどって心当たりに行きつくと、ロラン王子はとび起きました。トウヤをかばって斬りつけられたのを思いだしたのです。
こわごわ背中を触ります。とくに異常はありません。
「コルトがなおしてくれたの?」
「私ではなく、ハクレン様が」
「そうなんだ。今度お礼言わなきゃ」
「モモさんにも。さっきまでロラン様のこと看ていました。おばあさんのお世話をしながら」
「そっか。あの子は本当に優しくていい子だね」
「それと、アルマンさんには謝ったほうがいいと思います」
「……怒ってた?」
「たぶん本気のやつです」
そこに扉がノックされ、噂のアルマンが入室します。
平生の表情でありながら一目でお怒りと見うけたロラン王子は、ただちに詫びようとしました。が、それよりも先に下顎を掴まれ、
「次、同じことをしたら、生きてても死んでてもカチ割ります」
ぐぐぐ、とアルマンの指に力がこもります。やはり彼は、とってもお怒りでした。
「ふみまへんれしあ(すみませんでした)……」
涙目で謝る主君に、ため息。手を離したアルマンは、ロラン王子が一番気にしていることを伝えます。
「トウヤさんは無事ですよ。ミヤ姫がチトセ女王に懇願してくださって不問となったんです。ロラン様の侵入罪も」
「えっ、そうなんだ! ……ミヤ姫にも迷惑かけちゃったな」
反省心を見てとったアルマンが、お説教をとりやめたかわりにお風呂セットを渡します。
「さ、湯あみでもなさったらいかがですか。さっぱりしますよ。丸一日以上も寝てたんですから」
なんだかんだ言っても準備万端、気をきかせてくれる世話係にジーンとして部屋をでたロラン王子。
と、浴場にむかう廊下の先に、リボン頭の後姿をとらえました。
「モモちゃん!」
呼びとめられ、モモがふり返ります。
「あら、ロランさん、もう大丈夫なんですかぁ」
「うん、ありがと。コルトに聞いたよ、俺のこと看ててくれたって。あと、おばあちゃんのことも。……って、どしたのソレ!」
モモごしに見えた老婆は、車輪つきの木製椅子に乗せられていました。
「チトセ様がくださったんですぅ」
「うっそ、あの人が?」
「ああ見えてお優しい方なんですよぉ」
嬉しそうに眉をさげたモモが、老婆が気に入っているらしい庭の桜を見にいくと言ってその場を去ります。
遠ざかる彼女たちを見送るロラン王子のお腹からは健康の証、ぐううと大きな音が鳴りわたりました。
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