24 / 30
㉔招かれざる
しおりを挟む
執務室の前。シルティは深く深呼吸をすると、側に控えているノナリアに目配せをした。ノナリアは静かに頷いたあと、応接室の扉を叩き、シルティの代わりに扉を開いた。
「失礼いたしますわ」
泰然とした態度で足を踏み出しソファへと歩く。そしてエドガーと向かい合うと、優雅にカーテシーをした。
「お久しぶりでございます、エルヴィル小伯爵様。本日は我が邸に、どのようなご用件でお越しになられたのでしょうか」
貴族令嬢としての節度を守り視線は斜め45度下に固定する。婚約者としてではなく、客人としての対応を受けたエドガーは、シルティの態度に目を丸くしたのち傷ついた表情を浮かべた。
「……今朝早く、ウィルベリー伯爵からエルヴィル伯爵家に、婚約破棄を希望する公正証書が届いた」
「さようにございますか」
特に驚いた様子もなく淡々とした態度で頷いたシルティに、エドガーはソファから腰を上げるて詰め寄った。
「何故だ、シルティ。私たちは互いに想い合っていただろう? それなのにいきなり婚約破棄とはいったいどういうことなんだ!」
「どういうこともなにも、額面通りにございます。私は小伯爵様との婚約破棄を望み、それを父が承諾した。……ただそれだけのこと」
「だからその理由を教えてくれと言っているんだ!」
怒りと困惑がないまぜになった声を上げたエドガーの前に、シルティの後ろに控えていたノナリアが2人の間に割り込んだ。
「失礼ですが、少々落ち着いてくださいませ。エルヴィル小伯爵様。そのように大きなお声を出されますと、シルティ様が驚いてしまわれます。……シルティ様。大丈夫でございますか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、ノナリア。下がっていいわ」
ノナリアはこくりと頷き、エドガーへ礼をとると、もと居た位置に戻った。その様子を黙って見ていたエドガーは、ハッと自嘲気味に笑いソファへどかりと座った。
「まるで私は悪者扱いされているようだ」
足を組み、だらしなくソファにもたれかかったエドガーに冷めた視線をおくる。
「そういうわけではございません。ですが小伯爵様と私は婚約破棄をする予定にありますので、あまり暴力的な態度を取られますとお引き取りいただくことになりますわ」
そう言って手を2度たたくと、室内に武装した警備兵が乗り込んできた。彼らは腰に剣を履いており、なにかあればすぐにでも剣を抜けるよう臨戦態勢をとっていた。
エドガーは警備兵を一瞥し、疲れが滲む表情で小さくため息を吐くと、降参だとでもいうように両手をあげた。
「……どうやら君には、私が犯罪者に見えるらしい」
その言葉に、今日はじめて強い反応を示したシルティは、親の敵のように鋭い視線を向けた。
「事実そうではありませんか」
「なに?」
エドガーが片眉を跳ね上げた。
「私がなにも知らないとでも? あなた様がセディに行った行為は……っ、犯罪です……!」
そう言い放つと、シルティの目尻から、涙がつぅと一筋流れた。
「君まで私を強姦魔扱いするのか……? 私はそのようなことをした覚えはない!」
ハッキリと言い切られ、シルティの涙腺が崩壊した。両目からポロポロと涙がこぼれて口もとは皮肉げに歪んだ。
「……本気でおっしゃっているのですか」
「ああ、そうだ。私は、」
「見ました」
「……え?」
「最後のお茶会の日、あなたがセディに手を出している場面を見ました!」
涙を流しながらも、キッと鋭く睨みつけてくるシルティの姿に、一瞬、なにを言われたのか理解ができずに硬直した。
しかしすぐに我に返ったエドガーは、片手で顔の半分を覆うと、ハハハハッと狂ったように笑い出した。
その狂気じみた危うい雰囲気に、シルティは思わず後ずさり、彼女を守るようにノナリアが前に躍り出た。
ひとしきり笑ったあと、エドガーは荒んだ目でシルティを見た。そのときはじめて彼の目もとに濃い隈が浮かんでいることに気がついた。
シルティは困惑し、さらに疑問を覚えた。
犯罪を犯した人間が何度も無実を訴えて邸を訪問し、人格が変わるまで疲れ果て、あのような酷い隈をつくるほど睡眠不足に陥るだろうか?
それに比べ、被害にあったはずのセドリックはあまりにも立ち直りが早いような……。
そこまで考えたところで、『僕を疑うのですか?』と悲しげな声が聞こえた気がして、シルティは雑念を払うように頭を振った。
「……エルヴィル小伯爵様。私は本当に見たのです。あの日、あのお茶会の日に、あなた様がセディを辱めるところを……。私の言葉が信じられないとおっしゃるならば、私が見た全てのことをお話いたします。きっと、私にとっても、あなた様にとっても、聞くに耐え難い内容だと思います。それでもお聞きになりますか?」
「……ああ。真実が知りたい」
エドガーの瞳の奥に嘘偽りがないと確認したシルティは、すこし躊躇ったのち、ドレスの裾を摘んで優雅に一礼をした。
「かしこまりました……」
そうしてノナリアにお茶の用意を申し付けると、エドガーの向かいの席に座り、2人の前にティーカップが置かれるのを黙って待った。それからノナリアだけを側に残して、残りの者を下がらせ、癒えはじめた傷を抉るような気持ちで、当日の話を語って聞かせた。
「失礼いたしますわ」
泰然とした態度で足を踏み出しソファへと歩く。そしてエドガーと向かい合うと、優雅にカーテシーをした。
「お久しぶりでございます、エルヴィル小伯爵様。本日は我が邸に、どのようなご用件でお越しになられたのでしょうか」
貴族令嬢としての節度を守り視線は斜め45度下に固定する。婚約者としてではなく、客人としての対応を受けたエドガーは、シルティの態度に目を丸くしたのち傷ついた表情を浮かべた。
「……今朝早く、ウィルベリー伯爵からエルヴィル伯爵家に、婚約破棄を希望する公正証書が届いた」
「さようにございますか」
特に驚いた様子もなく淡々とした態度で頷いたシルティに、エドガーはソファから腰を上げるて詰め寄った。
「何故だ、シルティ。私たちは互いに想い合っていただろう? それなのにいきなり婚約破棄とはいったいどういうことなんだ!」
「どういうこともなにも、額面通りにございます。私は小伯爵様との婚約破棄を望み、それを父が承諾した。……ただそれだけのこと」
「だからその理由を教えてくれと言っているんだ!」
怒りと困惑がないまぜになった声を上げたエドガーの前に、シルティの後ろに控えていたノナリアが2人の間に割り込んだ。
「失礼ですが、少々落ち着いてくださいませ。エルヴィル小伯爵様。そのように大きなお声を出されますと、シルティ様が驚いてしまわれます。……シルティ様。大丈夫でございますか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、ノナリア。下がっていいわ」
ノナリアはこくりと頷き、エドガーへ礼をとると、もと居た位置に戻った。その様子を黙って見ていたエドガーは、ハッと自嘲気味に笑いソファへどかりと座った。
「まるで私は悪者扱いされているようだ」
足を組み、だらしなくソファにもたれかかったエドガーに冷めた視線をおくる。
「そういうわけではございません。ですが小伯爵様と私は婚約破棄をする予定にありますので、あまり暴力的な態度を取られますとお引き取りいただくことになりますわ」
そう言って手を2度たたくと、室内に武装した警備兵が乗り込んできた。彼らは腰に剣を履いており、なにかあればすぐにでも剣を抜けるよう臨戦態勢をとっていた。
エドガーは警備兵を一瞥し、疲れが滲む表情で小さくため息を吐くと、降参だとでもいうように両手をあげた。
「……どうやら君には、私が犯罪者に見えるらしい」
その言葉に、今日はじめて強い反応を示したシルティは、親の敵のように鋭い視線を向けた。
「事実そうではありませんか」
「なに?」
エドガーが片眉を跳ね上げた。
「私がなにも知らないとでも? あなた様がセディに行った行為は……っ、犯罪です……!」
そう言い放つと、シルティの目尻から、涙がつぅと一筋流れた。
「君まで私を強姦魔扱いするのか……? 私はそのようなことをした覚えはない!」
ハッキリと言い切られ、シルティの涙腺が崩壊した。両目からポロポロと涙がこぼれて口もとは皮肉げに歪んだ。
「……本気でおっしゃっているのですか」
「ああ、そうだ。私は、」
「見ました」
「……え?」
「最後のお茶会の日、あなたがセディに手を出している場面を見ました!」
涙を流しながらも、キッと鋭く睨みつけてくるシルティの姿に、一瞬、なにを言われたのか理解ができずに硬直した。
しかしすぐに我に返ったエドガーは、片手で顔の半分を覆うと、ハハハハッと狂ったように笑い出した。
その狂気じみた危うい雰囲気に、シルティは思わず後ずさり、彼女を守るようにノナリアが前に躍り出た。
ひとしきり笑ったあと、エドガーは荒んだ目でシルティを見た。そのときはじめて彼の目もとに濃い隈が浮かんでいることに気がついた。
シルティは困惑し、さらに疑問を覚えた。
犯罪を犯した人間が何度も無実を訴えて邸を訪問し、人格が変わるまで疲れ果て、あのような酷い隈をつくるほど睡眠不足に陥るだろうか?
それに比べ、被害にあったはずのセドリックはあまりにも立ち直りが早いような……。
そこまで考えたところで、『僕を疑うのですか?』と悲しげな声が聞こえた気がして、シルティは雑念を払うように頭を振った。
「……エルヴィル小伯爵様。私は本当に見たのです。あの日、あのお茶会の日に、あなた様がセディを辱めるところを……。私の言葉が信じられないとおっしゃるならば、私が見た全てのことをお話いたします。きっと、私にとっても、あなた様にとっても、聞くに耐え難い内容だと思います。それでもお聞きになりますか?」
「……ああ。真実が知りたい」
エドガーの瞳の奥に嘘偽りがないと確認したシルティは、すこし躊躇ったのち、ドレスの裾を摘んで優雅に一礼をした。
「かしこまりました……」
そうしてノナリアにお茶の用意を申し付けると、エドガーの向かいの席に座り、2人の前にティーカップが置かれるのを黙って待った。それからノナリアだけを側に残して、残りの者を下がらせ、癒えはじめた傷を抉るような気持ちで、当日の話を語って聞かせた。
10
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる