徒花【連載版】※ R18

アナマチア

文字の大きさ
上 下
14 / 30

⑭歪み

しおりを挟む


 シルティが眠ったまま目覚めなくなって、もう7日が経つ。

 伯爵や医師が言うには、衰弱が激しく、このまま食事を摂れないと、命が危ないということだった。

 あのお茶会の翌日からエドガーが毎日面会に訪ねてくるが、伯爵の命令で門前払いとなっている。その情けない姿を見るたびに、愉悦を覚え、溜飲が下がる思いだった。

 あんな男はシルティに相応しくない。

 少々、時間がかかり、骨が折れたが、当初思っていた通りの状況になり、計画は順調に思えた。

 ただし、シルティの命が脅かされている今の現状だけは計算外で、どこでなにを間違ったのか、あの日に戻れるのならば、もう一度最初からやり直したかった。

 ……いや。こんな計画を実行したことが、そもそもの間違いだったのだと気づいている。もっと他にやり方があったはずだ。だが同時に、これしか方法がなかったのだという気持ちがあるのも事実だった。

 おもむろにソファから立ち上がり、掃き出し窓まで行くと、いつものように湖畔と東屋を見つめた。

 瞳を閉じれば、幼いシルティとセドリックが、仲良く花冠を作っている光景がまぶたの裏に浮かんだ。

 深く深呼吸をすると、あの日嗅いだ、初夏の風の匂いがした。新緑の青葉の香りと果実水の甘ずっぱい香り。ラベンダーの土の匂いを含んだ爽やかな香り。

 幼い頃の毎日は、楽しく、とても愛おしいものだった。

 一時いっときは、人生のどん底にいたセドリックが、一夜にして、幸せを手に入れ、そして同時に、契約に縛られた日でもあった。

 セドリックは、窓に映る契約印をガラス越しになでた。はだけたシャツからのぞく、心臓の上に刻まれた盟約のしるし。

『セドリック。君には将来、ウィルベリー伯爵位を継いでもらうことになる。まだ5歳の君には難しい話かもしれないが……。そうだな……要するに、私の娘のお婿さんになってほしい、ということだよ。意味がわかるかい?』

『ただし、それには条件があるんだ』

『君が将来、ウィルベリー伯爵になるということは変わらない。だが、私の娘と結婚することになるかは私の娘次第になる。……君を迎えるにあたって、娘には婚約者だということは伏せておく』

『将来2人が大人になったとき、お互いに愛し合っていれば結婚することになる。しかし娘に好きな人がいる場合は、2人の婚約を解消して、他の女性と結婚してもらいたい。……わかったかい?』

 幼く愚かだったセドリックは、「是」とこたえてしまった。

「この印を解くには、シルティと僕が心から愛し合っている状態で口づけを交わすこと。そう告げられたのは、半分嘘だった……」

 この国に数名しかいない魔法使いのひとりであるクロードが言うには、この盟約印には逃げ道があるらしい。その逃げ道とは、

 シルティがセドリックに処女を捧げること。

 はじめてクロードから聞かされた時は、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑ってしまったのを覚えている。

 そんなもの、真実の盟約と言えるものか!

 だから決めたのだ。婚前交渉が許されているこの国で、エドガーの魔の手からシルティを守りきると。

 そして盟約の通り、シルティから愛の告白を受け、真実の口づけを交わすことを。

 そのためなら、卑怯なことも卑劣なことも、自分自身を汚すことだって厭わない。

 セドリックは、ガラスに映る盟約印を握りつぶすように拳を握った。

「……誰にも渡さないよ。だって、シルティは。僕のシルは、僕だけのシルねぇさまなんだから」

 そう言って微笑んだセドリックの口元は、酷く歪んでいた。


*****


 アフタヌーンティーの時間、伯爵夫人の部屋に呼ばれ訪れると、酷く憔悴した夫人の姿があった。このような状況でひとりでいるのが心細かったのだろう。ようするにセドリックは、話し相手に呼ばれたのだ。

 時間をかけて夫人を慰め、励まし、泣きつかれて眠ってしまった夫人の世話を侍女に指示をして、夫人の居室をあとにした。

 今は緊急事態なので、授業は全てキャンセルになった。であれば、シルティのお見舞いに行くのが当然の流れなのだが、シルティは今、面会謝絶になっている。治療には、静かに療養することが重要だからだそうだが、他にも理由があるのではないかと、セドリックは思っている。

 シルティに会えずもどかしいが、ここで無理を押して、伯爵の怒りを買うのは得策ではない。だから今は、自分の気持ちを押し殺して、シルティが目覚めることを祈りながら過ごすしかない。

 だが、それすら理解できない馬鹿は存在する。自分の気持ちを押し付けることしかできない、考えなしで、自己中心的な人間。そう、

「……たとえばエドガー・シュウィッツ・エルヴィルとかね」

 セドリックは、懲りずに邸へ押し掛けてきたエドガーのもとへ足を向けた。


.
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【R18】今夜、私は義父に抱かれる

umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。 一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。 二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。 【共通】 *中世欧州風ファンタジー。 *立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。 *女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。 *一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。 *ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。 ※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

処理中です...