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第218話:地獣《ベヒーモス》

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 しゃがれたような声で俺の名を呼んだのは…
 ボロボロの外套に身を包んだ、背中から翼が生えた女。
 ……なぜ、あいつがここにいる!?


「「イザベラ!!!」」


 えっ!?
 記憶に該当するその敵の名を叫ぶと、黒の騎士も同様に声をあげていた。
 あのコウモリ女を知ってるってことは、やはりコイツも魔族の国アルケインの差し金か!


「〝イザベラ〟だと…?
 マミヤ殿、もしかしてあれが…?」

「ええ。あいつが『迷いの森』と『ルナルの森』で闘った吸血鬼ヴァンパイアです。
 だけど…」


 顔を見るのは初めてであるナディアさんに紹介しつつ、ある一つの疑問が頭を支配する。
 吸血鬼ヴァンパイアは光に弱く、昼間の時間帯は行動できないはず…。
 ましてや今日なんてお日様カンカン照りだぞ。
 まさか、あのボロい外套は…


「『カンバク様』…。お久しゅうございます。
 このイザベラ、遅ばせながら馳せ参じました。
 お逃げを…す…すぐに…、この賊…ら、を…」

「イザベラ!?」

ドサッ!

 あっ!? イザベラの口調が丁寧になったと思ったらいきなり落っこちた!
 な、なんだ…いったいどうなってる!?


「チィッ!」

ギィンッ!

「くっ!? ま、待て!」


 それを見た黒の騎士は、ナディアさんに得物を振って一撃を残しイザベラの元へ駆け寄った。
 やはりあの外套は直射日光を防ぐための即席のサンガードか。
 チラっと見えた素肌には火傷のような痕が確認できる。
 

「この馬鹿者が! なぜ僕を追ってきた!?
 大人しく本国へ残っていればいいものを…!」


 黒の騎士はしゃがみ込み、両腕でイザベラの半身を支え起こす。
 『追ってきた』? なんだそりゃ…?
 それじゃあまるで何かから逃げてきたみたいな言い方だな。


「申し訳、ございませぬ…。
 我の御心は…魔王様のもの…。
 ですが、貴方は魔城で鼻つまみにされていた我を気遣い、往来の友のように接してくれた。
 そんな貴方を捨ておくことなどできましょうか…」

「ざ、戯れ言を!
 僕はお前をも殺す覚悟で飛び出した!
 今さら、今さら…僕を葛藤させるなッ!!」


 ……………………話についていけないんだが。
 どういうことだ? 
 まさか、コイツは魔族の国アルケインから逃げてきたのか…?
 …詳しい事情を聞く必要があるな。


「…なあ、お前ら…」


 彼らに近づこうとした瞬間、さらなる異変が起きた。


「『暗黒投槍ダークネス・ジャベリン』!」

「「「!?」」」

ブオッ!!

 突如、細長い闇のエネルギーが目の前を通過する。
 その矛先は…なっ、黒の騎士だと!?


「『輝光線ルミナス・レイ』」

ドォォン!!

「ぐぐっ!? な、なにを!?」


 騎士に当たる直前、光属性の魔法が過ぎていった闇のエネルギーへ炸裂した!
 えっ、ピアス女が助けた…?
 …って、そうじゃない!
 さっきの闇魔法をぶっぱなしたの誰だ!?


「よっと…。
 フン、とんだ邪魔者が乱入してきおったわ」

「あいつは!?」

「マミヤ殿! こっちに!」


 億劫そうに白竜ホワイト・ドラゴンがベンチから立ち上がり、首を上げる。
 その視線を追ってみると、イザベラ同様バリアのに侵入したと思われる、〝魔族〟が宙に留まっていた。
 あれは…


「チッ、外したか…。
 つーかヨォ、こいつはいったいぜんたい、どうなってやがンダァ?
 〝裏切り者〟と〝嫌われ者〟が一緒にいやがるだけじゃなく、ニンゲンやドラゴンまでいるタァヨォ」


 ボリボリと頭を掻きながら面倒くさそうに人語を操るのは、これまで出会ったことがない魔物だった。
 蛇の頭に人間の身体…。
 上半身だけ見れば一見『蛇頭ナーガ』に見えるが、最大の違いは〝脚〟と、背中から生えた〝翼〟だ。
 …ざっけんなよ、また爬虫類ですか。


「『浮遊蛇ケツアルカトル』だ。
 一度交戦した経験があるが、あれは相当厄介な種族だぞ…」

「…そうみたいっすね。
 それよりあいつ今、同士討ちしましたよ」

「ああ。しかもそれを白竜ホワイト・ドラゴンが阻止した。
 あのドラゴンはいったい何を考えている…?」


 そもそもあいつどっからこの中に入ったんだ?
 上にいるってことは空からやって来たのか。

 俺とナディアさんは身を寄せ、迎撃の構えをとる。
 あいつ、迷わずに騎士の方を攻撃しやがった。
 同じ魔族なのに騎士は味方じゃないのか?


「デズモンド!!! 貴様…!!」


 黒の騎士が激昂し立ち上がる。
 あれ? 
 いつの間にかイザベラが移動している…。
 どうやら騎士が彼女をベンチに寝かせたようだ。
 既に意識は無いようだが呼吸の動きをしているあたり、まだ死んだわけではなさそう。


「はぁ~ァ…。
 まったく、とんだ〝ハズレ〟の方を引いちまったぜ。
 どうやら〝アタリ〟は、麓の方だったみてぇだナァ」


 大きなアクビをしながら、デズモンドと呼ばれたその魔族はあさっての方角を見ている。
 〝麓〟だと…? 
 まさか『紅の騎士』のことを言ってんのか?


「…わざわざ殺しに来たなら望みどおり相手をしてやる。
 だが、僕もタダではやられんぞ! 『召喚サモン』!」

「「なっ!?」」

ゴウッ!!

 あの魔法は!?
 ナディアさんも使ってる究極魔法か!
 纏っているエネルギーの属性は土…か?
 『土』だとすれば、ヤツに宿っている『伝説の魔物』は…


「へぇ~エ…?
 おもしれぇ、どうやらちったぁ成長したみてぇじゃネェの?
 弱虫カンバクちゃんヨォ…! ギャハハッ!」

「その耳障りな笑い声は相変わらずだな、デズモンド。
 待っていろ…すぐに殺してやる!」

ゴゴゴゴゴ…!

 〝カンバク〟と呼ばれた黒の騎士は両拳を握り、更にエネルギーを絞り出す!
 それに伴いビシ…ビシと、立っている地面にヒビが入っていく。


「な、なんという魔力マナだ…!
 しかもあの騎士が宿している魔物は…」

「うむ。あれは『地獣ベヒーモス』じゃな。
 フハハハ! これはたまげたわい!」

「あっ!? てめ、いつの間に…」


 白竜ホワイト・ドラゴンが俺たちの傍へやって来て愉快に笑っていた。
 そして今、コイツがナディアさんの言葉を紡いだ『地獣ベヒーモス』という名前…。
 ルカに詳しく聞かないと分からないが、そいつも古の魔物って奴なんだろう。


「堕ちろ! 『土礫回転撃ターマック・トルネード』!」

ギュオオオッ!

 騎士のエネルギーから生成された泥や小石が、一斉に浮遊蛇ケツアルカトルへ目掛け襲いかかる。
 ただぶつけるわけではなく、高速回転によって魔法の威力をかさ増ししているようだ!


「はん、シケた技使いやがって…。
 魔法っつーのはこういうのを言うんだよ!
 『暗黒回転撃ダークネス・トルネード』!」

グオオオオッ!!!

「なにっ!?」


 浮遊蛇《ケツアルカトル》が両手を突き出し、闇属性の魔法を被せた!
 なっ…!? 攻撃を打ち消しやがっただと!?


「テメェこそ相変わらず召喚した魔物オトモダチが居なけりゃあ、何もできねぇみてぇだナァ!?
 魔族の面汚しが一丁前にいきがってんじゃねぇぞ!!」

ドンッ!!

「ガッ!?」


 まるで空中で地を蹴るかのように黒の騎士へ肉薄、そして拳による打撃を兜に叩き込んだ!
 器用に俺とナディアさんの攻撃を捌いていた野郎があっけなく食らいやがった!


ドドドドドドッ!!!

「ギャハハハハハハッ!!!
 所詮、弱虫は弱虫のまんまだったナァ!?
 オラオラオラ! とっととくたばっちまいな!」

「くっ、クソッ! ぐああああッ!!!」


 ガードする剣や腕を弾かれ、まるでサンドバッグのようにタコ殴りにされている。
 あの野郎…このままだと…。


「これ、蒼の小僧と炎獣イフリートの娘。
 はやくあやつを助けんか」

「「!?」」


 白竜ホワイト・ドラゴンがとんでもない事をほざきやがった!
 ポンと、俺とナディアさんの肩に彼女の手が置かれる。
 最初に異議を唱えたのはナディアさんだ。


「ふ、ふざけるな!
 あそこにいるのは全員魔族だろう!?
 なぜ〝人類の敵〟を助ける必要がある!」


 バシッと手を払い、ブチ切れるナディアさん。
 そりゃそうだ。
 アイツと友達になったわけでもないのに、なぜ助けなきゃいけない?


「儂の〝見極め〟はもう終わった。
 あの者は…生かしておかねばならんのじゃ。
 『紅の魔王』と闘うなら尚更な」

「なっ、何…?」


 見極めって結局なんだよ!?
 魔王と闘うなら敵は少ない方が良いのに。
 潰し合ってくれるならそれこそ!


「じゃあアンタが助ければいいだろ?
 俺たちがそんなことする義理はないぜ」


 冷静にピアス女に物申すと、なぜかニヤリと笑みを浮かべた。


「ほっほうキサマ意外とガンコなガキじゃな。
 残念ながら儂は手出しをする〝許可〟が下りてないのじゃ。
 まあ、人類が滅んでもいいと言うならこのまま眺めていれば良い」

「「なに!?」」


 人類が滅ぶだと!?
 なんでコイツがそんなこと分かって…
 ん…待てよ?
 このくだり、以前にもあった気がするな。

 
「…お前、まさか『予知フォーウィス』を使えるのか?」

「なっ、なんだと!? モネと同じ…?」


 俺たちの知らない未来を知れる奴は『占術士フォーチュナー』だけ。
 だが、なにも肩書きが『占術士フォーチュナー』でなくとも、魔法さえ使えていれば同じことだ。


「何をトンチンカンなことを言っておる。
 あれは限られた血筋の者にしか使えん魔法じゃ。
 儂のようなただのドラゴンに使えるわけなかろう」

「あ…」


 そうだった…。
 そういや、その魔法はモネの血筋じゃなけりゃ使えないんだった。
 最近会ってないからすっかり忘れてたぜ。


「ともかく、早くあの若造を助けよ。
 人類の滅びについては保証してやろう」

「ぬぐ…っ!」

「ま、マミヤ殿…」


 まだコイツの正体が分からないとはいえ、はっきりそこまで言われたら助けるしかないじゃないか!
 …でも、ただこの女に従うのはシャクだ。


「…なら条件がある。
 俺たちがヤツを助けるあいだ、お前はあの暗いバリアをなんとか消してくれ。
 仲間が合流すれば一発だ」

「マミヤ殿!? 本気か!?」


 突然意見を変えた俺にナディアさんが戸惑う。
 ホント、マジでゴメンなさい。


「…クククッ!
 やはりキサマはおもしろい小僧じゃのう!
 この儂に取引を二度も持ちかけるとは…。
 良かろう! これで貸し二つにするがな!」


 ワシャワシャとピアス女は俺の頭を撫で出した!
 馴れ馴れしく触んなコラ! …ってあれ、二つ?
 もう一つって…あ、アレか!


「『回復ヒアル』の件ね…。
 ハイハイ、ちゃんと覚えておきますよ」


 手をどけながらため息混じりに言うと、白竜ホワイト・ドラゴンは満足そうに頷いた。


「ふふん、『約束』じゃぞ」

バサッ!

 背中から翼が展開し、彼女はバリアへ向けて飛び立った。








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