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第186話:ドノヴァンの掟

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「「アア、ソウダ。
 ナディアハ〝炎〟ノ扱イガマダマダ下手クソ。
 何度言ッテモ、コノ子ハ力任セニ炎ヲ振ルッテシマウノダ」」

「敵をやっつけられるなら別になんでも良くね?
 ナディアさんの火魔法は普通に強いと思うけど」

「「甘イナ、マミヤレイト。
 〝焼キ加減〟ト言ウ言葉ヲ知ランノカ?」」

「むしろなんでお前が知ってんだよ」

「ああ、君は語彙が豊かだな」

「「「…………」」」


 センチュリー一家から退散した俺らは、セリーヌとカーティスがいる宿へ向かっている。
 炎獣イフリートは久しぶりに自分の手でご飯を食べたいらしい。

 しかし、ルカ以外のメンバーは何故かビビって俺らから離れて後ろを歩いている。
 そこまでこいつ怖いか?


「なんであの二人、平気で炎獣イフリートの隣を歩けるのかしら…?」

「同感です…。
 下手をすれば、亜人の国ヘルベルクの王様より怖いです…」

「舐めてたぜ…。
 まさか伝説の魔物があそこまでの迫力たァ…」

「だが、今回は依り代なんだろう?
 依り代であれほどなら、本体はもっと…」


 アイツらボソボソと陰口を叩いてやがる。
 へん、いい気味だ。

 ちなみにオズのおっさんは、村の周辺をパトロールしてくるとかなんとか言って、まーた単独行動し始めた。
 なんでドラゴンって大人しくじっとしてられない性格なんかな。


「しかし零人。
 センチュリーを置いてきて良かったのか?
 彼女は私たちと同行を望んでいたが…」

「まあザベっさんには悪いとは思うけど、せっかく家族が全員揃ったなら、一緒に過ごせる間は過ごすべきだと俺は思う。
 …世の中には家族に会いたくても会えない奴だっているだろ?」

「零人…。ああ、そうだな。
 私も早く〝撃の宝石〟と会いたいよ」

「へへ、必ず会わせてやっからな」


 かくいう俺も地球にいる家族が恋しい。
 オフクロと親父、元気してるかな?
 おねえはそろそろ彼氏の一人くらいできただろうか?
 …って、いかんいかん。
 考え過ぎるとつい感傷的になっちまうな。


「「…………」」

「…? どうした炎獣イフリート、こっちジッと見て…。
 俺の顔になんか付いてる?」

「「……イヤ、汝ノ顔ガ愉快ナ形ヲシテイルナト思ッタダケダ」」

「喧嘩売ってんのかテメェは!」


☆エリザベス・センチュリーsides☆


 レイト様御一行は、私を残して家から帰ってしまった…。
 …また兄と父の相手をしなくてはならない…。
 まったく…本当に憂鬱だ。


「それじゃあ、エリー。
 お料理作ってくるから、お父さんとお兄ちゃんを霊体を戻して起こしてもらえるかしら?
 今日はあなたの大好きなシチューを作っちゃうわよ~」


 エプロンを身に付け、調理を行なう身支度を整えている母がそんなことを言ってきた。
 私が起こす? 冗談じゃない。


「いえ…。私も調理を手伝います。
 あの男どもを起こすのはその後でも良いでしょう」

「もう、またそんなこと言って…。分かったわ。
 それじゃあ戦乙女ヴァルキュリアで学んだ腕前、見せてもらおうかしら」

「望むところです」


☆☆☆


「エリー、お鍋取ってくれる?」

「かしこまりました。…(ゴソゴソ)。」

「うふふそこじゃないわ、上の棚にあるわよ。
 今日は大きい方を選んでね」

「…はい」


 母と二人、台所にて夕飯の調理を開始した。
 今回作るお料理は『シチュー』。
 私の好物を母は覚えてくれていた。
 この村を出て行ってからもう何年も経っているのに…。


「それにしても、あのヤンチャなエリーがこんなに綺麗になって帰ってくるなんてね~。
 最初に見たとき、鏡の中から私が出てきたのかと思ったわ!」

「私はまだハタチです。
 さすがに無理がある表現では?」

「あらまぁ!
 口の悪さはまだ直ってないのねこの子ったら!」


 私はお野菜をカットして、母様は隣でお肉の調理を行なっている。
 トントントントンと、台所内に子気味よく響く包丁の音。
 ……懐かしい。

 …まさか私がここに立つとは、子どもの頃には夢にも思わなかっただろう。
 料理なんて出てくるのが当たり前、ミアと遊んで家に帰ってくる頃には、母が用意してくれていた。

 この歳になって、ようやくそれがどれだけありがたいことなのか理解できた。
 …もっと早く気づくべきでしたね。


「『点火イグニ』。
 ねえエリー、そろそろお母さんに教えてくれない?」


 お鍋に火をかけた母様がやぶからぼうに質問する。
 主語が抜けているのでもちろん回答できない。


「何をですか?」


 野菜を一口大に切り分けながら聞き返す。
 うん、我ながら良い形にできました。


「レイト君とどこまでいったのよ?」

ビョンッ

 野菜が吹っ飛んだ。


「ああっ!? もう、何やってるのよエリー。
 コレもったいないわねぇ…」


 母様は私が下に落とした野菜の切れ端を水で洗いながらボウルに戻した。
 …私は悪くない。


「『どこまで』…とは?」


 改めて質問の意味を聞き返す。
 まさか…勘づいて…?


「うふふ、隠してもムダよ?
 あなたの目、レイトくんに釘付けだったもの。
 本当は自分の家に彼を連れてきてソワソワしてたんでしょ?」

「…………」


 …そんなに落ち着きがなかっただろうか。
 母様はさらに追求の嵐を巻き起こす。


「ホラ、お母さんに教えなさいよ!
 あなたイザークと仲良かったから、てっきりあの子とくっつくかなって思ってたのよ。
 それがまさか人族の子に恋するなんて!
 ああ…ステキ! まるで恋愛小説みたい!
 これがロマンってものに違いないわ!」

「…落ち着いてください母様。
 私はまだ何も言っていませんよ」

「だってあなた後ろめたいことがあると、いつも黙るじゃない?
 それにレイト君にここに残れって言われた時、ショック受けていたでしょ?」

「………」

「ほーら! やっぱりそうなんじゃない!
 遠慮しないで早く白状しちゃいなさい!
 今はお父さんもお兄ちゃんも寝てるんだから」


 ……やはり、母には敵わない。
 でも、果たしてに言っても良いのでしょうか?
 今いるここは…故郷ドノヴァンだ。


「私は出向している身とはいえ、心はドノヴァンの人間です。
 …本当は母様がいちばん外に出たがっていたのに、私がそれを差し置いて…」

「何言ってるのよエリザベス!
 私の叶えられなかった夢を代わりにあなたが叶えてくれてる…それが本当に嬉しいんだから。
 それにね、あなたが出て行ってから『』が少しずつ増えてきてるのよ」

「そう…なのですか?」

「ええ。だから少しでも『族会』で意見を通りやすくするためにも、エリーの見てきた外のを私に教えて欲しいの」

「……なるほど」


 『族会』…。
 一ヶ月に一度、ドノヴァン村ではそう呼ばれる定例会議がある。
 村の収支や農畜産状況、子どもの教育方針など、様々な議題をテーマに会議を行なう場だ。

 そして、その会議では必ずある議題が挙がる。


「『ドノヴァンの掟』…。
 やはり未だに『暫定派』が意見を占めているということですね」

「ええ…。
 お父さんやお兄ちゃんはもちろん、『族員』のおじ様方も全員そっち側だからね…。
 反対派も増えてきたとはいえ、最後は結局いつもの結果で終わっちゃうわ。
 それにさっき客室でも言ったけど、まだ誰もエドに人が居ないのよ…」

「…………」


 『ドノヴァンの掟』では霊力エーテルの血筋を守る為に様々な決まりごとがある。
 その中でとりわけ厳しい掟が一つ。

『村の民はその生涯を村の中で終えること』

 子どもの頃の私はその掟を嫌い、無鉄砲な家出を実行してしまったのだ。
 当時、村一番の『ガキ大将』だった私と同じ行動をする子どもはいなかった。
 …いや、家出に誘っても誰も来なかったと言う方が正しい。

 そしてその小さな逃避行は失敗に終わり、また家出をして魔物に殺されてしまうよりは、ビジネスパートナーであるクオン様の元で暮らしてもらうという異例の特例措置に至った。

 図らずも、私は自らの願望を叶えられることになったが、同じ望みを持つ母様や友達を置いて行くことなんてしたくなかったのだ。
 子どもなりにをしたが、最後には戦乙女ヴァルキュリアたちに連れて行かれてしまった。


「分かりました。
 滞在中、私にできることがあればなんでも言ってください。
 …お、お母さん…」

「エリー…! ああ、やっとそう呼んでくれた!
 愛してるわエリー!」

ギュッ!

「…母様。暑苦しいです」

「あーん! もう戻っちゃった!
 それでそれで!?
 レイト君のどこに惚れたの!?
 甘酸っぱいお話いっぱいあるんでしょ~!」

「ハァ…、やはり私もミアの家に行くべきでした」


 先祖代々から長年積み重ねた歴史ルールをひっくり返すことは難しいだろう。
 でも…、それでも私はお母さんやミア…いや、ドノヴァンの皆に知ってほしい。

  村の外に広がる、世界の広さを…。










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