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第173話:ドラゴンの記憶

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 翌朝。

 実に刺激的な夜を超え、俺たちはドノヴァン山へ足を踏み入れた。
 2台のキャラバンを再び稼働させて、山登りをクルゥ達に頑張ってもらう。
 そして今日のカーティスの相手役は俺だ。


「へぇ~! カラオケ…ワタシも歌ってみたい!」

「え、ドラゴンって歌ったりすんのかよ…?」

「個体にもよりますが、人語を覚えた魔物の中には言葉で遊ぶ子もいるらしいですよ」

「あっ、おい黒毛!
次カラオケする時は、オレとブリジッドは必ず呼んどけよ!」


 現在の手網を握る運転手はザベっさん。
 横のナビシートにはナディアさんだ。

 ドノヴァン村は山の中腹に位置するらしい。
 俺らの他にも近くに魔族が居るかもしれないので、常時警戒しながら進んでいる。
 それに、山に入ってからかなりの頻度で魔物とエンカウントするようにもなった。
 といっても、俺の前にいるカーティスのお陰で戦闘にならずに追っ払えるわけだが。


「ところでレイトさん。
 首元、なにか赤くなってますよ?」

「えっ? どこ? ちょっと鏡ある?」

「横の、ここら辺です」


 シルヴィアから手鏡を受け取り、指で示された箇所を見てみる。
 ……ここ、昨日ザベっさんにチューされた場所じゃん!
 あ、あの女…! なにキス痕付けてんだ!


「あ、あ~その、昨日は虫が多かったから刺されたのかも…」

「あァ? おめェ寝る前にいつもの虫除け香水ぶっ掛けてただろうが」

「うえっ? い、いやぁ…ドノヴァンの虫には通用しないみたいで…ナハハハ…」


 乾いた笑いになりながらも何とか誤魔化そうと努める。
 そんなしどろもどろな俺を、シルヴィアは訝しげにじーと見つめる。
 こいつ意外と疑り深い性格なんだよな…。


「…まさかと思いますが」

「(ビクッ)!? な、なに?」


 ゴクリ、と唾を飲んだ。


「テオさんに手を出して〝イタズラ〟されたとか言いませんよね…?」

「出すかぁぁぁ! バカかテメーは!?」


 そんなに俺のこと節操なしに思ってるの!?
 シルヴィアを賢いと少しでも思った俺が間違ってた。
 

「まぁ、テオさんでないなら別に構いませんが…取り敢えずそれ治しましょうか?」

「…お願い」


 シルヴィアから回復ヒアルを掛けてもらい、キスマークを消してもらった。
 ふう、危ねぇ危ねぇ…。
 こんなのある意味爆弾だからな…。


☆☆☆


 出発してから3時間ほど経過。
 現在、キャンプを設置せずに簡易的な小休憩を挟んでいる。

 はぁ…まだかなー、ドノヴァン村…。

 手元のブラシをクルゥにすいてやりながらボケッとしていると、トントンと後ろから肩を叩かれた。


「レイト様」

「うわあっ!? ザ、ザベっさん…」

「ピュイッ!?」


 お、思わずクルゥに抱きついてしまった…。
 実は今朝から一度もザベっさんと言葉を交わしていない。
 つーか、俺が避けてる。
 昨日のこともあり、どんな顔で彼女と接すれば良いのか分からないのだ。


「…昨夜は、誠に申し訳ありません。
 自身の立場を弁えずあのようなことを…」


 深々と頭を下げてきた!
 め、珍しく殊勝な態度だこと…。


「い、いや…、あの時は深夜テンションでちょっと盛り上がったってとこだろ?
 き、気にすんなって! アハハハ…」

「……………」


 しかし彼女は何も答えず頭を下げたまま。
 あれ? まさか、かなり落ち込んでる感じ…?
 酒入ってやらかしたわけじゃない分、余計にダメージがあるってことかな…。


「レイト様」

「なっ、なに?」


 次は顔を上げて俺の視界に真っ直ぐ向かい合った。
 赤い瞳に太陽の光が射し込んで、これでもかと言うほど存在を強調している。


「…詳細は申せませんが、〝その時〟はよろしくお願いいたします」

「は?」


 え、いきなり何の話だ?
 その時って、どの時?


「いえ、今はお気になさらずとも構いません。
 いずれ適切な時期に判明することゆえ」

「???」


 宝石スフィアの翻訳機能がこわれた?
 目の前のエルフさんの言葉の意味がさっぱり分からないんだけど…。


「伝えるべきことは伝えました。
 私はこれで失礼します」

「あ、うん…」


 そう言って、ザベっさんはその場から離れた。

 …ってあれ? 
 ルカとフレイ、ナディアさんがすぐ彼女の元に集まって楽しそうにお喋り始めたんだけど…。
 昨日はずいぶん殺伐した雰囲気だったのに、いつの間にか仲直りしたのかな?


☆☆☆


 休憩も終わり、再度出発。

 今度は俺が手網を任されることになった。
 そんで横にはカーティスのアホが座っている。
 ザベっさんから渡された地図を片手に、山の中を突き進んでいた。


「それにしても、クルゥの引っ張るバンに乗ってノンビリ旅するのもたまには良いもんだねぇ。
 ワタシ、いつも移動する時は空からババーっとすぐ行っちゃうからさ」

転移テレポート使えるなら俺もすぐ目的地に向かいたいんだけど、あいにく座標を直接その場に設置しないと発動できないからな」

「ふうん? よく分からないけど大変だね~。
 んーっ、ふぁ~あァ…」


 ググーっと背伸びをして大きくあくびをするカーティス。
 今から呑気にうたた寝でもしそうな雰囲気だ。

 …つうか、冷静に考えてなんで俺は横にドラゴン乗せてんだ?
 あ、出発すっとき当然のように横に来たから断る隙が無かったんだ…。
 まあ、せっかくだしたまには俺からもコイツに質問してみるか。


「おいカーティス。
 お前の年齢っていくつなの?」

「…えー? オマエそんなの知りたいの?
 じゃあさじゃあさ、ワタシ何歳に見える?」


 あー出た出た! 女の年齢当ててみてクイズ厨!
 この手の質問するヤツはホントしょうもない!
 そして、コイツは俺の嫌いなドラゴンだ。
 そんなもんに付き合う義理はない。


「…早く言わねぇと、『逆鱗』くすぐるぞ?」

「げっ!? 270! ワタシ270歳ですっ!!」

「に、にひゃくななじゅう!?
 やっぱババアじゃん!」

「コラー!」

スパンっ!!

「あだっ!」


 尻尾で頭叩かれた。
 ウロコ付いてるから地味に今痛かったぞ!


「ニンゲンで言えばまだハタチくらいだよ!
 マー坊と同い年みたいなもんじゃん!」

「いや…さすがに二世紀をも生き抜いたおばあちゃんと同列にされても…」

「ああっ、またおババ扱いした!」


 ポコポコと俺の肩を叩いてくる。
 コイツの力がまだ戻ってないお陰か、こっちはぜんぜん痛くない。


「でも、そうか…。270歳じゃ知らないか…」

「…? 何を?」

「500年前のことだよ」

「ごひゃく…?」


 疑問符を浮かべるカーティス。
 …この星にやって来て、俺を最初に襲ってきた黒竜ブラック・ドラゴンは、何故かあっちには面識があった。
 ヤツは500年前に俺とルカを見たという。

 当然、そんなことはありえないのだが…。
 もしコイツも長生きしてる魔物なら何か知ってるかと思ったけど、アテが外れたな。

 そう彼女に事情を伝えると、何故か目を丸くした。


「500年以上も前のこと憶えてるなんて、そのドラゴンよっぽど賢いんだね!」

「…? どういう意味だ?」

「ワタシたちドラゴン…というか、長生きする魔物ってだいたい200年くらい前の記憶は忘れることが多いからさ。
 家族が死んだとはいえ、そこまで記憶を保っているなんてすごいよ!」


 忘れることが多い…か。
 ん? それなら黒竜ブラック・ドラゴンは、俺とルカの事を俺らに似た誰かと勘違いしてるんじゃないか?

 いや、きっとそうだ!
 そんであのドラゴンに真犯人を証明できれば、もう命を狙われる心配が無くなるんじゃ…!

バシッ!

「あんっ! な、なにマー坊…?
 やっぱり、おしおき…?」

「お前、たまには役に立つじゃねぇか!
 褒めてつかわそう!」


 背中をはたいて、頭を撫でてあげた。
 初めてコイツの髪に触れたけど、意外とサラサラしてるんだな。
 するとカーティスはパチクリと瞬きを繰り返した。


「ま、マー坊がワタシを褒めた…?
 いつもヒドイ扱いするのになんでなんで!?」

「だあっ!? 運転中なんだから引っ付くな!
 ほら、早く離れねぇと逆鱗引っ掻くぞ…?」


 片手をワキワキとさせる。
 ふふん、コイツの弱点はもう知ってるからな!
 こう言えば大人しく…


「……ちょ、ちょっとだけならいいよ…?」

チラッ…

恥ずかしそうに服を捲り上げるカーティス…。


………………………………………………………


「…お前キモいからバンに戻すわ。あばよ」

「あっ!? ちょっとマーぼ…」

ブン!

 最後に見た彼女の目は、なぜか王都のカジノに居るアシュリー・ポッツと同じようなきたねぇ輝きを放っていた…。









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