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第172話:深夜に舞う炎
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「私は…ドノヴァンの長の娘なのです」
闇が支配する暗いキャンプにザベっさんの透き通った声が浸透する。
その声色は少し震えていて、まるで勇気を出して告白したような印象だ。
「おさ…? それって村長の娘ってこと?」
確認すると、ザベっさんの首が縦に振られた。
「『ドノヴァン・ヴィレッジ』。
大昔よりその村に住むことが許される種族は霊森人のみ。
そして村人は誰一人として、村から出て行くことは許されていないのです…。
…貴重なエーテルの血統を守るために」
「……えっと、それじゃあ…」
ザベっさんは?と聞く前に彼女は続けて言葉を紡いだ。
「…先ほどレイト様は〝村長〟という名称を使われましたが、こちらでは〝族長〟と呼ばれています。
そして私はその族長の長女として生を頂きました」
族長…。
ということはもしかしてザベっさんって村の中で立場が偉いのだろうか?
「人間で唯一『霊体』を感じ取れる種族であるハイエルフ…。
族長…お父様は、その事にとても誇りを抱いておられる方なのです」
「あー、確かにザベっさんの能力には助けられたことがいっぱいあったね」
「恐れ入ります。
…ですが私は、生まれ持った霊力や村の風習に息苦しさを感じていたのです」
えっ、そうだったのか?
霊力はザベっさんだけが扱えるから、ウチのパーティーとしてはものすごく助かってるんだけど…。
「お父様や周りの人達に甘やかされて育ったせいか、当時の私は世間知らずの箱入り娘で……その、少々〝おてんば〟でした」
「ええっ? ぜんぜん想像つかないな…」
「フフ…、今と昔ではかなり性格が違うと自覚しておりますゆえ。
そして、ある日。
お家の束縛を嫌い、とうとう私はいわゆる『家出』を敢行いたしました」
「お、おおう…マジか」
家出…何歳くらいのときなんだろう?
そういやザベっさんと俺、歳は一緒って言ってたよな。
ハタチ組はウチのパーティー意外と多い。
「いくら霊力を扱えるとはいえ、中身はただのヤンチャな子ども。
道中の魔物か山賊に襲われ、その短い生を終えることは時間の問題でした」
「その言い方だと、誰かに助けてもらったみたいだな?」
「左様です。
ドノヴァン山に住まう『双頭竜』というドラゴンに…レイト様?
耳を塞がないでください」
嫌だぁぁぁ!!!
ドラゴンのことは聴きたくない!
…と、叫びたい気持ちを我慢して必死の抵抗を続けるも、ザベっさんに塞いだ手をどけられてしまった。
「怖いものなど何も知らなかった私は、そのドラゴンが眠っているところを発見し、愚かにもちょっかいをかけてしまったのです」
「な、なんて命知らずなガキなんだ…!」
俺なら迷わずにトンズラこくね!
ドラゴンから逃れる為だったら、どんなに疲れていようともスタミナが無尽蔵になる自信がある。
「当然、眠りの妨げをされた双頭竜は怒り狂い、私に襲いかかって来ました。
そして間一髪のところを救っていただいた方々が、オットー家の特殊部隊『戦乙女』です」
「ヴァルキュリア!?
えっ…そんなとこにジオンが居たの?」
「いえ。当時いらっしゃっていたのは、旦那様…クオン・オットー様です」
あ、あの息子ラブな父ちゃんか!
でもなんでドノヴァンの山ん中になんていたんだろう?
「旦那様は当時、没落したオットー家の再興に奮闘している一介の貴族でした。
そして我々の力を借りようと、わざわざ村まで来訪している最中だったのです」
「…? どうして再興するのに村の力が?」
「霊力を扱った事業はとても希少で、失った財源を形成するにはもってこいの魔力だからです。
旦那様は族長へ直接交渉にいらしたのです」
そ、そうだったのか。
金持ちのイメージばかりだったけど、苦労してたんだな、あの家も…。
「父は当初突き放す考えでしたが、族長の娘たる『私』を助けてもらったという義に応えるため、しぶしぶ了承しました。
しかし、助けて頂いたことすらよく理解していなかった当の私は、命の恩人である旦那様方に対しても悪戯を仕掛ける始末でした」
「ア、アハハ…ザベっさん、ワイルドな子供時代送っていたんだな」
…考えてみれば、この人俺に対しても結構な頻度でイタズラしてきてるよな。
本来、それが彼女の性格ということなのだろうか?
「そこで、父はタダで交渉を終えなかった。
事業を手伝う代わりに、娘を〝教育〟してほしい…そうお父様は交換条件を出したのです」
なるほど…。
ようやく話が見えてきた。
教育ってことは…
「ザベっさんが『戦乙女』で働くってことだな?」
「正解でございます」
ペチペチペチと、音に力が入っていない拍手を送ってくれた。
誰だってそんくらいは予想つくさ。
「村の人間を外に送り出すことなど前代未聞でしたが、旦那様はしっかりと育て上げると約束し、私を連れてドノヴァンの村を後にしたのです」
「…よくザベっさん駄々こねなかったな?」
「いえ、もちろん暴れ回りました。
当時の鬼バ…いえ、戦乙女を仕切っていた『隊長』に問答無用で寝かされたのです」
いま鬼ババアって言いかけた?
『隊長』…、そういえばオットー町が襲われた時にザベっさんは他のメイド達を仕切っていたな。
「『戦乙女』の日常は、とても過酷で辛い訓練の日々でしたが、外の世界に憧れていた私にとっては毎日が充実したものでした」
「へぇ~! ちなみに訓練ってどんなの?」
「仔細は申し上げられませんが、そうですね…。
決して無駄口を開いてはならない、などです」
おおー、ルカなら絶対こなせない訓練や。
訓練っつーか掟みたいだな。
「そんな訓練を続けているうちに、私は現在のような無表情でつまらない女と化しました。
…レイト様も喜怒哀楽が伝わるお方が好みかと存じますが…」
「えっ?」
後半は何故か消え入るような口調だった。
つまらない女? 何言ってるんだろうこの人は?
「言うほどザベっさん無表情じゃなくね?」
「フフ、どうかお気遣いなく」
「いやホントにさ…。
あっ、そうだ。証拠あるよ」
「?」
俺はポケットからスマホを取り出した。
既にルカから充電してもらっている。
そして写真アプリを起動した。
「ほら、ザベっさん。コレ見てよ」
その中からある写真を選び、ザベっさんへスマホを渡した。
「これは…」
「オットー町からノルンに向かってる時のだね。
覚えてる? 俺とジオンがふざけて転移で遊んでたら、座標ミスって湖に落っこちた時のやつだよ」
写真には、ナディアさんが般若のようなツラで叱っている横に舌を出してゲンナリした表情をした俺。
そしてその後ろに、ちょうど俺の着替えを持って来ていたザベっさんが写っている。
俺はザベっさんの顔の部分をスワイプして拡大した。
「ほら、ナディアさんにガミガミ叱られてる俺をザベっさん思いきりあざ笑ってるっしょ?」
「あ…」
ズブ濡れ状態の俺と怒りのナディアさんを自撮りしたら、たまたまこんなショットが生まれたのだ。
ジオン、元気してっかな。
「他にもあるよ。ええと…ほら!
これ、なんだか覚えてる?」
「…もちろんです。
仕立て屋…オババのお店で皆様のお召し物を調達した日でございますね」
「ああ。そんでこん時フレイから言われて女性陣の写真撮っただろ?
みんなと並んでるザベっさん…ほら、これスマイルしてるんじゃない?」
「…は、はい。そう、ですね…」
あの時、みんな可愛らしいドレスを着られて女子たちは凄く舞い上がっていた。
きっとその熱に自然とザベっさんも浮かされたんだろう。
「まだあるよー。
ええとたしか飲み会の」
「…レイト様」
「あった!
ほら、ルカと早食いして負けて悔しそうに…」
「レイト様っ!」
「うぇっ!? な、なに?」
お、おいおい…今の声けっこうボリュームあったぞ。
みんな起きて来ないだろうな?
「も、もう充分理解しましたので…。
これ以上私の写真は見せなくて結構です…」
「そ、そう?」
ザベっさんは俺にスマホを返却すると、そっぽを向いてしまった。
手を遊ばせてどことなく落ち着きがないように見える。
「あはは…ゴメンな、ちっと恥ずかしかったか。
でも、これだけは覚えておいてくれ」
「…? 何を…でしょうか?」
「ザベっさんはつまらない女なんかじゃない。
皆にとっても俺にとっても…ザベっさんは礼儀正しいと見せかけた、お茶目で楽しい女の子だ」
「!!?」
ババッ!と、ザベっさんは立ち上がって俺から距離を取った。
え!? 俺またまずいこと言った!?
「あ、あの…さすがにその反応は傷付くな…」
「………のせいです」
「え?」
今なんて…?
ザベっさんは答えることなく俺の前に来て…膝に跨ってきた!?
な、何してんだこの人!?
「お、おい!?」
「シー、お静かに…。
〝声〟を出してはいけませんよ」
「ザベ…んむっ」
口を塞がれた。
この感触…手じゃない。
プルっとした柔らかい肉感、頬にかかる漏れた息…。
真っ暗だからこそ敏感に感じ取れる。
これは…キスだ。
「ンン…ん」
ザベっさんは俺の頭後ろに回した手を引き寄せ、さらに身体と唇を圧迫する。
……何も、喋れない。
離そうとしてもどんどん迫ってくる。
虫の鳴き声と互いの息遣いが妙に耳に残る。
こ、こんなこと…テントでみんなが寝てるのに…!
「…ん…。レイトさま…」
チュッ…
「あっ…!」
ようやく唇を離してくれたのも束の間、今度は俺の首に口付けをしながら、上着のボタンを外し始めた!
ま、待て…! まさかこんな場所でする気か!?
「はーい、それ以上は許さないわよー」
「「!?」」
不意に声が掛かった!
ザベっさんを乗せたまま声の出所を見ると、いつの間にかフレイがテントから出て、仁王立ちで俺らを見下ろしていた。
「ま、眩しっ…」
彼女の横には点火の炎が踊っていた。
そして気がつく。
…最悪なことに、その場に居たのはフレイだけじゃなかった。
「やはり我が契約者殿は女遊びがやめられん性格のようだ。
なぁウォルト、どうすれば男の性欲を適度に解消できる?」
「なっ!? わ、私に、そ…そんなハレンチなことを言わせるなっ」
ルカとフレイ、そしてナディアさんもその場に立っていたのだ。
ダラダラと、背中に冷たい汗が流れる。
そういえばこの4人は同じテント組だったか。
「…いつからお目覚めに?」
「村長だの族長だの話してるあたりよ」
「「…………」」
それほぼ最初からじゃねえか!
なに盗み聞きしてくれてんのよ!
「さて、エリザベスさん?
〝色々〟話すことがあるからテントに戻りましょうか」
「……かしこまりました」
「あっ…」
俺から身体を離して、なんともバツの悪そうなザベっさんはフレイに肩を抱かれながらテントへと帰宅した…。
そして残ったのは俺とルカとナディアさん。
「「零人(マミヤ殿)」」
「はいっ」
「「おやすみ」」
「えっ!? あ、おやすみ…?」
そう言って、二人もテントへ戻って行った。
ウソだろ…?
てっきり2人同時に説教かまされるかと思ったのに…。
いったいどうなってんだ???
闇が支配する暗いキャンプにザベっさんの透き通った声が浸透する。
その声色は少し震えていて、まるで勇気を出して告白したような印象だ。
「おさ…? それって村長の娘ってこと?」
確認すると、ザベっさんの首が縦に振られた。
「『ドノヴァン・ヴィレッジ』。
大昔よりその村に住むことが許される種族は霊森人のみ。
そして村人は誰一人として、村から出て行くことは許されていないのです…。
…貴重なエーテルの血統を守るために」
「……えっと、それじゃあ…」
ザベっさんは?と聞く前に彼女は続けて言葉を紡いだ。
「…先ほどレイト様は〝村長〟という名称を使われましたが、こちらでは〝族長〟と呼ばれています。
そして私はその族長の長女として生を頂きました」
族長…。
ということはもしかしてザベっさんって村の中で立場が偉いのだろうか?
「人間で唯一『霊体』を感じ取れる種族であるハイエルフ…。
族長…お父様は、その事にとても誇りを抱いておられる方なのです」
「あー、確かにザベっさんの能力には助けられたことがいっぱいあったね」
「恐れ入ります。
…ですが私は、生まれ持った霊力や村の風習に息苦しさを感じていたのです」
えっ、そうだったのか?
霊力はザベっさんだけが扱えるから、ウチのパーティーとしてはものすごく助かってるんだけど…。
「お父様や周りの人達に甘やかされて育ったせいか、当時の私は世間知らずの箱入り娘で……その、少々〝おてんば〟でした」
「ええっ? ぜんぜん想像つかないな…」
「フフ…、今と昔ではかなり性格が違うと自覚しておりますゆえ。
そして、ある日。
お家の束縛を嫌い、とうとう私はいわゆる『家出』を敢行いたしました」
「お、おおう…マジか」
家出…何歳くらいのときなんだろう?
そういやザベっさんと俺、歳は一緒って言ってたよな。
ハタチ組はウチのパーティー意外と多い。
「いくら霊力を扱えるとはいえ、中身はただのヤンチャな子ども。
道中の魔物か山賊に襲われ、その短い生を終えることは時間の問題でした」
「その言い方だと、誰かに助けてもらったみたいだな?」
「左様です。
ドノヴァン山に住まう『双頭竜』というドラゴンに…レイト様?
耳を塞がないでください」
嫌だぁぁぁ!!!
ドラゴンのことは聴きたくない!
…と、叫びたい気持ちを我慢して必死の抵抗を続けるも、ザベっさんに塞いだ手をどけられてしまった。
「怖いものなど何も知らなかった私は、そのドラゴンが眠っているところを発見し、愚かにもちょっかいをかけてしまったのです」
「な、なんて命知らずなガキなんだ…!」
俺なら迷わずにトンズラこくね!
ドラゴンから逃れる為だったら、どんなに疲れていようともスタミナが無尽蔵になる自信がある。
「当然、眠りの妨げをされた双頭竜は怒り狂い、私に襲いかかって来ました。
そして間一髪のところを救っていただいた方々が、オットー家の特殊部隊『戦乙女』です」
「ヴァルキュリア!?
えっ…そんなとこにジオンが居たの?」
「いえ。当時いらっしゃっていたのは、旦那様…クオン・オットー様です」
あ、あの息子ラブな父ちゃんか!
でもなんでドノヴァンの山ん中になんていたんだろう?
「旦那様は当時、没落したオットー家の再興に奮闘している一介の貴族でした。
そして我々の力を借りようと、わざわざ村まで来訪している最中だったのです」
「…? どうして再興するのに村の力が?」
「霊力を扱った事業はとても希少で、失った財源を形成するにはもってこいの魔力だからです。
旦那様は族長へ直接交渉にいらしたのです」
そ、そうだったのか。
金持ちのイメージばかりだったけど、苦労してたんだな、あの家も…。
「父は当初突き放す考えでしたが、族長の娘たる『私』を助けてもらったという義に応えるため、しぶしぶ了承しました。
しかし、助けて頂いたことすらよく理解していなかった当の私は、命の恩人である旦那様方に対しても悪戯を仕掛ける始末でした」
「ア、アハハ…ザベっさん、ワイルドな子供時代送っていたんだな」
…考えてみれば、この人俺に対しても結構な頻度でイタズラしてきてるよな。
本来、それが彼女の性格ということなのだろうか?
「そこで、父はタダで交渉を終えなかった。
事業を手伝う代わりに、娘を〝教育〟してほしい…そうお父様は交換条件を出したのです」
なるほど…。
ようやく話が見えてきた。
教育ってことは…
「ザベっさんが『戦乙女』で働くってことだな?」
「正解でございます」
ペチペチペチと、音に力が入っていない拍手を送ってくれた。
誰だってそんくらいは予想つくさ。
「村の人間を外に送り出すことなど前代未聞でしたが、旦那様はしっかりと育て上げると約束し、私を連れてドノヴァンの村を後にしたのです」
「…よくザベっさん駄々こねなかったな?」
「いえ、もちろん暴れ回りました。
当時の鬼バ…いえ、戦乙女を仕切っていた『隊長』に問答無用で寝かされたのです」
いま鬼ババアって言いかけた?
『隊長』…、そういえばオットー町が襲われた時にザベっさんは他のメイド達を仕切っていたな。
「『戦乙女』の日常は、とても過酷で辛い訓練の日々でしたが、外の世界に憧れていた私にとっては毎日が充実したものでした」
「へぇ~! ちなみに訓練ってどんなの?」
「仔細は申し上げられませんが、そうですね…。
決して無駄口を開いてはならない、などです」
おおー、ルカなら絶対こなせない訓練や。
訓練っつーか掟みたいだな。
「そんな訓練を続けているうちに、私は現在のような無表情でつまらない女と化しました。
…レイト様も喜怒哀楽が伝わるお方が好みかと存じますが…」
「えっ?」
後半は何故か消え入るような口調だった。
つまらない女? 何言ってるんだろうこの人は?
「言うほどザベっさん無表情じゃなくね?」
「フフ、どうかお気遣いなく」
「いやホントにさ…。
あっ、そうだ。証拠あるよ」
「?」
俺はポケットからスマホを取り出した。
既にルカから充電してもらっている。
そして写真アプリを起動した。
「ほら、ザベっさん。コレ見てよ」
その中からある写真を選び、ザベっさんへスマホを渡した。
「これは…」
「オットー町からノルンに向かってる時のだね。
覚えてる? 俺とジオンがふざけて転移で遊んでたら、座標ミスって湖に落っこちた時のやつだよ」
写真には、ナディアさんが般若のようなツラで叱っている横に舌を出してゲンナリした表情をした俺。
そしてその後ろに、ちょうど俺の着替えを持って来ていたザベっさんが写っている。
俺はザベっさんの顔の部分をスワイプして拡大した。
「ほら、ナディアさんにガミガミ叱られてる俺をザベっさん思いきりあざ笑ってるっしょ?」
「あ…」
ズブ濡れ状態の俺と怒りのナディアさんを自撮りしたら、たまたまこんなショットが生まれたのだ。
ジオン、元気してっかな。
「他にもあるよ。ええと…ほら!
これ、なんだか覚えてる?」
「…もちろんです。
仕立て屋…オババのお店で皆様のお召し物を調達した日でございますね」
「ああ。そんでこん時フレイから言われて女性陣の写真撮っただろ?
みんなと並んでるザベっさん…ほら、これスマイルしてるんじゃない?」
「…は、はい。そう、ですね…」
あの時、みんな可愛らしいドレスを着られて女子たちは凄く舞い上がっていた。
きっとその熱に自然とザベっさんも浮かされたんだろう。
「まだあるよー。
ええとたしか飲み会の」
「…レイト様」
「あった!
ほら、ルカと早食いして負けて悔しそうに…」
「レイト様っ!」
「うぇっ!? な、なに?」
お、おいおい…今の声けっこうボリュームあったぞ。
みんな起きて来ないだろうな?
「も、もう充分理解しましたので…。
これ以上私の写真は見せなくて結構です…」
「そ、そう?」
ザベっさんは俺にスマホを返却すると、そっぽを向いてしまった。
手を遊ばせてどことなく落ち着きがないように見える。
「あはは…ゴメンな、ちっと恥ずかしかったか。
でも、これだけは覚えておいてくれ」
「…? 何を…でしょうか?」
「ザベっさんはつまらない女なんかじゃない。
皆にとっても俺にとっても…ザベっさんは礼儀正しいと見せかけた、お茶目で楽しい女の子だ」
「!!?」
ババッ!と、ザベっさんは立ち上がって俺から距離を取った。
え!? 俺またまずいこと言った!?
「あ、あの…さすがにその反応は傷付くな…」
「………のせいです」
「え?」
今なんて…?
ザベっさんは答えることなく俺の前に来て…膝に跨ってきた!?
な、何してんだこの人!?
「お、おい!?」
「シー、お静かに…。
〝声〟を出してはいけませんよ」
「ザベ…んむっ」
口を塞がれた。
この感触…手じゃない。
プルっとした柔らかい肉感、頬にかかる漏れた息…。
真っ暗だからこそ敏感に感じ取れる。
これは…キスだ。
「ンン…ん」
ザベっさんは俺の頭後ろに回した手を引き寄せ、さらに身体と唇を圧迫する。
……何も、喋れない。
離そうとしてもどんどん迫ってくる。
虫の鳴き声と互いの息遣いが妙に耳に残る。
こ、こんなこと…テントでみんなが寝てるのに…!
「…ん…。レイトさま…」
チュッ…
「あっ…!」
ようやく唇を離してくれたのも束の間、今度は俺の首に口付けをしながら、上着のボタンを外し始めた!
ま、待て…! まさかこんな場所でする気か!?
「はーい、それ以上は許さないわよー」
「「!?」」
不意に声が掛かった!
ザベっさんを乗せたまま声の出所を見ると、いつの間にかフレイがテントから出て、仁王立ちで俺らを見下ろしていた。
「ま、眩しっ…」
彼女の横には点火の炎が踊っていた。
そして気がつく。
…最悪なことに、その場に居たのはフレイだけじゃなかった。
「やはり我が契約者殿は女遊びがやめられん性格のようだ。
なぁウォルト、どうすれば男の性欲を適度に解消できる?」
「なっ!? わ、私に、そ…そんなハレンチなことを言わせるなっ」
ルカとフレイ、そしてナディアさんもその場に立っていたのだ。
ダラダラと、背中に冷たい汗が流れる。
そういえばこの4人は同じテント組だったか。
「…いつからお目覚めに?」
「村長だの族長だの話してるあたりよ」
「「…………」」
それほぼ最初からじゃねえか!
なに盗み聞きしてくれてんのよ!
「さて、エリザベスさん?
〝色々〟話すことがあるからテントに戻りましょうか」
「……かしこまりました」
「あっ…」
俺から身体を離して、なんともバツの悪そうなザベっさんはフレイに肩を抱かれながらテントへと帰宅した…。
そして残ったのは俺とルカとナディアさん。
「「零人(マミヤ殿)」」
「はいっ」
「「おやすみ」」
「えっ!? あ、おやすみ…?」
そう言って、二人もテントへ戻って行った。
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