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第164話:エリザベスの弱点

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「あの数は…チッ、厄介だな。
 私たちだけでは対処が厳しいぞ」

「なあ、ルカ。
 この魔物が居るってことはやっぱり…」


 かつて、『理の国ゼクス』で初めて出くわしたある一人の魔族が頭に思い起こされる。
 黒竜ブラック・ドラゴンほどじゃないにしろ、俺に死の恐怖を味あわせてくれたあの女だ。


「ああ。
 『吸血鬼ヴァンパイア』イザベラがいる可能性が高い。
 シュバルツァー、キャンプ地に戻ってこの事を皆に知らせてくれ。
 …ゴードンの力が必要になるかもしれん」

「わ、分かったわ!
 勝手におっ始めたりしないでよね!」


 フレイが一人、音を立てないようにその場を後にする。
 本当は転移テレポートで帰してやりたかったけど、あのブン!って音は響くからな…。


「オオオ………」

「アア…ウウン…」


 フレイが居なくなるのに合わせたかのように、魔物たちは進軍を始めた。
 全員フラフラと歩いてはいるが、目指す方角は一緒だ。


「よし、ヤツらを尾行する。
 気付かれないように行動しよう」

「おう」


☆☆☆


 ゆっくりと歩くアンデッド達についていくこと30分。
 いつの間にか、辺りに霧が発生して少々視界が遮られてきた。

 そして問題がもう一つ。
 進むに連れて他のアンデッド達が合流していき、発見時よりもさらに大群になってしまった。
 …これは…、ほっとくとマズイ数だぞ。


「敵、反応多数確認。
 だが、現地点で確認できる魔物はアンデッドのみだな。
 いったいイザベラはどこにいる?」

「あの時はあいつ地下に潜ってたよね。
 どっかにまた隠し通路でもあるんじゃない?」

「いや…、以前ゴードンが言っていた。
 吸血鬼ヴァンパイアは陽の光を嫌うため、昼間は屋内で過ごすと。
 しかし今は夜だ。
 近隣に居てもおかしくないはずだ」


 なるほど…。
 今夜は雲もなく、まん丸なお月様が出ているほどの美しい夜だ。
 月見にアンデッド共と外に繰り出して来たか。


「その通りだ! 黒きニンゲンと蒼の宝石!
 今宵に巡り会えるとは貴様らは運が良いな!」

「「!?」」


 誰だ!?

ガキャン!

 反射的に両腕の仕込み鎧手ヒドゥン・トレットを展開する。
 刃を向けた先には、アンデッドではない別の魔物がこちらをていた。
 いや、魔物じゃねぇ…あれは『魔族』だ。


「…敵性魔族『蛇頭王ナーガラジャ』出現。
 貴様、どこから現れた?」

「おいまた蛇かよ! 爬虫類はもういいよ!」


 過去に裏賭博場ブラック・カジノの地下アリーナで闘い、そして戦友となった魔物『蛇頭ナーガ』。
 こいつはあの種族の上位種のようだ。
 蛇頭ナーガよりもさらにデカい体躯を持ち、右手には大槍、左手には円盾ラウンドシールドを装備している。

 そしてルカの言う通りこいつは今、音もなくいきなり後ろに現れた!
 いったいどうなってやがる!?


「貴様らの疑問などどうでもいい。
 まもなくイザベラ様がここへお見えになる。
 このまま大人しく待っていろ」

「……フン、零人」


 ルカは俺に目配せをして顎をクイッと振る。
 余計な戦闘は行わず、とりあえず言う通りにしようという意味だろう。
 おそらく、フレイ達の合流も考えての選択だ。
 俺は両腕の剣と盾を格納し、警戒するルカと共にイザベラが来る時を待った。


☆フレデリカ・シュバルツァーsides☆


 まさか…まさかあのイザベラがこんな森の中に来ていたなんて!
 レイトを半殺しにした魔族…あの時の彼の姿を思い出すだけで身震いしてしまう。
 私はルカから援軍を頼まれたあと、全速力でキャンプに戻った。


「はあ…はあ…み、みんなぁ! 大変よ!!!」

「おかえりフレデリカ嬢。
 どうしたそんなに慌てて…?」

「お帰りなさいませ、シュバルツァー様。
 …? レイト様とルカ様はご一緒では?」


 キャンプ地には焚き火を焚べているテオとエリザベスが居た。
 ポカーンと口を開けてこちらを見ている。
 …って、あれ!? 他のみんなは!?


「ねぇ! シルヴィアは!?
 ていうかアンタら以外はどこいったの!?」


 思わずテオの肩を揺さぶって訊くと、ビックリしながらも応えてくれた。


「ああ…、実はカーティスの奴がお前たちに置いてけぼりにされたことに頭きたらしくてな。
 お前らよりデカい獲物をとってきてやるってシルヴィア達を巻き込んで出掛けて行ったんだ」

「はあ!!?
 あ、あのバカオンナ…っ!」

「…っ!? おっ、お嬢! 痛い痛い痛い!!!」


 この肝心なときに何してくれちゃってんのよあのアホンダラ!
 すると、肩を掴んだ手に力が入ってることに気付かない私をエリザベスがそっと剥がした。


「どうか落ち着いてくださいませ。
 そちらでも何か問題が発生したのでは?」

「あっ!? そ、そうよ! 実は…」


☆☆☆


「「………!!」」

「これで分かったでしょ!?
 すぐに救援に行かないとレイトたちが危ないわ!」


 私は二人にさっきの状況を報告した。
 そして、かつて私たちが闘った魔族が潜んでいる可能性も…。
 もうカーティス達を探している暇はない。
 私達だけでも向かわないと!


「…確かにアンデッドと『吸血鬼ヴァンパイア』が相手では、光属性を得意とするゴードン様のお力が有効ですね。
 対して、逆に私の力では彼の者達に及ばないでしょう…」

「えっ!? どういう意味よそれ?」


 あの冷静なエリザベスがこんな弱気なことを言うなんて!?
 この子の戦闘力の高さは私でも太鼓判を押せるのに。


「私の霊力エーテルは、仮初かりそめの魂で動くアンデッドには通用しないのです。
 無論、通常の七属性を使用した戦闘魔法も行えますが…」

「フレデリカ嬢ほど七属性魔法の熟練度は高くないということだな?」


 テオがズバリ言うと、若干眉をひそめながらエリザベスは頷いた。
 ま、まさかこんな弱点があっただなんて…!
 誤算だったわ…。


「しかし、それが出陣しない理由にはもちろんなり得ません。
 シュバルツァー様、急ぎ彼らの元へのご案内をお願い申し上げます」

「ダメよ! あの数は危険過ぎるわ!
 あんたはここで待ってなさい!」

「………っ!?」


 …こうなったら私とテオだけでも行くしかないわね!
 これ以上喋っている暇もないので、待機するように言うと、エリザベスの目つきが変わった。
 …え、ど、瞳孔が開いている…。


「……シュバルツァー、さま…?
 私は…主よりレイト様をお守りするよう命令を受けている…!
 彼を…絶対に死なせるわけにはいかない…!」

「えっ! ちょ、ちょっと!?」

ガシッ!

 まるで親の仇のように胸ぐらを掴み上げて下から睨みつけるエリザベス…。
 …こ、こんなことしてる暇はないのよ!


「この…! 早く手を離しなさい!」

「ならば私をレイト様の所へ連れて行け…っ!」


 彼女の赤い瞳が月明かりのせいか禍々しく輝いている。
 …傭兵として、敵と闘う能力が適さない者をわざわざ連れていくことなんてできないわ!

 すると、私たちが争っている様子に見かねたテオが、小さな手を伸ばしてエリザベスの腕を掴んだ。


「…エリザベス。落ち着け。
 レイト達の所には俺が行く」

「…マスカット様。しかし…」


 エリザベスは尚も掴んだ手を離してくれない。
 テオは優しく諭すように、言葉を紡いだ。


「お前はシルヴィア嬢たちを呼びに行くんだ。
 リックなら俺らの匂いを辿れるはずだ」

「…なりません。
 坊っちゃまの命令には貴方様も…」

「ふん、心配するな。
 〝今夜〟に限っては…このパーティーで俺がいちばん強い。
 お前なら…分かるだろう?」


 そう言ってテオが見つめた先は何故かエリザベスではなく、夜の太陽である〝月〟だった。












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