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第160話:赤ノ書

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「ゴアアアアアアアアアア!!!!?」

「うああああああああああ!!!!?」


 俺と赤いドラゴンはお互いに〝絶叫〟した…。
 まるで、お化け屋敷の脅かす役の人同士が、曲がり角でぶつかった感じの叫び声…。
 な、なんでそんな反応に…?
 つうかさっき、一瞬言葉コトバ喋ってたような…。
 いや! きっとコイツは威嚇してるんだ!
 は、早く逃げなければ…!!

 ………あ、あれっ!? ダメだ! 
 焦っちゃってうまく座標を検索できない!


「ル、ルカさぁん!! 
 頼む! 早く転移テレポートしてぇぇぇ!!」

「……………」


 涙目でルカに訴えかける。
 しかし、なぜか彼女はポカンとドラゴンを見ていた。
 ちょっと!? なに呆けてんだ!
 早く逃げないといつ炎吐き出してくるか…


「零人…。目の前を見てみろ」

「はあ!? そんなのいいからはや…く…?」


 ルカが固まった理由は単純だった。
 魔物とは本来、自分のナワバリに侵入してきた者を、相手にもよるが基本的に攻撃する。
 ましてやドラゴンなんていったら、全ての魔物の頂点に立つ種族。
 闘う相手を選ぶ必要などないだろう。

 …ない、はずなんだけど…。


「ナ、ナンデニンゲンガココニ!?
 来ルナァァ! 『宝』ハモウナイヨ!!」


 なぜかドラゴンは〝怯えて〟いた…。
 デカい図体を必死に縮こめ、尻尾を腹にくっ付けている…。
 そして今…やっぱり俺の聞き間違いではなく、はっきりと言葉を使った。
 カタコトだけど。

 すると、ナディアさんは背中の大剣から手を離し、ドラゴンに向かい合った。


「…貴公、やはり人語を操るか。
 安心してくれ、危害は…」

「零人! 獲物は怯えている!
 チャンスだ! 早く討伐しようじゃないか!
 ふふふ、今夜はご馳走だっ!」

「ルカ殿!?」

「は!? いっ、嫌だ! 
 帰る! 俺もう帰るぅ!!!」


 もうドラゴンと闘うのはゴメンだ!!!
 しかし、腹を空かせたルカの目には、目の前の怪物がただの食料に見えているようだ。
 彼女はペロリと、舌で唇を舐め回す。


「ヤッ、ヤッパリオマエラ、ワタシヲヤッツケニ来タナ!?」

「ちっ、違う! ルカ殿!
 さすがにドラゴンといえど、最初から手負いの魔物にとどめを刺すのは些か騎士道に反する…。
 奴が言葉を遊せるなら、少しくらい魔物の話を聞いても良いだろう?」


 ナディアさんは慌てて両手を上に掲げ、攻撃の意思を示さないようなポーズをとる。
 ついでにルカの説得を試みてくれた。
 そうだそうだ! 闘うなんて冗談じゃないぜ!


「…『手負い』? 君は何を言って…む?」


 ルカはナディアさんのある言葉が引っかかったようだ。
 手負い…?
 言われてみれば確かに少しボロボロな気が……ってルカ!?


「おい!? どこ行くんだ!」

「ルカ殿!? 何をする気だ!?」


 何を思ったか彼女はドラゴンの頭上まで飛んで行った!
 な、何やってんだあの宝石女!!


「おい、でかいの。
 貴様の傷は最近できたようだな。
 それは誰に負わされた傷だ?」

「…!? 翼ヲ持ッテイナイノニ飛ンデル…」


 ドラゴンはあんぐりと、頭上に浮かぶルカに驚いている。
 …もし俺があそこなら、食われる前の仕草にしか思えねぇ。


「質問に早く答えろ。
 さもなければ貴様の『逆鱗』を抉り出すぞ?」

「ヒッ!!? 言ウ! 言イマス!!」


 どんな脅し文句使ってんのあの人!?
 ていうか、自分より何倍も小さい人間にデカいドラゴンが頭をペコペコ下げている…。
 なんだこの光景は…?


「コノ傷ハ…西ニアル『グロック岩場』デ、海竜リヴァイアサン黒竜ブラック・ドラゴンニ負ワサレタ傷ダヨ…」

「「!?」」

「…やはりか」


 海竜リヴァイアサン黒竜ブラック・ドラゴンだって!?
 しかもその場所は…。
 いや、心当たりしかないんだけど。


「まさか…貴公は、冒険者とヴァイパーの共同作戦で最初の討伐予定に入っていた『赤竜《レッド・ドラゴン》』か…?」

「や、やっぱそうですよね…」


 ナディアさんも同じ心当たりだったようだ。
 もしかしてルカはそれに気付いてあいつに質問したのか?


「貴様の傷から僅かだがダアトのエネルギーが感じられた。
 それで、なぜ人里を襲おうとした赤竜レッド・ドラゴンがこんな所に居る?
 先ほど『宝』がどうのと言っていたな」


 そうか、おっさんのエネルギーか…。
 あの時おっさんは二体のドラゴンを相手にしたって言ってたっけな。
 ルカが次の質問(尋問?)に移ると、ドラゴンはなぜかバツが悪そうに俺たちを見た。
 …こっち見んな、怖いんだよ。


「…コノ『赤ノ洞窟』ハ、元々ワタシガ『迷宮主ダンジョンマスター』ヲシテイタンダ。
 ケド、何十年モ前ニ『魔族の国アルケイン』ノ奴ラガ大軍デ襲ッテキテ…。
 ソノ時ニ隠シテイタ宝、『赤ノ書』ヲ奴ラニ奪ワレテシマッタンダヨ」

「『赤の書』…? 
 なんか『黒の鍵』とイントネーションが似ているね…」


 俺が何気なく呟くと、ドラゴンの眼がギョロッと開いた!
 ひいっ!?


「ニ、ニンゲン! ナゼソノ名前ヲ!?
 マサカ…『黒ノ洞窟』ノ主ハ既ニ…?」

「えっ…黒の洞窟? ミノちゃんのことか?
 あいつなら元気だけど…」

「ミ、『ミノチャン』???
 オマエ、牛魔獣ミノタウロスヲ倒シテ『黒ノ鍵』ヲ手ニ入レタワケジャナイノ…?」

「い、いや…?
 倒すっつーか、アイツと友達になったけど…」

「「?????」」


 な、なんのこっちゃ…。
 俺と赤竜レッド・ドラゴンはたがいに首を傾げ合ってしまう。
 ついでに怖い。


「ふむ、どうやら情報がこんがらってしまっているようだな。
 貴様、人化魔法は使えないのか?
 その姿では零人が怯えてしまってロクに会話もできん」

「エ…イチオウ、デキルケド…。
 ジャア、チョット待ッテネ…」


☆☆☆


「…ほら、『人化』したよ。これでいいの?」


 赤竜レッド・ドラゴンの身体が光に包まれ、巨体はみるみると収縮していった。
 そして光の衣が剥がれて現れたのは、ナディアさんの赤い髪よりやや暗い、耳にかかるくらいのショートヘアをしたボロボロの女だった。
 コイツ、あの見た目で雌だったのか…。

 オズのおっさんと同じように縦切りの瞳、頭部から角、お尻から鱗の尻尾が生えている。
 ちなみに口調もドラゴン時より流暢になった。
 ここもおっさんと一緒だ。


「ずいぶん変身に時間が掛かったな…。
 零人、どうだ? これなら会話は可能か?」

「ま、まぁ、さっきよりマシだけど…。
 怖いもんは怖いから俺もう帰っていい?」

「マミヤ殿のドラゴン嫌いは筋金入りだな…」


 呆れたようにナディアさんがため息をつく。
 ドラゴン関連で俺がまともに会話できる存在なんてリックとおっさんぐらいだぞ?
 いきなり赤の他人ドラゴンと仲良くなれなんて、無茶ぶりが過ぎませんかねぇ。


「オマエ、ドラゴンが苦手なんだ?
 ふ、ふん…奇遇だね、ワタシもあまりニンゲンは好きじゃないよ」


 彼女は俺の拒絶反応に呼応して、しかめっ面をプレゼントしてきた。
 そうそう、これが正しい人間とドラゴンのコミュニケーションですよ。
 ドラゴンは気難しいんだから。


「おい、調子に乗るなよ貴様。
 私は情報を得るために一時的に休戦しているだけだ。
 さっさと続きを話せ。さもなくば喰うぞ」

「ひっ…!? わ、分かったよ…」


 ルカのやつ、よくドラゴン相手にあんな立ち回りができるな…。
 それに野菜だろうが肉だろうがドラゴンだろうが、食えるもんは全て食うし…。
 前に怒れる竜ニーズヘッグを食べて失神してしまった俺とは大違いだ。


「どこまで話したか…、ああそうだ宝だね。
 『赤の書』を奪った魔族たちは、そのまま国に持ち帰ってしまって、『宝を返して欲しくば傘下に加われ』なんてふざけたことを言ってきたんだ」

「すると貴公はその申し出を蹴ったのだな?」


 ナディアさんが確認するように言うと、彼女は虫が悪そうな…酷い顔で返した。


 「…奴らが奪ったのは『宝』だけじゃない。
 ダンジョンに住まう魔物たちも皆殺しにして、その提案をしてきたんだよ!?
 別にワタシはダンジョンの魔物たちに仲間意識なんて無いけど、全て殺してくれたお陰で冒険者は全然来なくなったし、なによりダンジョンが〝死んで〟しまった…。
 迷宮主ダンジョンマスターとして、あれほど屈辱的な扱いは初めてだったよ…!」


 拳を握り忌々しそうにギリっと牙を覗かせる。
 あ…やべ、ドラゴン味出てきた。
 怖い怖い怖い!


「ルカ殿…マミヤ殿が泣きそうだ」

「貴様! 零人を怖がらせるんじゃない!」

「ええっ!? ワタシ、何もしてない…」

「ああもう、良いから!
 とっとと話進めて早く終わらせてくれない?」


 ビクッと身体を震わせた彼女は不貞腐れたように口を尖らせた。
 べ、別にそこまで怖がってなんか…怖いな。
 …つうか、人のこと言えんけど、何でコイツはドラゴンのくせに俺らに怯えてたんだろう?


「…それから魔族の王が死んで数十年が経った。
 ある日、1人の魔族がワタシのダンジョンに尋ねて来たんだ。
 彼はグロック村のニンゲンを滅ぼせば、過去に死んだ魔物達を全て生き返らせる…って胡散臭い〝取引〟を持ちかけて来たんだよ」

「「「!!!」」」


 んん…!? 
 あれ、どこかで同じ話を聞いたぞ!?


「もちろん最初は断ったけど、詳しく話を聞いてみたらヤケに現実味がある内容だったんだ。
 オマエラは知ってる? 『蘇生リザレクト』って魔法」

「「「………」」」


 あー、こりゃ確定だわ。
 まさかこいつもに噛まされてたとは…。


「ま、古い魔法だし知らないよね。
 とにかく、ワタシは奴の提案を受けたんだ。
 だけど結果は…村を襲う前に現場の近くに居た海竜リヴァイアサンによる遊撃と、それとは別に襲ってきた黒竜ブラック・ドラゴンのせいで失敗に終わっちゃった…。
 ここに帰ってくるだけで精一杯でね、体力を回復しようと寝ていたら…オマエラが来たってワケ」


 なるほど、話がようやく繋がった。
 何故このダンジョンが無人なのかも、コイツがボロボロで俺らに怯えていたのかも。
 …しかし、新たな疑問が一つ増えた。


「おっさん…なんでグロック村が襲撃されるって分かってたんだ?」

「「…あっ!」」


 あの時、おっさんは水路の近くに村があったからと話していた。
 でも、それだけならグロック村は無視してさっさと王都でフレイ達と合流していてもおかしくないよな…。
 ピンポイントで魔物と魔族の襲来を予想するなんて、いくらおっさんでもできっこないと思うけど…。


「やはり『千里眼ボヤンス』で得た情報ではないか?
 彼は独自に情報網を構築していた…」

「ああ、そう考えるのが自然だが…。
 零人の言う通り、あのドラゴンは何かを隠しているような気がするな」


 しかし真意を確かめようにも、現在おっさんは一足先にドノヴァンへ現地入りだ。
 俺らが足で追い付くしかない。


「…あの、さっきから気になっていたんだけど、もしかしてオマエラは海竜リヴァイアサンと知り合いなの?」


 おずおずと彼女は質問をしてきた。
 俺らの会話に興味を持ったようだ。


「貴様には関係のないことだ。
 さあ入り口へ戻ろう、二人とも」


 ルカはピシャリとあしらって俺らの手を握ってきた。
 よかった…やっと帰れるんだな。


「蒼いオマエ。
 どうやらさっきから腹が空いているようだね?
 オマエラの事も教えてくれたら、ワタシの食料分けてもいいよ」

「なっ、なに!?」


 『食料』という言葉に釣られたルカさん。
 …おいおい、魔物相手になに揺れてんだよ。


「いいから行こうぜルカ。どうせ嘘だよ嘘。
 帰ったら俺のオヤツをあげ…」

「欲しい物はコレかな?」


 いつの間にか藁の寝床へ移動した彼女は、そこから巨大な干し肉を取り出した。
 マジか、本当に食いもんあったのか…。


「う…。れ、零人…?」

「…ま、良いんじゃね?
 もともとそれが目的でここまで来たんだし」

「…! 感謝するっ!」


 文字通り出されたエサに食いつくようで少しシャクではあるが、いちおう情報提供してくれたしね。

 その後、俺たちはルカが干し肉に美味しそうにかぶりつくのを微笑ましく眺めながら、彼女に俺らの素性を少しだけ明かした。
 








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