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第159話:二つのダンジョン

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☆間宮 零人sides☆


「ハァ、ハァ…、やっと落ち着きましたか。
 …あんましつこいと嫌われますからね?」

「ここは攻略済みとはいえダンジョン内だ。
 次、ふざけたら転移テレポートで帰すぞ」

「うっ…。すっ、すまない…」


 ナディアさんが〝姉〟に目覚めてしまい、彼女を正気に戻すのに余計な体力を使ってしまった。
 こんなことなら姉がいるなんて言わなきゃ良かったぜ…。


「しかし、大型のダンジョンのわりには魔物がいないな。
 先ほどからサーチしているが、生命反応がさっぱり感じられん」


 気を取り直すように、改めてルカが辺りを見渡す。
 確かにダンジョンなのに静かな洞窟だな。
 こういう時は、隣にいる元冒険者に訊くと良いだろう。


「ナディアさん、攻略済みのダンジョンって魔物は居なくなるんですか?」


 俺が訊くと、彼女は首を横に振った。


「いいや。ダンジョンには二つのタイプがあることは分かるか?」


 もちろんそれくらいは分かる。
 『新人ルーキー』の頃に勉強した。


「年月をかけて自然に形成されたダンジョンと、迷宮主ダンジョンマスターが人工的に創ったダンジョンのことだな?」


 ルカが即答する。
 ちぇ、先に答えられちゃった。


「そうだ。
 そしてこのダンジョンは前者に当たる。
 自然のダンジョンは言ってみれば魔物の縄張りのエリアとも言い換えられるんだ。
 風化しているが、ところどころにその名残がある」


 ナディアさんは『点灯アルム』のエネルギー球を高い位置にある壁面へ飛ばした。
 そこには鋭い爪で抉ったような跡や、一部が崩れている箇所などが見受けられた。
 すごいな、暗くてそんな形跡まで見つけられなかった…。


「人工ダンジョンの場合、迷宮主ダンジョンマスターが討伐されるか居なくなれば、ダンジョンは徐々に形を保てなくなり、やがて魔物もろとも崩壊する。
 しかし自然ダンジョンは違う。
 迷宮主ダンジョンマスターが居ずとも、そこに住まう魔物の代表が次代の主となり、再びダンジョンは息を吹き返す」


 まるで学び舎の講師のように、分かりやすく説明するナディアさん。
 メガネと教師服を着せたらそれっぽく…って、何を考えてんだ俺は。


「ならば、次代の主となる魔物たちが冒険者によって全て駆逐されてしまったと考えるべきなのか?」


 ルカが顎に手を当ててナディアさんに質問する。
 んなことできるのか?
 こんなデカいダンジョンなのに…。


「……おそらく可能性はある。
 駆逐とまでは言わないが、もし大勢のパーティーで編成された大規模な討伐作戦がこのダンジョン内で行われていれば、その限りではないだろう」

「むう、それは困ったな。
 せめて『魔兎獣ラパン』一匹ぐらいいてくれれば、腹の足しになるのだが…」


 両手で自身のお腹をさするルカ。
 腹を空かせたまま寝るのは可哀想だし、俺もなんとかしてあげたいけど…。

ゾクッ…

「…ッ!?」


 な、なんだ!?
 今、何か…強烈な気配を感じた。
 この感覚は…『嫌な予感』だ。


「ん、どうした零人?」

「マミヤ殿、顔色が悪いぞ?」


 あれ、この2人は感じなかったのか?
 ナディアさんはともかくルカも…?
 え、怖いんだけど。


「いや…、何かいま変な悪寒を感じて。
 誰かに見られたような…?」

「なに?
しかしこの周囲に生命反応は…いや待て」


 ルカがある一点を見つめる。
 俺らの進行方向のさらに先、まだ光が届かず暗闇が支配している所だ。


「でかしたぞ零人!
 微かだが生命反応を一体だけ検知した!
 この先の奥だっ!」

「あっ!? ちょっとルカ!!」


 獲物の気配を感じ取ったルカは嬉しそうに独りだけ先へ飛んで行った!
 おいコラ! 俺らを置いてくなよ!


☆☆☆


 先を急ぐルカについて行くこと数刻。
 洞窟をさらに奥へ進んで行くと、天井が開けた新鮮な空気が満たされているエリアにたどり着いた。

 ここは…外と繋がっていたのか。
 いつの間にか雨は上がっていたようで、暗雲の隙間からやんわり月の光が射し込んでいる。
 雨上がりも相まって、濡れた地面と岩石を光がしっとりと照らして…すごく幻想的だ。


「ダンジョンでこんな綺麗な景色が観れるなんて…」

「フフ、時たまにこのような素敵なものを発見できるから、私は冒険業が好きなんだ」


 同じように眼を輝かせているナディアさん。
 そうだ、どうせなら写真を…って、着替えた時にキャラバンん中にスマホ置いて来ちゃったんだ。
 あーあ、こんなエモいのに…失敗したぜ。


「それより私の『獲物食べ物』だ!
 きっとこの近くにいるぞ!」

「「………」」


 もー! せっかくの雰囲気が台無しだ!
 まあ、ルカが色気より食い気なのはいつものことか。
 ナディアさんと俺は互いに苦笑いして、ルカの後に続いた。


☆☆☆


「…目標を発見。
 二人とも、息を殺してくれ」

「…分かった」

「承知した」


 俺たちの前方30メートル先にそいつは居た。
 藁が大量に敷き詰められた、デカい寝床に身体を丸めている。


「ヴヴヴン…、ヴヴヴン…」


 す、すげぇイビキだな。
 どうやらやっこさんは就寝中のようだ。
 さっき俺が感じた悪寒の原因はこの魔物か?
 しかし…


「…なあ…コイツ、何の魔物だ?」


 先ほど出ていた月が雲に隠れてしまい、場は暗闇と化してしまった。
 エネルギーを眼に宿らせれば自分の足元や周囲くらいならば視えるが、肝心の魔物の正体は掴めない。
 かろうじて分かるのは四肢と尻尾があるぐらいだ。
 身体を丸めて縮こまっているけど、かなり大型のサイズだと思う。


「うーむ…魔獣の類いだろうか? 
 もし『獅羊蛇キメラ』ならばかなり危険だぞ」


 ナディアさんも何とか視認しようと、目を細めている。
 キメラ…俺はまだ出会ったことはないけど、ルカによればかなりの戦闘力を持つ魔物らしい。


「ですよね…。な、なあルカ。
 ここまで来といてあれだけど、今回の狩りは諦めないか?」


 なぜか、先ほどから鳥肌が立ちっぱなしなんですよね…。
 俺の本能が『すぐにそこから離れるべきだ!』と告げているような気がする…。


「むう…、せっかくの獲物を前にして退くのはなかなか堪えるが…。
 君たちの命の方が大事か」


 よ、良かった!
 撤退に賛成してくれるみたいだ!
 帰ったら密かに取っておいたオヤツあげよう。

 入り口にセットしておいた座標を検索を始めた瞬間、急に辺りが明るくなった。
 あ、お月様がまた雲から出てきたんだ。

 そうなると必然的に魔物の正体を確かめたくなるのはみんな一緒で、俺たちの視線は同時に藁の寝床へ向けられた。
 いや…

 大型の魔物ということは間違いなかった。
 ただ 『魔獣』なんて可愛らしいヤツじゃない。
 なんで、こんな近くまで来なきゃ分からなかったんだ…!

 てっぺんから脚先まで全身が赤い鱗に覆われ、頭部と脊椎から巨大な角と翼がそれぞれ生えている魔物…。
 これまで幾度も…幾度も、なぜか俺ばっかりカチ合ってしまうトラウマの象徴…ッッ!!!


「ド、ドラゴンだぁぁぁああああ!!!!?」

「「ばっ!?」」


 や、やべっ!!!
 思わず大声をあげてしまった俺の口を、二人が慌てて塞いでくれた。
 しかし時すでに遅く、それまで聴こえていたイビキが止まる…。


「「「……………」」」


 ゴクリと、誰かが固唾を飲む音が聴こえた(絶対俺)。

グググ…

 敷き詰められた藁の中から長く太い首がゆっくりと起こされていく。
 それに連動するように四肢も可動させて、小山のような図体も起き上がらせていった。
 
 そして、ドラゴンの特徴である縦に切られた瞳が、先ほどの〝悲鳴〟を発した俺らに向けられた!
 ひいぃぃぃ!!! にっ、逃げ…!


「ニ、ニンゲンダアァァァァァアア!!!?」


 え。
 ドラゴンが、叫んだ…。









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