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第155話:緑蟲《グリーン・ワーム》

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「あのババア…とんでもない怪力だったな」

「ああ…。
 小さい頃親父から叱られた記憶が蘇ったよ…」


 依頼主の婆さんにガチ切れされ、俺とテオもルカに同行することになった。
 ハシゴを降りた井戸の中は涼しく、太陽の光がうっとおしくなってきた最近の季節のせいもあってかなり快適だ。
 もちろん、こんな所でずっと過ごしたいとは思わんけど。

 ルカ曰く、生命反応が〝固まっている〟という場所に向けて、俺たちは水溜まりをジャブジャブと蹴りながら歩みを進める。
 ブーツが濡れるのは嫌だったので、俺とテオは裾をまくり裸足で井戸内を歩いている。
 そしてルカにあることを質問した。


「なあルカ、本当に片方だけで大丈夫なのか?
 俺別に素手でも良いんだけど…」

「構わん。
 むしろ丸腰の君がここにいる方が心配だ」


 俺は右腕だけに装着した仕込み鎧手ヒドゥントレットを撫でた。
 先ほど貸し出したガントレットは、俺とルカで片方ずつ使うことになった。
 といっても、ルカが1人で仕事をこなすことは変わりないようで、俺に渡したのは身を守るためだ。

 ちなみにこの仕込み鎧手ヒドゥントレットは、右は右腕用、左は左腕用に創られているため、俺は利き腕である右のガントレットを受け取った。
 ルカは右利きも左利きもないので、どちらでも器用に使いこなせる。


「テオは大丈夫か? 武器持ってきてるの?」

「もちろん。俺は『斥候スカウト』だからな。
 ナイフは常に忍ばせてあるぞ」


 テオはそう言って、どこから出現させたのか右手に鋭利なナイフを摘んで俺に見せてきた。
 おお、まるで手品みたいだな。

 偵察や諜報活動が得意な『斥候スカウト』は、セリーヌのような『盗人シーフ』とよく比較されがちな職業ジョブだが、その最大の違いは能力の目的にある。

 『盗人シーフ』はダンジョン内に眠る宝を得るためにトラップの検知や敵の目を欺く魔法など、主に屋内を想定した技が多い。
 対する『斥候スカウト』は、屋外で行動する敵の撹乱や足止めなどの妨害活動を主軸とした技を得意とする。

 だからこの井戸みたく狭い空間だと、テオにとって不向きな場所ではあるのだが、今回の主役はルカだ。
 せいぜい俺たちは彼女の邪魔にならないように自分の身を守ることに徹せばいい。


☆☆☆


「だんだん暗くなってきたな。
 クソ、松明持ってくりゃ良かったぜ」

「私は問題ないが…君の視界が不安では困ったな」


 さらに井戸の中を進んで行くと、太陽の光が届かなくなり薄暗くなってしまった。
 まさか俺らまで井戸に放り込まれるなんて想定してなかったからな…。
 転移テレポートでキャラバンまで道具を取りに戻るか悩んでいると、テオがチョンチョンと腰を突ついてきた。


「生活魔法なら使ってもいいか?」

「…? うん」

「よし。『点灯アルム』」

パァァ…!

 テオの左手から光属性のエネルギーがボールの形となって飛び出してきた。
 球体はテオの胸にくっついて光を放ち、周囲を温かく照らしてくれた。
 わあ…かなり明るくなった!


「ありがとう、テオ。
 お前がここ居てくれて助かったよ」


 ポンと彼の頭に手を置くと、テオは嬉しそうに尻尾をブンブンと振った。


「こんなちゃちな魔法で褒められるのも少し複雑だが…。
 レイトの役に立てたなら良かった。クゥン…」


 そのまま撫でてやると、目を瞑って頭をグリグリと擦り付けてきた。
 お、おう…甘えん坊なわんちゃんだな。


「ムム…。零人、私のエネルギーだって目に纏わせればこの程度の暗闇など見えるだろう?」


 その様子を見ていたルカが若干頬を膨らませている。
 そりゃあ、見えるけどさ…。


「でも、エネルギーを節約出来るならそれに越したことないじゃん?
 万が一エネルギー足りなくなったら俺気絶するし…」

「うっ…」


 俺の返しにルカはショボンと肩を落としてしまった。
 そ、そんな落ち込まなくても…。


「「「キュルルルルッ!!!」」」

「「「!?」」」


 突如、耳障りなワームの金切り声が井戸内に響き渡った!
 水溜まりからニョキニョキと、細長い緑色のミミズが何本も生えてくる。
 ようやくお出ましか!


「討伐目標、『緑蟲グリーン・ワーム』出現!
 零人、マスカット! 離れていてくれ!」

「おう! テオ、下がるぞ!」

「ああ、分かった!」

ガキャン!

 ルカが仕込み鎧手ヒドゥントレットの両刃剣を展開させるのに合わせて、俺たちは後ろへ走り出した。
 素の運動能力はテオの方が上のため、俺は彼の後ろを追従するような並びになった。


ワームども! 私がここで殲滅して…なっ!?」


 え、なんだ!?
 首を後ろに向けると、緑蟲グリーン・ワームはルカを無視して俺らを追っかけて来ていた!
 なんでだ!? まさかまた俺の不幸なんか!?


「クソッ!」

ガキャン!

 仕方なく俺も右腕の剣を展開させ迎撃の構えをとる。
 …が、さらに予想外のことが起きた。


「よっしゃあ! かかって来やが…あれっ!?」

「「「キュルル!!!」」」


 なんと緑蟲グリーン・ワームどもは俺まで避けて無視しやがった!
 ま、まさかあいつらの狙いは…!


「テオ! コイツらの狙いはお前みたいだ!
 ヤバそうだったら迎撃しろ!」

「なっ、なに!?」


 走るテオは脚を止めて、こちらに向き直った。
 …ってバカ!?
 武器も構えないでボーッと突っ立ってる奴があるか!

ブン!

「わあっ!? レ、レイト!」


 テオを俺の側へ転移テレポートさせ、背中を叩いた。


「ナイフを構えろテオ!
 あのミミズども、どうやらお前が気に食わないようだぜ!」

「わ、分かった!」


 テオはナイフを逆手に持ち、俺と共に迎え撃つ構えをとる。
 緑蟲グリーン・ワームはテオの移動先を再び見つけると、再び金切り声を鳴かせながら迫ってきた!
 予定がだいぶ狂っちまったがやるしかないか!

ブン!

 気合いを入れた俺の横に蒼い残滓が吹き込む。


「ルカ?」

「二人とも…悪いニュースだ。
 どうやら敵はコイツらだけではないようだ」

「「なに!?」」

「私が先ほどいた位置を見てみろ」


 目線だけそこに向けると、そこにはどデカい…〝芋虫〟が鎮座していた!
 通常のワームと比べて肥太った身体に、目のような模様が刻まれている。
 まさか…アイツは…!


「嘘だろ…!? 『女郎蟲クイーン・ワーム』か!?」

「クイーンだと!?」


 聞いたことがある…、魔物の中には群れを束ねる〝女郎〟がいると…。
 なんでこんな所で暮らしてやがんだ!?


「しかし、目標の発生源を突き止められたのならかえって好都合とも取れる。
 よし…まずは配下のザコどもを殲滅する」


 ルカは左手の剣先を迫って来ている子分のワームに向けるやいなや、勢いよく突っ込んだ!
 おいおい! 無理すんなよな!


「はああああっ!!」

ザシュザシュザシュッ!!!!

「「キュアアアア!!!」」


 す、すげえ!?
 脚が地面につかない体質を活かし、踊って舞うように魔物を数匹斬り捨てた!
 重力に逆らえるルカならではの剣戟だな…。


「テオ! 俺たちも加勢に…テオ?」

「……す、……す…」


 なんかテオの様子がおかしい…?
 彼の視線がクイーンに釘付けになっている…。
 いったいどうしたんだ?


「テオ、どうし…」

「ウアオオオオオオンン!!!!」


 もう一度呼びかけようとした瞬間、テオはいきなり怒鳴り声を咆哮した!
 そして身体がみるみる大きくなっていき、テオは狼へ〝魔物化〟した!


「テオ!?」

「グルル…! クイーンは…殺すッ!!」

ドン!

 強靭な脚力でテオは一気に女郎蟲クイーン・ワームの所へ跳んだ!
 な、何してんだアイツは!?


「くたばりやがれ!
 『瞬足霞刃フラッシュ・ヘイズ』!」

 ズシャアッ!!!

「キュィィィィィ!!?」

「俺の前に現れたことをあの世で後悔しろや!
 『乱馬霞刃マスタング・ヘイズ』!」

ズババババババババッ!!!

 あ、あのデカいクイーンをナイフ1本だけで切り刻んでやがる…。
 アイツ…、なんちゅう攻撃してんの…?


「掃討完了。次は…なっ!? マスカット!?」


 緑蟲グリーン・ワームを全て片付けたルカも、怒涛のナイフ捌きを演じるテオに絶句した。
 え!?
 あっちはあっちでもう終わったのか!?
 さすが仕事が早いなルカのやつ…。

 その後、俺たちはテオがクイーンを細切れにする様をずっと眺めていた…。


☆☆☆


「ウオォォォォォォォ!!!!!」

ザクッッッ!

「キュアアアア…」


 ラストの一撃がクイーンの頭部にあたる部位へ突き刺さる。
 抵抗する間もなく、クイーンは息絶えた。
 ただでさえ気色悪い女郎蟲クイーン・ワームが、テオの攻撃によってさらにグロくなってしまった…。
 斬られた箇所一つ一つから、体液がドクドクと水溜まりに流れている。

 …依頼主のオバチャンの話では、ワームさえ駆除してくれれば、あとは専門の業者に頼んで井戸の中を浄水してもらうってことらしいんだけど、俺は絶対にこの水飲みたくないね。
 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

「あのー…テオさん? 大丈夫?」

「凄まじい攻撃だったな、マスカット」


 ナイフを引き抜き、息を切らすテオに恐る恐る声を掛ける。
 闘う時の性格が荒くなることは既に知ってるけど、今回のは殺気で満ち溢れていた。


「あ…ああ、すまない…。
 面目ない…俺としたことが我を失ってしまった」

「いや、無事だったし構わないんだけど…。
 なんでいきなりクイーンに斬りかかったの?」

「それは…ちょっと待ってくれ」


 テオは刃に付いた血を払って懐へ納刀すると、身体を再びヒトの身体に戻した。
 …やっぱり狼モードとえらい差があるな。


「…俺の屋敷、見た目のわりには綺麗だっただろう?」

「「…?」」


 屋敷?
 なんでいきなり屋敷の話?
 俺とルカは顔を見合わせ、たがいに首を傾げた。
 俺らの無言の疑問に答えるように、テオは言葉を続けた。


「実は昔…自室に『魔蜘蛛アトラク』のクイーンが入って来たことがあってな。
 俺、そいつに捕まって食べられそうになってしまったんだ…」

「「…!」」


 マ、マジか!?
 家の中にでっかい蜘蛛クモ…うげぇ、想像しただけで鳥肌が立つ…。


「駆けつけてきた爺やに助けてもらったんだが、そこからクイーンに対してどうもトラウマが芽生えて…。
 不衛生な環境を魔蜘蛛アトラクは好む。
 以来俺は、屋敷の中を常に清潔に保っておかないと眠れない体質に変わったんだ」

「なるほど…、だからあんな屋敷の中が綺麗だったのか」


 テオはコクンと頷く。
 ボロ屋敷のわりに内装がピカピカだった理由が判明した。
 しかしまぁ…そんなクイーンアンチのテオの前にたまたま居合わせるなんてツイてなかったな、あの『女郎蟲クイーン・ワーム』。

 なんにせよ、これで依頼は達成した。
 どれ、そろそろ地上に戻って…


「いや、もっとシンプルに言えば…」

「「ん?」」


 苦笑いで、ただ一言。



「俺、ムシきらい」







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