上 下
125 / 294

第122話:エリザベスの変化

しおりを挟む
 地上に出ると、既に陽は落ちていて星々が輝く夜の時間になっていた。
こんな濃い一日は久しぶりかもしれない。

 そして貴族街を抜けたあたりで、アンナさんと別れることになったので、みんなで簡単に挨拶をしている。
…ちょっと彼女に尋ねたいこともあった。


「そうそう、あとはこの道を2ブロック程進んで分かれ道を左に行って、パン屋さんの向かいにあるのが私が使ってる診療所よ」

「左に行ってパン屋さんの向かい…
分かりました!ありがとうございます!」

「いえいえどういたしまして~。
あ、そうだわ、ジーくん。
カジノの営業が再開したら、また私と勝負しましょう」
 
「ああ、もちろんだともフェザリィ殿。
必ずテオと…いや、皆で遊びに向かおう!」

「うふふ、楽しみにしているわね。
それじゃあみんな、お大事にねぇ~」

 
 ヒラヒラと手を振るアンナさん。
俺はザベっさんと肩を組んでいるため、頭だけ下げてお辞儀をした。
『ジーくん』って、なかなか可愛いあだ名で呼ばれてるなジオンのやつ。

 まぁそれはともかく、本当あの人にはたくさん世話になってしまったな。
今度何かお礼しないと。

 アンナさんと別れる際、彼女も利用しているという診療所クリニックを教えてもらった。
本当は貴族街にも診療所はあるんだけど、身分的に利用するとまずいので、多少遠回りを承知で信用できるクリニックを紹介してもらった。

 次新しい街に来たら病院や診療所に座標置いておこうか。
もしシルヴィアが居ない時に誰かケガしたら危ないし…。

 アリーナに残ったシルヴィアとシトロンさんは、鷲獅子グリフォンの素材を回収後、テオとリックがいるスラム街の屋敷へ向かう手筈になっている。
テオとリックの治療は魔力マナが回復次第、屋敷でするそうだ。
ちなみに4人ともテオの家に泊まる。

 俺らもけが人の治療が済んだらあいつらと合流したいとこだけど、流石に腹ペコだしヘトヘトだ。
すぐにでもメシ食って眠りたい。
 
 …ま、泣き言ばっか言ってねぇで、脚を動かせってね。
俺と足並みを揃えて歩いているザベっさんは、いつも通り無表情だ。
満身創痍でも変わらないなぁ。


「なあ、ザベっさん。
アシュリーのこと許してくれたのか?」


 このまま無言でずっと歩いているのも辛いし、ちょっとだけお喋りに付き合ってくれないかな?
すると、彼女はすぐにレスを返してくれた。


「被害者であるレイト様とルカ様が彼女を認めているのです。
ならば、私も怒りを収めるのが道理と判断したまでです」

「そっか」

「はい」

「「………」」


 ……会話終了。
いや、彼女は怪我人だし、喋るにもエネルギーを使うんだろう。
空気読めなくてすみません!
口閉じます!

ヨロッ…

「あっ…」

「おっ…!?」


 ザベっさんに突然引っ張られ…じゃない、どうやら道の石につまづいてしまったようだ。
彼女に釣られる形で、俺も地べたに膝をついてしまう。


「もう、こんな往来で何やってんのよ…。
2人とも大丈夫?」

「あ、ああ俺は大丈夫…。
ザベっさん、立てるか?」

「はい、立てま……」


途中でザベっさんの口が止まった。
あれ?どうしたんだ?
すると、なぜかわざとらしくヨヨヨと、脱力感を醸し出して俺に手を伸ばしてきた。


「……私はもう体力の限界です。
立ち上がることも歩くこともできません。
ご迷惑おかけしますが、私を抱き上げて下さりませんか?」

「え」

「「「なっ!?」」」


ザベっさんは両手を広げてバンザイしている。
抱き上げって…まさかアリーナでやったお姫様抱っこ!?
いや、無理だよ!


「残念だけど、今の俺はルカと合体していない、ただの貧弱零人さんなんだよ…。
この状態でザベっさん持ったら腰砕ける」


大げさに言ったあと気付いた。
これ遠回しにお前デブって言ってるようなもんじゃね…?


「……私は腰が砕けるほど重くありません」

「あっ…!?いや…その!」


やば、無表情だけどめちゃ怒ってるの分かる!
ええと…こういう時どう返せば良いんだ!?
その時、ザベっさん以外にもワナワナしている女性が2人居ることにも気が付いた。


「あんたさっき普通に歩けてたでしょうが!
しれっと仮病使うんじゃないわよ!」

「そうだぞ!
マミヤ殿に抱えられるとはなんと羨ま…
……ではなく!彼も疲れているのだ!」


 女どもがやいのやいのと騒ぎ始める。
夜中なんだから静かにしてくれないかな!
全然立ち上がろうとしない彼女に困っていると、ルカが俺の横に来た。


「零人。モービルなら持てるか?」

「セリーヌは軽いから余裕だ」

「では私と交代しよう」

「え?お、おっと!」


 ルカから眠っているセリーヌを受け取る。
カジノから出発する時に、寝ているこのネコ娘を誰が運ぶか相談したところ、同じく爆睡をかましたルカが運搬役を自ら申し出てくれたのだ。
両手がフリーになったルカはザベっさんの所へ近づく。
 

「さあ、センチュリー。
お望み通り私が抱き上げてやるぞ。
そうだ、どうせなら上空を散歩して向かってやろうか?
ふふ…これは零人にはできないことだぞ?」

「………いえ、お気遣いなく」

「なんだ、遠慮するな。
私と君の仲ではないか」

「ルカなら…別にいいわね」

「ああ。ルカ殿!
疲れた時は遠慮なく私に言ってくれ!」


 ルカはとても爽やかな笑顔でザベっさんを抱き抱えた。
傍から見ると、とても仲睦まじく見える…はずなんだが、ルカとザベっさんのこめかみに青筋が浮かんでるのはなぜだろう?

同じく疑問顔のジオンが俺の肩を叩いてきた。


「レイト殿…。
しばらく見ない間にエリザベスが随分変わってしまったみたいなんだが…。
いったい彼女に何があったんだ?」

「えっ…、そうかな?
前からあんな感じだったんじゃない?」

「いや…少なくとも僕は彼女が『駄々をこねる』ところなんて初めて見たぞ」

「ふーん…。
まあザベっさんだって1人の人間なんだし、それくらいたまにあっても不思議じゃないべ」

「そう、だな。はは、面目ない!
彼女のあまりの変わりように少し戸惑ってしまった!」


 そんなこんな話しているうちに無事に診療所へ到着した。
診てもらったメンバーはセリーヌも含めて全員回復し、服と装備の回収は後日にしようということで、その日はそれぞれの宿場へ帰還した。

…長い一日だったよ、ホント…。


☆☆☆


 翌朝。

 目を開けると、豪華な装飾が施された天井が目に映った。
…当たり前だが知っている天井だ。
欠伸をしながらベッドから身体を起こすと、ルカが人間形態ですぐ横に寝ている。

 昨日は本当にルカを助けられたんだな…。

 静かに眠るルカの頬を指で撫でると、うっとおしそうに寝返りを打って反対側に身体を向けてしまった。
思わず苦笑いをしつつ、俺は顔を洗い着替えた。
…お腹空いた。
レストランでメシ食うか。

部屋のドアを開けた瞬間、が居た。


「おはようございますレイト様。
昨日はよく眠れましたか?」

「うわあっ!?ビックリした…。
あ、ああ、おはよう。
うん、まあ…疲れてたから」


 ザベっさんが部屋の前に立っていた。

 血に濡れたような赤い眼差しの視線が俺の視界と交差する。
表情一つ変えずに、じっと俺の眼を捉えて離さない。

 ……ちょっと怖い。
つうか朝から心臓飛び出るかと思ったぞ…。
ドア開けたらいきなり無表情の女が突っ立ってるんだもん。

 あ、服がいつものメイド服に戻っている。
予備の制服が部屋にあったのか。

 昨日は治療終わったあと、マルロの宿に戻ってみんなすぐ寝たけど…。
この人もう回復したのか?


「ええと…、ザベっさんの具合はもう大丈夫か?
昨日はフラフラだったろうに」

「はい、おかげさまで全快いたしました。
本日からより一層皆さまのサポートをするよう、ジオン様から仰せつかっております。
何なりとご用命ください」

「そ、そっか…。
ところでいつからそこで待ってたの…?」


 俺は最も気になることを訊いた。
まさか、目覚めてからずっとここに立っていたわけじゃないよな?
もしそうならちょっと…いやかなり引く。


「……先ほど来たばかりです。
お目覚めになる頃かと思いましたので」

「…そ、そう。
なんでそこで目を合わせないのか分からないけど…。
他のみんなは?」

「ウォルト様と坊っちゃまはラウンジで待機しています。
あとはお二人の準備が整えばいつでも出発可能です」


 えっ…?
まさかもうみんな朝食を食べ終わって…?
時計を確認すると、既に10時を回っていた!
げっ、俺らこんなに寝てたのか!?
やべー寝坊しちまった!


「ゴ、ゴメン!
すぐルカも起こしてくる!」

「いえ、別に急がずとも構いませんが、少々貴方様に確認したいことがございます」

「へ…?なに?」


ズイッと、整った顔を近づけてきた。
ちょ…近い近い!
…って、あれ…?気のせいかな?
ほんの僅かだけど、口を尖らせている…?


「昨日…ルカ様とは何もしていないのですか?」


 それは耳にタコができるほど、フレイとナディアさんが朝に必ず言うセリフだった。
まさか、ザベっさんも言ってくるとは…。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

処理中です...