上 下
13 / 243

第10話:亜人族の少女

しおりを挟む
 俺たちはルカの案内に従い、冒険者ギルドへやってきた。
なんというか、市民センターって感じの建物なんだな。

 フレイによるとこのギルドは大陸最大の規模を誇るらしい。

 よって様々な冒険者が集う所なので、金稼ぎだけではなく、宝石スフィアの候補者探しにもうってつけってわけだ。


「冒険者ギルドに来たは良いけど、ここからどうすればいいんだ?
会員登録とかするの?」

「ええ、そうよ。
まず、受付に行ってギルド内での身分証明となる冒険者カードを作成するのよ。
その後は所属するパーティーを決めれば晴れて冒険者になれるわ」

「なんだ、意外と簡単じゃん。
さっさと入ってカードを作ってもらおうぜ」

「ふむ、それなら私は建物内を回って候補者を探すとしよう。
ざっと見て回ったら合流する」


☆☆☆


 ルカが先行してギルドに入り、俺たちもあとから続いて入口を通る

 建物内は人がごった返しており、提示版にはクエストとなる依頼書が張り出されていて、そこに群がる冒険者たちや、酒場スペースのテーブルの所で談笑しているパーティーなど、とにかくガヤガヤしていて賑やかだ。

 …ギルド内で微妙に視線を感じる気がするけど、やはり俺の髪の色は珍しいからかな?
それとも見られてるのはフレイの方か?
意外とこいつ美人だし。


「フレイ、受付する所ってあそこの長ぇカウンターだよな?
どこに並べば良いんだ?」


 受付のお姉さん達が長いカウンターテーブルで応対している。
それぞれに行列が出来ていた。


「どこでも大丈夫じゃない?
あ、あそことあそこが少し空いているから別れて並びましょ」

「おっけー。また後でな」


☆☆☆


 フレイと別れて列に並んでいると、突然後ろから声を掛けられた。


「ねぇねぇ。
お兄さんも新人冒険者なのかニャ?」


『ニャ』?

 振り返ると小柄な女の子が俺の後ろに並んでいた。
銀髪の頭から耳が生えていて後ろから尻尾がフリフリ動いている。

 この子は亜人族かな?


「いや、これから登録する所だよ。
『も』ってことは君も新人冒険者なのかい?」

「ニャフフ、そうニャ!
あたしはセリーヌ・モービル。
よろしくニャ、お兄さん!」


 元気よく自己紹介をして右手を差し出した。

 ……握手か、痛い思い出が蘇るなー。


「俺は零人。間宮零人まみやれいとだ。
よろしくセリーヌさん」


 握手に応じて手を握る。
よし、この子は常識があるようだ、良かった。


「あたしの事はセリーヌでいいニャ。
ところでレイト君はなんで冒険者やろうと思ったのニャ?
お兄さんから魔力マナが感じられないからとても不思議ニャ」

「えーと、お金が必要でね。
急いで宿屋代を稼がないとヤバいんだ」

「ふーん…」


 簡単に事情を言うと、セリーヌは俺のリュックをジィ、と見始めた


「なんだ?」

「別にー?
そんな上等なバックパック持ってるのに、お金が必要なんて不思議だなって思っただけニャ」

「ああ、まあ…色々とあんだよ」


 まさか料亭で食べすぎてスカンピンになったなんて情けなくて言えるわけがない。

 するとセリーヌは目を細めて口元を上に吊り上げた。


「なーんか、お兄さんニャ。
いったいどこから来たのニャ?」


 なんだろう、何か怪しまれている?
何となく嫌な視線だな…。


「俺はガルドの村から来たんだ。
なぁ、もう順番近いから後ででいいか?」

「ガルド?
それってもしかしてエルフ達の…?」

「次の方ー!どうぞー!」


 何か言おうとしたみたいだけど、受付のお姉さんから呼ばれたのでそちらを優先した。


☆☆☆


「遅かったわねレイト。何かあった?」

「名前とか住所とか書く紙渡されたろ?
あれの記入に手こずってたんだ…」

「あ、そか。
あんたまだ読み書き慣れてないんだもんね」


 冒険者カードを発行してもらい、ようやくフレイと合流できた。
俺のプロフィールをこちらの世界の言葉で書くのにかなり時間を食ってしまった。
受付嬢の人も苦笑いしながら丁寧に応対してくれたけど、悪いことしちゃったなぁ。


「2人とも無事に冒険者になれたようだな」


 お、ルカの方も終わったみたいだ。


「おかえりルカ。候補者は見つかった?」

「いいや。
やはりそう簡単には見つからなかった」

「それはまず後で考えましょう。
とりあえず提示版の所でクエストを見てみない?」

「あれ、パーティーの登録はしないのか?」


 てっきり冒険者カード作ってもらう時にそれも登録するものかと思ったけどしなかったんだよな。


「私も冒険者の活動をするのは初めてだけど、通常『新人ルーキー』のうちはフリーで活動して、クエストの内容でパーティーの人選を変えていくのがセオリーだそうよ。
そしてベテランになるにつれて、自ずとパーティーメンバーも固定されていくわ」


 なるほどなー。
右も左も分からないヒヨっ子が能力が噛み合わないパーティーを組んで、無茶なクエストに挑んだりなんてすれば、失敗するかもしれないしな。


「よし、それじゃクエスト見てみようぜ」


☆☆☆


「読めねえ…」


 考えたら当たり前だよな。
自分のプロフィールさえ書けない奴が依頼書を読もうなんて…。


「ふふ、今度から私もあなたの勉強に付き合ってあげるわ」

「そうだな、その時は私も手伝おう。
だがまずは適切なクエストを受注しなければ」


 そうなんだよ。
ルカは学習スピードが半端なく速く、あっという間に文字を覚えた。

 しかもそれだけではなく、村長の書斎にあった魔物の種族や生態などが記録されてある分厚い本も、1回目を通したら全て暗記しやがった。

 何気にヘコむ…。


「これなんかはどうかしら?
野菜人間マンガブーの捕獲』」

「うーん…今日は移動で体力使ったからなぁ。
できれば戦闘系は避けたいけど…」

「ではこれはどうだ?『砂男ザントマンの砂袋の納品』」

「…それも結局砂男ザントマンと戦わなきゃ手に入らないんじゃ?」

「仕方ないわね、これで手を打ちましょう。
怒れる竜ニーズヘッグの討伐』」

「だから戦闘系はやめろって言ってんだろ!
しかも最後のはドラゴンが相手じゃねぇか!」


 こいつら腹が満たされたからか闘いを欲してやがる!

 クエストは何も魔物を相手にするだけでなく、薬草の採取やアイテムの配達、王都の市民の悩みを解決するいわゆるなんでも屋に近い依頼などもある。

 ギャイギャイと3人で揉めてると、後ろから聞き覚えのある声がかかった。


「ニャ?レイト君だニャ?
何を騒いでいるのニャ?」


 あれ、この子はさっきの…。


「セリーヌか。
見ての通りクエストを何にするかで揉めててな」

「レイト?この子知り合い?」

「ああ、さっき列に並んでる時にちょっとな。
紹介するよ、この子は…」

「セリーヌ・モービルですニャ。
よろしくエルフのお姉さんと…蒼い石?」


 セリーヌはルカを見て目を丸くした。
当然の反応だよな。


「フレデリカ・シュバルツァーよ。
フレイでいいわ。
よろしくねセリーヌ」

「ルカだ。私の見た目は気にしないでくれ」

「へぇー?
随分とお兄さんのパーティー個性的だニャ?」


 先程と同じちょっと疑ってる目で俺を見てきた。
そんな目で見たって別にやましい事なんかありませんよ?


「それで、レイト君たちは何でクエストで揉めてたのニャ?」

「ああ、それは…」


 かくかくしかじかと説明した。


「ふむ、戦闘が無く金払いが良く即日支払いが可能なクエストかニャ…
それならあたしが今受けているクエストなら、お兄さん達にピッタリじゃないかニャ?」

「おお!どんな依頼だ?」

「『盗賊団ベンターのアジトに保管してある盗まれたブローチの奪還』ニャ」

「人の話聞いてた!?」


 盗賊団!?
そんな反社会勢力なんぞ関わりたくないわ!


「落ち着くニャ。
アジトに潜入はするけど、メンバーに見つからなければ良いだけの話ニャ。
それに…依頼人はこの街の富豪貴族だから報酬は期待できるニャ!」

「む、うーん…」


 そう言われると悪くないような…?
俺とルカならたとえ見つかったとしてもすぐ逃げられるしな。


「良いのではないのか零人?
君と私ならこの手の仕事は相性が良い筈だ」

「うん、俺も同じこと考えたよ。
フレイはどう思う?」

「私は戦えないなら物足りない感じがするけど、お金は必要だしね。良いと思うわ」


 決まりだな。


「よし、セリーヌ。
俺たちも一枚かませてもらえるか?」

「ガッテンニャ!
ところでレイト君たちは『職業ジョブ』は何なのかニャ?
レイト君とルカちゃんは相性が良いって話みたいだけど」


 『職業ジョブ』か。

冒険者カードを作成する時に聞かれたけど、転移テレポートの能力を扱う職業ジョブなんて存在してないから、適当に決めた。


「俺は『剣士ソードファイター』だ。
ルカと組めば特殊な能力を使える」

「私は武器はなんでも扱えるけど、一応『弓士アーチャー』にしたわ。
魔法もある程度は修得してるわ」

「私はこの通りただの石なのでな。
隠密行動なら得意だ。
基本的には零人と行動するが、敵の偵察などは任せてくれ」


喋る石がただの石なわけねぇだろ!


「ふむふむ、了解ニャ。
あたしは『盗人シーフ』ニャ。
得意技はスリと鍵の解錠、トラップの感知と設置も任せてニャ」


 盗賊団のアジトに『盗人』が盗みに行くのか。
皮肉が強いね。


「レイト君、特殊な能力って何なのニャ?」

「えーと…ルカ言っても良いか?」

「構わん。
一緒にパーティーを組むならばできるだけ情報を共有するべきだ」


 相棒の許可が降りたのでセリーヌに『転移テレポート』能力のことを説明した。


「…す、凄まじい能力ニャ…!
そんなの聞いたことも見たこともないニャ。
たしかにその能力なら今回のクエストは楽かもしれないニャ」

「まぁ、あまり騒ぎになっても大変だからオフレコで頼むぜ」

「おふれこ?秘密って意味かニャ?
それなら大丈夫ニャ!
あたしは口が堅いガトー族ニャ!」

「『ガトー族』?」

「亜人の種族名だ。
ガルドの授業で習ったではないか」


 あ、そういえば習ったな。
亜人の種族はたくさんいるから覚えるのが大変なんだよ。


「そうニャ!
お兄さん達はあの有名な傭兵団、『ガルドの牙』なのニャ?」

「いや、俺とルカはガルド・ヴィレッジに住ませてもらってるだけでね。
ガルドの牙に所属しているのはこっちのフレイだけだよ。な、フレイ?」

「…………」


 フレイが顎に手を当てて何やら考え込んでる。


「フレイ?どうかした?」

「…いえ、なんでもないわ。
それよりクエストの詳細を教えててくれる?」

「ガッテンニャ!
これがクエストの依頼書ニャ」


☆☆☆


-大切なブローチを取り返して欲しい-

先日、私と妻は『聖の国グラーヴ』から戻ってくる最中、盗賊団の襲撃を受けてしまいました。
その際、私たちの命に別条はなく事なきを得たのですが、所持品を全て奪われ、その中には妻がとても大事にしていたブローチが含まれていました。
どうかブローチを取り返してもらえませんか?
危険な依頼なので、報酬には色をつけます。

推奨ラン……


☆☆☆


「へぇ、たしかに報酬には期待ができそうね。アジトの場所は分かるの?」

「もちろんニャ!
その盗賊団について入念に下調べをしたニャ。
本当はこの依頼をあたし1人でこなすつもりだったけど、あのアジトに潜入するにはちょっと人手が足りないと思ってたニャ」


 おいおい、そんなヤベぇアジトなの?

 考えてみたら盗賊団のアジトに潜入なんて、スジモンの事務所にカチコミかけるのと同じくらい危険なんじゃ…?


「零人?そんな後悔したような顔をするな。
大丈夫だ、君には私がついている」

「ルカ…分かったよ。
やればいいんだろやれば…」

「うーん、今回のクエストだと私はあまり役に立ちそうにないわね…」

「まずは特定したアジトに向かうニャ。
そこで作戦を立てようニャ」


☆☆☆


 1度宿屋に戻って装備を整えた後、クルゥを連れてレガリアの南門をくぐった。
検問所は冒険者カードを提示すればすんなり通してくれるらしい。

 そしてセリーヌに案内されて1時間、こじんまりとした洞窟へとたどり着いた。


「また洞窟かよ…」

「大丈夫だ零人。
前回と違い、今回はここにいる住人が判明しているのだからな」

「ニャ?レイト君は洞窟が苦手なのかニャ?」

「いや、洞窟じゃなくて…
…まぁそれはいい。作戦立てようぜ」


 半分誤魔化すように話を進めると、ルカは俺たちの前にフワフワとやって来た。


「よし、作戦会議ブリーフィングの時間だな。
まずはこのアジトの周辺を把握する必要がある。
モービル、入口はあそこに見える所だけか?」

「そうニャ。
そして見張りも入口に入ってすぐの所に1人いるニャ」

「それは私に任せて。
おびき出してぶちのめすわ」


 …どうしてフレイってこういつも力技なんだろう?


「そいつはフレイに任せるとして、潜入した後はどうする?
ブローチの場所は分かるのか?」

「あたしが下調べで潜入した時にバッチリ調べといたニャ。
ブローチはどうやらベンターのボスの部屋に保管されているみたいニャ。
その部屋は洞窟の奥にあるみたいで、さすがにどの部屋かまでは調べられなかったニャ」

「ふむ、ならばまずはブローチが保管されている部屋の正確な場所の情報を得る必要があるな。
洞窟内のマップが手に入れば良いのだが…」


 あ、それならあの方法が使えるかも。


「それなら最初にフレイがおびき出す奴に訊いてみたらいいんじゃねえか?
それでその情報を元に、俺のスマホでマッピングする」

「ナイスアイデアよレイト!
尋問なら任せて!
皮を剥いででも必ずゲロらせるわ」

「そこまでしろとは言ってねぇよ!」


 どうもフレイには手網を付けとかないと危なっかしくてしょうがない!
…てか皮を剥ぐって、冗談だよな?


「『すまほ』?
それは何のアイテムなのニャ?」


 セリーヌは可愛らしく首を傾げた。
うーん、現地の人に異世界アイテムを説明するのは難しいし、実物見せた方が早いな。


「これだよ。これ一つで時間を測ったり、見た光景を写真として保存したり…
とにかく色々なことができるんだ」


 試しにセリーヌを撮影して見せると、彼女は驚いて目が点になった。


「ニャニャニャ!?板の中にあたしがいる??
こんな魔道具アーティファクト初めて見るニャ…」

魔道具アーティファクトじゃあないんだけどな。
ともかく、こいつを使って擬似的に洞窟のマップを作成することができるんだ」


 ほへーっと、セリーヌはジロジロとスマホを見回した。


「…何かこっちの方がブローチよりも価値があるような気がするニャ」

「…盗むなよ?」


 セリーヌの目がなんか獲物を狙うものに変わったような…。


「そうと決まれば早速始めましょう!
まずは入口の奴を尋問すればいいのね?」


 腕をブンブン回しながら進もうとしたフレイの肩を俺はガッと掴んだ。


「待て。
入口のは任せるが、その後はお前留守番だよ」

「はぁ!?なんでよ!
私も行くに決まってるでしょ!」

「おいシュバルツァー、あまり騒ぐな。
零人、どういうことだ?」


 予想通りの反応だったけど、うまく説得できるかな…。


「フレイは『ガルドの牙』の所属だろ?
ガルドの牙は人間が敵になる仕事は受けない。
万が一連中にお前の素性がバレたら親父さんに大目玉食らうんじゃねえか?」

「ゔっ…で、でも今回は冒険者としてだし…
盗賊にバレなきゃ大丈夫でしょ?」


 さすがに食い下がるか…。
恥ずかしいからあまりこういうこと言いたくないけど仕方ない。


「フレイ。俺は本当はお前の身が心配なんだ。
俺は親父さんに『娘を頼む』って出発前に言われてる。
世話になった恩人の娘さんを危険な目に合わせるわけにはいかない。
だから…お前だけは絶対に守りたいんだ!」


 両手で肩を掴んで訴えかけるように彼女の翡翠色の瞳を見つめる。


「へっ…へっ!?そ、そういうことなら…
その…待ってる。
で、でも絶対無事に戻ってきてよ!?」

「ああ、約束する!」


 よっし!
なんとかフレイを説得することに成功した!
良かったー…。


「「………」」


 ルカとセリーヌがポカンとしてこちらを見ている。
ああもう!
だからこんな台詞言いたくなかったんだ!


「なんだかレイト君とフレイちゃんは恋人みたいニャ」

「違うから!
いいからとっとと作戦を開始しようぜ!」


☆☆☆


 フレイに入口の見張りに洞窟内の構造を『訊いて』もらって、俺とルカとセリーヌはアジトに潜入した。


「…零人はとんだ女たらしだな。
あんな台詞、いったいどこで覚えたのだ?」


 何やらまたルカが不機嫌になってるな。
一応、2人には事情を説明しとくか。


「俺がフレイを置いていったのは、あいつがついてくると高確率で乱闘騒ぎを起こしそうだったからだよ。
今回は隠密行動がメインなんだろ?
だからアイツには悪いけどお留守番してもらったんだ」

「レイト君、悪い男ニャー」

「同感だ。
さすがにシュバルツァーに謝った方がいいと思うが」


 えええ!?
なに、俺が悪者なの!?
依頼を上手くこなそうと思っただけなのに!


「ま、まぁそれはともかく、マップを確認しようぜ」


 俺はスマホを取り出し、2人に見えるように画面を上に向けた。


「ふむ、先程入口を通ったばかりなので現在地はここか。
目標の部屋までの道は、途中枝分かれしているようだが、これを見る限りほとんど1本道のようだな」

「…本当にスゴいアイテムニャ。
因みにいくら出せばコレ譲ってくれるニャ?」

「残念ながらこれは非売品なんだ。
手に入れたきゃ地球まで買いに来るんだな」

「『チキュウ』??」

「2人とも集中しろ。
ここから先に生命反応が複数いる。
見つからずに進むぞ」

「おう」

「ガッテンニャ」


 それから俺とセリーヌは姿勢を低くしてルカの先導のもと、できるだけ音を立てずに進んだ。

 途中で何人か盗賊が近くを通りかかったけど、セリーヌのおかげでなんとかやり過ごすことに成功した。


「『擬態クローク』。
レイト君、ルカちゃん、動かないでニャ」

「分かった」

「了解だ」


 セリーヌが魔力《マナ》を自分と俺たちを囲うように振りかけた。
壁に背を張り付け動かないでいると、目の前を盗賊の一味が素通りした。

すげぇ!
あっちからは俺たちが見えてないみたいだ。

 『盗人』の技はこういった諜報活動に長けており、あっという間に目標のブツがあるボスの部屋へたどり着いた。

 おや、けっこう扉が大きい…?


「意外とすんなりゴールにたどり着けたな。
扉は閉まってるけど…」

「あたしならあれぐらいの扉『解錠アンロック』できるけど、もし中に誰か居るなら大変ニャ」

「ここは私の出番のようだな。
2人とも待っていてくれ。
偵察してこよう」


 ルカは扉の上に設置された通気口から侵入していった。
…そして数分後、彼女は戻ってきた


「おかえり。どうだったルカ?」

「……零人」

「なに?」

「良いニュースと悪いニュースどちらから聞きたい?」

「よし。
ブローチは既にここに無いみたいだな。
帰ろうぜ」

「レイト君!?
まだ部屋の中に入ってないのニャ!?」


 ルカが『それ』を言うってことは、部屋の中に『あれ』が居るってことじゃねえか!


「落ち着け零人。
部屋の中には人は誰もいない。ただ…」

「『ただ』?」

「おそらくこの盗賊団のペットと思われる『怒れる竜ニーズヘッグ』が部屋の中で眠っていたんだ」

「やっぱり帰る!」


ほらドラゴン案件じゃねえか!
なんでこういつも俺はドラゴンにかち合うんだ??


「あ、もしかしてレイト君、ドラゴンが怖いのニャ?」

「そうだよ!
セリーヌには悪いけど俺は降りるぜ」

「零人、待て!今回は騒がしい連中は居ない。
静かに行動すれば大丈夫だ。
それにおめおめと手ぶらで戻った時のシュバルツァーの反応を考えてみろ。
確実に殴られる光景が容易に想像できないか?」

「…………できるね」


 ぬああああ!どん詰まりかよ!
あーもう!


「分かったよクソ!
さっさとブローチを見つけて戻ろうぜ」

「それじゃあこれからドアを『解錠アンロック』するニャ。
誰か来ないか後ろを見張ってて欲しいニャ」

「了解だ。できるだけ静かに頼むぞモービル」


☆☆☆


 セリーヌの『解錠アンロック』が終わり、静かにドアを開けて部屋の中に入った

 …ルカの言っていた通り、昨日の『地竜グランド・ドラゴン』と同じくらいのサイズのドラゴンが、身体を丸めてデカい椅子の近くで鼻息を荒くして睡眠していた。

 ルカによると『怒れる竜ニーズヘッグ』はドラゴンの中でも特に好戦的らしく、コイツに1度でも喰らいつかれれば、獲物が絶命するまで決して離さない…と魔物リストに書いてあったらしい。

 なんだそのスッポンみたいな特徴は。


「ううぅ…近くだとやっぱりこえぇよぉ….」

「レイト君、大丈夫ニャ。
ブローチさえ手に入れたら後はレイト君とルカちゃんの転移テレポートですぐ帰れるんでしょ?
がんばって見つけようニャ」


 セリーヌが背中をさすって励ましてくれている
なんて良い子なんだ…!

あとで何かご馳走してやろう!


「2人とも、この箱を開けてくれないか?
何やら厳重にしまいこんでいるようだぞ」


 ルカが何かを見つけたようだ。
呼ばれてそこへ行くと、赤い色で装飾が施された宝箱があった。


「任せてニャ。『解錠アンロック』するニャ」

 セリーヌは腰のポーチから小道具を取り出して作業を始める。

 そして数秒で『解錠アンロック』が終わった


「セリーヌすげぇな。
こんなガチガチに固められた鍵をすぐ解いちまうなんて」

「ニャフフ、これがあたしの特技だからニャ。
さぁ、いよいよ中身とご対面ニャ」


 ガチャっと箱をオープンすると、その中には金品やお金の山がぎっしり詰まっていた!
ま、眩しいいい!!!


「おおお!
すげぇ、本物の宝って初めて見た!」

「あたしもニャ!
こんなお宝を発見できるなんて今日はツイてるニャ」

「…2人とも。
今回の目標アイテムはブローチだけの筈だ。
全部持って帰ろうなどと思うなよ?」

ギクッ

 邪な考えがよぎったのをルカは勘づいたのか、釘を刺されてしまった。


「わ、分かってるよ…あ、これじゃねえか?
依頼のブローチって」

「ちょっと貸してニャ…
うん、依頼内容のブローチと特徴が同じニャ。
あとは帰る…」

「おうてめぇら、ここで何してんだ?」

「「「!?」」」


 不意に後ろから男の声が聞こえてきた!?
驚いて振り返ると、大柄な男が立っていた。
片手には物騒な斧を携えている。

まさか…。


「レイト君、まずいニャ!
あいつがベンターのボスニャ!」

「なんだと!?ルカ、急いでズラかんべ!」

「ああ、2人とも私の近くに…」

「ああ?逃がすと思ってんのか?」

ドゴッ!!

 正面に立っていた男はひとっ飛びで俺の懐へ飛び込み、強烈なボディーブローを食らわせてきた!
大きな拳が俺の腹へめり込む。


「ぐはぁっ!!」


 食らった衝撃で後ろに吹き飛び、壁まで激突してしまった。

あぶねぇっ!!
方向が違えばドラゴンに当たるとこだった…。


「「零人!(レイト君!)」」

「ゲホッゲホッ…なんて速さだ…」

「ほう?小僧、そんなヒョレぇ身体でよく俺様の一撃を耐えたな」


 目の前の大男は不敵に笑い、斧を肩へ乗せた。


「俺様はベンター団のアタマ張ってるディンゴ・バトラーってんだ。
てめぇら、どこの団のモンだ?
誰の依頼でここへ入ってきた?」


 両脚が少しガクつく。
クソ、先制攻撃もらっちまった…!

 あいつの風貌がガルドのマッチョと似てるから油断してたぜ!


「貴様に答える筋合いなどない。
零人、モービル、早く私の所へ来い!
脱出するぞ!」


 ルカが喋った途端、男は驚いた表情をした。


「蒼い宝石だと?しかも口を聞きやがった…。
ヒャハッ、こいつは高く売れそうだなぁ!?」


 歪んだ笑顔を見せると今度はルカの方に向かって走り出した。


「ルカちゃん!」


ルカの前にセリーヌが立ち塞いだ!?
何をする気だあいつ!


「『鉄線掴みワイヤー・スナッチ』!」

ヒュオッ!

「ああ?」


 セリーヌの手首からワイヤーが飛び出し、男の片脚へ巻きついた。


「『麻痺アネスト』!」

ビィィィッ!!

腕をクロスさせ、セリーヌが叫ぶとワイヤーに電気ショックのようなエネルギーが伝わった!


「ぐっ…!やるじゃねぇか、ガトーの小娘。
ちっとばかし効いたぜ」


男は斧を上に放り投げると、脚に巻かれたワイヤーを素手でブチブチと引きちぎった

なんて握力だよ!?


「決めたぜ…。
そこの蒼い宝石とガトーの女は俺様のコレクションに加えてやるぜ!!
おい!てめぇら!」

「「「へい!ボス」」」

「この黒い髪の男をぶち殺せ。
ガトーの女は生け捕りにしろ!
蒼い宝石は俺様がいただく!」

「「「了解です!」」」


やべぇ!?
手下どもが集まってきやがった!


「ルカ!早くセリーヌを連れて逃げろ!」

「何を言っている!?君はどうする気だ!?」

「俺はまだエネルギーが残ってる!
俺も今から戻るから早く転移テレポートしろ!」

「…了解した!モービル、そこを動くなよ!
今からシュバルツァーの所へ転移テレポートする!」

「ニャニャ!?わ、分かったニャ!」

ブン!

 2人が消えたことを確認して俺は立ち上がった。

…ゴメンなルカ、嘘ついて。

 俺はまだ自分の眼で視えない場所への転移テレポートはできないんだ。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

W職業持ちの異世界スローライフ

Nowel
ファンタジー
仕事の帰り道、トラックに轢かれた鈴木健一。 目が覚めるとそこは魂の世界だった。 橋の神様に異世界に転生か転移することを選ばせてもらい、転移することに。 転移先は森の中、神様に貰った力を使いこの森の中でスローライフを目指す。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

旦那様に勝手にがっかりされて隣国に追放された結果、なぜか死ぬほど溺愛されています

新野乃花(大舟)
恋愛
17歳の少女カレンは、6つほど年上であるグレムリー伯爵から婚約関係を持ち掛けられ、関係を結んでいた。しかしカレンは貴族でなく平民の生まれであったため、彼女の事を見る周囲の目は冷たく、そんな時間が繰り返されるうちに伯爵自身も彼女に冷たく当たり始める。そしてある日、ついに伯爵はカレンに対して婚約破棄を告げてしまう。カレンは屋敷からの追放を命じられ、さらにそのまま隣国へと送られることとなり、しかし伯爵に逆らうこともできず、言われた通りその姿を消すことしかできなかった…。しかし、彼女の生まれにはある秘密があり、向かった先の隣国でこの上ないほどの溺愛を受けることとなるのだった。後からその事に気づいた伯爵であったものの、もはやその時にはすべてが手遅れであり、後悔してもしきれない思いを感じさせられることとなるのであった…。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

処理中です...