上 下
11 / 243

第8話:零人の失踪

しおりを挟む
「敵性体、沈黙…」


 地竜グランド・ドラゴンの断末魔が響き渡り、俺を見据えながら息絶えた。

 ……仕方ないとはいえ、可哀想なことしてしまった。
 やっこさんはただそこに居ただけで、俺達がズカズカ踏み入れたのに怒っただけだしな。

 俺はドラゴンの頭に手を置いた。


「ゴメンな…」


 独り言に答えるように、俺の中にいるルカが慰めてきた。


「零人、この世界では…いや、動物や魔物がいる自然界では弱肉強食が基本なのだ。
 君はこのドラゴンより強かった。
 ただそれだけだ。君が気に病む必要はない」

「うん。ガルドで散々鍛えられて分かってるつもりだったけど…やっぱり俺は甘いのかもね」


 手でドラゴンの瞼を閉じると後ろから声がかかった。


「「「レイト(さん)!」」」


 みんな集まってきた。
 全員なんとか無事のようだ。


「レイト、大丈夫?」

「ああ、俺はだいじょ…アレ?」


 ガクンと膝から崩れてしまった。
 あれ、これって初めてルカに触った時と同じ…?


「ちょっとレイト!? どうしたの!?」


 フレイが叫ぶと同時に、俺の中からルカが飛び出た感触が感じられる。


「シュバルツァー、今回はどうやら力を行使し過ぎたようだ。
 すまないが、私も零人も…限界だ…」


 頭の中がグルグルと回りだし、意識が徐々に遠くなっていってしまっていた。
 ヤバ…い、オチる…。

 ドサッと地面に倒れた。


「レイトさん!? ルカさん!?」

「おい! しっかりしろよ!」

トサッ

 俺の顔の近くに蒼い何かが落ちてきた。
 まさか…、ルカも気絶…?
 ああ、クソ、またこれかよ…。


☆☆☆


「………!」「………!」


 話し声が聞こえる。
 んん…。
 もう少し寝かせてくれよ…。


「わ……し………!」

「だ………じゃ…………!」


 だあもう、うるさい!
 俺はガバッと起き上がり、叫んだ。


「ねみぃんだから寝かせろよ!!」

「「レイト(さん)!?」」


 目の前にはフレイ、ラムジー、ルイス君が3人とも目を皿にしてこちらを見ていた。

 ん、あれ? ここどこだ?
 つかなんでベッドに寝てんだ俺?


「レイト!
 良かったやっと目覚め…「レイトさん!」」

ガバッ!

 フレイが何か言う前に、ラムジーが俺に抱きついてきた!?
 ええっ!? なにどゆこと!?


「な、なな何してんのよラムジー!?」

「ゴメンなさい…ゴメンなさい!
 レイトさん、私のせいで…」


 ええ…全然状況つかめないんだけど…?
 ラムジーにがっちりホールドされながら記憶を遡る。
 ええと、たしか洞窟入って、ドラゴンと出くわして…。

 あ、そうだ。戦ったあと気を失ったんだ。
 ん? ちょっと待て、あいつが居ない!?


「フレイ!」

「な、なによ?」

「ルカは!?
 ルカはどうしたん…ゴホッゴホッ!」


 自分でもビックリするくらいの大きな声が出てしまった。
 思わず咳き込んでしまう。


「レイトさん! 落ち着いてください!
 ルカさんは…」

「ここだ零人。ねぼすけめ」


 枕元から馴染みのある澄んだ声が聞こえてきた。
 俺と同じく寝ているみたいだ。
 はあ、焦った…無事だったか。


「ルカ…。良かった…。
 お前も気絶したの見えたからびっくりしたよ」

「今回は同調シンクロした状態で力を使い過ぎたからな…。
 君も私も、エネルギーがスッカラカンなのだ」

「え、俺も?」

「ああ、私たちは半日も眠っていたのだぞ」

「半日!?」


 フレイに顔を向けるとこくりと頷いた。


「ええ。ここはラムジーの家よ。
 あなた達が倒れて、ここまで運んで来るの大変だったんだからね?
 クルゥは連れて来なかったから、ルイスと私だけで運ぶしかなかったもの」


 あの長い洞窟を戻って、そこから徒歩で村までか…。
 しかも俺を担いだ状態で…。悪いことしたな。


「そっか…。2人ともありがとな」

「別にいいわよ。
 ドラゴンに戦いを挑んだのは私達だし…。
 それはそうと、ラムジー?
 いつまでレイトにひっついているのかしら?」


 あ、そういえばラムジーが俺にしがみついたままだ。


「あの、ラムジーさん? そろそろ…」

「ハッ!? ご、ゴメンなさい!」

ギュン!

 おお、すごい勢いでベッドから降りてった。


「おいラムジー。
 そういえばお前、レイトの身体洗ってやるんじゃなかったのか?」


 ルイス君が何か変なことを言った。
 身体を洗う? え、そんなエロい約束したっけ?


「ルイス君! なんか言い方がいやらしいよ!
 『洗浄ウォッシュ』するだけだよ!」


 ああ、そういえばそんなこと洞窟に入った時に言ってたな。
 するとフレイがハッとしたように咳払いした。


「コホン…。ええと、ラムジー?
 今日はいろいろあったし、私がしても…」

「えっ…その…わ、私がする!
 私がレイトさんと約束したから!」

「そ、そう?
 でも疲れてるなら別に無理しなくても…」

「「………」」


 なんだ?
 フレイとラムジーが俺を挟んで妙な圧力を送り合ってるような…。


「はぁ…零人。
 女性の扱いにはくれぐれも気をつけるのだぞ」

「何言ってるのルカ?」


☆☆☆


「レイトさん、痒いところはないですか?」

「ああ、大丈夫だ。
 すごく丁寧に洗ってくれるんだな」

「もちろんですっ!」


 そんなこんなで結局ラムジーに『洗浄ウォッシュ』を彼女の部屋でかけてもらうことになった。

 身体に『洗浄ウォッシュ』をかける際は、少し繊細な魔力マナのコントロールが必要らしく、服が濡れないようできるだけ肌に添わせて生成したお湯を流すのだそうだ。

 いつもはフレイにお願いしてやってもらうのだが、やつは大雑把に洗うもんだから、くすぐったい上にめっちゃ服も濡れる。

 しかし、ラムジーはそのコントロールがとても上手く、すごく気持ちいい。
 エステサロンでも開けそうなテクニックだ。


「はーいレイトさん、終わりましたよー。
 …じゃあ、今から『乾燥トロクネ』しますね」

「おうよろしくな…。
 …って、あの、ラムジー?」


 フレイに『乾燥トロクネ』してもらう時は両手でババーっとやってもらってたが、ラムジーはなぜか片手だけで魔法を使っていた。

 そして空いた方の手を俺の髪に絡ませている。


「……ゴメンなさいレイトさん。
 今日は私のお使いに付き合ってもらったばかりにこんな事になってしまって…」


 そう言うとラムジーは『乾燥トロクネ』の風を髪に当てながらもう片手で髪をすきはじめた。
 なるほど、ドライヤーでブローするようなやり方でしてくれてるのか。


「気にするな。乗り掛かった船ってやつだよ。
 誰も怪我せずに帰って来れたんだからそれで良かったじゃねぇか」

「でもでも!
 私フーちゃんから少し聞いちゃったんです…。
 レイトさんはドラゴンが苦手なんですよね?」


 あらら、言っちゃったのか。
 まさかケツから落ちた事まで言ってないだろな?


「まぁ、そうだな。
 今回は運が悪かったと思うことにするよ。
 次からはドラゴンとの戦闘は避けるようにするさ」

「ゴメンなさい、そうとは知らずに挑んだ上に返り討ちにあってレイトさん達に尻拭いまでさせて…」


 ラムジーは俺の後ろにいるけど、顔を暗くさせたのは何となくわかった。

ふむ…


「それならさ、こうしようぜ。
 実はさ、俺もルカも腹がペコペコなんだよ。
 だからラムジーが今夜ご馳走してくれないか?
 それでチャラにするべ」

「…っ! はい、まかせてください!
 私、これでも料理得意なので!」


 ラムジーの顔が笑顔になった気がした。
 良かった良かった。

 …しかし、『乾燥トロクネ』長くね?
 服はほとんど濡れてないから軽くでいいんだけど、ラムジーはずっと髪ばかりすいてる。


「あの、ラムジー?
 もうそろそろ乾いたと思うんだけど」

「へっ!? あ、あのもう少しだけ…」


………………………………………………………


「ラムジー」

「は、はいなんでしょう?」

「もしかしてラムジーは俺の髪…いや、黒髪が好きフェチなの?」

「ふぇぇ!? そ、それは…」


 頭をラムジーの方へ向けると、真っ赤な顔でコクンと頷いた。


☆☆☆


 ラムジーの性癖が判明したあと、もう少しだけ、もう少しだけ、と長々とブローされた。
 気持ちよかったから別に良いんだけどね。

 2階のラムジーの部屋から戻ると、リビングにはフレイとルカがいた。
 あれ? ルイス君は帰ったのかな?


「やっと降りてきたわね。
 …ねぇ、レイトがスッキリしてるのは分かるんだけど、なんでラムジーまでツヤツヤしてるの?」

「へっ!?
 あ、あの私、お料理の準備してくるね!」


 ラムジーはパタパタと買い物に出ていってしまった。
 …その反応だとなんか誤解されない?


「レ、イ、ト?
 2階でラムジーとナニをしていたの?」

ガシッ!

 や、やっぱり!!
 フレイが俺の胸ぐらを掴みあげて尋問してきた!


「な、何もしてないって!
 ちょっとラムジーに気持ち良くしてもらっただけで…」


 そこで俺は己の失言に気づく。
 『洗浄ウォッシュ』って言うよりいかがわしくなっちまった!


「ほう、零人?
 先程は随分と『お楽しみ』だったようだな」


 今度はルカが俺の前にやってきて、メラメラとエネルギーを迸らせた!
 ち、違うんだって!


「いやだから、ただラムジーのテクが上手かったってことなん…」

「この変態!!」

ボゴッ!

 フレイの重たいボディーブローをモロに食らってしまった…。
 理不尽過ぎる…。


☆☆☆


 それからしばらく経ち、日はすっかり沈み暗くなったため、晩ご飯をご馳走になった。
 なんとご厚意でラムジー宅に泊まらせてもらえる事になった。

 ……俺以外が。


「なぁ、フレイ?
 さっきも言ったけどラムジーとの件は誤解なんだって」

「ふん。私の世話よりラムジーの『お世話』の方が気に入ったんでしょ?
 そんなケダモノ、この子の家に入れるわけないじゃない」

「フ、フーちゃん!
 そんな意地悪しないでレイトさんも入れてあげようよ!」


 さっきから何回も説明してるのだが、なかなかフレイは機嫌を直してくれない。
 よっぽどラムジーの生活魔法を褒めたのが気に食わなかったようだ。


「…どうやら諦めるしかなさそうだぞ零人。
 こうなるとシュバルツァーは頑固だ。
 時間を置いてまた来るといい」


 そう言うルカもフレイの隣に居るんだよなぁ。
 もしかしてあいつもまだご立腹なのか?


「…分かったよ。
 今日はキャラバンで寝ることにするよ。
 みんな、おやすみ…」


 俺はそう言い残し、スゴスゴと退散した。


☆☆☆


 村の入り口に停めてあるキャラバンに向かう途中、ある男から呼び止められた。


「よぉ、レイト。
 なんだ、ラムジーん家から追い出されたのかよ?」


 ツンツンヘアーのルイス君だ。
 そういえば2階から戻った時からいなかったけど、何してたんだろう?


「その通りだよ。
 おかげでせっかく村に居るのにキャラバンで寝るハメになっちまったよ」


 はあ、とため息をついて言うと、彼はハハハと笑った。


「そうかいそうかい!
 ま、大方フレデリカでも怒らせたんだろ?
 良い所へ連れてってやるよ。ツラ貸しな」

「あ、ああ?」


☆☆☆


 ルイス君に連れられて村の中を歩いていく。
 すると彼はまだ灯りが点いているお店の中へ入っていった。
 もしかして居酒屋かな?
 俺も続いてドアをくぐる。

 ここは…


「ようこそ、ルイス・ザ・バーへ。
 ここは俺ん家だ。今日の借りを返してやるぜ!
 座りな、とっておきを作ってやるからよ!」

「へぇ…」


 おお、結構お洒落なお店じゃないか。
 丸太を縦にカットしたテーブルをカウンターにして、椅子には樽を使っている。
 その後ろには様々な銘柄の酒瓶がズラリと並んでいた。

 なかなかシブいセンスだな。

 しかし客は俺以外にはおらず、随分と店の中が広く感じる。

 ルイス君がカウンターへ回り、俺は近くの椅子に腰かけた。
 すると彼は慣れた手つきでカクテルを作りだし、俺の前にグラスをコトンと置く。


「エステリ・ショットだ。飲んでみな」

「…いただきます」


 グラスを傾け、カクテルを舌で転がす。
 むっ、こ、これは…!


「美味いな!
 パンチが効いてる中に深みを感じるよ」

「ハッハー!
 そうか、気に入ったなら何よりだぜ!」


 ルイス君はニィと、満足そうに笑った。

 うーん、バーなんていつぶりだろう。
 元の世界にいる頃は友人やバイト先の連中に連れられてよく行ったっけ。

 …ノスタルジックな気分だぜ。


「この店はな、俺が親父から引き継いだバーなんだ」

「親父さんの? 今は何してるんだ?」


 そう訊くと、ルイス君は首を横に振った。


「親父は五年前に魔物に襲われておっ死んでな。
 この店は急遽畳むことになっちまったんだ」


 ま、マジか。親父さんはもう…。


「だが、この店は50年前から代々続いている店でな。
 そう簡単にぶっ潰すわけにはいかなかったのよ」

「それでルイス君が引き継いだと?」

「ああ」


 肯定すると彼もグラスに酒を注ぎ、口を付け始めた。


「まぁ、その結果はご覧のとおりだ。
 閑古鳥が鳴きまくってるだろ?
 そのせいで稼げずにラムジーの店を手伝うハメになってんのよ」


 たしかに寂しい酒場だけど…村の人達はここを利用しないのだろうか?
 ここまで客足が無いのはおかしくね?


「近所の人達は酒飲んだりしないのか?
 普通仕事が終わったら一杯ひっかけたくなりそうだけど」


 そう質問すると、彼は乾いた笑いをして答えた。


「ウチの村の特産は分かるだろ?
 農業と畜産だ。
 ぶっちゃけると、みんな朝早いからなかなか夜中に飲む機会がないんだ」


 ははあ、なるほど…。
 たしかに次の日に酒を残して仕事をするのは辛すぎるよな。


「……というのは建前で、本当は親父の代の時はみんな店へ寄ってくれてたんだ」

「ええ!?」


 なんだよ!?
 じゃあなんで今は客が居ないんだ?


「五年前、魔物に襲われて死んだって言ったろ?
 その時に死んじまったのは親父だけじゃないんだ」

「まさか…」

「そう、この店に遊びに来ていた客が全員殺されたんだ」

「!!」


 そんなことが…!?


「そして、その殺害現場がこのバーでな。
 おかげでとんだ風評をもらったよ。
 『この店で飲むと魔物に殺される』ってな」

「なんだよ、それ…!」

「ったく、くだらねえよな。
 そもそも見張り台の野郎が居眠りかましたせいで襲われたってのによ、やるせねぇぜ」


 ルイス君…そんな悲惨な人生を歩んでたとは。
 グイッとルイス君はグラスを飲み干した。


「ふう…さて、辛気くせぇ俺の身の上話はここまでだ。
 次はお前だ。異世界から来たんだろ?
 いろいろ聞かせてくれや」


 しんみりした顔から一転、ルイス君は爽やかに笑った。


「…ああ、俺の世界で良ければいくらでも話してやるよ」


 その後、俺はルイス君にスマホの写真を見せたりしながら元の世界について語った。

 ルイス君はとても興味深そうにして聞いてくれて、その後はお互いの初恋や馬鹿やったくだらない武勇伝なんかを延々とだべっているうちに、徐々に夜は更けていった。


☆フレデリカ・シュバルツァーsides☆


 レイトを家から追い出した翌朝、私はベッドにうずくまっていた。


「フーちゃん、そろそろレイトさんを迎えに行こう?
 ちゃんと謝ればきっと許してくれるよ」

「シュバルツァー、いい加減君も立ち直れ。
 私にも少し責任があるからな…。
 君と一緒に謝罪してやる」


 2人がなぐさめてくれているけど、私は後悔の念に押されてなかなか行動できずにいた。


「だって…私あんな酷いこと言って、レイトを追い出しちゃったのよ…?
 いまさらアイツに合わせる顔がないわ!」


 自分でもなぜここまでレイトに意地悪をしてしまったのか分からない。

 最近私はおかしい。

 レイトが何か行動をしていると、何をしているかすぐ知りたくなる。
 レイトが笑っていたり怒っていたりすると、それに私も釣られてしまう。
 レイトが他の女とヘラヘラしているのを見ると…、とてもイライラする。

 あいつに出会ってから私は…私じゃないみたい。
 この気持ちをどう表現すれば良いのか分からない。


「はぁ、ラチがあかんな。おい、カルメス…」


 ルカが何かラムジーに耳打ちをしているみたい
だけど私はそれどころじゃなかった。

 レイトに何て謝ればいいの?
 あいつにどんな態度で接したらこの変な感情は治るの?

 悶々と頭の中をぐるぐるしていると、ラムジーの声が聞こえてきた。


「持ってきました! ルカさん!」

「すまんな。おい、シュバルツァー。
 悪いがこれから強制的にでも零人の所へ連れて行くぞ」

「は? 強制的って…」

ブン!

 何をするつもりなのか訊こうとした瞬間、視界が蒼く歪んだ。


☆☆☆


 次に色が戻った時、そこはキャラバンの前だった。

 そうか、転移させたのね…!
 ルカって結構強引過ぎない!?


「わあ…、これが転移テレポート…。
 …じゃなかった、フーちゃん、はいこれ」

「え? あ、ありがとう…」


 ラムジーが私のブーツを渡してきた。
 あ、素足のまま転移させるから、さっきラムジーに取りに行かせたのね。


「さて、シュバルツァー。
 覚悟を決めて一緒に謝罪しようじゃないか」

「うぅ…! 分かったわよ! 謝ってやるわよ!」


 ルカも一緒に来てくれるなら少し安心できた。
 意を決して、キャラバンのドアを叩く。


「レイトー! 居るんでしょ!
 話があんのよ! 早くここを開けなさい!」

「フ、フーちゃん!
 そんな強い言葉で言っちゃダメだよ!
 今から謝るんでしょ?」


 あ、そうだったわ…。
 つい、あいつに舐められないようにいつもの態度になっちゃった…。


「やれやれ。
 とてもこれから謝罪する態度とは思えんな…。
 どれ、私が彼を呼んでやろう」


 呆れた感じになったルカはドアの前に近づく。


「零人、私だ。
 昨日君をぞんざいに扱った件について謝罪したいのだ。
 どうかここを開けてくれないか?」


 ルカは丁寧な口調で呼びかけた。
 そっか、こんな風に言えるのが大人なのね…。

 しかし、そんなルカの言葉にも応じずドアは一向に開く気配がない。


「なによ、あいつまさかふて腐れてるの?
 フン、良い歳してみっともないわね」

「フーちゃん…。
 それブーメランになるから言わない方がいいよ…」

「ふむ? おかしいな…。
 昨日はキャラバンで寝ると言っていたはずだが…むっ!?」

ブン!

 ルカが何かに気づいた直後、転移テレポートした。
 どうしたのかしら?
 するとドアの向こう側から声が聞こえてきた。


「二人ともマズイぞ!
 零人が居なくなっている!」

「「ええええ!?」」


 嘘でしょ!? なんで…


「手分けして捜索するぞ!
 ここは村の入り口だからな…。
 魔物に襲われて連れ攫われた可能性もゼロではない!」


 その言葉を聞いた瞬間、サーと心臓が冷たく鼓動が跳ね上がった。
 私のせいだ…私が昨日追い出したからレイトは…!


「わ、わた…私っ…!」

「シュバルツァーしっかりしろ!
 こうしてる間にも零人は危険な目に遭っているかもしれないのだぞ!?
 私は村の西側を探す! 君は東側を探せ!」

「で、では私は村の中を探します!
 まだどこかにいるかもしれないので!」

「急げ!」


 2人がそれぞれの方向へ散らばった。
 そうよ…!
 こんな所でメソメソしてる暇はないのよ!
 一刻も早く見つけないと!
 私は村の東側の方へ走り出した。


☆1時間後、村の入り口にて☆


「はぁはぁ、ルカ、そっちは居た?」

「いや、見つからなかった。
 そちらもその様子だと居なかったようだな」


 捜索を始めてから1時間、私はあらゆる木影や草むら、けもの道まで念入りに探したが、まったく見つからなかった。

 レイト…お願いだから無事でいてよ!
 私まだアンタに謝ってないんだから!


「村の北側は壁になっているから大丈夫だとして、まだ南側は探していないな。
 いけるか、シュバルツァー?」

「当たり前よ! 絶対見つけてやるんだから!」


 気合いを入れ直し、再び捜索を開始しようとしたところでラムジーがこちらに走ってきた。


「居ました! 居ましたよ!
 レイトさん見つけました!」


 えっ! 本当に!?


「どこにいるのラムジー!?
 あいつは無事なの!?」

「レイトさんは村の中央のベンチに居るよ…。
 あ、で、でも…」


 『でも』!? まさかあいつの身に何か…!
 私は一目散に中央へ走り出した。


☆間宮 零人sides☆


 昨晩はルイス君と飲み明かして、そのまま店のソファーを借りて就寝した。
 いやー、キャラバンの寝袋で寝ないといけないって思ってたからすごく助かった。

 翌朝、ラムジーの家にフレイとルカを迎えに行ったが、出掛けているのか留守だった。


「どうした? レイト?」

「ノックしても誰も出て来ないから、女子連中買い物でも行ってるのかもしれない」

「マジか。
 それなら中央のベンチで待たねぇか?
 あそこに居れば誰かひとりくらい通りかかるだろ」

「おけー」


 ルイス君の提案を呑んで、俺たちは移動した。

 中央のベンチにてルイス君とゲームしながら時間を潰している。

 昨日ルイス君にフレイがハマっているパズルゲームをやらせてみたら思いのほかセンスがあり、俺も見ていて楽しかった。


「すげー!!
 ルイス君、フレイの記録抜いちまったよ!」

「ハッハー!!
 わりとコツを掴んできたからな!
 ざっとこんなもんよ!」


 そんなこんなで何分か過ぎた頃、ルイス君が何かに気づいた。


「お、誰かこっち走ってくるぞ。
 あれはフレデリカじゃねぇか?」

「え、マジ? あ、ホントだ…。
 あれ…なんかすごい形相してない…?」

「お前昨日そんなにあいつ怒らせたのか?」

「いや、一回ぶん殴られるくらいの事しかしてないよ?」


 この会話がおかしいのは百も承知だが、それがフレイと付き合っていく日常なのだ。
 一瞬逃げようかとも思ったけど、そろそろ出発もしないといけなかったので、仕方なく待つことにした。


「はぁ、はぁ、レイト…」

「お、おはようフレイ。どうしたんだよ?
 そんなに汗だくになって…」

「レイト!!」


 息を整えたあと、フレイはつかつかと早歩きで向かってきた!
 え、やばい、まさかまた殴られる?


「……!」


 ガシッと胸ぐらを掴まれる。
 来たる衝撃に備えて、歯を食いしばり、腹に力を入れた!
 さぁ、いつでも来い!

 そう覚悟して身構えたが、予想外の事が起こる。


「レイトぉ…レイトぉ…! うああああん!!」

「「えええええ!?」」


 フレイがそのまま俺に抱きついて泣き出したのである!
 な、なんで!?


「フレイ!? どうした!
 どこか痛めたのか!?」

「うあああ…、わあああん!!!」

「フレイ…」


 い、いったいどうしたんだろう…?

 なぜ泣いてるのか全然分からない。
 ルイス君の方を見るが、彼もさっぱり分からんって顔をしていた。


「私…私…あんた…居なくなってぇ…私…!」


 それはまるで迷子の子供がやっと親を見つけたような反応だった。

 ん…親…?

 その時俺の脳裏にウィルム村長の言葉が浮かんだ。


『お主はなレイト、フレデリカの母に似ているのだ』


 もしかして、俺を探していたのか?

 そういえばルイス君の所に泊まること誰にも伝えなかったな。
 もし、何も知らずにキャラバンへ行ってそこに俺が居なかったら…。

 なるほど、そういうことか。


「フレイ、大丈夫だよ。
 俺はどこにも行かない」


 俺も抱き締め返し、片手でフレイの頭を撫でる。


「わだっ、わだじぃ…、あんだに謝るづもりだったのよぉ…!」


 フレイのぐしゃぐしゃになった顔を正面に見据える。
 涙はもちろん鼻水まで垂らして、文字通りボロボロだ。


「分かったからそんな泣くなよ。
 別に俺怒ってないぜ?」

「レイトぉ…。あぅ…」


 親指でフレイの目元を拭ってやる。
 まったく、美人が台無しだな。
 俺より背がでけぇくせに本当に子供に見える。


「零人、探したぞ。こんな所に居たのか」

「レイトさん、無事で良かったです」


 フレイの後ろからルカとラムジーもやってきた。
 どうやら3人で探してくれていたらしい。


「ああ、ゴメンな。
 なんか騒がしちまったみたいで」

「まったくだ…と言いたいところだが、昨日君を一人にしてしまったのは私たちだ。
 本当に…すまなかった」

「ルカ…」


 んん? なんだなんだ?
 随分とみんな殊勝な感じだな?
 そんなに俺が恨んでるとでも思ったのだろうか?


「レイト、お前けっこう愛されてんだな」


 ルイス君がニヤニヤしながら言ってきた。
 な、なんかすごく恥ずかしくなってきた!


「お二人とも仲直りできて良かったですねっ!
 良かったらこれからみんなでご飯にしませんか?」

「おっ、そうだな。
 そういえばまだ朝メシ食ってなかった。
 ほら、フレイ? そろそろいいだろ?」

「…………(ギュッ)」


 どうしよう、離してくれない…。困った。


「仕方ない、このまま転移テレポートさせるぞ」


 どうやらルカが運んでくれるようだ。
 視界が蒼く歪み、転移した。


☆☆☆


 ラムジーの家で再びご馳走になり、いよいよエステリ村から出発する準備が整った。


「それでは、皆さん。
 どうか道中気を付けてくださいね」

「てめぇら、またこっちに来るなら必ず寄ってこいよ!」


 村の入り口でラムジーとルイス君がお見送りをしてくれている。
 この村で1泊しかしてないんだけど、すごく冒険した気分だ…。


「あなたも元気でね、ラムジー。
 ルイス、今度はサボるんじゃないわよ?」

「世話になったな、また会おう」

「お前ら二人とも仲良くやれよ!」


 互いに言葉を交わし、キャラバンへ向こうとしたところでルイス君にチョイチョイと手招きされた。
 ん、なんだ? 内緒話か?


「なに?」


 ルカとフレイを先に行かせて彼の傍に寄ると、頬をポリポリと掻きながら、恥ずかしそうに言ってきた。


「あー、なんつうか…お前は俺の恋敵だがよ。
 それ以上に良いダチにも思えてきてな、だから…」


 ルイス君は拳を突き出す。


「フレデリカのこと、頼んだぜ?」

「もちろんだよ。
 危なくなったらフレイを転移テレポートさせて逃がすくらいのことはしてみせるさ」

「バカヤロウ、おめーも気をつけるんだよ」


 お互いニカッと笑い、拳をぶつけた。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

W職業持ちの異世界スローライフ

Nowel
ファンタジー
仕事の帰り道、トラックに轢かれた鈴木健一。 目が覚めるとそこは魂の世界だった。 橋の神様に異世界に転生か転移することを選ばせてもらい、転移することに。 転移先は森の中、神様に貰った力を使いこの森の中でスローライフを目指す。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

旦那様に勝手にがっかりされて隣国に追放された結果、なぜか死ぬほど溺愛されています

新野乃花(大舟)
恋愛
17歳の少女カレンは、6つほど年上であるグレムリー伯爵から婚約関係を持ち掛けられ、関係を結んでいた。しかしカレンは貴族でなく平民の生まれであったため、彼女の事を見る周囲の目は冷たく、そんな時間が繰り返されるうちに伯爵自身も彼女に冷たく当たり始める。そしてある日、ついに伯爵はカレンに対して婚約破棄を告げてしまう。カレンは屋敷からの追放を命じられ、さらにそのまま隣国へと送られることとなり、しかし伯爵に逆らうこともできず、言われた通りその姿を消すことしかできなかった…。しかし、彼女の生まれにはある秘密があり、向かった先の隣国でこの上ないほどの溺愛を受けることとなるのだった。後からその事に気づいた伯爵であったものの、もはやその時にはすべてが手遅れであり、後悔してもしきれない思いを感じさせられることとなるのであった…。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

処理中です...