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第52恐怖「忌み団地/覗く子」
しおりを挟む怖い話が大好物の西村さんという男性が、とある団地に住んでいた。仮に、そこをカラス団地とする。
カラス団地では、時々、住居者たちを集めた交流会のようなものが開かれ、西村さんもそれに参加していた。会の参加者に何か恐怖体験がないかと聞くためだ。
西村さんは会を通して様々な体験を聞いてきたが、その多くはカラス団地で起こったことだった。ここで暮らしているのだから当然だと最初は思ったのだが、しかし、それにしてもあまりに多い。誰しもが団地での怖い話をひとつは持っていたのだ。
そこで西村さんは、もしかするとこの団地は忌み地なのではと考えるようになった。西村さんはますます熱心に怖い話を集めた。
すると、中には繋がりのありそうな話がいくつかでてきた。今回はそれらをご紹介しようと思う。
どれもカラス団地──もっといえば、団地の中の公園にまつわる体験談だ。
「覗く子」
七歳の息子をもつ、シングルマザーのKさんが体験した話。
冬のことだ。息子がインフルエンザで高熱を出し、Kさんは貯まっていた有給を使って看病にあたった。
熱は三日ほどで完全に下がり、すっかり元気になった。だが、学校にはまだいけない。家で過ごすほかないのだが、まだ幼い息子は外へ遊びに行きたいと駄々をこねる。病気で休んでいるのだから出かけるわけにもいかず、Kさんは困ってしまった。
結局、すぐ近場だったらいいかと、二人は敷地内にある公園で遊ぶことにした。
敷地内といっても、外部の人々が誰でも遊びにこられるようになっていた。遊具や広さは十分で、休日にはさまざまな親子で賑わっている。
その日は平日だったため、Kさん親子の二人きりで、ほかには誰もいなかった。公園ばかりでなく、団地全体が静まりかえっている。
二人はおやつとエアーボールを携え、貸し切り状態の公園で存分に遊んだ。
ボール遊びに飽きると木登りをし、それも飽きてしまうと遊具をひとつひとつまわって遊んだ。なにせ二人だけなので、やれることは限られているし、ひとつのことが長くもたない。
公園のメインともいえる遊具は滑り台だったが、息子は他の遊び場を好んだ。
それは土管のようなトンネルを通したお山だった。大人でもなんとか潜っていけるようなトンネルが東西南北に通っており、それらが交わる中央には、立ち上がれはしないものの、ちょっとした空間があった。洞窟じみていて、冒険心が掻き立てられるような作りだ。
息子はいちいち屈まなくてもトンネルを走り抜けることができた。Kさんは腰を折る必要があり、走り回る息子についていくことができない。息子はそれが面白かったのだろう。トンネル内や山の上を縦横無尽に駆け、ぼくをつかまてごらんとKさんを促すのだった。
必死についていこうとするものの、子どもの俊敏さには敵わない。ややあって、Kさんはトンネル中央の空間に取り残された。
「そろそろ休憩にしよっか」
Kさんが外にいるはずの息子に声をかける。
だが、返事が返ってこない。
「聞いてるー?」
Kさんの声がトンネル内に反響する。何か別のことに夢中になっているのか、それともからかっているのか……
とそのとき、タタタッと、背後から足音が聞こえた。
振り返る。
トンネルには誰もいない。その向こうに見える風景にも、人影ひとつない。
と、今度はお山の上で走り回る音が聞こえた。ドタバタとトンネル内に振動が伝わる。Kさんは再度息子に呼びかけた。が、やはり返答がない。間違いなくお山の周りにいるというのは近くからの足音でわかるのだが、どうもふざけているらしい。
やれやれとKさんはトンネルから抜け出し、辺りを見渡した。だが、息子の姿を見つけることができなかった。わずかな時間でどこへ行ってしまったというのか。急に不安になってくる。
と、今度はトンネルの中から笑い声が聞こえた。
やはりからかっているのだ。Kさんがトンネルにいるときは外で走り回り、トンネルから外に出ようというときには、今度は逆にトンネルに隠れてしまう。子どもが好きそうな遊びだ。
Kさんもムキになって、またトンネルの中に潜った。急いで中央まで行き、四方に伸びる土管を見渡す。だが、息子はすでにどこか行ってしまっている。
だめだ、やはり勝ち目がない。
お母さんの負けだから出てきて、とKさんは降参した。
だが、返ってくるのは返事ではなく軽やかな足音と、それから笑い声。
そこでおかしなことに気づいた。
一人じゃない。二人分、聞こえてくる。
ほかに誰かいるの? ──Kさんの呼びかけは、むなしく反響するばかり。
混乱して、足音はなんだかそこらじゅうから聞こえてくるような気がした。
いい加減にしなさい、と、いよいよKさんは大声をあげた。
すると、背後のほうから嘲笑うかのような声がした。
それは息子のものではなく、明らかに女の子のものだった。
「ふざけないで!」
叫びながら、勢いよく声がしたほうを振り返る。
と、トンネルの出口に、見知らぬ女の子の顔が逆さになって垂れ下がっていた。お山の上からこちらを覗き込んでいるのだ。
「誰?」
Kさんが女の子の顔をよく見ようとしたそのとき、覗き込むその顔が、ぼとりと地面に落ちた。
あまりのショックで呆然としていると、背中から息子の声がした。
「お母さん?」
何食わぬ顔で息子が立っていた。ハッとして息子を抱き寄せる。
あらためて女の子の首が転がった出口を見やると、そこには何もなかった。平和な公園の風景が丸く切り取られているだけだ。
「さっき、どこの子と一緒にいたの?」
Kさんが質問すると、息子はぽかんとして答えに困った様子をみせた。
きっと、息子はあの女の子を見ていないのだろう……
Kさんはそれ以来、公園には近づかなくなったという。
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