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第11恐怖「霧の中で」
しおりを挟む仲間たちと体験した不可解な出来事。
秋のことだ。
私を含めた男五人が集まり、家で鍋会をした。みんな泊まるつもりでおり、夜遅くまで大いに盛り上がった。そのうち、仲間の一人が今から海に行きたいと言い出した。夜の海までドライブに行くのが一種の憧れなのだという。
男だけの会なのに何を言っているんだと不平不満を垂れる者もいた。しかし、言い出しっぺの男は酒を飲んでおらず、自分が運転するしみんなは酒を持っていっていいからと言うので、最終的にみんな賛同した。
深夜の何時頃だったかは覚えていない。が、やけに静かな夜だった。一番近い海岸までは一時間半。言い出しっぺの運転で、そこへ向かう。
出発してすぐ、あらためて乾杯した。なんだかんだ、みんなワクワクしている。楽しい話で盛り上がって海まであっという間に着くと思われた。ところが、何やらしみじみとした空気になり、そのうち、なぜか、ひとりひとり怪談話を披露する流れになった。
一人二人と話をしていくうち、道中に霧が出てきた。
まるで意図的に演出されているみたいだと私たちは盛り上がった。霧はだんだん濃くなっていき、やがて、すぐ目の前しか見えないほどとなった。
幻想的な景色だった。
街灯や信号機の明かりが霧の粒子に反射して、街なかに茫漠と広がっている。まるで異世界、いや、夢の中の世界を現実に体験しているようだった。
もう間もなく海に着く。怪談話は最後の一人、私を残すのみとなっていた。
私はその海にまつわる話をひとつ聞いたことがあり、それを話そうと思った。
海から女があらわれて観光客を引きずり込んでしまうというよくあるものだが、そこに今の状況を付け加えて話した。つまり、夜霧の中をドライブして海を訪れた一行のひとりが女に引きずり込まれる、というふうに。
話を終えて、みんなは「お前ふざけんなよー」などと笑った。本当に怖がっている者もいれば、楽しんでいる者もいた。
と、そのうち、運転をしていた言い出しっぺが、「ていうか、信号全然変わらないんだけど」と言った。
話をしてすぐ信号待ちとなっていたのだが、それが話を終えてもまだ赤のままだった。
「確かに。なんか長いね」
誰かがそう言った。
そのときだった。
どちゃっ、どちゃっ
外で異音がした。
みんな静かになって、耳をそばだてた。
静かな夜の町にアイドリングの音が低く響き、そのなかで、やはり別の何かの音がする。
どちゃっ、どちゃっ
「なんだあれ」
仲間の一人が、歩行者用の信号機のあたりを指差した。
艶やかな明かりの中に、何か大きな影が見える。
目を凝らす。
どちゃっ、どちゃっ
それは横断歩道を渡り始めた。
唖然とした。
女だ。
それも、異常なほど大きな女。
歩行者用の信号機よりも背が高い。4、5メートルはある。
どちゃっ、どちゃっ
女は、濡れそぼった体を一歩、また一歩と歩んでいく。
私たちは言葉を失ったままでいた。
女が横断歩道を渡り切ると、信号は青に変わった。
ハッとしたように、車は発進する。
「今の……みんな、見たよな?」
仲間たちを見渡す。みな青ざめ、信じられないものを見たという顔をしている。まちがいない。私がおかしくなったわけではなく、確かに、巨大な女が横断歩道を渡った。
それとも、集団幻覚というものだろうか。
深夜、海に向かうドライブ、夜の濃霧、怪談話。さまざまな条件が重なったことによって、共通の幻想が生み出されたというのか。
車は、海岸そばの駐車場に停車した。誰も降りなかった。やがて、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。それと同じくして、ぽつりぽつりと私たちは言葉を取り戻していった。
さきほど見た「アレ」は一体……。
不思議と、みんなの話はそれぞれ少しずつ食い違っていた。
女の髪は地面まであってずるずると引きずって歩いていたというやつもいれば、髪などなく、青白く痩せこけた病的な女だったというやつもいた。
共通しているのは、巨大だったこと、女であること、水に濡れていたこと。霧の中からあらわれ、霧のなかへ消えていったこと。
やはり、幻覚なのだろうか。
それとも……
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