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ひとつめの国
44.部屋割り
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薬なしでこの男を倒すのは無理だなと思いつつ気配を消したまま距離を取る。少ししてわたしがかなり遠くにいることに気付き距離を縮めようとする大剣から、ひたすらに逃げ続ける。
どう考えても勝ち目はないので、逃げに徹して時間いっぱいやり過ごす作戦に切り替えたのだ。試験中に逃げ出すなんて、と思うかもしれないが、実際、引き際を見極めて逃げ切るのも冒険者にとって大切な能力である。
しかし、あと数秒で試験終了という時になって、大剣が足を止めて背負っている剣を抜き、体内にある魔力を剣に込めて片手で上段に構え、さっと振り降ろした。
それはただ持ち上げていた剣を下に降ろしただけにも見えるが、自然に力の抜けた極めて見事な一撃で、込められた魔力が剣の軌道を描いて、空気を切り裂くように斬撃となって飛んでくる。
避けることは難しくはないのだが、後ろには組合の建物があり、被害を考えるとこの攻撃をこのまま通すのはまずい。
仕方ないと、飛んでくる斬撃を観察して軌道を予測し、その上で持っているナイフに別れを告げて限界まで魔力を込めると低い体勢で構え、斬撃が一番力が伝えやすい距離に迫ったタイミングでナイフを振りぬいて弾き、ギリギリ建物にぶつからない程度に軌道を逸らした。
時間にすればほんの一瞬の攻防で持っていたナイフは粉々に砕け散り、わたしの手は衝撃でボロボロに皮がめくれてしまった。
明らかに手加減した一撃でこれとは、本当に勘弁してほしい。血が滲み、未だに痺れて感覚のない手を見ながら、心からそう思ったところで、試験は終了となった。
終了と同時に駆け出してきたマーレが、ボロボロの掌に回復薬をかけながら大剣を睨む。
「いやー!俺の斬撃を逸らすとは、大したもんだ!」
「どう考えてもやり過ぎだ。あの一撃がなくとも実力は十分試せていたはずだろう」
「はは!どう対応するか気になっちまってよ!」
内心かなり怒り狂っているマーレの剣呑な目もまったく気にも留めず、大剣は悪びれる様子もなくカラカラと笑った。
まあ、かなり呑気な態度を取っているが、最後に緊急時の対応でわたしの人格を確認しておきたかったのだろう。
そう思っておくことにした。
手の傷が治ったわたしは審査のお礼と商品の宣伝を兼ねて回復薬を大剣に渡した。
「こんなのほっといてもすぐ治るぞ?」
「今すぐでなくとも良い。必要な時に使ってくれ」
マーレに預けていた荷物を背負ったりしつつ、職員と猫目の元へと歩いて行くと、なんだか呆けているような様子の猫目とは裏腹に、興奮の絶頂にいる職員は息も荒くわたし達を褒めたたえた。
「あんなにすごい戦いを見たのは初めてです!途中何度も見失ってしまいましたよ!」
冒険者組合の職員であっても内向きの仕事についていれば、なかなか間近で戦闘を見る機会はない。それを突然大剣レベルの戦いを見れば、これだけ興奮してしまうのも無理はないだろう。
その後職員に確認してもらいながら大剣がわたしの審査結果を紙に書き出し、それを持って受け付けに向かった。
受け付けは相変わらず慌ただしく込み合っていて、かなり並んでようやく提出できた。
担当した受け付け嬢はわたしの審査結果に驚く余裕もないほどに忙しくしていて、あっさりと登録手続きを終わらせ、Cランク冒険者の証である銅のネームタグの付いた腕輪をもらうことができた。
「これでわたしも冒険者だな」
混雑する組合を出て、大剣一押しの宿へと歩く道中、登録証の腕輪を付けた手首を掲げて呟くわたしに、マーレが微笑ましそうに頷いた。
大剣が最後に王都を訪れたのは少なくとも二年以上前なので、宿屋がなくなっている可能性もあったのだが、大剣が進めるだけあって人気の宿のようで、わたし達が訪れた時にはもう二部屋しか空きがなかった。明日以降なら何組かチェックアウトの予定があるらしく、三部屋用意できるとの事だが、今日のところは二人ずつ泊まるしかない。ちなみにペットは問題なく泊まれる。
とりあえず鍵をもらって部屋割りを決めようという事になった。
「俺とラウムは一緒の部屋だ」
「何言ってんのよ、アタシとラウム、アンタとガリレオに決まってるでしょ」
やはりここでマーレと猫目がぶつかる。
「俺は誰とでもいいぜ。女とは言え、こんなガキと間違いが起こるはずもねえしな」
大剣がどうでもいいから早く決めてくれとばかりに、面倒臭そうな顔をして頭をかく。
そうすると、今度はわたしに視線が集まった。マーレも猫目もかなり切実な顔をしているが、今回ばかりは答えは決まっている。
「マーレ、今回ばかりは男女で別れよう。年頃のお嬢さんが男と同室なんてかわいそうだ」
そうわたしが答えるとマーレはガーンと落ち込み、猫目は勝ち誇って鼻を鳴らした。
「わたしと猫目、マーレと大剣でいいな」
「ええ、いいわ」
「おう……ん?」
そうして部屋割りが決まると、大剣もそれでいいと頷きかけて首を傾げた。しかし彼が何かを言う前にマーレがわたしの手を取る。
「他の宿を探そう」
「……一晩だけだし、もうここで良いんじゃないか?」
そんなに大剣と同じ部屋が嫌なのかと内心少し驚いたが、もう今から宿を探して空いている保証もないし、その上ペット同伴OKの宿となると、かなり限られてくる。
そうか考えると今から再び街を歩き回るのは非常に億劫で、何とか一晩だけ我慢できないかと伺うようにマーレの手を撫でた。
「今度お前の願いを一つ聞いてやるから」
「……本当?」
「ああ、約束だ」
半分出まかせではあったが、意外にもその言葉が効いたようで、顔をしかめながらもマーレは頷いてくれた。
どう考えても勝ち目はないので、逃げに徹して時間いっぱいやり過ごす作戦に切り替えたのだ。試験中に逃げ出すなんて、と思うかもしれないが、実際、引き際を見極めて逃げ切るのも冒険者にとって大切な能力である。
しかし、あと数秒で試験終了という時になって、大剣が足を止めて背負っている剣を抜き、体内にある魔力を剣に込めて片手で上段に構え、さっと振り降ろした。
それはただ持ち上げていた剣を下に降ろしただけにも見えるが、自然に力の抜けた極めて見事な一撃で、込められた魔力が剣の軌道を描いて、空気を切り裂くように斬撃となって飛んでくる。
避けることは難しくはないのだが、後ろには組合の建物があり、被害を考えるとこの攻撃をこのまま通すのはまずい。
仕方ないと、飛んでくる斬撃を観察して軌道を予測し、その上で持っているナイフに別れを告げて限界まで魔力を込めると低い体勢で構え、斬撃が一番力が伝えやすい距離に迫ったタイミングでナイフを振りぬいて弾き、ギリギリ建物にぶつからない程度に軌道を逸らした。
時間にすればほんの一瞬の攻防で持っていたナイフは粉々に砕け散り、わたしの手は衝撃でボロボロに皮がめくれてしまった。
明らかに手加減した一撃でこれとは、本当に勘弁してほしい。血が滲み、未だに痺れて感覚のない手を見ながら、心からそう思ったところで、試験は終了となった。
終了と同時に駆け出してきたマーレが、ボロボロの掌に回復薬をかけながら大剣を睨む。
「いやー!俺の斬撃を逸らすとは、大したもんだ!」
「どう考えてもやり過ぎだ。あの一撃がなくとも実力は十分試せていたはずだろう」
「はは!どう対応するか気になっちまってよ!」
内心かなり怒り狂っているマーレの剣呑な目もまったく気にも留めず、大剣は悪びれる様子もなくカラカラと笑った。
まあ、かなり呑気な態度を取っているが、最後に緊急時の対応でわたしの人格を確認しておきたかったのだろう。
そう思っておくことにした。
手の傷が治ったわたしは審査のお礼と商品の宣伝を兼ねて回復薬を大剣に渡した。
「こんなのほっといてもすぐ治るぞ?」
「今すぐでなくとも良い。必要な時に使ってくれ」
マーレに預けていた荷物を背負ったりしつつ、職員と猫目の元へと歩いて行くと、なんだか呆けているような様子の猫目とは裏腹に、興奮の絶頂にいる職員は息も荒くわたし達を褒めたたえた。
「あんなにすごい戦いを見たのは初めてです!途中何度も見失ってしまいましたよ!」
冒険者組合の職員であっても内向きの仕事についていれば、なかなか間近で戦闘を見る機会はない。それを突然大剣レベルの戦いを見れば、これだけ興奮してしまうのも無理はないだろう。
その後職員に確認してもらいながら大剣がわたしの審査結果を紙に書き出し、それを持って受け付けに向かった。
受け付けは相変わらず慌ただしく込み合っていて、かなり並んでようやく提出できた。
担当した受け付け嬢はわたしの審査結果に驚く余裕もないほどに忙しくしていて、あっさりと登録手続きを終わらせ、Cランク冒険者の証である銅のネームタグの付いた腕輪をもらうことができた。
「これでわたしも冒険者だな」
混雑する組合を出て、大剣一押しの宿へと歩く道中、登録証の腕輪を付けた手首を掲げて呟くわたしに、マーレが微笑ましそうに頷いた。
大剣が最後に王都を訪れたのは少なくとも二年以上前なので、宿屋がなくなっている可能性もあったのだが、大剣が進めるだけあって人気の宿のようで、わたし達が訪れた時にはもう二部屋しか空きがなかった。明日以降なら何組かチェックアウトの予定があるらしく、三部屋用意できるとの事だが、今日のところは二人ずつ泊まるしかない。ちなみにペットは問題なく泊まれる。
とりあえず鍵をもらって部屋割りを決めようという事になった。
「俺とラウムは一緒の部屋だ」
「何言ってんのよ、アタシとラウム、アンタとガリレオに決まってるでしょ」
やはりここでマーレと猫目がぶつかる。
「俺は誰とでもいいぜ。女とは言え、こんなガキと間違いが起こるはずもねえしな」
大剣がどうでもいいから早く決めてくれとばかりに、面倒臭そうな顔をして頭をかく。
そうすると、今度はわたしに視線が集まった。マーレも猫目もかなり切実な顔をしているが、今回ばかりは答えは決まっている。
「マーレ、今回ばかりは男女で別れよう。年頃のお嬢さんが男と同室なんてかわいそうだ」
そうわたしが答えるとマーレはガーンと落ち込み、猫目は勝ち誇って鼻を鳴らした。
「わたしと猫目、マーレと大剣でいいな」
「ええ、いいわ」
「おう……ん?」
そうして部屋割りが決まると、大剣もそれでいいと頷きかけて首を傾げた。しかし彼が何かを言う前にマーレがわたしの手を取る。
「他の宿を探そう」
「……一晩だけだし、もうここで良いんじゃないか?」
そんなに大剣と同じ部屋が嫌なのかと内心少し驚いたが、もう今から宿を探して空いている保証もないし、その上ペット同伴OKの宿となると、かなり限られてくる。
そうか考えると今から再び街を歩き回るのは非常に億劫で、何とか一晩だけ我慢できないかと伺うようにマーレの手を撫でた。
「今度お前の願いを一つ聞いてやるから」
「……本当?」
「ああ、約束だ」
半分出まかせではあったが、意外にもその言葉が効いたようで、顔をしかめながらもマーレは頷いてくれた。
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