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ひとつめの国

43.近接戦闘

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「……どなたの登録をご希望ですか?」

 緊急時であるため非常に迷惑そうではあるが、一応受け付けてはいるようだ。

「登録希望者はわたしです」
「……はい?」

 ハキハキと告げたにも関わらず、聞き返されてしまう。わたしがもう一度登録したいと告げると、受け付け嬢は何を言っているんだとばかりに顔をしかめた。盲人な上に貧相でまったく強そうでないわたしを見て、冷やかしだと思われたのかもしれない。

「……今は審査員に回せる高ランク冒険者がいないので、すぐに登録するのは難しいかと」

 付き合っていられないと遠回しに登録を断られるが、こちらもそう簡単に引き下がるわけにはいかない。どうやって言いくるめようかと考えていると、マーレがスッと前に出て言った。

「ならば、コイツが審査員をする。それなら問題ないだろう」
「え……?」

 そう言って大剣を指さすと、受け付け嬢も、指された本人である大剣も、キョトンと目を見開いた。マーレは何の相談もなく勝手に大剣を審査員として指名してしまったのだ。
 そのことに大剣は驚いてはいたが、嫌ではなかったようで、むしろ嬉しそうに身を乗り出すと受け付け嬢にニカッと笑った。

「いいぜ!俺が審査してやる!」

 まさかSランク冒険者が審査員に名乗り出てくるとは思っておらず、受け付け嬢は驚愕に固まったまましばらく反応がなかったが、我に返ると上の空で手続きを続けた。

「今からすぐ登録されますか?」
「どうする?」
「俺は構わないぜ?」
「じゃあ、今すぐでお願いします」

 何の準備も無しに登録の審査に挑もうとするわたし達を見て、猫目はかなり呆れていて、同時に心配するような視線を向けてくる。
 その後わたし達は、受け付け嬢と猫目から常識を疑うような目で見られながら、組合の敷地内にある訓練場へと移動する。
 流石に知り合いだけでは不正がないとも限らないので、職員が一人付き添ってくれることになった。受け付け嬢は当分忙しいとの事で、休憩中の男性職員を引っ張って来てくれたため、わたしは申し訳ない気持でいっぱいである。

「すみません。休憩中だったのに……」
「いえいえ、ちょっと座って見ているだけですし、あの竜剣のガリレオ様の戦闘が見れる機会なんてめったにありませんから、むしろ光栄ですよ!」

 男性職員は大剣のファンのようで、落胆するどころか非常に興奮していた。彼はまったく気にしていないようだが、休憩中に駆り出してしまったことには変わりないので、せめてものお詫びにマーレの焼き菓子と肩コリによく聞くシップを渡すと、とても喜ばれた。
 彼は普段事務仕事をしているようで、かなり肩がこるのだそうだ。少しでも役に立ててもらえれば幸いである。
 訓練場は緊急時ということもあって、がらんとして空いていた。いつも行われている審査も、受け付けを停止しているわけではないが、審査員に回せるような人材がいないというのはあながち嘘ではなく、それを伝えればほとんどの希望者が諦めるそうだ。
 わたしも、大剣が審査員を請け負ってくれなければ、諦めて帰るしかなかったかもしれない。

「広々使えて良かったな!」
「ああ、人目も少なくてやりやすいよ」

 男性職員と当たり前のようについてきた猫目が、訓練場の隅に設置されているベンチに座って観戦する。わたしは持っていた荷物と杖をマーレに預けて、大剣と一緒に訓練場の中心まで歩いた。

「高ランク希望、武器はナイフと針だ」
「へぇー!そんじゃ、いくぜ!」

 剣を抜く気はないようで、大剣は無手で自然に構えるとコインを一枚空高く放った。わたしはナイフを一本抜いて少し身体を小さくするように構え、少しずつ気配を薄くしていった。
 ぶっちゃけこのように対面でしっかりと戦うのはとても苦手なのだが、試験なので文句も言えない。大剣は身体能力も相当のものだろうからと、コインが地面に着いた瞬間、身体に火の魔力を巡らせた。
 音もなく地面を蹴って距離を詰め、視界から消えるように体制を低くして懐に潜り込み、ナイフの柄で大剣の顎を狙って突き上げる。

「おっと!」

 しかし、さすがの直感と反射速度で躱され、そのまま反撃の拳が向かってくる。速さも威力もとんでもないが、体術専門ではないこともあり、攻撃の予測がしやすく、決して当たることはない。

「お前ホントに盲人かよ!?」

 ことごとく当たらないパンチに、ちょっと呆れたように大剣がぼやくのでギクッとするが、瞼はずっと閉じているので何とかごまかせると信じたい。
 そしてわたしとしても彼の頑丈さにはかなり文句を言いたいところである。先ほどから隙あらば反撃してナイフの柄で急所を撃ったり、脚を切り付けたりしているのだが、思い切り攻撃を食らっているはずの本人は何の痛痒も感じていないようで、建を切れるくらい力を込めているはずの刃もかすり傷程度の傷しかつけられていない。
 まるで全身が鉄の様だ。これじゃ背後をとっても倒せるかは微妙だな。
 さすがSランクとも言うべきあまりの規格外ぶりに、思わず小さくため息をこぼす。わたしはわざと砂埃を巻き上げながら幽鬼のようにひらひらと独特の歩調で動き、更に気配を消していく。

「おお?」

 あまりの存在感の薄さに、大剣は目をしばたたかせて首を傾げる。この訓練場のように隠れる場所がないところでの戦闘は本当に苦労する。
 わたしは素早さと持久力には多少自信があるが、力はそう強いわけでもないし、魔力も高くないので攻撃魔術もつかえない。
 それを補うために普段はナイフに毒や眠り薬を塗っているが、今は試験中なのでそれらは拭き取っている。
 純粋な戦闘能力は大したことがないわたしは、それをなんとか火の魔力による身体強化と”眼”を使った攻撃予測でおぎない、持ち前の影の薄さで徐々に視界から外れ、隙を伺っているのだ。
 しかし、そうやって何とか隙を突いたとしても、大剣の常識外れの頑丈さに阻まれダメージを与えることができない。まったく厄介な相手である。
 そしてついに背後を取ることに成功するが、首にナイフを突きつけて思った。
 ここからどうやってコイツを倒せばいいのかと。

「おっ!やるなぁ!背後を取られたのなんて何年ぶりだ?」

 アッハッハ!と笑っている様子からも、まったく脅威になっていないようだ。
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