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ひとつめの国

37.由来

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 護衛依頼二日目。昨日のマーレの夕食のおかげで、商人も冒険者達も大分打ち解けたように思う。
 移動中は連携を取りなれているパーティ毎に分かれているので、ほとんど会話することはないが、休憩時間などはお互いに質問しあったりして賑わっている。

「このサンドイッチも美味い!」
「普段食ってる飯よりずっと美味ぇよ!」

 本日も道のりも順調で、今は昼食を兼ねて、マーレが朝ごはんと一緒に作っておいたサンドイッチを食べながら休憩している。

「こんなに美味しいものが毎日食べられるんだったら、アタイ、マーレさんのお嫁さんになる!」
「お前……」

 誰もが振り返るような美形で料理上手ときたら、奴隷でも惹かれてしまう女性は後を絶たないだろう。しかし、思ってはいてもここまで安易に口に出すような者は少ない。
 赤毛があんまり食欲に忠実なものだから、ゲジマユが呆れたように溜め息を吐く。

「まったくアリーチェは……抜け駆けはいけませんよ」
「クラーラ!?」

 赤毛を嗜めるかと思われた丸眼鏡が逆に便乗すると、隣に座っていたロン毛がぎょっと目を剥く。そういえばこの二人、髪色や仕草など、雰囲気がかなり似ている。

「もしかして、二人は血縁者だったりするのか?」
「え…?」

 不思議に思って訪ねれば、二人そろって訝しげな様子でわたしを見る。私的なことに突っ込み過ぎてしまっただろうか。

「すまない。答えたくなければスルーしてくれてかまわない」
「いえ、そういうわけでは……」
「ええ、確かに私たちは兄妹ですが……なぜ、そう思われたのですか?」
「ああ、それは……」

 見た目などの雰囲気が似ているから。と答えようとして、ハッとする。今わたしは盲人に扮していたのだった。それなのに、見た目で判断したなど言えるわけがない。

「……声の感じや、言葉遣いが似ていたから」
「そうなのですか?」
「自分たちでは、分からないものですね…」

 苦し紛れの答えを聞くと、ロン毛は少し嬉しそうにして、丸眼鏡はどこか腑に落ちないような反応を見せた。わたしはまだ丸眼鏡が何か疑っているのかとドキドキしていたのだが……。

「ハハッ、クラーラはフランコと似てるって言われるのを嫌がるんだよ」
「なっ!」
「フランコの方はシスコンだから喜ぶんだけどね!」
「あなたたち!」

 結構な言われように、ロン毛がいつも涼しげな顔を僅かに赤らめて怒鳴る。しかし、あまり声を張るのが得意ではないようで、それほど迫力はない。
 とにかく自分の設定が怪しまれているわけではないと分かってほっとしたわたしだったが、相変わらず空気を読まない大剣によってまた心臓を縮こまらせることになる。

「コイツってたまにビックリするほど鋭いからなぁ!実は目が見えてるんじゃねぇかと思っちまうよ」

 人の機微には疎いくせに、変なところで鋭いのはどっちだ!
 そのくせまったく空気を読まないから、毎度毎度ヒヤヒヤさせられる。

「ラウムは目が見えない代わりに他の感覚が優れているから、別におかしいことはない」
「へぇー、それでそこらのやつより洞察力があるんだな」

 自分の言葉に一片の嘘偽りもないというような顔で、デタラメを言うマーレに誰もが納得してコロッと騙される。非常に心強いのだが、なぜこうもあっさりと彼の言うことを信じてしまうのだろう。実はマーレは結構な大嘘つきなのではないかと、そう思えてならない。そう言えばわたしは、マーレの事をあまり知らない。今のところそれで困ったことはないが、もう少し相手を知る努力をするべきなのかもしれない。

「そう言えば、気になってたんですけど、ガリレオさんとお三方って面識がおありなんですよね?」
「どこで知り合ったんですか?」

 微笑ましそうにわたし達のやり取りを見ていた天パと鉄仮面が、抑えきれない興味と尊敬をにじませて大剣にわたし達と猫目との馴れ初めを聞く。
 それを聞いた他の五人も興味を引かれたのか、大人しく大剣の言葉を待つ。

「ああ、霧のダンジョンの五階層で迷ってたところをマーレ達に助けられてな、そんでその帰り道で瀕死のアンナを助けたのがきっかけだな」

 わたし達と出会ったいきさつを大剣が雑に語ると、マーレに尊敬の視線が集まる。

「アタシを助けてくれたのはラウムでしょ」
「んだよ、運んでやったのは俺だぞ」

 まるで大剣に助けられたような言い方が気に入らなかったのか、猫目が突っかかると、大剣はぶつくさと自分の功績を主張した。
 二人の取りに、今度は冒険者の憧れの的であるSランク冒険者の大剣と気さくに話すことが出来る猫目に羨望の視線が集まった。

「三人はパーティを組んだりしないんですか?」

 気になっていたのか、はいはい!と手を挙げた赤毛が ソワソワした感じで質問した。

「いやぁ、俺たちは……なあ?」
「一人が気楽でいいわ」

 相変わらずツンとしている猫目に答える気もないマーレ。マイペースな二人に大剣でさえ乾いた笑いを漏らす。

「自由人ばっかだからな。他人と協力なんてできねえだろうさ。まあ、俺もそうだけどよ……」
「ははは……みたいですね……」

 天パが愛想笑いを返すが、何となく微妙な空気が漂う。

「逆に、皆さんはどういう経緯でパーティを組むことになったんですか?」

 何とかその気まずさを吹き飛ばそうと、別にそう興味のないことを聞いてみる。天パもこの空気をどうにかしたいをと思ったのか、渡りに船と乗ってきた。

「私達はもともと個人で活動してたんだけど、結婚を機に一緒に活動するなら組もうってなってパーティ登録したのよ」
「冒険者同士の夫婦なら、よくある流れだな」

 冒険者を続けながら夫婦をすること自体がレアだが、高ランクで安定して収入を得られるような冒険者なら一定数いる。そういう現役の冒険者夫婦はパーティを組んで活動するそうだ。

「結婚するならもう冒険者を引退しようかとも考えたんだけど、二人とも旅好きだったから」
「とりあえず、身体が続く限りは冒険者を続けることにしたんだ」
「へぇー!素敵ですねー!」

 仲睦まじい二人に、女性陣から羨望の溜め息が漏れる。夫婦もそんな風に言われるとまんざらでもない様子で、くすぐったそうに笑いあっていた。

「そういうあなたたちはどうなの?」
「え?私達ですか?」
「わたしたちは……あはは……」

 照れくさくなった天パがそう聞くと、何故か五人は遠い目をした。

「俺達はみんなすっげえ田舎の出身でして……」
「……夜逃げしたんです。そこでの生活がいやすぎて」
「えっ」

 ゲジマユ達の村は人の少ないド田舎にあり、コミュニティは非常に狭く、個人情報も何もかも村人全員に筒抜けで、プライバシーはゼロ。そのうえ、考え方も古臭く偏っていて、仕事も結婚も全て親に決められてしまうらしい。
 それがどうにも耐えられなかったらしく、思い立つままに五人で結託して、ある夜村から逃げ出したそうだ。

「流石に、森に慣れてると言っても、流石に夜じゃ道も何も見えなくてな……」
「うん、ちょっと夜の森をなめてたよね……」

 その時のことを思い出したのか、どこか疲れたように笑いあう五人。

「それで、迷ってしまってこれは絶体絶命と思ったのですが、その時、にわかに周りが明るくなったんです」
「そう、蛍が光りながら僕たちの周りを飛んでいたんです」
「何故かその蛍は俺たちの周りをずっと離れなくてな、夜の間中道を照らしてくれたんだ」

 結局その光のおかげで五人は森を抜けることができ、その村から上手く逃げおおせたというわけだ。

「それで、パーティを組むときに、名前を何にするかという話になった時にその時の事を思い出して、この名前になったってわけです」

 ロマンチックなのか、間抜けなのか微妙なところな名前の由来に、わたし達は皆どう反応すべきか迷ってしまって、結局それぞれ「へぇー」と愛想笑いする事しかできなかった。
 五人もそれが何となくわかっているらしく、同じく微妙な顔をしてモソモソとサンドイッチを食べていた。
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