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ひとつめの国

36.夕食

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 王都まではだいたい二週間ほどで着く予定だ。一日目は特に何事もなく順調に終わり、予定していた距離を進んで、道中に何か所か設置してある休息所で食事の準備をしていた。
 休息所には寝床となる建物が何棟か建っていて、炊事場は外に纏めて作ってある。風呂や専用の水浴び場はないので炊事場にある井戸から汲んで身体を拭くしかないが、移動中に建物の中で眠れるだけ十分贅沢だ。

「夜の間は交代で荷物番をお願いします」

 一人ずつ交代で夜に荷物の不寝番をする。六時間ほど睡眠をとるので、前半三時間と後半三時間で一人ずつ、一晩で二人ずつ持ちまわるというわけだ。不寝番には、何かあったときに仲間を起こすための魔道具の笛が渡されてあり、緊急時に吹けば、登録している人間の耳に直接音が響くようになっている。
 さすが貴族の御用商人、不寝番用の魔道具までハイテクである。

「じゃあ、今夜は俺たちが交代で見ることにしよう」

 強面が自分と天パを指して、そう提案すると特に誰も文句はなかったため、サクッと今日の不寝番決定する。

「じゃあ、今日は俺が料理を作る」

 マーレがそう言うと商人たちは遠慮して、慌てて手を振る。

「いえいえ、そんな。本来の業務以上の事をさせるわけには……」
「かまわない。どうせ自分たちの分を作る。材料費が気になるなら、金を払うと言い」

 マーレはそれだけ言うと、これ以上無駄な問答をする気はないとばかりにさっさと炊事場に行ってしまう。
 そもそも保存食で簡単に済ませるつもりだった商人と冒険者達は戸惑ったように顔を見合わせる。

「ご心配なく。彼はとても料理上手なんですよ」
「はぁ……」

 何と言うべきか分からず、何とも言えない返事を返す商人達。

「ああ、確かにあいつの料理はそこらのレストランより美味いな」
「ほお……それほどなのですか」

 わたしの言葉だけではイマイチピンと来ないような反応だったが、大剣も絶賛すると興味を持ったようで、商人達も冒険者達も少しわくわくした様子を見せる。
 マーレが料理を作っている間に部屋割りや、荷物の整理、確認を終わらせておく。

「身体を拭きたい方は仰ってくれれば桶をおかしします」

 そう商人が声をかけると、女性たちはこぞって桶を借りに行った。

「アンタは借りなくていいの?」

 桶を持って声をかけてくる猫目にわたしは首を振る。

「ああ、水魔術で水浴びが出来るから必要ない」
「アンタそんなに魔術が使えるの?!」
「まあな、薬の調合に結構使うんだ」

 驚いた様子の猫目にそう答えれば、途端にキラキラと目を輝かせる。

「じゃあ相当精密な魔力制御ができるのね」
「……魔力自体が少ないからその分制御しやすいんだ。だから攻撃魔術や高等魔術は使えなけどな」
「それでも十分すごいわよ!アタシは魔力制御が苦手だからうらやましいわ」

 それはそうだろう。猫目の魔力はわたしよりずっと高い。全体の量が多ければ多いほど制御が難しくするのは当たり前だ。魔力特化の魔術師ならではの悩みだろう。

「ま、猫目ならその内すぐ慣れるさ」
「そ、そうかしら」

 猫目は照れながらも、素直に嬉しそうな表情を見せる。その様子を見ただけで猫目が魔術をどれだけ好きか分かる。いつもはツンケンしているが、魔術の話をする猫目は年相応の少女という感じで可愛らしい。
 一人で魔術について語っている猫目を微笑ましく見守っていると、料理を持ったマーレがそれを遮るようにズイッと間に立った。

「ラウム、夕飯出来たから運ぶの手伝って」
「ああ、わかった」

 わたし達と、さらに何人かで手分けして長机に料理を人数分並べていく。今日の夕食は、短時間で作れるスパイスのきいた肉野菜炒めと、作り置きの柔らかいパン、それにだしに調味料と日の通りやすい葉野菜をいれたスープだ。

「これは……」

 料理のいい匂いに、商人も冒険者もゴクリと唾を飲み込む。どれもシンプルだが美味しそうだ。いただきますと挨拶をして、各々料理を口に運ぶ。
 そして、カッと目を見開くと、感想を言うことも忘れて二口、三口と掻き込んでいく。こんな何の面白みもないようなありふれたメニューでも調理や味付けによって格段に味が変わる。マーレにはわたしのような完璧を見極める目がなくとも、その料理の状態や匂い、体感時間なんかで素晴らしいものを作ってくれる。
 あっという間に夕食を平らげてしまった冒険者達はもちろん、舌が肥えている商人達まで感嘆の溜め息を漏らす。

「これは、本当にいいものを頂きました……」
「ええ、これほどの料理を旅の途中で食べられるとは」
「これが食えるんだったら、喜んで金払うぜ!」
「ホントにおいしかったわぁ。レシピ教えてもらえないかしら……」

 口々に送られる称賛に特に何の反応もしないマーレに代わって、軽く返事をしていく。料理は材料費にプラスしてマーレの手間賃として銅貨一枚ということになった。
 まあ移動中である事とマーレの料理スキルを考えればかなり格安だろう。じっとわたしを見ていたマーレは、話がひと段落すると、やっと口を開く。

「ラウム、美味しかった?」
「ん?ああ、美味かったぞ」

 そういえば今日はかなり空腹で感想を伝える間もなく完食してしまっていた。例の気持ちを込めて答えると、マーレはほんの少しだけ頬緩めて嬉しそうにした。
 やはり全員の感想を聞くまで気は抜けないのだろう。ストイックな奴だ。
 そんなマーレのレアな微笑みを見てしまった女性陣は、既婚者の天パまでもがほう……と蕩けてしまっていた。猫目だけは何故か苦虫を噛み潰したような顔をしていたが。
 マーレの美貌に全く屈しないとは、猫目はつくづくおもしれ―女である。
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