41 / 56
ひとつめの国
36.夕食
しおりを挟む
王都まではだいたい二週間ほどで着く予定だ。一日目は特に何事もなく順調に終わり、予定していた距離を進んで、道中に何か所か設置してある休息所で食事の準備をしていた。
休息所には寝床となる建物が何棟か建っていて、炊事場は外に纏めて作ってある。風呂や専用の水浴び場はないので炊事場にある井戸から汲んで身体を拭くしかないが、移動中に建物の中で眠れるだけ十分贅沢だ。
「夜の間は交代で荷物番をお願いします」
一人ずつ交代で夜に荷物の不寝番をする。六時間ほど睡眠をとるので、前半三時間と後半三時間で一人ずつ、一晩で二人ずつ持ちまわるというわけだ。不寝番には、何かあったときに仲間を起こすための魔道具の笛が渡されてあり、緊急時に吹けば、登録している人間の耳に直接音が響くようになっている。
さすが貴族の御用商人、不寝番用の魔道具までハイテクである。
「じゃあ、今夜は俺たちが交代で見ることにしよう」
強面が自分と天パを指して、そう提案すると特に誰も文句はなかったため、サクッと今日の不寝番決定する。
「じゃあ、今日は俺が料理を作る」
マーレがそう言うと商人たちは遠慮して、慌てて手を振る。
「いえいえ、そんな。本来の業務以上の事をさせるわけには……」
「かまわない。どうせ自分たちの分を作る。材料費が気になるなら、金を払うと言い」
マーレはそれだけ言うと、これ以上無駄な問答をする気はないとばかりにさっさと炊事場に行ってしまう。
そもそも保存食で簡単に済ませるつもりだった商人と冒険者達は戸惑ったように顔を見合わせる。
「ご心配なく。彼はとても料理上手なんですよ」
「はぁ……」
何と言うべきか分からず、何とも言えない返事を返す商人達。
「ああ、確かにあいつの料理はそこらのレストランより美味いな」
「ほお……それほどなのですか」
わたしの言葉だけではイマイチピンと来ないような反応だったが、大剣も絶賛すると興味を持ったようで、商人達も冒険者達も少しわくわくした様子を見せる。
マーレが料理を作っている間に部屋割りや、荷物の整理、確認を終わらせておく。
「身体を拭きたい方は仰ってくれれば桶をおかしします」
そう商人が声をかけると、女性たちはこぞって桶を借りに行った。
「アンタは借りなくていいの?」
桶を持って声をかけてくる猫目にわたしは首を振る。
「ああ、水魔術で水浴びが出来るから必要ない」
「アンタそんなに魔術が使えるの?!」
「まあな、薬の調合に結構使うんだ」
驚いた様子の猫目にそう答えれば、途端にキラキラと目を輝かせる。
「じゃあ相当精密な魔力制御ができるのね」
「……魔力自体が少ないからその分制御しやすいんだ。だから攻撃魔術や高等魔術は使えなけどな」
「それでも十分すごいわよ!アタシは魔力制御が苦手だからうらやましいわ」
それはそうだろう。猫目の魔力はわたしよりずっと高い。全体の量が多ければ多いほど制御が難しくするのは当たり前だ。魔力特化の魔術師ならではの悩みだろう。
「ま、猫目ならその内すぐ慣れるさ」
「そ、そうかしら」
猫目は照れながらも、素直に嬉しそうな表情を見せる。その様子を見ただけで猫目が魔術をどれだけ好きか分かる。いつもはツンケンしているが、魔術の話をする猫目は年相応の少女という感じで可愛らしい。
一人で魔術について語っている猫目を微笑ましく見守っていると、料理を持ったマーレがそれを遮るようにズイッと間に立った。
「ラウム、夕飯出来たから運ぶの手伝って」
「ああ、わかった」
わたし達と、さらに何人かで手分けして長机に料理を人数分並べていく。今日の夕食は、短時間で作れるスパイスのきいた肉野菜炒めと、作り置きの柔らかいパン、それにだしに調味料と日の通りやすい葉野菜をいれたスープだ。
「これは……」
料理のいい匂いに、商人も冒険者もゴクリと唾を飲み込む。どれもシンプルだが美味しそうだ。いただきますと挨拶をして、各々料理を口に運ぶ。
そして、カッと目を見開くと、感想を言うことも忘れて二口、三口と掻き込んでいく。こんな何の面白みもないようなありふれたメニューでも調理や味付けによって格段に味が変わる。マーレにはわたしのような完璧を見極める目がなくとも、その料理の状態や匂い、体感時間なんかで素晴らしいものを作ってくれる。
あっという間に夕食を平らげてしまった冒険者達はもちろん、舌が肥えている商人達まで感嘆の溜め息を漏らす。
「これは、本当にいいものを頂きました……」
「ええ、これほどの料理を旅の途中で食べられるとは」
「これが食えるんだったら、喜んで金払うぜ!」
「ホントにおいしかったわぁ。レシピ教えてもらえないかしら……」
口々に送られる称賛に特に何の反応もしないマーレに代わって、軽く返事をしていく。料理は材料費にプラスしてマーレの手間賃として銅貨一枚ということになった。
まあ移動中である事とマーレの料理スキルを考えればかなり格安だろう。じっとわたしを見ていたマーレは、話がひと段落すると、やっと口を開く。
「ラウム、美味しかった?」
「ん?ああ、美味かったぞ」
そういえば今日はかなり空腹で感想を伝える間もなく完食してしまっていた。例の気持ちを込めて答えると、マーレはほんの少しだけ頬緩めて嬉しそうにした。
やはり全員の感想を聞くまで気は抜けないのだろう。ストイックな奴だ。
そんなマーレのレアな微笑みを見てしまった女性陣は、既婚者の天パまでもがほう……と蕩けてしまっていた。猫目だけは何故か苦虫を噛み潰したような顔をしていたが。
マーレの美貌に全く屈しないとは、猫目はつくづくおもしれ―女である。
休息所には寝床となる建物が何棟か建っていて、炊事場は外に纏めて作ってある。風呂や専用の水浴び場はないので炊事場にある井戸から汲んで身体を拭くしかないが、移動中に建物の中で眠れるだけ十分贅沢だ。
「夜の間は交代で荷物番をお願いします」
一人ずつ交代で夜に荷物の不寝番をする。六時間ほど睡眠をとるので、前半三時間と後半三時間で一人ずつ、一晩で二人ずつ持ちまわるというわけだ。不寝番には、何かあったときに仲間を起こすための魔道具の笛が渡されてあり、緊急時に吹けば、登録している人間の耳に直接音が響くようになっている。
さすが貴族の御用商人、不寝番用の魔道具までハイテクである。
「じゃあ、今夜は俺たちが交代で見ることにしよう」
強面が自分と天パを指して、そう提案すると特に誰も文句はなかったため、サクッと今日の不寝番決定する。
「じゃあ、今日は俺が料理を作る」
マーレがそう言うと商人たちは遠慮して、慌てて手を振る。
「いえいえ、そんな。本来の業務以上の事をさせるわけには……」
「かまわない。どうせ自分たちの分を作る。材料費が気になるなら、金を払うと言い」
マーレはそれだけ言うと、これ以上無駄な問答をする気はないとばかりにさっさと炊事場に行ってしまう。
そもそも保存食で簡単に済ませるつもりだった商人と冒険者達は戸惑ったように顔を見合わせる。
「ご心配なく。彼はとても料理上手なんですよ」
「はぁ……」
何と言うべきか分からず、何とも言えない返事を返す商人達。
「ああ、確かにあいつの料理はそこらのレストランより美味いな」
「ほお……それほどなのですか」
わたしの言葉だけではイマイチピンと来ないような反応だったが、大剣も絶賛すると興味を持ったようで、商人達も冒険者達も少しわくわくした様子を見せる。
マーレが料理を作っている間に部屋割りや、荷物の整理、確認を終わらせておく。
「身体を拭きたい方は仰ってくれれば桶をおかしします」
そう商人が声をかけると、女性たちはこぞって桶を借りに行った。
「アンタは借りなくていいの?」
桶を持って声をかけてくる猫目にわたしは首を振る。
「ああ、水魔術で水浴びが出来るから必要ない」
「アンタそんなに魔術が使えるの?!」
「まあな、薬の調合に結構使うんだ」
驚いた様子の猫目にそう答えれば、途端にキラキラと目を輝かせる。
「じゃあ相当精密な魔力制御ができるのね」
「……魔力自体が少ないからその分制御しやすいんだ。だから攻撃魔術や高等魔術は使えなけどな」
「それでも十分すごいわよ!アタシは魔力制御が苦手だからうらやましいわ」
それはそうだろう。猫目の魔力はわたしよりずっと高い。全体の量が多ければ多いほど制御が難しくするのは当たり前だ。魔力特化の魔術師ならではの悩みだろう。
「ま、猫目ならその内すぐ慣れるさ」
「そ、そうかしら」
猫目は照れながらも、素直に嬉しそうな表情を見せる。その様子を見ただけで猫目が魔術をどれだけ好きか分かる。いつもはツンケンしているが、魔術の話をする猫目は年相応の少女という感じで可愛らしい。
一人で魔術について語っている猫目を微笑ましく見守っていると、料理を持ったマーレがそれを遮るようにズイッと間に立った。
「ラウム、夕飯出来たから運ぶの手伝って」
「ああ、わかった」
わたし達と、さらに何人かで手分けして長机に料理を人数分並べていく。今日の夕食は、短時間で作れるスパイスのきいた肉野菜炒めと、作り置きの柔らかいパン、それにだしに調味料と日の通りやすい葉野菜をいれたスープだ。
「これは……」
料理のいい匂いに、商人も冒険者もゴクリと唾を飲み込む。どれもシンプルだが美味しそうだ。いただきますと挨拶をして、各々料理を口に運ぶ。
そして、カッと目を見開くと、感想を言うことも忘れて二口、三口と掻き込んでいく。こんな何の面白みもないようなありふれたメニューでも調理や味付けによって格段に味が変わる。マーレにはわたしのような完璧を見極める目がなくとも、その料理の状態や匂い、体感時間なんかで素晴らしいものを作ってくれる。
あっという間に夕食を平らげてしまった冒険者達はもちろん、舌が肥えている商人達まで感嘆の溜め息を漏らす。
「これは、本当にいいものを頂きました……」
「ええ、これほどの料理を旅の途中で食べられるとは」
「これが食えるんだったら、喜んで金払うぜ!」
「ホントにおいしかったわぁ。レシピ教えてもらえないかしら……」
口々に送られる称賛に特に何の反応もしないマーレに代わって、軽く返事をしていく。料理は材料費にプラスしてマーレの手間賃として銅貨一枚ということになった。
まあ移動中である事とマーレの料理スキルを考えればかなり格安だろう。じっとわたしを見ていたマーレは、話がひと段落すると、やっと口を開く。
「ラウム、美味しかった?」
「ん?ああ、美味かったぞ」
そういえば今日はかなり空腹で感想を伝える間もなく完食してしまっていた。例の気持ちを込めて答えると、マーレはほんの少しだけ頬緩めて嬉しそうにした。
やはり全員の感想を聞くまで気は抜けないのだろう。ストイックな奴だ。
そんなマーレのレアな微笑みを見てしまった女性陣は、既婚者の天パまでもがほう……と蕩けてしまっていた。猫目だけは何故か苦虫を噛み潰したような顔をしていたが。
マーレの美貌に全く屈しないとは、猫目はつくづくおもしれ―女である。
6
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
魔法使いに育てられた少女、男装して第一皇子専属魔法使いとなる。
山法師
ファンタジー
ウェスカンタナ大陸にある大国の一つ、グロサルト皇国。その国の東の国境の山に、アルニカという少女が住んでいた。ベンディゲイドブランという老人と二人で暮らしていたアルニカのもとに、突然、この国の第一皇子、フィリベルト・グロサルトがやって来る。
彼は、こう言った。
「ベンディゲイドブラン殿、あなたのお弟子さんに、私の専属魔法使いになっていただきたいのですが」
異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜
はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。
目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。
家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。
この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。
「人違いじゃないかー!」
……奏の叫びももう神には届かない。
家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。
戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。
植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
道具屋のおっさんが勇者パーティーにリンチされた結果、一日を繰り返すようになった件。
名無し
ファンタジー
道具屋の店主モルネトは、ある日訪れてきた勇者パーティーから一方的に因縁をつけられた挙句、理不尽なリンチを受ける。さらに道具屋を燃やされ、何もかも失ったモルネトだったが、神様から同じ一日を無限に繰り返すカードを授かったことで開き直り、善人から悪人へと変貌を遂げる。最早怖い者知らずとなったモルネトは、どうしようもない人生を最高にハッピーなものに変えていく。綺麗事一切なしの底辺道具屋成り上がり物語。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる