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ひとつめの国

29.大浴場

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 みんなで部屋を出て、わたしとロスは女湯へ、マーレとルシアは男湯へ行く。

「じゃあ、休憩室で落ち合おう」
「うん」

 女湯の脱衣所に入ると、訝しむような視線が集まる。
 なんでここに男が?でもあんなに堂々と入ってくるか?盲人みたいだし間違えているのかも……。
 そんな視線が次々と突き刺さり、親切な奥様方は教えてあげた方がいいのではなどとヒソヒソやっている。
 こういう時は脱いでしまうのが早い。誰かに声をかけられる前に、先手必勝とばかりに素早く衣服を脱ぎ去った。訝しむ視線は狼狽を経て驚愕に変わる。
 わたしは自分の性別を知らせるため、タオルなどで一切隠すことなく、堂々と全裸を晒して歩く。
 うら若き少女達には、キャッと早まって目を覆ってしまう者もいたが、周りの他の女性に肩を叩かれてわたしを見ると、今度はギョッと目をむいた。
 以前入った時もそうだったが、わたしはそんなにも男に見えるのだろうか。別段男装している訳でもなく、男性らしい立ち居振る舞いを心がけている訳でもない。なのに服を脱ぐまで、誰も女だったのか、とは考えないのだ。
 もしかして、そういう呪いでもかけられているのだろうか。

「まあ、女性がしなければいけない警戒や用心が必要ないのはありがたいがな」

 洗い場でササッと汚れを落とし、ロスと一緒に湯に浸かる。綺麗に透き通った湯船は、僅かに炭酸の泡が浮かんでいる。湯に使っている肌がシュワシュワして心地いい。
 ダンジョンや受け付けでの疲れが溶け出て行くようだ。ロスも気持ち良さそうにぷかぷか浮かんでいる。ロスも本当ならペット用の風呂に入れるべきなんだろうが、いつも汚れなんて一切ないほど綺麗だし、抜けるような毛もないので、勝手に人間用に一緒に入っている。そもそもわたし以外には見えていないので、誰かに文句を言われることもない。

「あ"ー、極楽極楽」

 丁度いい温度のお湯に肩まで浸かって脚を伸ばすと、その気持ち良さにおじさんのような声が出る。しばらくの間、湯船を堪能した後、一度水風呂から桶で水を掬って浴び、サウナへ行く。
 ここのサウナは結構温度が高くて、しっかり整う。水風呂も温度が二種類あり、初心者も通も楽しめるようになっている。
 少し重い木製の扉を開ける。その途端、モワッとした熱気が漏れだした。室内の温度を下げないよう、余り扉を開けすぎず、サッと中に入った。
 今のところ、先客はひとりだけのようで、少しスペースを開けて座る。

「失礼します」
「あー、いえ……ってアンタ!?」

 一応先客に声をかけると、聞き覚えのある声が返って来る。
 ああ、そういえば一風呂浴びると言っていたか。風呂ではあまり人を見ないように、視力を一般人レベルまで抑えているので気づかなかった。さすがに他人に隅々まで裸を見られたくはないだろうから。

「やあ、さっきぶりだな、猫目」
「なっ、なっ、なんでここにいるのよー!」
「なんでと言われても、ここに泊まっているのだから……」
「そういうことじゃなくてッ……!」

 薄暗く蒸気の漂う室内で、ようやくわたしの身体をハッキリと認識した猫目は、そのツリ目を驚愕に見開く。ああ、そういえば猫目にハッキリと性別を言ったことはなかったか。

「ない……でも、ない……?」

 わたしの股ぐらを確認したあと、今度は胸元を確認して首を傾げる。
 下も付いてなければ、上も出ていない。そう言いたいのだろう。
 猫目に"ない"と断じられてしまった自分の胸を、憐れむようにそっと撫でた。
 猫目の胸には思った通り立派な膨らみがあり、おそらくこれからも大きくなるのだろう。いつも山を見慣れている人物からすれば、確かにわたしのな非常になだらかな丘など平地に等しいのかもしれない。

「え?つまり結局アンタはおん……おと……ぁああああああっ!!」
「あ、おい、猫目?」

 猫目は頭を抱えると、奇声を発しながら扉に激突し、そのままサウナを出ていってしまった。

「そう急がずとも、水風呂は逃げないのに」

 扉が激しく開閉したせいで、やや温度が下がってしまったサウナでひとりごちる。
 室温が戻ってきたら、限界まで蒸し暑いサウナでじっと汗を流し続けた。このじんわりとまとわりつく熱気と、息苦しさ。焼け石に水をかけた時の、一瞬皮膚を焼かれるような蒸気。
 人は何故こんなに辛く苦しいのに、自らサウナに入ってしまうのだろう。

「ロス、出るぞ」

 でろん、といつもより形が緩くなっているロスを連れ、限界を迎えたわたしはシングルの水風呂へしっかり浸かる。
 芯まで温まり、表面から湯気が立ち上るような身体が、冷たい水風呂で急激に冷やされる。
 このクーリングの時こそ解放の瞬間。今までじわじわと蒸気によってゆっくり追い詰められていた身体が、次々と流れ出してまとわりついていた汗が、冷やされて流されてスッキリする。
 ロスも生き返ったように、少し形が戻る。
 そんなロスをすくい上げて、最後の地へと向かった。
 大浴場横の外に並べられた椅子。脚を伸ばし、寝そべって座れるその椅子に、深く腰かけ、身体を預ける。そのまま完全に"眼"を閉じ、ゆっくりと呼吸をする。鼓動や脈拍、自分の内側に意識を向けると、外気が肌を撫でるのをどこか遠くに感じる。

「ふぅー」

 自分の意識が、重い身体を抜け出し、解放されるような、浮遊感にも似た感覚。
 この時のために、また性懲りのなく自分を追い詰めに行ってしまうのだろう。

「これがあるからサウナはやめられない……」

 ロスが同意するように再びデローンと溶けてしまっている。
 その後はルーティンを二、三回繰り返して、もう一度しっかり身体を洗った後、大浴場を出た。
 さっぱりして服を着ると、そのまま脱衣所から繋がった休憩室に入っていった。そこにある売店で、果汁入り牛乳を買う。これがまた、冷たくて美味い。
 瓶を開け、一気に煽ると、火照ったからだに冷たくて甘い果汁入り牛乳が染み渡る。

「プハーッ!美味い!」

 一度瓶ごといったロスも、ぽんっと空になった瓶を吐き出して満足気だ。
 売店に空になった瓶を返していると、既に上がっていたマーレ達が近づいて来た。

「おー、またせたか?」
「ううん、さっき上がった」
「さっきって、十分は前だろ」

 その後ろから、大剣とまだぽやんとしている猫目が顔を出した。

「つーかお前もいたんだな!俺ァ全然気づかなかったぞ?お前ってホント影うっすいのな!」

 大剣はどうやら、わたしが男湯にいたと思っているらしい。どこまでも鈍い男だ。
 もう説明するのが面倒なので、放っておくことにした。

「せっかくだし、一緒に夕食でもどうだ?」
「おぅ!いいな!行こーぜ!」

 大剣は魂の抜けた猫目の肩にガシッと腕をかけると、さっさと食堂へ歩き出した。
 大剣が一緒のせいか若干ブスくれているマーレの手を引いて、わたし達も後を追う。

「四日ぶりの食堂、楽しみだな」
「……うん」

 そう話を振れば、美味しい夕食のことを考えて少し機嫌が直ったのか、マーレは口端を少し緩めて、ぎゅっとわたしの手を握り返した。
 マーレの機嫌をいとも簡単に直してくれるとは、やはり、美味しい料理とは偉大なものである。
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