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ひとつめの国
5.宿屋
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訓練場を後にしたわたし達は、審査内容の書き込まれた紙を受付に提出し、組合証と交換してもらう。冒険者組合の組合証は、ネームタグの付いたブレスレットだった。こちらは血液は必要なく、腕に着けると勝手に魔力を登録してくれるらしい。商人組合よりかなりハイテクだ。ランクに応じてタグの材質が変わるそうだ。G~Eランクは鉄、Dランクは銅、Cランクは銀、Bランクは金、Aランクは白金、Sランクは聖銀と決まっていて、マーレはCランクであるので銀のタグを貰った。
「料理の邪魔だ」
「その時は外すといい。わたしが預ってやる」
「うん」
わたし達はキラリと光るブレスレットを眺め、これは隠密の時も邪魔だなと思った。
「お嬢さん。ついでに素材採取系の依頼があれば、紹介して欲しいのですが」
「はい。今出ているのは、癒良の葉、李芙の実、魔溜茸、青色オオトカゲの鱗、火蜘蛛の糸、霊泉の水、精霊石…Cランクで受けられるのはこのくらいですね」
「そうですか。ではそれを全部お願いします」
「へ?」
「実はここまでの道中で、今言われた素材全て採取してまして、直ぐにでも依頼完了出来ます」
受け付け嬢は、何を言われたのか分からなかったようで、ぽかんとして固まっている。
「全部……ですか?」
「はい。彼のおかげでかなり楽に採取出来ましたよ」
「あ、はは……なるほど……」
「一度荷物を整理したら来ますので、受付処理お願いできますか?」
「あ、はい」
「あ!それと、オススメの宿があれば教えてください。ペットOKの所でお願いします」
会話のテンポについていけない受付嬢から、近くの宿を聞き出し、礼を言って冒険者組合を出た。
受け付け嬢オススメの宿は大通りから少し外れた所にあるが、冒険者組合からも近く、ロビーも清潔感のある落ち着いた調度でまとめられている。
人でごった返していないのもポイントが高い。
「いらっしゃいませ」
優しそうな雰囲気の女将さんが、にっこりと笑う。
「ペットも一緒に泊まれると聞いたのですが」
「ええ、大丈夫ですよ。何泊のご予定ですか?」
「とりあえず、一週間ほど」
「かしこまりました。ツインお一部屋でよろしいですか?」
「はい、お願いします」
最後に身分証を提示して、代金を支払う。一泊二食付きで一人小銀貨三枚ペットはタダ。しかも部屋にはシャワーとトイレも完備だ。今のところ価格には満足である。
「夕食は十八時から二十二時まで、朝食は六時から十時まで食堂にてお召し上がり頂けます」
「わかりました」
「では、ごゆるりとお寛ぎください」
鍵を二本受けとって、階段を登る。わたし達の部屋は二階の一番奥に位置していて、通りからも遠く静かだ。室内は思ったより広く、ルシアが元の大きさになってもそれほど窮屈ではなさそうだ。
わたしは薬箱を降ろすと、ボフッと片方のベッドに背中から倒れ込んだ。
「ラウム?」
「あー!いい寝心地だ。ベッドで寝るなんて何年ぶりだろう」
五歳になるまでは部屋のベッドで寝ていた。森に入ってからも、集落で暮らしていた時は一応ベッドと呼べるものがあった。しかし、森の中を歩回って暮らすようになってからは、もうずっと地べたや木の上で寝ていた。
空いたスペースに、ルシアとマーレも飛び込んでくる。
「俺も久しぶりだ」
うつ伏せに倒れ込んだマーレが呟く。奴隷時代はそんな贅沢な寝床は用意されなかっただろうし、わたしよりも長い間、ベッドで眠れない夜が続いたのかもしれない。
何となく、首に嵌ったチョーカーを撫でる。
「寝る時にはちゃんと外してやる」
「うん……」
マーレは離れようとしたわたしの手を掴んで、寝返りを打ちながら引っ張る。仰向けになったマーレの上に上半身が乗り上げる。
最近の彼はどうもくっつきたがりで、隙あらば触れてくる。幼児退行が深刻化しているのかもしれない。まあ、大したことはしないし、特に嫌悪感もないので好きにさせている。孤独が長すぎて、誰かに甘えたいのだろう。
掴んでいた手に頬を擦り寄せる。それを見て羨ましく思ったのか、ルシアも空いている手に擦り寄ってきた。
「ルシアはベッド初めてだな」
「ワフッ」
「わたしのベッドで寝るといい」
「ワフン」
黒いモフモフの毛並みを、わしわしと撫でる。意外に柔らかく触り心地がいい。欲望に抗えず、背中に顔を埋めた。顔全体でルシアの毛並みを堪能する。ルシアは毎日水浴びをしているので、清潔で獣特有の臭いもない。そしてサラツヤの毛並みは、日々のブラッシングの賜物である。
「うむ。今日もいい毛並みだ」
十分に満足すると、顔を上げてマーレの頬を軽く抓った。まだまだ固い彼の表情筋は、されるがままで少しも動かない。
「それじゃあ素材を出して持っていこうか」
「……うん」
いつまでも寝転がっていると寝落ちてしまいそうで、わたしはガバッと起き上がって、ルシアの影の中を漁った。取り出した素材は集めた時のままで、非常に状態がいい。それらをマジックバッグに詰め込んで、代わりに道具箱と薬箱を影に突っ込んだ。
部屋に置いておいてもいいが、盗難防止のために影に入れておく。
「うん、だいぶ身軽だな。行こうか」
「うん」
目を瞑って杖を持つと、マーレにドアを開けてもらい、ルシアに手を引かれて部屋を出た。
鍵は一度受け付けに預け、再び冒険者組合に向かう。まださっきの受け付け嬢がいるのを確認すると、その列に並んだ。
「こんにちは、お嬢さん。先程受けた依頼の納品に来ました」
「は、はあ」
まだ半信半疑の様子の受け付け嬢に、実物を渡した方が早いと、素材を出して並べていく。
「こ、これは……!」
提出された素材を見た瞬間、受け付け嬢の目の色が変わった。
「適切な処理、さっき採取してきたかのような鮮度、どれも大きくて形も綺麗……完璧な品質だわ!」
「ありがとうございます」
やはり自分の集めた素材を褒められるのは、とても嬉しい。しかもこの受け付け嬢、一目見ただけで品質を見抜いたことから、かなりの目利きと思われる。そんな人物に認められるのだから、採取家として自信がつくというものだ。
「依頼は達成ということでいいですか?」
「ええ、もちろん!全て文句なしのA+評価ですよ!」
冒険者ギルドでは依頼達成の評価をA+~C-で表す。A+は最高評価であり、同じ依頼達成でもC-とは貢献度が大きく異なる。高評価を重ねて貢献度を高めていくと、ランクアップ試験が受けられるのだ。
「報酬をご用意しますが、手渡しの他に口座をお作りしてそちらに振り込むことも出来ます。いかが致しましょうか?」
登録証を使って預金口座を開設できるらしい。預けた金は、各地の組合で引き出せるので、余計な金銭を持ち歩く必要が無くなり、盗難防止にもなる。
今は、手持ちの金も結構あるので、口座を作って振り込んでもらうことにした。
受付嬢はカタカタと情報管理の魔道具のキーボードを操作したあと、手のひらサイズの水晶玉を差し出した。
「そちらに登録証をかざしてください」
マーレがブレスレットをかざすと、水晶玉が青く光ってポーンと音がなった。
「ん?」
「どうした?」
「防犯のため登録者のみに、残高がお知らせされます」
登録証を着けている本人にのみ、預金残高を知らせるアナウンスが聞こえるらしい。これまたハイテクである。
「ではこれで振り込み処理は完了です。またよろしくお願いします」
「はい、ありがとうございました」
受付嬢に礼を言って、窓口を後にする。冒険者組合の受け付けロビーには字が読める人用に、リクエストボードもある。少し確認してから帰ろうと、リクエストボードに足を向ける。
「どれか受けてみたい依頼はあるか?」
「……ワイバーンの討伐依頼。肉が美味い」
「ああ、確かにあれは美味かったな。でもCランクで受けられるのか?」
「あ……」
Bランク以上と書いてあったので、さりげなく指摘すると、マーレは残念そうな声を漏らす。よっぽど食べたかったらしい。まあ、わたしもルシアも食べたくなってしまったのだが。
「おい。盲人と奴隷がこんなとこで何やってんだ」
そう声をかけられて振り返ると、若い男女の四人パーティが立っていた。
「あら!超美形!」
「素敵……」
豊満な胸のはつらつとしたショートカットの女性が色めきたつと、隣のこれまた豊満な胸の大人しそうなポニーテールの女性が、小さな声で同意する。それを見て男性陣は面白く無さそうだ。
「で、何してたんだ?」
「依頼を見ていたんだ。コイツは字が読めるからな」
まあ、彼の書く字は独創的すぎて読めないが。
「フーン。どれか受けるの?」
「いやぁ、ワイバーンの討伐依頼を受けたがってるんだけど、ランクが足りなくてな」
「は?一人でワイバーンを討伐するつもりだったのか?盲人のお守りしながら?」
「さすがに無謀すぎだろう」
確かに盲人を連れて一人、ワイバーンを狩りに行くなんて、無謀としか思えないだろう。バカにされるより先に呆れられてしまった。
「どうしてもワイバーンの肉が食べたくなったみたいでな」
「え?もしかして食べた事あるの?」
「前に討伐した時に食べた……」
「討伐経験者なのかよ……」
マーレが討伐経験者であると聞くと、冒険者達の態度が変わった。どこか探るような、一目置いたような。
四人は顔見合わせてしばらく考えると、頷き合ってこちらを見た。
「なあ、俺たちワイバーン討伐を受けるつもりなんだが、経験者なら同行させてもいいぜ?」
「報酬は五等分で良いわよ」
「本当か、頼む」
当たり前のようにわたしは頭数に入っていないが、今は足でまといに徹しているので仕方ない。思いがけずワイバーンの肉が食べられることになって、わたしは大喜びで申し出を承諾した。
「あ、でもご主人様は留守番だぞ」
「じゃあやめる」
「へ?」
足でまといは留守番させられるだろうと予想していたわたしは、即答で断ったマーレにぽかんとした。冒険者たちもぽかんとしている。マーレは向けられる視線を気にもとめず、私の肩に手を回してを引き寄せた。
「ラウムの護衛が最優先だ。離れることは出来ない」
なんと彼は忠実に設定を守っていたのだ。目先の肉に目が眩んだわたしとは大違いだ。わたしはマーレの演技にかける情熱にいたく感心し、己の未熟さを恥じた。
「まあ、このまま断ってもいいが、ここはわたしがひと肌脱ごうか」
「何言ってんだ?」
わたしはスラリと腰のナイフ抜く。刃物を抜いたことに警戒する冒険者たちの目の前で、自分の小指を素早く切り落とした。ポトリと指が落ち、血が吹き出す。
「ラウム!」
「ヒッ!」
「何を!!」
わたしは周囲の反応をよそに、指を拾うとポケットから上級回復薬を取り出してマーレに渡す。
切断された指を、元生えていたように断面同士をくっつけて押さえる。
「マーレ、それをかけろ」
既にスタンバイしていたマーレは、わたしが手を差し出すとすかさず回復薬を一本丸ごと小指かけた。小指は数十秒で元どうりにくっつき、僅かな傷跡さえない。ハンカチで血と余分な回復薬を拭うと、ぐっぱ、と手を動かして見せた。骨や神経にも問題なしだ。
「わたしは超すご腕の薬師だ。同行させてくれたら薬と治療はサービスするぞ」
腰に手を当ててドヤ顔でふんぞり返る。しかし、あまりの展開に四人とも目を見開いたまま固まってしまっている。切断はやり過ぎだったかな、と反省しているとマーレがわたしの手掴んで傷がないか何度も確認する。全く傷がないことを理解すると、キッと目を釣りあげ、わたしの手に噛みついた。
「いてっ。なんで噛む」
「ラウムがバカだから。宣伝なら次から俺の指でやれ」
「バカはお前だ。そんなの出来るわけないだろう」
マーレは目元を少し赤く染め、悔しそうに眉根を寄せると、もう一度がぶりと噛む。
「ああっ、わかった。もうしないから、噛むんじゃない」
くっきり歯型の着いた手を、守るように抱える。刃物で斬られたり刺されたりは平気なのに、噛まれるのは非常に恐ろしい。小さい頃に魔物に追いかけ回されて噛まれたのがトラウマになっているのかもしれない。ルシアに甘噛みされた時も恐ろしかった。それを察してから、ルシアはわたしに甘噛みしなくなった。マーレが来てからは、たまに彼を噛んでいるが。
「それで、一緒に行くのか行かないのか、どっちだ」
未だに黙り込んでいる冒険者たちに同行の可否を問うた。
「……報酬は五等分のままでいいなら、薬師として同行してもいい」
「わかった。それで頼む」
結局、同行するということで話はまとまり、明日の朝七時に門の外に集合することに決定した。
冒険者たちと別れて家路につくと、未だに不機嫌なマーレが杖を取り上げ、手を握ってきたが本気で心配させたことを内心反省していたので、振りほどくことはしなかった。護衛としては悪手だが、わたしは実際守る必要があるほど弱くはないので、マーレの手の震えが止まるまでは付き合ってやるかと、大きく固い手を握り返した。
「帰ったらシャワーを浴びて、夕飯を食べて、さっさと寝よう」
「うん……」
「料理の邪魔だ」
「その時は外すといい。わたしが預ってやる」
「うん」
わたし達はキラリと光るブレスレットを眺め、これは隠密の時も邪魔だなと思った。
「お嬢さん。ついでに素材採取系の依頼があれば、紹介して欲しいのですが」
「はい。今出ているのは、癒良の葉、李芙の実、魔溜茸、青色オオトカゲの鱗、火蜘蛛の糸、霊泉の水、精霊石…Cランクで受けられるのはこのくらいですね」
「そうですか。ではそれを全部お願いします」
「へ?」
「実はここまでの道中で、今言われた素材全て採取してまして、直ぐにでも依頼完了出来ます」
受け付け嬢は、何を言われたのか分からなかったようで、ぽかんとして固まっている。
「全部……ですか?」
「はい。彼のおかげでかなり楽に採取出来ましたよ」
「あ、はは……なるほど……」
「一度荷物を整理したら来ますので、受付処理お願いできますか?」
「あ、はい」
「あ!それと、オススメの宿があれば教えてください。ペットOKの所でお願いします」
会話のテンポについていけない受付嬢から、近くの宿を聞き出し、礼を言って冒険者組合を出た。
受け付け嬢オススメの宿は大通りから少し外れた所にあるが、冒険者組合からも近く、ロビーも清潔感のある落ち着いた調度でまとめられている。
人でごった返していないのもポイントが高い。
「いらっしゃいませ」
優しそうな雰囲気の女将さんが、にっこりと笑う。
「ペットも一緒に泊まれると聞いたのですが」
「ええ、大丈夫ですよ。何泊のご予定ですか?」
「とりあえず、一週間ほど」
「かしこまりました。ツインお一部屋でよろしいですか?」
「はい、お願いします」
最後に身分証を提示して、代金を支払う。一泊二食付きで一人小銀貨三枚ペットはタダ。しかも部屋にはシャワーとトイレも完備だ。今のところ価格には満足である。
「夕食は十八時から二十二時まで、朝食は六時から十時まで食堂にてお召し上がり頂けます」
「わかりました」
「では、ごゆるりとお寛ぎください」
鍵を二本受けとって、階段を登る。わたし達の部屋は二階の一番奥に位置していて、通りからも遠く静かだ。室内は思ったより広く、ルシアが元の大きさになってもそれほど窮屈ではなさそうだ。
わたしは薬箱を降ろすと、ボフッと片方のベッドに背中から倒れ込んだ。
「ラウム?」
「あー!いい寝心地だ。ベッドで寝るなんて何年ぶりだろう」
五歳になるまでは部屋のベッドで寝ていた。森に入ってからも、集落で暮らしていた時は一応ベッドと呼べるものがあった。しかし、森の中を歩回って暮らすようになってからは、もうずっと地べたや木の上で寝ていた。
空いたスペースに、ルシアとマーレも飛び込んでくる。
「俺も久しぶりだ」
うつ伏せに倒れ込んだマーレが呟く。奴隷時代はそんな贅沢な寝床は用意されなかっただろうし、わたしよりも長い間、ベッドで眠れない夜が続いたのかもしれない。
何となく、首に嵌ったチョーカーを撫でる。
「寝る時にはちゃんと外してやる」
「うん……」
マーレは離れようとしたわたしの手を掴んで、寝返りを打ちながら引っ張る。仰向けになったマーレの上に上半身が乗り上げる。
最近の彼はどうもくっつきたがりで、隙あらば触れてくる。幼児退行が深刻化しているのかもしれない。まあ、大したことはしないし、特に嫌悪感もないので好きにさせている。孤独が長すぎて、誰かに甘えたいのだろう。
掴んでいた手に頬を擦り寄せる。それを見て羨ましく思ったのか、ルシアも空いている手に擦り寄ってきた。
「ルシアはベッド初めてだな」
「ワフッ」
「わたしのベッドで寝るといい」
「ワフン」
黒いモフモフの毛並みを、わしわしと撫でる。意外に柔らかく触り心地がいい。欲望に抗えず、背中に顔を埋めた。顔全体でルシアの毛並みを堪能する。ルシアは毎日水浴びをしているので、清潔で獣特有の臭いもない。そしてサラツヤの毛並みは、日々のブラッシングの賜物である。
「うむ。今日もいい毛並みだ」
十分に満足すると、顔を上げてマーレの頬を軽く抓った。まだまだ固い彼の表情筋は、されるがままで少しも動かない。
「それじゃあ素材を出して持っていこうか」
「……うん」
いつまでも寝転がっていると寝落ちてしまいそうで、わたしはガバッと起き上がって、ルシアの影の中を漁った。取り出した素材は集めた時のままで、非常に状態がいい。それらをマジックバッグに詰め込んで、代わりに道具箱と薬箱を影に突っ込んだ。
部屋に置いておいてもいいが、盗難防止のために影に入れておく。
「うん、だいぶ身軽だな。行こうか」
「うん」
目を瞑って杖を持つと、マーレにドアを開けてもらい、ルシアに手を引かれて部屋を出た。
鍵は一度受け付けに預け、再び冒険者組合に向かう。まださっきの受け付け嬢がいるのを確認すると、その列に並んだ。
「こんにちは、お嬢さん。先程受けた依頼の納品に来ました」
「は、はあ」
まだ半信半疑の様子の受け付け嬢に、実物を渡した方が早いと、素材を出して並べていく。
「こ、これは……!」
提出された素材を見た瞬間、受け付け嬢の目の色が変わった。
「適切な処理、さっき採取してきたかのような鮮度、どれも大きくて形も綺麗……完璧な品質だわ!」
「ありがとうございます」
やはり自分の集めた素材を褒められるのは、とても嬉しい。しかもこの受け付け嬢、一目見ただけで品質を見抜いたことから、かなりの目利きと思われる。そんな人物に認められるのだから、採取家として自信がつくというものだ。
「依頼は達成ということでいいですか?」
「ええ、もちろん!全て文句なしのA+評価ですよ!」
冒険者ギルドでは依頼達成の評価をA+~C-で表す。A+は最高評価であり、同じ依頼達成でもC-とは貢献度が大きく異なる。高評価を重ねて貢献度を高めていくと、ランクアップ試験が受けられるのだ。
「報酬をご用意しますが、手渡しの他に口座をお作りしてそちらに振り込むことも出来ます。いかが致しましょうか?」
登録証を使って預金口座を開設できるらしい。預けた金は、各地の組合で引き出せるので、余計な金銭を持ち歩く必要が無くなり、盗難防止にもなる。
今は、手持ちの金も結構あるので、口座を作って振り込んでもらうことにした。
受付嬢はカタカタと情報管理の魔道具のキーボードを操作したあと、手のひらサイズの水晶玉を差し出した。
「そちらに登録証をかざしてください」
マーレがブレスレットをかざすと、水晶玉が青く光ってポーンと音がなった。
「ん?」
「どうした?」
「防犯のため登録者のみに、残高がお知らせされます」
登録証を着けている本人にのみ、預金残高を知らせるアナウンスが聞こえるらしい。これまたハイテクである。
「ではこれで振り込み処理は完了です。またよろしくお願いします」
「はい、ありがとうございました」
受付嬢に礼を言って、窓口を後にする。冒険者組合の受け付けロビーには字が読める人用に、リクエストボードもある。少し確認してから帰ろうと、リクエストボードに足を向ける。
「どれか受けてみたい依頼はあるか?」
「……ワイバーンの討伐依頼。肉が美味い」
「ああ、確かにあれは美味かったな。でもCランクで受けられるのか?」
「あ……」
Bランク以上と書いてあったので、さりげなく指摘すると、マーレは残念そうな声を漏らす。よっぽど食べたかったらしい。まあ、わたしもルシアも食べたくなってしまったのだが。
「おい。盲人と奴隷がこんなとこで何やってんだ」
そう声をかけられて振り返ると、若い男女の四人パーティが立っていた。
「あら!超美形!」
「素敵……」
豊満な胸のはつらつとしたショートカットの女性が色めきたつと、隣のこれまた豊満な胸の大人しそうなポニーテールの女性が、小さな声で同意する。それを見て男性陣は面白く無さそうだ。
「で、何してたんだ?」
「依頼を見ていたんだ。コイツは字が読めるからな」
まあ、彼の書く字は独創的すぎて読めないが。
「フーン。どれか受けるの?」
「いやぁ、ワイバーンの討伐依頼を受けたがってるんだけど、ランクが足りなくてな」
「は?一人でワイバーンを討伐するつもりだったのか?盲人のお守りしながら?」
「さすがに無謀すぎだろう」
確かに盲人を連れて一人、ワイバーンを狩りに行くなんて、無謀としか思えないだろう。バカにされるより先に呆れられてしまった。
「どうしてもワイバーンの肉が食べたくなったみたいでな」
「え?もしかして食べた事あるの?」
「前に討伐した時に食べた……」
「討伐経験者なのかよ……」
マーレが討伐経験者であると聞くと、冒険者達の態度が変わった。どこか探るような、一目置いたような。
四人は顔見合わせてしばらく考えると、頷き合ってこちらを見た。
「なあ、俺たちワイバーン討伐を受けるつもりなんだが、経験者なら同行させてもいいぜ?」
「報酬は五等分で良いわよ」
「本当か、頼む」
当たり前のようにわたしは頭数に入っていないが、今は足でまといに徹しているので仕方ない。思いがけずワイバーンの肉が食べられることになって、わたしは大喜びで申し出を承諾した。
「あ、でもご主人様は留守番だぞ」
「じゃあやめる」
「へ?」
足でまといは留守番させられるだろうと予想していたわたしは、即答で断ったマーレにぽかんとした。冒険者たちもぽかんとしている。マーレは向けられる視線を気にもとめず、私の肩に手を回してを引き寄せた。
「ラウムの護衛が最優先だ。離れることは出来ない」
なんと彼は忠実に設定を守っていたのだ。目先の肉に目が眩んだわたしとは大違いだ。わたしはマーレの演技にかける情熱にいたく感心し、己の未熟さを恥じた。
「まあ、このまま断ってもいいが、ここはわたしがひと肌脱ごうか」
「何言ってんだ?」
わたしはスラリと腰のナイフ抜く。刃物を抜いたことに警戒する冒険者たちの目の前で、自分の小指を素早く切り落とした。ポトリと指が落ち、血が吹き出す。
「ラウム!」
「ヒッ!」
「何を!!」
わたしは周囲の反応をよそに、指を拾うとポケットから上級回復薬を取り出してマーレに渡す。
切断された指を、元生えていたように断面同士をくっつけて押さえる。
「マーレ、それをかけろ」
既にスタンバイしていたマーレは、わたしが手を差し出すとすかさず回復薬を一本丸ごと小指かけた。小指は数十秒で元どうりにくっつき、僅かな傷跡さえない。ハンカチで血と余分な回復薬を拭うと、ぐっぱ、と手を動かして見せた。骨や神経にも問題なしだ。
「わたしは超すご腕の薬師だ。同行させてくれたら薬と治療はサービスするぞ」
腰に手を当ててドヤ顔でふんぞり返る。しかし、あまりの展開に四人とも目を見開いたまま固まってしまっている。切断はやり過ぎだったかな、と反省しているとマーレがわたしの手掴んで傷がないか何度も確認する。全く傷がないことを理解すると、キッと目を釣りあげ、わたしの手に噛みついた。
「いてっ。なんで噛む」
「ラウムがバカだから。宣伝なら次から俺の指でやれ」
「バカはお前だ。そんなの出来るわけないだろう」
マーレは目元を少し赤く染め、悔しそうに眉根を寄せると、もう一度がぶりと噛む。
「ああっ、わかった。もうしないから、噛むんじゃない」
くっきり歯型の着いた手を、守るように抱える。刃物で斬られたり刺されたりは平気なのに、噛まれるのは非常に恐ろしい。小さい頃に魔物に追いかけ回されて噛まれたのがトラウマになっているのかもしれない。ルシアに甘噛みされた時も恐ろしかった。それを察してから、ルシアはわたしに甘噛みしなくなった。マーレが来てからは、たまに彼を噛んでいるが。
「それで、一緒に行くのか行かないのか、どっちだ」
未だに黙り込んでいる冒険者たちに同行の可否を問うた。
「……報酬は五等分のままでいいなら、薬師として同行してもいい」
「わかった。それで頼む」
結局、同行するということで話はまとまり、明日の朝七時に門の外に集合することに決定した。
冒険者たちと別れて家路につくと、未だに不機嫌なマーレが杖を取り上げ、手を握ってきたが本気で心配させたことを内心反省していたので、振りほどくことはしなかった。護衛としては悪手だが、わたしは実際守る必要があるほど弱くはないので、マーレの手の震えが止まるまでは付き合ってやるかと、大きく固い手を握り返した。
「帰ったらシャワーを浴びて、夕飯を食べて、さっさと寝よう」
「うん……」
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24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
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