上 下
8 / 58
ひとつめの国

3.変装

しおりを挟む
 出発の朝、わたしたちは朝食を済ませると、まだ暗いうちに森を抜けた。
 気配消し、誰にも見られないように注意しながら、街道へ走り、朝には馬車や人々が行き交う街道にたどり着いた。
 街道の脇で一休みがてら、茶を飲む。
 二人とも森で使っていた深緑のローブではなく、ベージュの物を羽織っている。身バレ防止と、街中ならばこちらの方が紛れやすいと判断したからだ。そもそも紛れる必要は無いのだが、これはもはや習性に近いので仕方がない。
 服装も流行りから外れすぎない、無難な旅人風にして、できるだけ目立たないように、各所にこだわっている。
 まずわたしは、瞳さえ隠してしまえばそう目立たたない。なので常に目を閉じ、狼に道案内をさせる盲人を演じている。前方確認用の杖もバッチリ用意している。これは今まで街に出る時から使っている設定だ。背中には愛用の薬箱を背負って、肩掛けのマジックバッグに着替えや財嚢などを入れている。ぶっちゃけ狼がいれば手ぶらで歩けるが、人前で狼の能力をあまり見せたくないことと、手ぶらの旅人は非常に目立つことから、ある程度荷物を持っている。ちなみにマジックバッグとは、容量の制限もあるし時も止められない上に、動物も入れられないが、思ったより大量に物が入るバッグだ。狼の影の超劣化版と言って差し支えない。
 次に狼、彼には盲導犬に扮してもらっている。わたし達のローブと同色のハーネスをつけ、リードを繋いでいる。さらに中型犬くらいの大きさに変身してもらった。さすがに魔力を押さえても狼が街中にいるのはどうしても視線を集める。これについても普段からちょくちょくやっていることなので、狼も手馴れたものだ。
 最後に訳ありだが、こいつはどうしても目立つ。美形とかタッパのデカさとか以前に、エルフが人間の街にいる事自体どうしても目立つ。という訳で申し訳ないが護衛兼世話係の奴隷役に決定した。奴隷ならば数は少ないがエルフもいる。奴隷役とかトラウマ刺激したりしないだろうかと、ちょっと心配したのだが、本人が誰よりも乗り気だった。引くほどノリノリであった。"隷属の首輪"にそっくりのチョーカーを嵌めてもらい、背中には弓と矢筒を背負い、手には調合や料理に使う、茶色い革張りの道具箱を持っている。そして、かの眩いプラチナブロンドはあまりにも人目を引くため、ブリュネットに染めている。この毛染め薬はわたしが作ったもので、臭いもなくとても自然な仕上がりだ。ちなみに、専用の洗髪剤で洗えば、いつでも元の髪色に戻すことができる優れ物だ。
 そしてわたし達は日頃の隠遁生活の中で、とにかく匂いを消すことに心血を注いでいる。しかし逆に、それが原因で隠密に身を置くものだとバレてしまう可能性を警戒して、洗えば簡単に匂いが落ちる香水をつけている。もはやどこの誰をそんなに警戒する必要があるのか分からないが、やはりこれは習性であるため致し方ない。ちなみに、香りは落ち着いたウッド系である。
 とにかく、何が言いたいかというと、準備は万全であるということだ。

「これからわたしのことはラウムと呼んでくれ。コイツはルシアだ」
「わかった」
「お前はなんという名前にする?」
「……ラウムがつけて」

 考えるのが面倒だったのか、訳ありはわたしに名付けを丸投げしてきた。仕方ないと、まぶた越しに訳ありの青い瞳を見つめる。

「じゃあ、お前は今日からマーレだ。それでいいか」
「マーレ……。ああ、とても気に入った」
「それじゃあマーレ、ルシア、行こうか」

 立ち上がって軽く尻をはたく。

「手、引こうか?」

 そう言ってマーレが手を差し出してきたが、わたしは首を振った。

「護衛の手を塞いで動きを縛るなんてどう考えても悪手だ。ルシアがいるし、この杖も持たなきゃいけないから、どっちにしろ手は開かないよ」
「そう、か……」
「さ、行こう。昼までに街に着きたい」

 ルシアに引っ張られるように見せかけて、杖で足元を確認しつつ歩き出す。マーレもわたしを守るように、斜め後ろをピッタリと着いてくる。わたしとルシアは言わずもがな、マーレもしっかり役になりきっている。役を演じるのが楽しいのか、マーレがワクワクしているのが伝わってくる。

「奴隷役でも楽しいのか」
「うん、楽しい」

 幸せそうで何よりだと、わたしは肩を竦めた。



 商人や旅人の群れに紛れ、歩くこと数時間。街を囲う石壁と、大きな門、街の中へと続く行列が見えてきた。ここはそこそこ大きな街で、国境も近く、危険な魔物が住む森もある為、高い石壁に周囲を囲まれている。
 ちなみに森は国境を跨ぐように広がっていて、いつもは国境を挟んで反対側の街に薬を売りに行っていた。なので、この街に来るのは今日が初めてである。

「身分証がないと街にはいるのに結構時間がかかる。これから必要になるし、この街で組合に登録しよう」

 身分証は街の住民なら誰でも持っているが、旅人など各地を渡り歩く者達や、山奥など辺鄙な場所に住んでいて登録がない者達にも、身分証を取得することはできる。簡単なのは、冒険者組合や商人組合に登録する方法だ。各組合が発行する身分証があれば、街への出入りがスムーズに行える。そのため、たまに街に何か売り買いに来る田舎者や、次々と街を訪れる旅人など、移住目的でない者はみんな組合を利用して身分証を手に入れるのだ。
 もちろん、何か悪巧みをしていないか、その職業に適性があるか、審査を受けなければならないが、それほど難しいものでは無い。冒険者組合では、主に戦闘能力を、商人組合では、知識と良識を試される。最後に、面接で人柄も見られる。最低限のルールが守れなければ、どんなに優秀でも身分証を発行することは出来ない。組合員が問題を起こした時、身分を保証した責任を問われるからだ。
 さくさくと前の人々が街に入っていく中、身分証を持たないわたし達は、聴取室に通された。

「身分証がないということで、いくつか質問させてもらうよ」
「はい」
「君たちはどこから来たんだ?」
「元々森の中に住んでいて、旅をするために出てきたんです」

 ここから近い森は二箇所あり、ひとつはわたし達が住んでいた魔物の巣食う森。もうひとつは、普通の人間でもちらほら住んでいるような、比較的安全な森だ。
 ここで森と言えば、勝手に安全な方の森だと勘違いしてくれるのだ。

「その奴隷はどうしたの?」
「旅に出るのに護衛が必要だと思って、今までの貯蓄で買いました」

 買ったのは"隷属の首輪"にそっくりなチョーカーである。しかし、奴隷を買ったとは言ってないので、途中で奴隷でないとバレても嘘は言っていないと言い張れる。ただ、訂正しなかっただけで。

「エルフの奴隷なんてよく買えたね」
「運良く稀少な素材が手に入って、それを差し出した分負けてくれたんです」
「それは良かったな」

 実際、このチョーカーは素材と交換で手に入れたものである。稀少な鉱石と買い貯めていた酒で、集落の職人達が快く作ってくれた。

「君は目が見えないようだけど、滞在中、ガイドは必要かい?」
「いえ、ルシアとマーレがいるので大丈夫です」
「それじゃあ、この紙に名前を……代筆しようか」
「お願いします」

 奴隷は基本的に学が無く、目の見えないわたしは字なんて書けないだろうと、代筆を提案される。
 筆跡を残すのも嫌なので、ありがたくお願いする。ちなみに、マーレは一応字が書けるが非常に汚い。わたしの目を持ってしても解読が困難なほどに酷い。しかしこの世界、識字率がそう高くないので、どこでも代筆してくれる人間がいる。

「わたしはラウム、彼はマーレ、この子はルシアです」
「あと性別を確認したいんだが、その犬はどっちだ?」
「雄です」

 それぞれの名前が書かれた紙に、性別が足される。男、男、雄と。もう誰も突っ込まなかった。そもそも、わたしは目が見えない設定だし、マーレは字が読めない設定だし、ルシアは喋れない。訂正のしようがなかった。

「荷物を確認させてもらうよ」
「はい」

 薬箱とマジックバッグ、道具箱と矢筒を机に置く。

「おお、君は薬師なのか」
「はい」
「……うん。どの荷物も特に問題ないな」

 荷物はすぐに返却され、それを再び身につけていく。

「最後に滞在目的を教えてくれ」
「観光と商売です」
「そうか、通っていいぞ。この街を楽しんで行ってくれ」

 ポン、ポンと紙に判子が押され、ぐいっと押しつけられる。

「ありがとうございます」
「通行証は身分証の発行にも使えるから、無くさないようにな」
「わかりました」

 ぺこりと礼をとって感謝を伝え、門を潜った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

知らない異世界を生き抜く方法

明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。 なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。 そんな状況で生き抜く方法は?

ちょっと神様!私もうステータス調整されてるんですが!!

べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!

異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜

はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。 目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。 家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。 この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。 「人違いじゃないかー!」 ……奏の叫びももう神には届かない。 家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。 戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。 植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜

ei_sainome
ファンタジー
クラスメイト全員が異世界に召喚されてしまった! 謁見の間に通され、王様たちから我が国を救って欲しい云々言われるお約束が…始まらない。 教室内が光ったと思えば、気づけば地下に閉じ込められていて、そこには誰もいなかった。 勝手に召喚されたあげく、誰も事情を知らない。未知の世界で、自分たちの力だけでどうやって生きていけというのか。 元の世界に帰るための方法を探し求めて各地を放浪する旅に出るが、似たように見えて全く異なる生態や人の価値観と文化の差に苦悩する。 力を持っていても順応できるかは話が別だった。 クラスメイトたちにはそれぞれ抱える内面や事情もあり…新たな世界で心身共に表面化していく。 ※ご注意※ 初投稿、試作、マイペース進行となります。 作品名は今後改題する可能性があります。 世界観だけプロットがあり、話の方向性はその場で決まります。 旅に出るまで(序章)がすごく長いです。 他サイトでも同作を投稿しています。 更新頻度は1〜3日程度を目標にしています。

精霊に好かれた私は世界最強らしいのだが

天色茜
ファンタジー
普通の女子高校生、朝野明莉沙(あさのありさ)は、ある日突然異世界召喚され、勇者として戦ってくれといわれる。 だが、同じく異世界召喚された他の二人との差別的な扱いに怒りを覚える。その上冤罪にされ、魔物に襲われた際にも誰も手を差し伸べてくれず、崖から転落してしまう。 その後、自分の異常な体質に気づき...!?

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

処理中です...