幸い(さきはひ)

白木 春織

文字の大きさ
上 下
122 / 131
第十一章

第十二話

しおりを挟む
 一瞬生気が戻ったように女の瞳は輝く。

「一目見ただけで、貴女様が初恋の王子様だとわかりました」

 後ろにまとう薄紅の花が誰よりも何よりも似合っていたから。

「でも昔と違うものもあった」

 桐秋の姿が死の匂い漂う、あまりに儚げなものであったこと。

「桜の幻想世界に消えゆきそうな貴方様を現実世界に引き止めるため着物の袖を掴んだ時、

 貴方様の存在を成長してこの身に初めて感じた時、

 絶対に貴女様を死なせないと誓ったのです。

 そしたらどうでしょう、貴女様は私との幼い頃の約束を自分の命を削ってまで果たそうとしてくれていた」

 その声に涙が滲む。

「馬鹿な人。

 でも、私はそれを利用しました。

 貴女様の桜病の研究が実れば、貴女様自身病の治療につながる。

 そう思ったのです。私は自分のすべてでもって、貴女様を支える決心をいたしました」

 そして、それが終われば、早々に姿を消すつもりだった。

 輝かしい未来の待つ貴方様のため、音も無く消えゆくつもりだった。

 人々を苦しめた元凶げんきょうとして独りで死んでゆくつもりだった。けれど、

――貴女様はこんな私を好きだと言ってくださった。

――その瞬間、ずっと胸に秘めてきた宝物のような想い、夢物語のような幼き日の淡い想いが、現実にはっきりとした質量をもって私の心にあらわれたのです。
  
「貴方様が私に視線を向け微笑んで下さるたび、

 貴方様が私に柔らかにふれて下さるたびに、

 私は貴方様への色づく想いに侵されていきました」
 
 最初は桐秋にふれられることに躊躇いがあった。

 治ったと言われてはいても、一度の自分の身体は桐秋の毒になっていたから。
 
 けれど桐秋はその思いを払拭するかのように、心から愛おしそうに、幸せそうに、自分にふれてくる。

 その柔らかな顔は、己の不安をあっというまに悦びへと変えていった。

 桐秋の愛は季節を経るごとに、深く、濃く、あでやかになっていた。

「貴女様にあふれんばかりの愛情をいただいた日々は、まさに天にものぼらんほどの幸福な毎日でした」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

見捨てられたのは私

梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。 ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。 ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。 何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

【完結】愛されないのは政略結婚だったから、ではありませんでした

紫崎 藍華
恋愛
夫のドワイトは妻のブリジットに政略結婚だったから仕方なく結婚したと告げた。 ブリジットは夫を愛そうと考えていたが、豹変した夫により冷めた関係を強いられた。 だが、意外なところで愛されなかった理由を知ることとなった。 ブリジットの友人がドワイトの浮気現場を見たのだ。 裏切られたことを知ったブリジットは夫を許さない。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

処理中です...