幸い(さきはひ)

白木 春織

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第八章

第二話

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 その日、桐秋は朝から熱が出ており、床にせっていた。

 それでも千鶴の熱心な看病のおかげか、徐々に体調は良くなり、昼食の大根粥だいこんがゆも残さずに食べられた。

 食後、再び大事をとって寝ていたが、ふと目が覚めて起き上がると、雪見障子のガラス部分から千鶴が縁側の拭き掃除をしているところが見えた。 

 千鶴は桐秋が床についている時はよく家のことを手伝っているので、今もその最中なのだろう。

 桐秋は雪見障子に近づくと、千鶴が気づくように軽くガラス部分を叩いた。

 木の枠組みにガラスがぶつかる少し不快な音が響く。

 それに気づいた千鶴は顔を上げる。

 音のした方向には桐秋の顔があり、眉を上げてぱっと笑顔になる。

 千鶴は桐秋の部屋につながる雪見障子に近づいて戸を開けようとするが、桐秋は手でそれを制する。

 千鶴はその場に座り、不思議そうに首をかしげて桐秋を見つめる。

 すると桐秋は、千鶴を障子越しに自分の正面に来るよう手で誘導ゆうどうする。

 請われるまま、千鶴が桐秋の前に来ると、お互いの顔をガラス越しに見つめあう形になる。

 互いの顔をまじまじと見つめる状況に千鶴が顔を赤らめていると、桐秋はもう少しこちらに顔を近づけるようにと言う。

 千鶴は恥ずかしそうに頬を染めながらも顔を近づける。

 それでも桐秋はもっとと言う。

 言われるままに千鶴は顔を近づけ続け、結局桐秋が納得したのは、千鶴の唇と鼻がガラスの表面に軽くれるかれないかぎりぎりのところ。

 息でガラスは曇り、肌は無機物の冷たさを感じる近さだ。

 薄い手延てのべガラス越しの、少し歪んだ千鶴の無防備な姿。

 桐秋はそこに自らの顔を近づけ、千鶴の唇の反対にある透明な玻璃はりに、己の唇を軽くふれさせ去っていった。

  
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