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第七章
第六話
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乙女が纏うのは大正緑を地色として、裾に向かって流水に乗った花筏と紅葉が描かれた手描き友禅の振袖《ふりそで》。
千鶴の顔は可愛らしく、はっきりとした目鼻立ちをしている。
ゆえに桐秋は千鶴には明瞭な濃い色が似合うと思い、緑を主体とした着物を選んだ。
柄は秋の紅葉に千鶴の好きな桜も筏に乗せ、水に漂わせた。
帯は着物に合った上品に輝く白地に、金の細かい刺繍をいれた丸帯。
艶やかな振袖姿の千鶴は、天窓から差し込む光のヴェールすらまとい、桐秋に向かって満ちたように微笑む。
眩しいばかりに煌めき、はにかむ乙女の姿に桐秋の心は一瞬で天上へと導かれる。
しばらくその姿に見とれていた桐秋だったが、そよぐ風になびく繊細な絹糸に目が移る。
今の千鶴の髪型は顔の周りに沿わせた外巻きはいつもどおりに、後ろに大きく結んでいる三つ編みを解いている。
ふわりと緩やかに波打つ髪を背に沿わせ、流している姿は千鶴によく似合っていた。
女性というのは家族以外の者の前では、髪を束ねているものであり、おろし髪などまず見せない。
けれど桐秋はその姿を見たくて、あえてこの髪形にしてくれるよう頼んだのだ。
桐秋は無防備な髪型の千鶴に、自分の願いを叶えてくれたという嬉しさと、この姿を見られるのは自分だけなのだという男のほの暗い優越感を抱く。
桐秋の嬉しそうな視線に、千鶴は面映そうに手根をすり合わせている。
そんな千鶴に桐秋は
「その場で回ってくれ」
と頼む。
千鶴は少し戸惑い、眼をくるりと回しながらも、桐秋の優しい声色に操られるようにして、袖を持ち恥ずかしそうにくるりと回る。
長い袖と腰まである髪がふわりとなびき、隠れていた後ろの小結の帯や続き地の友禅の柄が見え、なおもって桐秋の目を楽しませてくれる。
時間にしたら一瞬。
しかし桐秋には残身が残るように動きがゆっくりと見えた。
最後に千鶴の照れた笑みが正面に戻ってくる。
桐秋は動作の一つ一つにシャッターを切るように、脳裏にその姿を焼き付ける。
時間を掛け、一通り千鶴の可憐な振袖姿を堪能し、満足した桐秋は対面の一つ空いた席に千鶴を手招きする。
千鶴は長い袖に気を付けながら椅子に座り、桃のように頬を熟れさせながら、感無量の面持ちで礼を言う。
千鶴の顔は可愛らしく、はっきりとした目鼻立ちをしている。
ゆえに桐秋は千鶴には明瞭な濃い色が似合うと思い、緑を主体とした着物を選んだ。
柄は秋の紅葉に千鶴の好きな桜も筏に乗せ、水に漂わせた。
帯は着物に合った上品に輝く白地に、金の細かい刺繍をいれた丸帯。
艶やかな振袖姿の千鶴は、天窓から差し込む光のヴェールすらまとい、桐秋に向かって満ちたように微笑む。
眩しいばかりに煌めき、はにかむ乙女の姿に桐秋の心は一瞬で天上へと導かれる。
しばらくその姿に見とれていた桐秋だったが、そよぐ風になびく繊細な絹糸に目が移る。
今の千鶴の髪型は顔の周りに沿わせた外巻きはいつもどおりに、後ろに大きく結んでいる三つ編みを解いている。
ふわりと緩やかに波打つ髪を背に沿わせ、流している姿は千鶴によく似合っていた。
女性というのは家族以外の者の前では、髪を束ねているものであり、おろし髪などまず見せない。
けれど桐秋はその姿を見たくて、あえてこの髪形にしてくれるよう頼んだのだ。
桐秋は無防備な髪型の千鶴に、自分の願いを叶えてくれたという嬉しさと、この姿を見られるのは自分だけなのだという男のほの暗い優越感を抱く。
桐秋の嬉しそうな視線に、千鶴は面映そうに手根をすり合わせている。
そんな千鶴に桐秋は
「その場で回ってくれ」
と頼む。
千鶴は少し戸惑い、眼をくるりと回しながらも、桐秋の優しい声色に操られるようにして、袖を持ち恥ずかしそうにくるりと回る。
長い袖と腰まである髪がふわりとなびき、隠れていた後ろの小結の帯や続き地の友禅の柄が見え、なおもって桐秋の目を楽しませてくれる。
時間にしたら一瞬。
しかし桐秋には残身が残るように動きがゆっくりと見えた。
最後に千鶴の照れた笑みが正面に戻ってくる。
桐秋は動作の一つ一つにシャッターを切るように、脳裏にその姿を焼き付ける。
時間を掛け、一通り千鶴の可憐な振袖姿を堪能し、満足した桐秋は対面の一つ空いた席に千鶴を手招きする。
千鶴は長い袖に気を付けながら椅子に座り、桃のように頬を熟れさせながら、感無量の面持ちで礼を言う。
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