幸い(さきはひ)

白木 春織

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第七章

第二話

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 二人は近頃、以前にも増して恋人同士のふれあいを深くしている。

 これまで千鶴が桐秋からふれられてきたのは、頭や着衣の上の部分。

 そこには桐秋のはめた手袋だけでなく、髪や着物、手袋など千鶴の側にも一枚のへだたりがあった。

 しかし最近では、顔や首といった着物からさらされた千鶴の素肌の部分を、桐秋の手套しゅとう越しにふれられている。

 最初千鶴は、素肌にふれられることに慣れず、びくびくしていた。
 
 そうした千鶴を気遣い、桐秋は羽毛うもうで撫でるかのように優しく柔らかにふれてきた。

 千鶴が怖がらないよう慎重に。

 ところが、ふれられればふれられるほどに、千鶴は甘さを含んだ絶妙な刺激にうっとりとした心地よさを感じるようになってしまった。

 いや今ではむしろ足りないと思っている。

 そして、桐秋もそれを心得ている。 

 ゆえに最近、桐秋は千鶴に意地悪をする。
 
 指の一本一本を順に千鶴の頬に、ふれるかふれないかの距離でゆっくりと滑らせ焦らす。

 千鶴が己でふれて欲しいと言うのを待っているのだ。

 手袋の毛羽けばだった繊維せんいの感触は分かるのに、桐秋の体温までは感じることが出来ない

 そのような丹念な焦らしする一方で、それを行う桐秋の表情は千鶴を誘引ゆういする壮絶そうぜつな色気を放っていて、千鶴が歯向かうことを許さない。

 そうすることが当たり前だという顔をしている。

 千鶴はそれが悔しく、ねだるまいと抵抗するが、黒瑪瑙くろめのうのような濡れた瞳に捕らえられたが最後、降参するほかない。

 そうして千鶴が堪えきれず、ふれることを請うと、桐秋は一転、驚くほど優しい笑みを浮かべて大事に、大事に、千鶴にふれる。

 千鶴はそんな小ずるく甘美なわなにすっかりとはまってしまっている。

 そんな考えに気を取られながらも、干し柿を垂らす手を再開した千鶴の視界に山茶花の赤が目に留まる。

 千鶴はその花の婀娜あだっぽさに思わず目を反らす。

 ふれられる部分が多くなるほど、もっとふれてほしいという欲求は高まる。

 桐秋の手いっぱいで鼻の造形や頬の柔らかさ、首筋の曲線の輪郭、千鶴にまつわるすべての形、感触を覚えてほしいと思う。

 最近は桐秋と過ごすたびにそういう想いにおちいり、千鶴は熱くて狂おしい気持ちを持て余している。

 普段からそうしたことを考えている自分が、別荘といういつもと違う場所に身を置けばこの気持ちはどうなるのか、千鶴は少し不安でもある。

 それでもやはり楽しみな気持ちは捨てきれず、離れのことを女中頭じょちゅうがしらに頼まなければと、千鶴は出かける算段を考えるのだった。


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