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第四章
第十一話
しおりを挟む桐秋は早速、南山家の古くからの使用人であり、自身の乳母でもあった女中頭に頼み、夏用の着物を取り寄せた。
彼女に似合いそうな明るいレモン色の紗の薄物だ。
当初、桐秋は同じ夏の装いであり、値の張る、細かい織目の絽の薄物を贈ろうとした。
すると、昔から桐秋に忌憚なく意見を言う女中頭にそれは相手が萎縮するから軽い装いの紗の着物にしろと言われた。
その意見を取り入れ、紗の薄物にしたが、中でも上質な絹糸で、柄の浮かび上がる紋紗を桐秋が選ぶと、女中頭からは結局、呆れた顔で見られた。
が、後悔はしていない。
帯は編み目の大きい涼しげな羅の深緑の帯、帯揚げは淡い水色。
用意した着物一式を、桐秋は昨晩、夕食の席で千鶴にいいときに着てくれ、と言って渡した。
そっけない言い方になったのは少しの照れだ。
千鶴は最初それを恐れ多いと遠慮していたが、最後は少し困った顔で、それでも嬉しそうに受け取ってくれた。
そのこともあって、今日離れの奥向きのことを一通り済ませてから、わざわざ着替えてくれたのだろう。
夏の日差しにうっすらと透ける黄の薄物を身に纏い、のびやかに水をまく健康的な乙女の姿に、桐秋は障子の枠にもたれかかりながら、まばゆいものを見るかのようなまなざしになる。
千鶴は桐秋が見ていることにも気づかず、緑が濃く深くなってきた夏仕様の木立に、楽しそうに水をまく。
――まるで水の精だ。
桐秋の脳裏に不意にあの懐かしい本の妖精の姿が思い浮ぶ。
植物に水をまき、成長を促して夏を告げる水の精。
「・・・」
なぜ妖精がでてきた。
そう思いいたった自身の思考に疑問が生じる。
自分が人を妖精に例えるのはこれで二回目。
そのたびにどんなことを想い、考えていただろう。
思い返してみると、桐秋は取り返しのつかない感情にとらわれていることに気づかされる。
その時、千鶴も桐秋の視線に気づいたようで、自身のはしゃいだ行動が見られていたことを恥ずかしそうにしながらも、はにかみながらこちらに手を振ってくる。
桐秋はその姿に手を伸ばしたい気持ちになる。
だが、自分にはそれができない
桐秋は湧き出る感情を抑えながら、こちらに燦々たる笑顔を向ける千鶴に答えるよう、軽く手を上げるのだった。
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