幸い(さきはひ)

白木 春織

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第二章

第五話

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しばらくすると風はおさまり、千鶴は様子を伺うように指を開く。

 手の隙間から見えたのは、薄墨うすずみの着流しを上品にまとった、白皙はくせきの美しい青年。

 何ものも入って来ることができなかった、千鶴と桜の世界に彼はいつの間にか立っていた。

 その人は桜の群れが形作った精霊か、と思うほどに自然にそこになじんでいた。

 青年は千鶴の存在など気にも留めず、桜を一心に見つめている。

 先刻までの千鶴と同じ、桜と二人の世界にいるのだろうか。

 青年の様子が気になり、千鶴は顔をそっと覗き見る。

 青年は眉間に皺をよせ、端正な顔に怒りにも似た表情で、桜をにらんでいた。

 彼に千鶴は問いかける。

「桜がお好きですか」

 その表情からは好きといえる感情はおよそ見当たらない。

 けれども千鶴は、青年の険しい表情の中に、何か桜に対して複雑な想いがあるようで、そう尋ねてしまった。

 いや、単に桜が嫌いですかと聞いて、肯定されたくなかっただけかもしれない。

 青年は千鶴の声が聞こえていないのか、聞こえていて答えないのか、問いかけに反応すること無く、桜をじっと見つめている。

 千鶴はそんな青年の姿と背景にある桜にみとれてしまう。

 しばしの沈黙の後、青年は桜から視線を逸らすと、千鶴には一瞥いちべつもくれず、桜と逆の方向に足を向ける。

 千鶴はなぜかその瞬間、青年が自分の視界から消えることにひどく恐怖を覚えた。

 虚構きょこうか、現実か、わからない存在の美しき青年が、ここに現れた時のように、桜の花びらと一緒にふっとどこかへ消えてしまいそうで、

 青年が消えたとたん、この美しい世界がパッとあっけなく崩れてしまいそうで、

 千鶴は思わず、青年の着物のたもとを掴んだ。

――千鶴がれても柔らかな絹の感触はしっかりとあり、青年は消えずここにいた。

 桜も変わらずそこにある。

「なんだ」

 衣服を捕まれた青年は、不機嫌な表情を千鶴に向ける。

 その低く通った声は千鶴を現実世界に戻す音。

 千鶴はシャボン玉が眼前で割れたかのように目をしばたたかせる。

 とっさに袂を掴んでしまったが、いい理由が思いつかず、思ったことをそのまま口にする。

「貴方様が消えてしまいそうで」

 青年が千鶴の言葉に目を見張り、薄い唇から言葉を発そうとしたその時、
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