幸い(さきはひ)

白木 春織

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第一章

第四話

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 千鶴は台所に入ると、ねずみいらずの上の扉を開け、近所の骨董こっとう好きの老人から貰ったティーカップを二客にきゃく、奥から引き出す。

 そして、そのさらに奥から、こちらもいただきものの舶来品はくらいひんの紅茶缶を取り出した。

 竹の茶匙ちゃさじでカップ分の茶葉を急須きゅうすに入れ、熱いお湯を注ぐと同時に、用意していた砂時計を逆さまにする。

 砂が落ちきるのを見計らい、お湯で温めておいたティーカップに紅茶を注ぐ。

 いただきもののよい茶葉だけあり、注いだそばから、かぐわしい匂いが部屋いっぱいに拡がる。

 どこか果実のような爽やかさも混じる甘い香り。

 千鶴は紅茶のティーカップを中心に、小壺に入れた砂糖と醤油さしに入れた牛乳を盆に置くと、用意したそれを持ち、応接間へと向かった。

 扉を三回指で叩き、入室の許可を得て、洋室の応接間に入る。

 父と南山は向かい合って座っていた。

 千鶴は上座に座る南山の方から紅茶をそっとテーブルに置く。

 南山はそれににこりと微笑みながら礼を言う。

 父の方にも紅茶を置くが、こちらは表情も顔色もあまりよくない。

 それに千鶴は違和感を覚え、声をかけようとするが、南山から先に尋ねられた。

「君は、西野先生のお嬢さんでよかったかな」

「はい。千鶴と申します」

 千鶴が頭を下げると、南山はそうか、と頷きながら、

「利発そうなお嬢さんでうらやましいな。私には息子しかいないから」

 とまたしても千鶴に向かってにこやかに笑った。

 どこか人を安心させるような笑み。外見は怖いが、内面はとても穏和な人であるようだ。

 そんな少し失礼なことを考えながら、千鶴も笑顔を返していると、父がさえぎるように告げた。

「千鶴。お茶をありがとう。少し下がっていてくれるかい」

 いつもの穏やかな声音とは違う、硬質な有無を言わせない声に、千鶴が父の方を見ると、父は両手を膝の上で組み、考え込むような苦しい顔をしていた。

「はい」

 千鶴は父の様子が気になりながらも、その声に反論できず、言われるままに部屋を出た。
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