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第二章:帝王の玉座

25話:起動する破滅機構①

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「到着した、此処が要塞都市リッチドラ厶中央タワーの管制室か」
「ラスティ、デュナメス、警戒を忘れないで」
「了解……!」

 ――タワー上層、中央管制室。
 開いたセキュリティドアから三人は室内へと飛び込み、四方へと視線を飛ばす。タワーへと侵入し中央管制室へと足を進める中、妨害らしい妨害は決してなく、魔導ゴーレムを嗾けられる事も無かった。正直に云えば、拍子抜けしたと云っても良い。

 薄暗い管制室はモニタの薄ぼんやりとした光に照らされ、人の気配はない。警戒しながら部屋の中心へと歩みを進める。

「誰も居ない――?」
「モニタは点いているみたいだが……」

 エクシアが周囲を見渡すも、人影らしい人影は見当たらず、ラスティは張り巡らされたモニタとコンソールを見つめながら呟く。部屋の中は静寂が支配していた、聞こえるのは魔導具の稼働音と皆の呼吸音、衣擦れの音程度。まさか既に此処を離れて――そんな考えが過った瞬間、不意に声が響いた。

「――此処まで来てしまったのね、貴女達は」
「ッ……!」

 咄嗟に腕を声の聞こえた方へと向け、身構える一行。エクシアとデュナメスはラスティを背に、一歩前へと飛び出す。硬質的な靴音を鳴らし現れる人物――モニタの淡い光に照らされたネフェルト少佐は、暫し向けられる魔力を注視しながら無言で佇んでいた。

「シャルトルーズなら確かに、この先に居るわ」
「ネフェルト少佐……投降してほしい。そうすれば人道的な扱いを保証する。殺害はもちろん、尊厳や肉体の安全を守る」
「―――」

 抵抗しようと思えば出来る余地はあった――しかし、それがどれ程無意味な事であるかをネフェルト少佐は自覚している。故にその指先が魔導具に触れる事はなく、指先は力なく撓り、彼女は目を伏せ告げた。

「……いいえ、抵抗するつもりはないわ」

 ゆっくりと挙げられる両手。その姿にエクシアとデュナメスの面々は思わず目を見開き、身動ぎする。何かの策か、裏で何かを用意している? 様々な予想が脳裏を過るが、当の本人は淡々とした様子で言葉を続ける。

「ジャスティスが倒された時点で私が持っている手札は全て消えた――私の負けを、認めるわ」
「……ネフェルト少佐」

 世界封鎖機構の少佐自らの敗北宣言――彼女は手にしていたタブレットをコンソールの上に置き、小さく吐息を漏らす。

「本当に、貴女達は此処まで辿り着いてしまったのね、近い将来世界を脅かす事が確定している、あの子ひとりを救う為に……」

 その瞳には何か、云い表す事の出来ない感情が秘められている様に思えた。ラスティを見る視線が揺らぎ、噛み締める様に言葉を放つ。

「遮るもの、全てを薙ぎ払ってまで」
「打算がないわけではない。しかし本当に世界を滅ぼす力があるなら、味方にすれば頼もしいと思わないか? 他にも世界を滅ぼす遺物があるなら尚更、その力は研究して味方にしたほうが良い。味方は強く、多いほうが良いだろう?」

 ラスティの返答は静かで、まるで彼女の内面をそのまま吐き出したかのような色を伴っていた。踏み出した一歩が影を伸ばし、ネフェルト少佐とラスティのそれが交差する。ネフェルトと同じく、赤みがかった瞳が真っ直ぐ彼女を見上げていた。

「私は、ハイリスクハイリターンな選択を好む。世界を滅ぼす可能性があっても、私はそれが味方になる可能性を試してみたい」
「……そうね。一人の犠牲なんて認めない。滅びるなら全員で、生き残るのも全員で。そんな……リーダーには向かないまま貴女はここへ来た」

 その通りだ。ずっと、何度でも、彼はそう叫んで来た。ただそれだけの為に、ボロボロになって、傷だらけになって、この場所に立っている。
 その事実をネフェルト少佐は認めるしかない。

「良いのね、シャルトルーズが世界に終焉を齎すとしても、貴女達はこの選択を……」
「構わない。みんなで生きるか、みんなで死ぬかだ。勿論、貴方の考えは正しいと思う。数が多いほうが生き残るように動くのもアリだ」
「……私は、ただ」

 純粋にお互いの方針が対立して、戦力の差で負けた。だがそれはネフェルト少佐の意見が悪だというわけではない。
 ネフェルトは一瞬言葉を呑み込んだ。彼女は沈痛な面持ちで俯き、自身の両手を握り締める。


「ネフェルト少佐」
「……ラスティ・ヴェスパー」


 対峙する両名、彼が自身の名を呼ぶ。

 ネフェルト少佐は一瞬顔を上げ、それから再び視線を下げた。其処には強い罪悪感と後ろめたさが見え隠れしている。傷だらけの身体。彼女はラスティと真っ直ぐ向き合う事が出来なかった。
 ぽつりぽつりと、彼女の唇が言葉を紡ぐ。

「私の行いを独善であると、そう判断するかしら……いえ、そう思われても仕方のない事を、既に私は為してしまっている」


 何を今更、と。
 ネフェルト少佐は自身で口にしたそれに対し自嘲の色を浮かべた。
 根底にあったのは――悪意ではない。

 始まりは善意だった、彼女の持つ強い使命感がこの道を選択させた。自分が何とかしなければならない、自分が備えなければならない、世界封鎖機構の少佐として、一人の人間として、何も知らない無辜の人々を救う選択肢は限られているのだからと。

 ならば限られた手札で、最低限の犠牲で、限りなく――『最善』に近い未来を。

 けれどその未来はいつの間にか遥か遠く、要らぬ闘争まで生み出す始末。傷付けるつもりのない相手を傷付け、振り上げた拳は落とし所を失くし、寧ろ殴りつければ殴りつける程、自分が間違っているのではないかと疑心暗鬼になる。

 そんな物、この都市を作り上げる間、一度も感じた事は無かったというのに。

 ネフェルトは両手を握り締め、くしゃりと顔を歪めながら声を震わせ、云った。


「それでも、私は――私は、みんなを……世界を……っ!」

「――さっき、ネフェルト少佐は言ったな」


 彼女の言葉を遮り、ラスティは声を発した。口調は余りにも穏やかで、優し気でさえあった。
 ゆっくりと、ネフェルト少佐の顔が持ち上がる。
 モニタに照らされた、ラスティの傷だらけの顔が――けれど光を失わない瞳が、此方を見ていた。 

「ひとりだけを救う為に、此処まで来たのかって」
「……えぇ、確かに、そう云ったわ」
「それは、少し違う」

 ネフェルトの言葉に、ラスティは首を横に振った。慈善活動組織アーキバスメンバーは勿論、シャルトルーズを助ける為に此処へと来た。
 勿論、ラスティもその一人である。
 けれどラスティは、シャルトルーズ一人だけを救う為に此処へとやって来た訳じゃない。傷に塗れ、痛みに呻いて、耐え難き苦しみに耐え抜いたのは。
 云った筈だ。
 ラスティの瞳がより強い光を帯び、ネフェルト少佐へと語りかける。

「ネフェルト少佐、貴方とも私は手を取りたい」
「っ……!」

 そう、シャルトルーズ自身が犠牲になるべきではないと考えるように。
 ネフェルト少佐だって、犠牲になるべきじゃないのだ。ラスティが此処まで踏ん張り、歯を食い縛って、それでも尚突き進んだのは――助けたいと、そう願った相手の中には。

「私が助けたい人には、ネフェルト少佐――貴方だって入っている」

 ラスティは想う。
 意見の対立は決して悪ではない。
 その経験は、向き合ったという真実は糧となり未来を紡ぐ一助となるだろう。それがどんな道であれ、人間が自ら選び、望んだ道であるならばラスティは否定しない――どれだけ曲がった道でも、険しい道でも、或いは一本の真っ直ぐな道であっても。

 けれどそれが、本人の望まない、痛みと苦しみの果てに選んだ苦渋の道であるのならば、ラスティは否定を叫ぶだろう。仕方がないのだと、これしか道がないのだと、そうする事でしか進めないと呟くのならば、ラスティは全力でそれを止める。

 失敗した時、チャンスを失った時、道が閉ざされた時――選びたい道を目指せるように、再び立ち上がれるように、その手を取る事こそ慈善活動組織アーキバスの本懐。
 だから。

「話し合おうネフェルト少佐、私達には話さなくちゃいけない事が沢山ある、すれ違って、沢山傷付けあった、蟠りもあるだろう、それでも――」

 ラスティはゆっくりと手を差し伸べる、傷だらけの手をネフェルト少佐に向けて。

「私達は、人のために戦う者だ。だから同じ方向を見ることはできると、そう信じている」
「―――」

 ネフェルトは差し出された指先を見下ろし、沈黙した。それは余りにも大きく、傷に塗れた、大人の手だった。彼女が今まで見た事も、感じた事もない様な。優しくて、寛大で、暖かな。

「私と共に歩もう――ネフェルト少佐」

 ラスティの優し気な声が、ネフェルト少佐の鼓膜を叩いた。

 息が詰まる様な感覚があった。見上げた瞳に敵意は無い、いいや、彼はずっとそうだった。どれだけ此方が敵対の意思を見せても、傷付けても、ラスティはずっと、一度だって憎悪や害意を此方に向けた事はなかった。彼はずっと、ただ手を差し伸べていただけなのだ――それを一方的に跳ね退け、拳を握り締めたのは誰だったか。

「っ……!」

 彼女はラスティの手を取ろうと腕を伸ばし、それから触れ合う寸前で止めた。ネフェルト少佐はその手を取れずに居た。それは彼女を内側から苛む罪悪感によるものだ。

 思ってしまった――自分に、この手を取る資格があるのか、と。

 そんな想いがぐるぐると胸の内に渦巻く。暫し沈黙を守ったネフェルト少佐は、ゆっくりとその指先を握り締め。

 指一本分、ほんの微かに触れ合う程度に、ラスティの差し出した手に触れた。
 それが彼女の許せる――『自分自身を許せる』、明確なラインであった。


「……シャルトルーズは、この奥の中央隔離室に居るわ」
「……」
「セキュリティは解除してある、障害はない筈よ」
「ありがとう、ネフェルト少佐」


 俯いたまま力なく放たれたそれ、同時にネフェルトの背後にあった扉が開き内部を晒す。其処にはドーム状の室内と、中央に鎮座する寝台が遠目にも確認出来、薄暗い室内の中で中央の寝台だけが明るく照らされていた。


 ネフェルト少佐の脇を抜け、示された扉の先へと足を進める三人。彼女はそんな小さな背中を見送りながら、静かにラスティの指先を手放した。ラスティは微かな感触の残る掌を見下ろし、それから駆け出したエクシア達に視線を向ける。一歩踏み出し、すれ違いざま、ラスティはネフェルト少佐に呟いた。

「ネフェルト少佐、落ち着いたら一緒に話そう」
「………」
「今度こそ――穏やかな日常の中で」

 いつか部室棟の廊下で口にした言葉、もっと違う状況で――異なる場所で言葉を交わしたかった。彼女が口にしたそれはまだ、叶える事が出来る筈だ。


 声がした。ゆっくりと視線を向けた先に、C&Cのアスナとカリンが佇む。此処に辿り着くまでの激戦を感じさせる制服の汚れ、破損具合、どんな任務でさえ涼しい顔でこなし来てた彼女達には似合わない姿だった。

 そんな事を考えていた彼女の視界から、不

 隔離室へと踏み込んだエクシアは、床に伸びるケーブルの類を跨ぎながら中央の寝台へと駆け寄る。其処にはシャルトルーズが制服を身に着けたまま横たわっており、幾つもの見慣れない機器に繋がれ意識を失っていた。デュナメスは寝台に備え付けられていたライトを払い除ける様に退かし、シャルトルーズの頬に手を添える。

「生きてるな……ふぅ、これで一件落着」



 そうとも――これで、舞台は整った。



『ダイモスコード発令。排除……排除……排除……排除』

「ッ!?」
「な、なに、何なの!?」
「これは――」

 彼女達が寝台に横たわるシャルトルーズへと声を掛けた瞬間、一斉に管制室の電源が落ちた。暗がりへと引き込まれる一行、同時に点滅するモニタがノイズを発し、青白い光を放っていたソレが紫へと変色する。明らかな異常事態、何かが起きようとしている。

『こちら諜報防諜部門。現在、要塞都市リッチドラ厶の内部ネットワークに大規模な汚染が発生しています!』

 隔離室への歩みを止めて、ネフェルト少佐に問いかける。

「ネフェルト少佐、これは!?」
「待って頂戴、今解析を――っ!?」

 ネフェルトが叫ぶよりも早く、彼女はコンソールへと飛びつき素早く状況の確認を行った。ノイズ混じりのモニタに表示される映像、接続状況、要塞都市リッチドラム全体のステータスチェック――しかし、表示されたそれらは次々と赤く染まり、中央管制室からの操作を受け付けなくなる。ネフェルト少佐の指先がより一層激しくコンソールを叩き、流れる文字列を忙しなく見つめる。

「要塞都市リッチドラム全体のシステムがクラックされている……!? いえ、違う、これはそんな生易しいものじゃない。世界の基準数値が変動している……現実改変能力による攻撃!? 世界が理不尽に書き換えられて――!?」
「一体何が起こっているんだ、少佐!?」

 デュナメスの叫びに、ネフェルト少佐も首をふる。

「分からない、ただ都市全体が何か、理解出来ない何かに変質しようとしている……!」
「変質――!?」


 ネフェルト少佐自身も何が起こっているのか、それを把握出来た訳ではない。ただ、リッチドラムという都市が別の存在、概念に塗り替わろうとしている事だけは辛うじて理解出来た。基幹システムが一秒前に書き換わっているのだ、これを変質と呼ばず何と云うか。先程まで要塞都市を構成していたあらゆる要素が、書き換わっていく。
 大気、建物の材質、制御システム、配備された魔導ゴーレム……それらが別の概念の何かへ変化していく。

「……離脱するわ!!」
「了解、ケーブルを外して脱出を……!」

 要塞都市リッチドラムに何かが起ころうとしている、それを察知したエクシアは周囲を見渡し、デュナメスは寝台に横たわったシャルトルーズ――その背中に接続されたケーブルを纏めて引き抜こうと手を伸ばした。

「その行為は推奨しません」

 しかし、その腕を掴む存在が居た。
 シャルトルーズだ、彼女は唐突に目を見開くと、ゆっくりと上体を起こしながら声を発した。

「現在、個体名シャルトルーズはダイモス細胞を使用した魔力汚染攻撃を受けています。そのため要塞都市リッチドラムと融合している状態です。強制的なケーブルの着脱はシャルトルーズの性能に深刻なダメージを与える可能性があります」

 彼女は何の反応も示さない、普段は空の様に澄んだ色の彼女の瞳は――深紅の様に鮮烈で、暗闇の中で輝いていた。

 シャルトルーズに腕を掴まれていたエクシアが咄嗟に手を払う、そして数歩後退る。

「……シャルトルーズ……私に名前など不要です」

 目覚めたシャルトルーズは自身を見つめる複数の瞳に視線を返しながら、ゆっくりと自身の首元を撫でつける。その動作は余りにも大人びており、同時に自身の掌を見つめる彼女はハッキリとした口調で断じた。

「名前は存在の目的と本質を乱します。私はただそこにあれば良い」

 それ以上でも以下でもない――それ以外の名前、目的、意義、一切不要。

 彼女の語る口調からはそんな色が透けて見えた。暗闇で光る瞳を閉じた彼女は、ゆっくりと掌を握り締める。それは何かを、目に見えない月光を浴びる様な動作にも見えた。

「少々、本来の起動シークエンスとは違うようですが、ただ今よりエラーの修正作業に入ります。これより世界を破壊します」
「世界の破壊……ね」
「接続された利用可能リソース確保の為、全体検索を実行、検索領域拡大、リソース確保魔力汚染攻撃の逆侵攻、変質した世界の掌握を確認」

 ネフェルト少佐が何かを感じ取り、思わず口を開く。シャルトルーズは虚空に手を彷徨わせ、告げた。


「――現時刻を以て、『不死の守護者』を召喚して世界の破滅を実行します」

 瞬間、中央管制室に鳴り響く大音量のアラート、エマージェンシーコール。紫に染まったモニタに表示される警告表示は一瞬にしてシャルトルーズへと塗り替わる。全員の臓物が浮き上がる様な衝撃、振動、不快な警告音は否が応でも全員の危機感を煽り、皆の視線が不安げに周囲を漂う。

「外なる神、腐敗と暗黒の落とし子、啓蒙の狂い、死を知らぬ眷属よ。百の赤子を捧げて来たれ」

 ゆらり、と青い色の人型の化物が召喚される。

「侵入せよ、侵入せよ、世界の扉を開き、ここに供物を得るために召喚する。召喚者の目的を果たして、誓約の証を持ち帰れ。不死の守護者達よ。殺せ、殺せ、全てを殺せ」


 アラートが鳴り響く、中央管制室に轟く警告音は鳴り止まない。ネフェルト少佐は鬼気迫る表情でコンソールを叩きながら、周辺にホログラムモニタを幾つも出現させては消失させていく。其処に映るのは要塞都市リッチドラム内部に出現する、無数の『不死の守護者』の姿――彼らは何もない空間から唐突に、まるで空間を塗り替える様にして次々と数を増やしていた。

「要塞都市リッチドラム各地で守護者の出現……! 防衛設備の稼働、いえ中央システムが稼働していない状況でそれは、魔導ゴーレムや、魔導士の手持ちを全部吐き出しても……!」

 状況を確認すればする程、彼女の顔色は悪化していく。咄嗟に防衛設備による迎撃を行おうとするが、そもそも要塞都市リッチドラム全体の制御権が失われている為不可能。ならば魔導ゴーレムや魔導士を用いた迎撃になるが、残っているそれらを全て稼働させても防衛出来るかどうか。

 演算するまでもない、不可能だ――彼女の優秀な頭脳の中で、既に結果は出ていた。

 ならば、ならばどうする? どうすれば良い? 考えれば考える程、絶望的な状況が浮き彫りになっていく。

「いえ、そんな筈、私の計算は……でもっ、現実に――!」
「大丈夫」

 ラスティの手が、ネフェルトの肩を強く掴んだ。びくりと、その感触に身を跳ねさせた彼女は蒼褪めた表情のまま振り返る。先生の瞳は、酷く真剣な色で彼女を捉えていた。見つめられたネフェルト少佐の瞳は揺れ、動揺が滲む。


「ら、ラスティさ、ん、私は――」
「――要塞都市リッチドラムが、機能を奪われたと思って良いね?」

 返答は、ぎこちない頷きであった。
 コンソールに添えた指先を震わせ、強く握り締めた彼女は警告表示の消えぬモニタを凝視しながら呟く。


「……私は世界に来る終焉に備える為、世界封鎖機構が動員出来る技術、力、エネルギー、それらを支える資源を集約し、この要塞都市リッチドラムが建設されたわ」


 けれど――たった今、それが仇となった。

 目の前のモニタに映る現状全てが物語っている。ネフェルト少佐があらゆる手を尽くし集約した資源、技術、エネルギー、何もかもが裏返っていく。自身の身を守る筈であったそれらが、現在進行形で敵の手に落ち、利用されていた。

「ラスティさん、世界の崩壊の原因はこの要塞都市リッチドラムだった。世界封鎖機構に管理を任された私の不手際で」
「……」
「私が、私の能力不足が、予想されていた終焉を招いてしまった……!」

 叫び、彼女はコンソールに両腕を叩きつける。衝撃が走り、デスクが大きく揺れた。表示されるホログラムモニタにノイズが走る。世界封鎖機構はこうならない為に要塞都市リッチドラムを建設し、ネフェルト少佐を用意した筈だった。しかし、それらは全て空回りし、あろう事か敵の全力を生み出すリソースに変換される始末。

 終焉に備えたのではない、これでは――自身が終焉を呼び込んだ様なものではないか。

「ッ……!」

 ネフェルト少佐は歯を食い縛る。

 悩んでいる時間は無かった。彼女は魔力の剣を抜き放つと、しっかりと形成できているか確認する。これを扱う事など久しくなかったが、しかし世界封鎖機構の少佐としてたゆまぬ努力は続けていた。
 魔力制御は揺るぎなく、ネフェルト少佐に力を与えていた。

 
「ネフェルト少佐、少し待ってほしい」
「このまま要塞都市リッチドラムのリソースを奪われてしまえば、世界は決して避けられない終焉を迎えるわ! 今、この場で決断を下さなければならない……!」


 そう、このままでは――世界が滅びてしまう。

 これを避ける為に取るべき行動は明白だ。ネフェルト少佐は断言する。不死の守護者が多数召喚されるような状態は絶対に阻止しなければならない、そしてその為に必要な選択肢は、既に彼女の中に存在していた。


「貴女は離脱して!」

「――!」

 魔力の剣を片手にコンソールを操作する彼女は叫ぶ。ややあって中央管制室脇の自動ドアが開き、狭い階段が顔を覗かせた。緊急避難用の脱出口、彼女はその入り口を指差しながらラスティ、エクシア、デュナメスに告げる。


「タワー最上階に脱出艇を用意してあるわ、操縦は自動化されているからミッドガル中央区まで素早く戻れる筈よ……! 仲間達を連れて要塞都市を離れて!」
「……素早い行動は流石だが、少し落ち着くべきだ」
「この都市は既に変貌し始めている、数分の内に要塞都市リッチドラムは不死の守護者を召喚する儀式場という新しい概念に歪曲され、支配されるでしょう、そうなればこの世界は――」


 言葉を切り、ネフェルト少佐は強張った表情で唇を噛む。握り締めた剣のグリップが軋み、その小さな肩は震えていた。

「私の責任よ。世界封鎖機構はこれを見越して建造し、備えていた。少佐という立場と権限を与えられながら私が――私自身の選択がこの結末を招いた」

 それは誰にも否定出来ない真実だ、自身の行動の結果によって最悪の結末を世界は辿ろうとしている。少なくともネフェルト少佐はそう信じている。
 だが、それならば。

 

「――私ひとりで、要塞都市リッチドラム全体のシステムを停止させる。この要塞都市を消滅させる」


 ――自ら招いた結末の責任は、自分で負う。
 現状自身が取れる手段は一つ、システム全体がシャルトルーズに支配され、不死の守護者を生み出す儀式場になる前に破壊すること。

 最早上書きは不可能、少なくとも現在のネフェルト少佐単独でどうなるものではない。もっと世界封鎖機構の技術者や人員がいれば――其処まで考え、ネフェルトは首を振る。

 それは無いものねだりに過ぎない、現実は自身一人で為すべき範囲に限られる。だから彼女は唇を噛み締め、顔を上げる。

 

「ネフェルト少佐」
「ラスティさん」

 自身をじっと見つめるラスティに対し、ネフェルトは強い口調で以て断言した。

 

「私の命ひとつで世界の終焉を防げるのなら、そうするわ――そうしなければならない」

 

 そう、これは単純なお話。
 シャルトルーズあの子を犠牲にして、自身は世界の数多の命を救おうとした。

 そして今、自身を犠牲にすれば、世界の終焉を阻止する事が出来る。

 前者を行おうとした人物が、後者を躊躇うのであればそれは道理に合わない。一つの命で大勢を救う事が出来るのであれば、それは最も犠牲の少ない、合理的な判断である。

 それが他者の命であれ――自身の命であれ。

 以前自分は、そう断じた筈だ。

 

「ごめんなさいラスティさん、本当に……貴方には沢山謝罪しなければならない事がある、あれだけの事をした上で、こんな結末になるなんて」

 

 悔いが残る。

 強い後悔だ。

 まるで全てを否定されたかのような痛みと苦しみ、沸々と湧き上がる自身の想定、その甘さに腹が立つ。

 今度こそ、こんな場所ではない何処かで、穏やかな日々の中で言葉を交わす機会を得たと云うのに。だが今それを吐き出す余裕も、時間もない。故に彼女は最後にラスティへと向かって叫ぶ。

 せめての贖罪の為に。

「だから逃げて。貴方の仲間を連れて……ッ!」

 ネフェルト少佐の手が、今度こそラスティの手を掴む。
 ラスティの瞳の中に、必死に懇願するネフェルト少佐の姿が映った。

「これが今取れる最善の、最も合理的な犠牲の少ない選択よ――!」
「全体的に話を聞かないし、自分の主張が正しいと信じる癖があるようだ。それを悪いとは言わないが……まずは少し私の話を聞いてほしい。大丈夫。貴女が犠牲にならなくても、全て丸く収まる方法が、私にはある」

 
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