凪ぐ

Ariadone

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枯れた海の葦がざわめく。10月。つい昨日まで避暑で賑わっていた海辺に、女の鳴き声のような、孤独な潮騒が響く。海風が強く頬を嬲る。ジェシー。どうして一人で行くの?一人で寂しくない?ヤルミラはいつもそうだ。ジェシー、寂しくない?でも、ヤルミラ、いつも寂しいのはあなただろう?

でも、本当にヤルミラを愛していたのはダンの方かもしれない。イギリスに、そして、アメリカに移住して何年も経っているというのに、ヤルミラの英語は絶望的だった。彼女は常にスロバキア人を回りに置いていた。そしてスロバキア語でくるくると楽しそうに話した。ダンは小さい頃から、スロバキア語の模倣が上手で、今では流暢に喋れるようになっている。ヤルミラとはいつもスロバキア語で話す。書くのはダメだよ、と言いつつも。末っ子の方が母親によく懐くのだろう。

高校の時、好きな男がいた。そいつには随分と辱められた。なんなの?あいつ?なんでいんの?お前ドラッグやんねーじゃん。そうよく言われた。クリス・ポーリン。真っ青な目。そして、陽に透ける金髪を風に靡かす、典型的なワスプのクソ野郎だった。だが、あいつはサッカーチームのフォワードで、スタメンで、いつもコンスタントに点を取っていて、どんなに俺様でも、誰も文句が言えなかった。そして、寮監ハウスマスターを出し抜く天才だった。奴の部屋はいつも苦くて重い匂いで充満していて、そうでない時は決まってヘビー・ドラッグをやっていた。奴の回りはいつもそういう奴らで埋まっていた。俺はいつも蚊帳の外だった。

なんでいんの?

俺だけが異質だった。ルームメートがサッカーチームに所属していたので、いつも奴について回った。ルームメイトの先にクリスがいた。酒か、ドラッグに溺れて。

お前ら、俺んちくる?ニューヨークの奴のアパートに誘われた。4-5日、奴の親のアッパーイーストサイドのペントハウスに滞在している間、やったのはポットマリファナだけだった。夕方起きて、街へ出て、クリスとイーストハーレムの食材屋グロッサリーショップを幾つか回る。ポットを手に入れて帰る。そして一晩中吸った。お前、ポットは吸うのな。クリスが言った。そして、俺のニューヨーク初体験はあっという間に不毛に終わった。

クリスと何かあることを期待していたわけではない。呼ばれたのは俺の他にも
も何人かいた。いったい何部屋あるのかわからない、どでかいアパートだった。言われるがままに、適当に空いている部屋で寝た。夕飯はクリスの母親がいかにも高級そうな肉を焼いてくれた。

ポーリン?ポーリンと言えば、Fourtune100に乗ってた起業家だよ。ファイナンスだけでなくハイテック分野に出資してるとか。すごいな。そんな大実業家の息子と同級生なんだ。

全く、この義父は人がいい。アイリッシュ系の赤ら顔の中年男は、正直な感想を、恥ずかしげもなく義理の息子に語った。ああ、だが、この正直さに何度救われたことだろう。最初、ロンドンでモデルをしていたヤルミラが、どうしてこんな冴えないアメリカ人と結婚したのかわからなかった。けれど、この男が義理の父親になって、ジェシーの生活は一変した。まず、いい学校に行くことができた。この男、ジム・サリバンは頭が良かった。90年代のロンドンの不動産バブルで一儲けをし、それが落ち着くと香港に移った。まだ、中国経済が上昇する前だった。俺ははそこで、運転手付き、女性家庭教師ガバネス付きの生活を何年か味わった。いわゆるイギリス式アッパークラスの生活っていうやつだ。人は面白いほど変わる。つい何年か前までゴミ溜めみたいなサウス・ロンドンのアパートで移民のガキどもとジャマイカ訛りの英語で怒鳴り合っていたクソが、流暢なキングスイングリッシュを身につけ、午後はヤルミラの「お友達」達とアフタヌーン・ティーを頂くおぼっちゃまに変身した。

金と仕事の為ならあらゆる男と寝まくっていたヤルミラに、どうしてジムが肩入れしたのか今でも謎だ。だが、今思えばそれはヤルミラに訪れた、心機一転、一生に一度のチャンスだった。この赤ら顔で太ったアイリッシュ移民がくたびれているとはいえ、すらりとスタイルが良く、それでもまだ美しかったヤルミラと並んだところは陳腐で、すでに喜劇を通り越して、悲劇だった。だが、ヤルミラは弱く、そしてジムの金に完全に溺れていた。ジムは使い捨てられた二人の子持ちで、東欧からの移民のこの女に、嫌というほど金を注ぎ込んだ。思えばジムもこれほどの金を手にしたのは、初めてだったからだろう。いずれにせよ、ジムはモデルの女を手に入れたというわけだ。それが二流どころか三流、いやゲスだったかもしれない。仕事のために寝ないと食っていけないような「モデル」だったわけだから。

香港は新天地だった。ここにはヤルミラがどんなモデルだったか知っている人間はいない。モデルと言えば全員、十把一絡げでセレブリティーだった。ヤルミラは金のお陰で従来の生気を取り戻し、化粧とドレスに凝り、香港のアッパークラスソサイエティーに馴染んでいった。ただ、本物モノホンのワスプや貴族様には、俺たちが成金だという事が透けて見えていた。俺たちは、常に、いろいろな局面で、「そうじゃない人間」だという事を嫌というほど思い知らされた。まず、サリバン、という苗字がまずかった。サリバンは典型的なアイリッシュの名前だ。もちろん今更変えるなどという、陳腐極まりないことは出来ない。そして、ヤルミラのスロバキア訛りの英語。絶望的だった。彼女の英語が陰で物笑いの種となっていた事を、彼女も気がついていたはずである。つまるところ、結局はワスプの中に入っていく事は不可能だった。だが、人間というのは愚かな生き物で、無理とわかればわかるほど、欲しくなるものなのだ。東欧からの貧しい移民、ヤルミラ。アイリッシュ移民のアメリカ人、ジム。ゲットーで育った俺。物心ついた頃は香港にいて、それから何不自由ない暮らしで育った弟のダン。そして香港で生まれ、生まれながらのお姫様として育った、異父妹ハーフシスターのエミリー。みんなバラバラだった。なんの繋がりもない俺たち家族を結び付けたのは、多分、成金として常に蔑まれる、苦痕だったのかもしれない。

今日はいい魚入ってるよ。また、ジャパニーズ・レストランだ。最近開店した店で何かと話題になっているらしい。ヤルミラのおしゃれなもの好きは今に始まったことじゃない。それは、もう、自分が自分でいるための証だ。貧しい東欧からの移民。自分の体一つでここまで這い上がった。社会的ステイタスでは敵わない。だが、自分にはファッションモデルだったというキャリアがある。それをちらつかせればが、物事を少しでも有利に運ぶことができる。そしてヤルミラは、それを躊躇なく使った。もうこれは動物の、生き抜くための本能だと言ってもいい。

そのレストランは地元でも有名で、政治家や官僚、裕福なビジネスマンで賑わっていた。寿司を握るのは全員が日本人。ネタも、ローカルから空輸と、通常では味わえない珍しいものが毎日入ってくる。ジェシーは、メニューと、ガラス容器の中の魚と、寿司職人たちのキビキビした動きを交互に眺めた。ふと、寿司カウンターの中で寿司を握っている、真っ黒な髪の少年が目に留まった。小柄で、初々しく、くるくるとよく働く。下手をすると少年法に引っかかるのでは?という外見で、否が応でも目立つ。隣で寿司メニューを眺めているはずのヤルミラもそう思ったらしい。今思えば、彼と初めて話すきっかけを作ったのはヤルミラだ。ヤルミラは普通のアメリカ人だったら恥ずかしくて言えないような事を、平気で言ってのける。

ねえ、ぼく?いくつ?ここで何してるの?働いているの?

ヤルミラの質問は失礼極まりなく、隣に座っていたジェシーはギョッとした。

少年の名前は優斗と言った。17歳。日本から来たという。どうやら必死で「僕は不法移民じゃない。」と言っているらしい。英語ができなくって。と言って顔を赤らめ俯いた。その仕草が初々しい。いいよ、言ってることわかるから。そう言うと、ますます赤くなってそっぽを向いた。やれやれ、こんなに純情で、客商売をしながらここで生きていけるのかしら?酒の種類を聞くと、辿々しい英語で、懇切丁寧に教えてくれた。どうやら、生産地について、長々と説明しているらしい。その必死の様子が微笑ましく、ジェシーから自然に微笑みが漏れた。

夏の、アイスクリーム屋の前の長い行列は、ケープコッドの季節行事の一つだ。まだ未成年のエミリーは、よくジェシーにアイスクリームを強請ねだった。この暑いのに、行列するのはうんざりだが、まだ自動車くるまの運転免許を持っていないエミリーには足が必要だった。それに、早く食ってヨットクラブに行きたい。ヨットクラブはサリバン一家がここに家を買ってからジェシーのお気に入りの場所だった。ほとんどのメンバーが男で、煩わしい女たちに会わなくて済む。曲がりくねったローカルロードを走っていると、道端をトボトボと歩いている優斗を見かけた。小柄で真っ黒い髪の東洋人は、ここではとても目立った。しかも徒歩だ。車を停めて、どこに行くのかというと、スーパーマーケットに買い物に行くという。かわいそうになって、アイスクリームに付き合ってくれるなら、グロッサリーショッピングに付き合うよと言った。優斗は、「信じられない」という顔をしていたが、エミリーが無邪気に誘うので、恥ずかしそう頷いた。以前のヤルミラの失礼をアイスクリームで相殺したかった。

スーパーでの買い物の後、優斗を送り届けてから、エミリーがゲラゲラ笑いながら言った。優斗がエミリーのSNSを聞いたというのだ。エミリーが、私、まだ、小学生だから、SNSは親に管理されているというと、目を丸くして驚き、ごめんなさい!と何度も謝ったと言うのだ。エミリーは6年生で、11歳。親に似て背が高く、早熟な方だ。体は、まだ完全に女ではなかった、が、その萌芽が胸や足腰に見られ、東洋人の優斗にはもっと年上に見えたのだろう。アメリカにまだ馴染んでいない優斗が、かわいそうで、ジェシーは笑う事ができなかった。

ジェシーは多感な時の数年を香港で過ごした。だから東洋人の身体的特徴を熟知していた。初めての彼女も東洋人だった。その点、東洋を知らないエミリーは、ジェシーと違って残酷になれるのかもしれなかった。

ジェシーの心に香港の思い出がゆっくりと、でも鮮やかに蘇る。初めて香港で経験した数々の驚き。茹だるような暑い夏。美味しかったアイスクリーム。初めて、ジェラート店に連れて行ってもらって食べた、甘く酸っぱい冷菓。

優斗は何度もありがとう、と言ってアパートに入っていった。ジェシーがSNSを聞くと、かなり迷った末に教えてくれた。なんという違い!俺よりエミリーの方が好きなのか?優斗は人を見る目がないな、と思った。自分の妹とはいえ、こんなにわがまま放題に育った女と、どうこうなりたいなんて正気とは思えなかった。だいたいエミリーが俺にありがとう、などど言った事があったか?

、、、ジェシーの心の中に、優斗が何度もありがとう、と言う声が響いた。あんなに必死にありがとう、を繰り返さなくてもいいのに。

あいつ、これから大丈夫なのか?自動車くるまもなくて。どうやってスーパーに買い物に行くんだ?一体、毎日何を食っているんだ?ジェシーの脳裏にそんな疑問が次々に湧いた。

ヤルミラの非礼を謝れなかった。次回会う時にでも謝ろう。どうせ、ヤルミラは、また、あの、ジャパニーズ・レストランに行くのだろうから。

香港で食べたジェラートと、その時付き合っていた東洋人の彼女の夢を見た。彼女の顔はなぜか優斗に似ていた。ジェラートの甘酸っぱい味が脳裏いっぱいに広がった。もう、ジェラートの味なんて覚えていないのに。彼女の顔も、名前さえも覚えていないのに。

変なお兄ちゃん。

エミリーはおかしなコメントを付け加えた。お兄ちゃんはいつもヨットクラブに行くのを楽しみにしているのに。それがどうよ。あのキュートな東洋人の男の子のグロッサリーなんて手伝っちゃって。アイスクリームに連れて行ってって頼んでも、散々お願いしなくっちゃ聞いてくれないのに。東洋人の子と食べかけのアイスクリームを交換した時はちょっと妬いたな。どんなに頼んでも、お兄ちゃんは食べかけのアイスを、私に舐めさせてくれた事がないのに。どうして、あの子に自分のアイスクリームをあげて、それで、あの子の食べかけのアイスクリームを美味しそうに舐めるわけ?訳わかんない!

優斗が舐めたアイスクリームを舐めながら、ジェシーは無意識に優斗の舌を感じていた。ミルク色のアイスクリームに優斗の白い肌が重なった。

夏はあっという間に過ぎ、ジェシーはシカゴ大学に帰った。優斗には何回か買い出しの手伝いをする旨をSNSで送ったが、大丈夫だと言う返事が返って来ただけだった。

その年の10月、ケープコッドの家に修理が必要になり、誰かが1-2週間滞在しなければならなくなった。ちょうどクラスが忙しい時で、かなり無理だったが、なんとか教授に許可をもらい、ケープコッドに帰る事にした。ケープは暖かかった。南の空に飛んでゆく雁の影が、ぼんやりとした秋空に吸い込まれ、海鳴りは緩く低く響いて、蕭々と胸を打った。寿司が好きなわけではない。が、行くレストランは決まっていた。優斗はいるだろうか?まだ、ヤルミラの非礼を謝っていない。

レストランではよく食べ、酷く飲んだ。美味かった。観光シーズンの終わったレストランは人影も疎で、優斗はほとんどジェシーに張り付いて、寿司を握ってくれた。アメリカの生活にもだんだん慣れてきたようで、優斗は色々な事を話してくれた。仕事の事。日本の事。家族の事。正月には日本に帰る事。アメリカで驚いた事。楽しかった事。まだどこにもいけなくて。あ、でもボストンには行ったよ。楽しかった。クラムチャウダー食べたよ。美味しかった。ウェステンホテルのが有名なんだよ。食べてことある?美味しいよ。

ボストンには香港から帰ってきて2-3年住んでいた。懐かしいが、ケープの方がいいな。ヨットに乗れるし。そういうと優斗は興味を示したようだ。ヨットはいいね!ヨットがあれば海に釣りに乗り出せる。へー、釣りが好きなの?好き。趣味。アメリカで釣りをするのが楽しみだったんだけど、まだ、沿岸で海釣りしか出来なくて。そのうち、ボートで行ける釣りツアーを探すよ。

そう。じゃ、俺のヨット乗る?
え?ヨット、って、、、。まさか、ヨット持ってるの?いいや。持ってない。オーナーは親父。親父は今いない。すごい、、、、。いいの?いいよ。俺一人で、操るから遠くへ行けないけど。天気のいい日がいいな。天気が悪いと一人で操作するのが難しい。

本当に?いいの?すごく嬉しい。あ、釣り竿持ってる?良かったら、僕の貸すよ。日本から持って来たんだ。

ジェシーは優斗のあどけなさにくすりと笑った。

なんか、俺、変?
なんで
だってジェシーさん、笑ってるよ、俺の事。
違うよ。優斗のことじゃなくて、、、、えっと、エミリーの事を思い出した。

エミリーの名前を出した途端、優斗の顔は真っ赤になり、それが可愛くて、また、明日も来るから、と言って、ジェシーは席を立った。

ケープコッドはおかしな土地だった。夏の観光地で避暑地。ここには夏だけの世界と、夏以外の世界が混在していた。サリバン一家も夏以外は、ほとんどここに住まなかった。俺たちは夏だけの家族なのかもしれない。ジェシーはそう思った。父親はニューヨークだし、ヤルミラはフロリダ。エミリーはニュージャージーで、俺とダンはシカゴのシカゴ大学。夏の家族ごっこが本当なのか、みんなバラバラなのが本当なのかわからなくなる。その「ごっこ」も、このケープの家がなくなれば終わるだろう。俺は何を繋ぎ止めようとしているのだろう?本当の自分というのは一体、何者なんだろう?サウス・ロンドンで、ジャマイカンのギャングと喧嘩していた俺か?香港で、香港の上流階級として過ごしていた俺か?アメリカのプレップスクールでワスプの真似事をしながら、ワスプのクリスに恋をしていたと、勘違いしていた俺か?アメリカ中西部で、アメリカ保守派の法律を学んでいる俺か?

秋はいい。夏が終わって、ケープに残る人間はここで生きている、地に足がついている人間たちばかりだ。フィッシャーマンや、船大工や、その家族たち。こういった人間と交わっていると心が落ち着く。ジェシーはいつもそう思っていた。そのくせ、シカゴ大学に受かると、さっさと引っ越していった。好きなヨットを残して。実際、ジェシーは夏だけ滞在する夏季滞在者バケーショナーだった。でも、ジェシー、バケーションはいつか終わるもの。バケーションが終わったら、あなたは何処へ帰るの?、、、あなたに帰るところはあるの?そんな声が、ジェシーの頭の中で響いた。女の声だった。ヤルミラの声に似ていた。

その頃、付き合っていた女は、法学部で出会った、中西部出身の大規模農家の娘だ。100年ほど前に北欧からアメリカに移住した移民の末裔だった。彼女は農業を継ぐつもりはなかったが、なんらかの形でファミリー・ビジネスに貢献したいと考えていた。このまま、法学部を卒業して法律家になるのも、貢献する一つの方法だろう。

俺は?俺は弁護士にも法律にも興味はない。義父の事業を助けられるからとヤルミラがそう望んだ。だから法学部に入学はいった。ヤルミラも義父も、今の俺の彼女が好きだ。ウォルマートにも出荷するほどの、大規模農家は広大な土地を所有していた。両人とも土地が大好きだからな。ジェシーは皮肉な笑いを浮かべた。俺にはヤルミラを不幸のどん底に落とした、とんでもない男の血が流れている。だから、ヤルミラの幸せそうな顔が見たい。ヤルミラの微笑みはジェシーの罪の意識を軽減した。俺は女には興味がないが、嫌いというわけでもない。男が好きでもカミングアウトするとか彼氏を作るとか、そういう気は全くない。今の生活を壊す危険を冒す過ちは犯さない。この生活は俺が、ヤルミラが、生涯をかけて築いたものだから。俺が守る。ヤルミラは俺が守る。

父親という存在は、ジェシーに物心がついた頃には、すでに欠けていた。だから、俺がヤルミラを守る。ジェシーはそう思って生きてきた。実際、ジェシーはヤルミラの男だった。彼女がジムと一緒になるまで、ずっとヤルミラはジェシーを頼った。小学生のジェシーを。だが、とジェシーは思った。ジェシーの脳裏には小さな、しかしはっきりとした疑惑が、ずっと昔から巣くっていた。本当にジムはヤルミラの男なんだろうか?ジムはヤルミラを満たしているのだろうか?それは、決して声に出してはならない、疑惑だった。

初めて優斗と結ばれた時、心にぽっかり開いていた穴に、なま温かい体液のようなものが流れ込んできて、今まで、欠落していたものがゆっくりと満たされていく気がした。繰り返し、ヨットの丸い窓にやんわりと打ち付ける波を見詰めていると、それがこのキャビンに溢れ、このまま二人をその腕で包み込んでしまうような、そんな錯覚に陥った。ゆっくりと左右に揺れるヨットの簡易ベッドの上の、優斗の周期的な呼吸と、それに合わせたほんの少しの胸の盛り上がりの律動が、ジェシーには、終わりのない 事象フェノミノンのように感じられた。と、同時にジェシーの内臓の器官が末端まで伸び、そして、指の先々から外へと広がり、そして、その器官が液体を媒体に伸びて、優斗の器官へと繋がって行くような、そんな感覚を、ジェシーはかすかなくすぐったさと共に楽しんだ。もし永遠というものがあるなら、あの一瞬が永遠なのではないか、と思う。永遠は時間という物差しで測れるものではないので、ジェシーにとって、優斗を抱きしめた一瞬は、時間という枠の中では一瞬であったにしろ、彼の体の器官の感覚では終わりのない事象で、優斗と繋がり、体液を通してまたジェシーの中に帰って来る、循環という繰り返しの永遠だった。

その日はよく晴れて、もう10月だというのに気温が70度まで上がっていた。温暖化で、困るよね。魚の生態系が変わっちゃって。優斗が珍しく愚痴をこぼした。温暖化なの?優斗の腕が悪いから?そうからかうと、優斗は真っ赤になって怒った。ひどい、ジェシーは釣りの経験がないって言いながら、どうしてこんなに釣れるの?そりゃあ、ヨットに乗りながら、釣り糸を垂れていたから。ここいらへんは俺が高校の時からずっとヨットで回っている場所で、どこで何が釣れるか、よくわかるから。そうなんだ。安心した。俺の腕が鈍っちゃったと思ったよ。鱚、ハゼ魚、シーバス。ある程度釣れて、優斗が満足したところで、昼食の準備にかかった。優斗は自分のマイ・ナイフを持ってきて、驚くほどの精密さで魚を捌いていく。あ、ごめん、こういうの嫌いだよね。優斗は俺に気を使いながら、魚の内臓をさっと海に捨てた。すぐ終わるから。俺は醤油とワサビで食べるけど、ジェシーはどうする?柑橘系のソースにタイのシラッチャソースを垂らして、オニオンとかと混ぜたのがいい?それともトマト系のマリナーラソースにする?へー、色々あるんだね。なんでもいいよ、じゃ、俺が最近試してうまかった、アボガドとコリアンダーのソースにする?フィグビネガーで味を整えて。ちょっと甘めだよ。好きだといいけど。魚は、刺身と、マリネ。シーバスは軽く焼く。美味しそう。ヨットのデッキにずらりと並んだ魚料理と、色とりどりのソースにジェシーは舌を巻いた。すごい、というと、俺、プロなんだけどなあ。もっと信用してよ、と、優斗は口を尖らせた。実際、人に料理を作ってもらう事は久しぶりだった。ジェシーは料理をする女を見たことがなかった。ヤルミラは料理をするが、料理らしい料理はできない。ジェシーの女たちはジェシーが料理をすることを望んだので、結果、大抵は外で食べることになった。

料理ができるパートナーっていいな。そう呟いて、ジェシーはハッとした。優斗が変な目でこちらを見ていた。こいつ、俺の英語わかったのかな。まさかね。と不安を頭の隅にねじ込んだ。

午後はヨットをマーシャズビニヤードの近くまで移動させて、岩陰に錨を下ろし、二人で泳いだ。波が低く、優斗は、少々冷たい水温に「冷たい」と悲鳴を上げていたが、だんだん慣れて、シュノーケリングが楽しい様だった。ただ、築いた時には優斗の体が思った以上に冷えてしまい、唇が濃い青色にまで変色していた。まずいと思い。家のドックにヨットを停泊させた後、彼をジャクジーに無理矢理放り込んだ。けれども彼の体はなかなか温まらず、最後はマッサージでもしようかと思うくらい、心配になった。東洋人の体温が、自分より低い事を忘れていた。東洋人の恋人たちは俺の体が熱いって、うざがったっけ。ジェシーは昔の事を思い出して、苦笑いをした。

ジャクジーに、ブランディーに蜂蜜を入れたカクテルを持って行って、優斗に渡した。美味しいと言って飲む優斗が可愛くて、そっと耳にかかる黒い髪を後ろに掻き上げた。優斗の体がびくりと動いた。優斗に、俺もジャクジーに入っていい?と聞いた。優斗は真っ赤になって俯いたまま、俺の方をを見ようともしない。もし、このまま一緒にジャグジーに入ったら?ジェシーはもう既に、ブランディーのせいで酔いが回っていた。優斗も。優斗の冷えきった躰では、たとえ少量のブランディーでも、酩酊するには十分だろう。このまま、酔いに任せてお互いの性欲を発散させてしまおうか?ジェシーは、スイムスーツの中で形を変えている優斗自身に気がついていた。ジェシーは優斗にそっとキスをした。このキスを拒むようなら、これ以上、彼を求めるのはやめよう。そう思った。驚いたことに、優斗は拒まなかった。ジェシーはそのまま、バスローブを脱ぐと、一糸まとわぬ姿で、ジャクジーに入っていった。すでに彼自身は熱を帯びて硬く勃ち、赤黒く変色していた。シェシーは優斗の手をそっと取り、自分自身を握らせた。あ、、、という小さい声を出し、優斗の体は緊張で固く強張った。ジェシーはそっと優斗のスイムスーツに両手をかけ、ゆっくりと引き下ろした。瞬間、優斗自身が大きく爆た。優斗は恥ずかしさでノー、、、という可愛い声をあげた。もうこんなになってる。辛かったね。ジェシーは優斗をジャクジーの耗りに座らせると、優しくフェラをしていいかどうか訪ねた。優斗は一瞬驚きで大きな目を見開いてジェシーを見、そして恥じらいで、また真っ赤になって俯いた。小さい声でノーというのが可愛かった。でも、優斗、どうしてノーなのに、君は脚を開いて、君のそれを僕の顔に近づけるの?本当はして欲しいんでしょ?そう言いながら、ジェシーは優しく優斗のものにキスをし始めた。初めはゆっくりと、でも、リズミカルに、そして、最後に、ジェシーは優斗の全てを飲み込んで、唇で吸い上げた。あ、いくっ、から放して。そう言い終わらないうちに優斗はジェシーの口の中で果てた。

その夜はジェシーの部屋で二人で抱き合って眠った。優斗が行為の途中で泣き出して止まらなくなり、挿入はできなかった。優斗は、ごめんごめんと何度も誤り、痛々しかった。理由を聞いても優斗は首を横に振って泣くばかりで、言葉を発する事ができなかった。明かに、これぼど混乱させてしまった原因は、自分にある。でもそうして?男同士だから?もしかして初めてだったから?怖かったね。ごめんね。どうか理由を言ってほしい。ジェシーは何度も頼んだが、優斗からは何の返答も得られなかった。ごめんね。ごめんね。どうして謝るの?悪いのは俺の方だよ。嫌だったんだろう?悪かったよ。もうこういう事はしないから、許して。そうジェシーが言うと、優斗はさらに激しい嗚咽を発しながらジェシーの胸に倒れ込んでくるのだった。ごめんよ。優斗が泣いているの、俺のせいだよね。ごめん。でもどうして?優斗も俺の事好きなんじゃないの?そう聞いても、優斗は首を横に降るばかりで泣き止む事はなかった。泣き疲れて、明け方に優斗がやっと眠りに入った頃、ジェシーも、ようやく浅い眠りについた。

優斗が処女童貞なのはあまりに明らかだった。ジェシーはめんどくさい奴と関わったことを心から後悔した。でも、そんな問題が、些細にしか感じられない程、彼は既に、深い深みに落ちていた。ジェシーは優斗が心を開くまで待つことにした。幸いなことに、彼のケープコッド滞在は、まだ一週間あった。

ジェシーは毎日、優斗の仕事先で、優斗の仕事が終わるのを待った。待って、優斗をアパートに送ると、お休みのキスを軽く頬にして、家路についた。何も聞くまいと決めていた。聞いても、簡単には話してくれないだろう。

最後の夜、シカゴに帰る前の日に、そのことを優斗に告げると、優斗は目に一杯の涙を溜めて、じっとジェシーを見つめた。そして、自分はジェシーに彼女がいる事を知っている。前にヤルミラさんがレストランに来た時、得意そうにジェシーの彼女について話していた。お金持ちのお嬢さんだって言っていたよ。ヤルミラさん、すごく幸せそうだった。だから、ジェシーにあんな事をして申し訳なかった、と泣いた。自分はゲイじゃないのに、ジェシーが優しいからおかしくなってしまって。ごめんなさい、と謝った。優斗はジェシーのことを一ミリも怒っていなかった。むしろ、ジェシーとあんな事になってしまって、彼女さんにすまないと何度も謝った。ジェシーが彼女さんを裏切ったのは、自分の責任だと思っている、そう、泣きながらひたすら謝った。こんな事で、もし、ジェシーと彼女さんの関係がおかしくなってしまったら、本当にどうしようと、何度も何度も謝罪した。

信じられなかった。ジェシーに彼女がいる事を、得意げに話した母親に、無性に腹が立った。だが、冷静になろうと努めれば努めるほど、自分の行為が、卑怯で、汚かった事が重く心にのしかかった。自分にヤルミラを攻める権利などないと悟った。

ジェシーは自分の前で泣き崩れる一つの生き物を、ぼんやりと眺めていた。段々とこの生き物が人間で、そしてジェシーが愛を乞う主体だとゆっくりと理解し始めた。そしてジェシーがした事は相手を貶めることで、愛してほしい相手はこれで俺を軽蔑するだろう、と言うことも、ゆっくりと、だが、救いのない絶望と共に理解した。

どうしてこいつは俺を責めないんだろう?どうして彼女がいることを隠していた俺を、詰らなじないんだろう?ジェシーの目が段々と曇って、優斗の顔の輪郭がぼんやりと曖昧になった。ふと、自分の目から温かい水がこぼれ落ち、手のひらを濡らしていた事に、気がついた。驚いたことに、ジェシーは泣いていた。男なのに泣くなんて。こんな無様なところを優斗に見られたくない。だが、優斗が泣いているジェシーに気がつき、今夜だけ、と言ってそっと頬にキスをして、彼の涙を吸いとった。ごめんね。今夜だけ。もうしないから。もう、、、会わないかもしれないし、、、、それでもいいし。きっとそれがいいし。ごめんね、好きになって。最後の優斗の言葉は彼の嗚咽にかき消されていた。優斗の、舌足らずの日本語訛りの英語が可愛かった。だが、俺は優斗を抱きしめられなかった。人を愛するという事は、それほど簡単ではない。単純シンプルかもしれない。しかし、容易に出来る事ではないのだ。俺がこれまで、愛とか恋愛ロマンスとか呼んでいたものは一体何だったんだろう?単なるセックス?いや、セックスの相手が嫌いだった事はないし、俺なりに誠意は尽くしたつもりだ。けれども、今までにこれほど心が掻き乱されることはなかった。これほど愛おしくて、そして、これほど罪の意識を感じる事もなかった。俺が今までしてきたことは、全てが容易だった。簡単に好きと言い、簡単に寝た。あれは愛だったのだろうか?愛は俺にとって容易だった。いや、容易だと思っていた。本当の愛が容易でない事を、俺はこの時まで知らなかった。もし、あの時、簡単に優斗を抱きしめられたなら、それはきっと、愛ではなかったろう。

もう、何が何だかわからなかった。シカゴについてまずやったことは、彼女と別れる事だった。理由はきちんと話した。好きな人が出来たから。多分片思いだけど、そういうわけだから、これ以上君と付き合えない。彼女は泣いたけれど、最後に嬉しい、と言ってくれた。そんな必死のジェシーを見るのは初めてだから。ジェシーはいつも何をしてもいい加減。適当にこなすけれど、すごく良く出来たね、って事はない。特に好きな物も、嫌いな物もないっていう感じ。私の事も好きでいてくれたのは分かるけど、別に私でなくても良かったんじゃないかなって、いつも思ってた。本当のことを言うと、ジェシーの事、すごく好きだから、付き合うのちょっと苦しかった。愛って、苦しみを伴う物なのよね。今、ジェシーがそう言う顔してる。必死ていうか、愛するがゆえに苦しんでいるっていうか、そう言う感じ。きっと苦しい恋をしてるんだね。ちょっとザマアミロって思うよ。私みたいないい女を振っといて。でも、ジェシーの心の痛みがわかるのも本当なの。

彼女と話して、気持ちが随分と落ち着いた。そうか、愛の分量は人それぞれ違う。愛せば愛するほど同じ分だけ返して欲しくなる。しかし、世の中、そうそう甘くないのだ。好きな奴がきちんと好きを返してくれる、なんてことはない。そんな法律もない。そんなことはわかっていたはずなのに。そんな事は子供の時に、嫌と言うほど経験して、大人になって、その心の痛みと折り合いをつける術も、とっくに取得したはずだったのに。

ヤルミラを絶望的に愛していた。俺たちは双生児と言われるほどそっくりだった。ヤルミラは俺を、自分を愛するように愛した。俺はヤルミラ、その人だった。彼女の好きなものを愛し、彼女の理想とする人生を歩むはずだった。俺はプレッピーで、モテて、俺の彼女はお金持ちのお嬢様ばかりだった。そして、これから悪徳弁護士になってうんと金を稼ぐ。金持ちの女と結婚して、お嬢様、おぼっちゃまの娘と息子を持つ。それがこの国の成功者だ。ヤルミラは俺に成功して欲しいのだ。だから、俺は女は嫌いだ。俺には、女の本音が解らない。女は俺が好きなのか、俺のステイタスが好きなのか、どこまで本気なのか。ヤルミラのようにジムの金と結婚する女もいる。そしてヤルミラが愛する人間は、俺を含めて自分だけだ。

優斗にたまらなく会いたかった。会って、謝りたかった。彼女がいるのに好きになった事。そして、好きにさせた事。自分を制御できず、事に及びそうになった事。優斗を傷つけた事。でも、優斗は俺に謝ってくれた事。それも、申し訳なかった。そして優斗を混乱させた事。でも、一番混乱しているのは俺じゃないのか?とジェシーは思った。

ケープコッドの夏は暑い。大西洋の海流が、あらかたの熱を運び去るが、それでも地下に溜まった熱は、夜になって放出され続け、眠れない夜が幾晩も続く事がある。観光客はそんな夜に徘徊し、一夏だけのアバンチュールを楽しむ。優斗は観光客ではない。でも、「東洋人」の「季節労働者」だ。だから、寝ても許してくれると思った、と思ったのでは?と自分を疑ってみた。だから、無意識に、自分に彼女がいる事を言わなかったのだ。「東洋人」の「季節労働者」なら、一夏のアバンチュールで終わらせられる、と思ったのかも知れない。結局、俺は、意識していなかったとは言え、People in Color有色人種を一段低くみていたのかも知れない。俺が優斗なら、馬鹿にしやがって、と怒鳴るだろうな。人の気持ちを弄びやがって、と。もしかして、俺は最低のクズ男だった、のかも知れない。恋愛というのは、その人の人間性が如実に顕れる。どんなに賢く隠しても、化けの皮が剥がれる。まるで、吹きっさらしの荒野に真っ裸で立っている様なものだ。その荒野に、粒々とした体躯で、まっすぐ前を向いて立てる人もいれば、惨めな自分を両手で隠して、下を向いてしか立てない人もいる。俺は後者だ。俺はクズだったんだな、とジェシーは改めて悟った。

その後の優斗の行方は、彼のインスタグラムで知れた。インスタグラムを繋げておいて良かった。彼のインスタグラムには優斗と同じ顔をした、東洋人の女の子の写真がよくアップロードされていた。うまくやっているみたいだな。でも、女の子より、優斗の方が可愛い、と思ってしまうのは負け惜しみかな。いや、そのくらいの負け惜しみはいいだろう。

また、夏が来て、またジェシー・サリバンはケープコッドに戻ってきた。また、ヨットクラブに行き、アイスクリーム・スタンドで、アイスクリームを食べ、いつもと変わらない夏を過ごした。ただ、変わった事といえば、ジャパニーズ・レストランには行かなくなったという事だ。そして、優斗が良く行くスーパーマーケットにも、近寄る事はなかった。あのダメージから立ち直るのに、半年以上かかった。これ以上、優斗と関わる事は出来なかった。ジェシーにとってカミングアウトすることは、社会的自殺を意味していた。優斗と付き合うということは、その覚悟が必要だった。が、ジェシーにその勇気はなかった。

明るいニュースといえば、ジェシーにも新しい彼女ができた。前の彼女と違うのは、ジェシーと真剣に向き合わないという事だ。どうやら、重度のファザコンらしい。驚いたことに、その女とラスベガスに行き、気がついたら結婚していた。酔った勢いというやつだ。馬鹿なことをしたと思った。あまりの馬鹿馬鹿しさに、誰にもいえず、だが、弟のダンだけには話した。けれども、瞬く間に、ヤルミラに伝わり、エミリーに伝わった。エミリーは中学生になり、長兄の俺の失敗談を見て育ったために、極度な皮肉屋になっていた。奥さんに会いたーい。ねー。連れてくればー?俺はなんと、妻を家族に会わせる事が一度もなかった。

法学部を卒業し、すぐ、ニューヨークの法律事務所で働き始めた。主なクライアントは不動産事業を行なっている会社で、もちろん就職できたのも、ジムのコネクションのお陰だ。法律上の妻はLAの法律事務所に就職して、会う事はなかった。いよいよ俺はクズの中のクズだと思った。

優斗のインスタグラムの写真に、なぜかベルリンの写真が増えたが、ジェシーは日本語が読めなかったので、どうしてなのかわからなかった。優斗のインスタグラムに、段々とドイツ語が増えてきてやっと、彼がベルリンに住んでいることがわかった。優斗の横にはいつも可愛い、東洋人の女性が寄り添っていた。

会いたいよ、優斗。手に入れる事ができなければ出来ないほど欲しくなる。ジェシーは自分の性を呪った。

離婚の話は双方からでた。収入は向こうの方が多かったので、ジェシーが主張すればそこそこの金額を受け取ることができた。結果的に受け取らなかったが。それを聞いて、真っ先にインスタグラムに書き込みをしてきたのがクリス・ポーリンだった。離婚ビジネス、とかなんとか。離婚して金持ちになった男、などとも。直ぐ消したが。クリスは相変わらずクズのようだ。こんなクズ男に絡まれるのは自分がクズだからだろう。

最後に優斗に会ってから、もう何年も経っていた。仕事も落ち着き、ニューヨークとニュージャージーの司法試験にも受かった。あとは今年マサチューセッツの司法試験を受ける。アメリカで最も難関と言われるニューヨークの司法試験に受かったのだから、大丈夫だと思う。最近、ジェシーはセントラルパークを走るのが日課になっていて、一時期、劇的に増えた酒の量を、また劇的に減らすのに成功していた。このままだとNYマラソンに出れるかも知れない。それも、一興だ。ケープコッドには頻繁に行っていて、最近は、あの、ジャパニーズレストランにも行けるようになった。魚が食いたくなるのだ。もう、若くはないのよ。とエミリーが生意気なことを言う。サリバン家の家族ごっこはまだ続いていて、最近はヤルミラが、孫が欲しいとの曰う。やれやれ、俺はヤルミラのために近い将来結婚して、子供を作る事になりそうだ。だが、それも、悪くないだろう。

エミリーがお兄ちゃん、ゲイなのに無理しちゃって、と言ってたぞ、とダンに言われた。俺の性癖がわかるようになるとは、エミリーも大人になったなあ、と思った。

世の中は目まぐるしく変わった。最近では、その変化がさらに加速されている気がする。実際、ゲイだろうが、そうでなかろうが、もうどうでも良くなってきていた。さすがに俺が卒業したプレップ・スクールの同級生でカミングアウトしたホモセクシュアルはいないが、シカゴ大学ではいた。会社でも、同性婚のカップルが、ちらほらと現れた。
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