Fの真実

makikasuga

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終焉~Fの遺言~

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 草薙と共に松田の診療所にやってきた直人だったが、三日経ってもここから出られずにいた。
「ダメだよ、ナオ。レイの指示があるまではここに居なきゃ」
 訪ねてきたマキとダイニングテーブルで向かい合って座る。彼は松田と一緒に作った昼食をぺろりと平らげ、食後のコーヒーを口にしていた。
「でも、これ以上休むのはどうかと思って」
 直人は長期療養から復帰したばかりである。その間も今も、蓮見に仕事を任せっぱなしになっており、さすがに気が引けるのだ。
「休むって、ナオには草薙を見張る仕事があるじゃん」
「それはそうなんだけど。草薙さんは逃げる素振りなんて全くないから」
 直人は松田と交代で草薙の病室にいる。レイから二十四時間目を離すなと言われているのだが、草薙は大人しく療養しているだけで、拍子抜けの日々が続いているのだ。
「そんなに暇だったら、カナカナと遊べばいいじゃん」
 一日遅れでカナリアも診療所にやってきた。シラサカが多忙で家に帰れないからという話だったが、彼には藤堂を見張るという役目があり、ほぼ一日中ノートパソコンを眺めている。食事の際に他愛のない話はするが、シラサカがいないためか、あまり話が続かないのだ。
「レイもサカさんも走り回ってるみたいでさ、こっちからは連絡取れないんだよね」
 心配だなと呟いて、マキはテーブルに突っ伏した。
「そんなに大変なのか?」
「大変だよぉ。捜一の刑事と公安の後処理に、新人の掃除屋とイかれた殺人鬼の処分までやったんだもん。同時に和臣の死の根回しもだから、さすがに手が足りなくて、ヤスオカさんに手伝ってもらったって。通夜の席では和臣派の人間に、ボスが嫌味言われまくったみたいでさ、ジジババ共はさっさとくたばれって、サカさん怒ってた」
 もはや、大変なんて言葉で片づけられない事態である。直人が出来ることなどないのだが、診療所でぼんやり過ごしていた自分が恥ずかしくなってしまう。
「俺が余計な事をしたからだよな」
 ここ数日、直人は考えていた。自分は正義にも悪にも染まりきれない人間だ。花村から手を出すなと言われていたのに、直人は口を出しただけじゃなく、衝動に駆られて和臣を撃ってしまった。中途半端な自分がたまらなく嫌だった。
「ナオが動いたから、これだけで済んだんだよ」
 マキは突っ伏していたテーブルから顔を上げ、笑った。
「あのとき撃ってくれたから、僕達は前に進むことが出来た。ナオは、ハナムラという組織に風穴を開けてくれたんだよ」
「マキの言う通りだ」
 背後から見知った声が聞こえてきた。振り返れば、凛とした空気を放つ花村がいた。
「君が行動を起こしてくれたから、我々は新たな一歩を踏み出すことが出来た」
 マキは立ち上がり、お疲れ様ですと言って頭を下げた。直人も同じように立ち上がろうとしたが、花村に制された。
「個人的に草薙の見舞いに来ただけだ。かしこまらなくていい」
「ですが、色々とご迷惑をおかけしてるので」
「迷惑ではない。むしろ感謝しているくらいだ。ありがとう、ナオ」
 そう言うと、花村は直人に頭を下げてきた。
「頭を上げてください、花村さん! 俺は無駄に掻き回しただけですよ!?」
 花村に礼を言われただけでなく、頭まで下げられ、直人は慌てた。
「以前助けていただいたのに、何もお返し出来ていませんし」
「だったら、私の頼みを聞いてもらえるかな」
 花村は直人の側に歩み寄り、こう言い放った。
「哲平を、また警察官に戻してやってほしいんだよ」
「お言葉ですが、それは俺ではなく、藤堂さんの方が適任かと」
 藤堂は草薙の息子である。何より和臣を殺そうとしていた草薙を止めたのは彼である。
「哲平が踏みとどまったのは、彼が自分の血を引く人間だったからだ。自分が罪を犯せば、彼も背負うことになるからな」
 加害者の血縁というだけで、同じ十字架を背負わされる。何の罪も犯していないのに、死ぬまで世間から非難される。そのことを草薙はよくわかっているのだ。
「哲平は復讐のためだけに警察官になった。和臣が死んだ今、警察官に拘る理由がなくなった。ここでの療養を受け入れたのは、他はどうでもいいと思っているからだ」
 言われてみれば、後のことは副総監に一任してあると言ったきり、草薙は仕事の話を一切しない。
「草薙さんは、このまま警察を辞めてしまうということですか!?」
「それだけは済めばいい。生きる意味を無くした人間が取る行動は一つ」
 レイがなぜ二十四時間監視しろと言ったのか、直人はようやく理解した。草薙は自らの人生そのものから、逃げ出そうとしているということだ。
「私が君を手元に置きたいと思ったのは、英介によく似ていたからだ。自分の信じる正義を決して曲げず、道を踏み外しても誰かを救おうとする。そのためなら、自分が傷ついてもかまわないと思っている。追いつめられた際、自ら死を選択しないかと心配だったが、そうではなかった。なぜなら君は和臣を撃った。シラサカより先に引き金を弾いてくれた」
 確か草薙にも言われた、自分は英介に似ていると。だが本人と面識がないこともあり、直人は困惑するばかりである。
「我々が何十年かかっても出来なかったことを、君はやってのけた。あの瞬間、我々は復讐という柵から逃れることが出来たよ」
 あのときなぜ引き金を弾いたのか、正直わからない。衝動的に明確な殺意を覚えた。まるで誰かが乗り移ったかのように。
 そう思ったとき、一つの考えが直人の頭に浮かんだ。
「教えてください、花村さん。もし英介さんが生きていたら、今の草薙さんになんて声をかけるかを!?」
 自分に出来ることは何もない。正義も悪も貫けない中途半端な人間であるけれど、たった一つ出来ることがある。直人が英介の代わりをすればいい。彼ならきっと草薙を前に向かせることが出来るはず。
「その答えは私には出せないよ」
 花村は直人の胸を指差し、こう続けた。
「君の中にある言葉が全てだ」
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