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終焉~Fの遺言~
①
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「嘘だ!」
花村から口を出すなと言われていたにも関わらず、直人は声を発していた。
草薙はハナムラとの違法捜査を命じ、直人の運命を変えた。事実上のクビを言い渡されたときは怒りしかなかったが、結果的には助けられた。捜査一課の強行犯から草薙直属の特殊捜査二係へ異動となり、直属の上司となってからは、彼の人となりがわかってきた。
(頼む、無茶をしないでくれ、桜井君)
(私は、君を失いたくないんだよ!)
冷たいように見せているが、草薙は熱い心の持ち主だ。同僚の蓮見が今も慕い続ける気持ちがよくわかる。加えて、どんな手を使っても犯罪者を裁こうとする強い信念があった。
「草薙さんは、まだ死んではいない」
人には寿命がある。いつか死ぬとわかっている。だがそれは今じゃない。
「この者が言ったように、草薙は簡単に死ぬ男ではありませんよ」
そこに花村が割って入る。待っていたかのように、カズオミがニヤリと笑った。
「なら、死体を持って来させよう」
「でしたらここではなく、ハナムラコーポレーションにお願いします。私のオフィスを血で汚したくありませんから」
二人が対峙する様は、さながら死神と怪物が睨み合っているかのようだった。
「おまえはフユツキそっくりだな」
しばらく睨みあった後、カズオミがふっと息を吐き出し、均衡を破る。フユツキという人物を嫌悪するかのように、彼は顔を歪ませた。
「ソウジロウではなく、おまえが浅田を継ぐべきだったのかもしれない」
聞き慣れない名前に直人が戸惑っていると、耳元でこんな言葉が聞こえてきた。
「浅田冬月。旧財閥浅田家の元当主。現当主である浅田相次郎、ハナムラグループ総帥の花村謙三の父親よ。その冬月の弟が、そこにいる花村和臣。冬月が当主であった間、和臣もハナムラの組織を率いていた。けれど、冬月によって解任された。そのことをずっと恨んでいるの」
すらすらと事情を語るサユリに、直人は面食らう。気配を悟られずに側にやってきたこと。二十代にしか見えない外見。花村とキスを出来る間柄。いったい何者なのか。
「そんなおまえが、昔から嫌いだったよ」
和臣はサユリを見た。彼女がこくりと頷いたとき、右手に小さな注射器が握られていた。直人は花村を庇うべく前に立とうとしたが……
「言ったはずだ、何もしなくていいと」
花村は直人の体をねじ伏せ、後ろに下げる。
「ですが!?」
「そうね、あなたの出番はまだ早い」
サユリは不敵に笑いながら、花村の腕に注射針を突き刺す。まもなく彼の体はぐらりと揺れた。
「花村さん!?」
直人がすぐ体を支えたが、全身は小刻みに震え、荒い呼吸を繰り返している。
「私が作った神経毒よ。もう一本打てば、確実に死に至る」
サユリが和臣の側にいた理由が、これでわかった。
「彼女は私が送り込んだスパイだ。この日のために、何十年もかけて仕込んでおいた」
サユリが掃除屋のリーダーとして花村の側にいたのは、彼を見張るためだったのだ。直人はしまい込んでいたマキの拳銃に手をかけようとしたが……
「昔から、やることが、変わってない、ですね」
花村は俯いたまま苦しげに言葉を放ち、震える手で直人を制した。この状況でも動くなと言いたいらしい。
「心配するな、まだ殺さない。おまえの要望通り、奴の死体を見せてやるまでは」
そう言った後、和臣は自信たっぷりにこんな言葉を放った。
「そこにいるのだろう、出て来い、草薙哲平」
直人が知る限り、この部屋にいるのは花村、和臣、サユリと自分の四人だけである。
「それとも、謙三の死体を先に見たいか?」
本当に草薙がいるのかと直人が振り返れば、憎悪を滲ませ、拳銃を構えた彼の姿があった。
「変わらないな。青臭い子供がそのまま大人になったようだ」
「だとしても、私はあの頃のように無力ではない」
草薙はゆっくりと近づいてきた。直人と花村の側を通りすぎると、和臣の真正面に立った。
「君は警視庁のトップ、警視総監の地位にあるはずだが?」
草薙に銃口を向けられても、和臣は動じなかった。
「日本警察のトップが、非力な国民に向かって銃器を向けることが許されていいのか?」
「許されるわけなどない。だが、おまえは俺の手で殺すと決めていた」
草薙は更に距離を詰め、和臣の胸に銃口を突きつけた。
「やめてください!」
たまらず直人は叫んだ。草薙が和臣を殺めれば、それこそ大問題になる。
「あなたがそんなことをしたら──」
「全て承知の上だ。私はこの日のためだけに生きてきた。友人を手にかけた責任を取るために」
草薙は直人の言葉を遮った。説得には応じないと言わんばかりに。
「それは草薙さんのせいじゃ──」
「おまえの友達だというあの男は、警察官らしい死に方をしたな」
次に直人の言葉を遮ったのは和臣だった。
「おまえを生かすために、自ら命を絶ったんだから」
英介を殺害したのはハナムラの人間であり、草薙がやったように偽装したという話だった。だが和臣は英介が自ら命を絶ったと言い、草薙も花村も反論しなかった。まるでそれが事実だと言わんばかりに。
「あのとき、俺は側で泣き喚くことしか出来なかった。自分で死ぬことも出来ない、青臭い、無能な子供だったからな。だが今は違う。おまえを殺す力がある」
草薙を救うため、英介は自ら命を絶った。これこそがFの真実。警察を嫌っていた草薙が、敢えてその道を選んだのは復讐のためだったのだ。
「泣かせる話じゃないか、私への復讐のためにここまでのし上がってきたとは」
草薙に強い憎悪をぶつけられても、和臣の余裕は変わらなかった。
「だが、ここまでだ」
和臣がパチンと指を鳴らすと、黒いスーツを着た男達が現れ、草薙を囲んだ。
「サユリだけじゃない。私の息がかかった人間はハナムラにもいるのだよ」
二人の男が草薙にぴたりと張りつき、彼らの銃口が体にあてがわれている。
「草薙さん!?」
花村を支えた直人が前に出ようとすれば、近くにいた男がやってきて、拳銃を直人の側頭部に押しつけてきた。
「うるさい蠅だ。始末しろ」
和臣が非情な宣告を下す。これまでかと直人が腹をくくったそのとき、パンという渇いた銃声がした。
花村から口を出すなと言われていたにも関わらず、直人は声を発していた。
草薙はハナムラとの違法捜査を命じ、直人の運命を変えた。事実上のクビを言い渡されたときは怒りしかなかったが、結果的には助けられた。捜査一課の強行犯から草薙直属の特殊捜査二係へ異動となり、直属の上司となってからは、彼の人となりがわかってきた。
(頼む、無茶をしないでくれ、桜井君)
(私は、君を失いたくないんだよ!)
冷たいように見せているが、草薙は熱い心の持ち主だ。同僚の蓮見が今も慕い続ける気持ちがよくわかる。加えて、どんな手を使っても犯罪者を裁こうとする強い信念があった。
「草薙さんは、まだ死んではいない」
人には寿命がある。いつか死ぬとわかっている。だがそれは今じゃない。
「この者が言ったように、草薙は簡単に死ぬ男ではありませんよ」
そこに花村が割って入る。待っていたかのように、カズオミがニヤリと笑った。
「なら、死体を持って来させよう」
「でしたらここではなく、ハナムラコーポレーションにお願いします。私のオフィスを血で汚したくありませんから」
二人が対峙する様は、さながら死神と怪物が睨み合っているかのようだった。
「おまえはフユツキそっくりだな」
しばらく睨みあった後、カズオミがふっと息を吐き出し、均衡を破る。フユツキという人物を嫌悪するかのように、彼は顔を歪ませた。
「ソウジロウではなく、おまえが浅田を継ぐべきだったのかもしれない」
聞き慣れない名前に直人が戸惑っていると、耳元でこんな言葉が聞こえてきた。
「浅田冬月。旧財閥浅田家の元当主。現当主である浅田相次郎、ハナムラグループ総帥の花村謙三の父親よ。その冬月の弟が、そこにいる花村和臣。冬月が当主であった間、和臣もハナムラの組織を率いていた。けれど、冬月によって解任された。そのことをずっと恨んでいるの」
すらすらと事情を語るサユリに、直人は面食らう。気配を悟られずに側にやってきたこと。二十代にしか見えない外見。花村とキスを出来る間柄。いったい何者なのか。
「そんなおまえが、昔から嫌いだったよ」
和臣はサユリを見た。彼女がこくりと頷いたとき、右手に小さな注射器が握られていた。直人は花村を庇うべく前に立とうとしたが……
「言ったはずだ、何もしなくていいと」
花村は直人の体をねじ伏せ、後ろに下げる。
「ですが!?」
「そうね、あなたの出番はまだ早い」
サユリは不敵に笑いながら、花村の腕に注射針を突き刺す。まもなく彼の体はぐらりと揺れた。
「花村さん!?」
直人がすぐ体を支えたが、全身は小刻みに震え、荒い呼吸を繰り返している。
「私が作った神経毒よ。もう一本打てば、確実に死に至る」
サユリが和臣の側にいた理由が、これでわかった。
「彼女は私が送り込んだスパイだ。この日のために、何十年もかけて仕込んでおいた」
サユリが掃除屋のリーダーとして花村の側にいたのは、彼を見張るためだったのだ。直人はしまい込んでいたマキの拳銃に手をかけようとしたが……
「昔から、やることが、変わってない、ですね」
花村は俯いたまま苦しげに言葉を放ち、震える手で直人を制した。この状況でも動くなと言いたいらしい。
「心配するな、まだ殺さない。おまえの要望通り、奴の死体を見せてやるまでは」
そう言った後、和臣は自信たっぷりにこんな言葉を放った。
「そこにいるのだろう、出て来い、草薙哲平」
直人が知る限り、この部屋にいるのは花村、和臣、サユリと自分の四人だけである。
「それとも、謙三の死体を先に見たいか?」
本当に草薙がいるのかと直人が振り返れば、憎悪を滲ませ、拳銃を構えた彼の姿があった。
「変わらないな。青臭い子供がそのまま大人になったようだ」
「だとしても、私はあの頃のように無力ではない」
草薙はゆっくりと近づいてきた。直人と花村の側を通りすぎると、和臣の真正面に立った。
「君は警視庁のトップ、警視総監の地位にあるはずだが?」
草薙に銃口を向けられても、和臣は動じなかった。
「日本警察のトップが、非力な国民に向かって銃器を向けることが許されていいのか?」
「許されるわけなどない。だが、おまえは俺の手で殺すと決めていた」
草薙は更に距離を詰め、和臣の胸に銃口を突きつけた。
「やめてください!」
たまらず直人は叫んだ。草薙が和臣を殺めれば、それこそ大問題になる。
「あなたがそんなことをしたら──」
「全て承知の上だ。私はこの日のためだけに生きてきた。友人を手にかけた責任を取るために」
草薙は直人の言葉を遮った。説得には応じないと言わんばかりに。
「それは草薙さんのせいじゃ──」
「おまえの友達だというあの男は、警察官らしい死に方をしたな」
次に直人の言葉を遮ったのは和臣だった。
「おまえを生かすために、自ら命を絶ったんだから」
英介を殺害したのはハナムラの人間であり、草薙がやったように偽装したという話だった。だが和臣は英介が自ら命を絶ったと言い、草薙も花村も反論しなかった。まるでそれが事実だと言わんばかりに。
「あのとき、俺は側で泣き喚くことしか出来なかった。自分で死ぬことも出来ない、青臭い、無能な子供だったからな。だが今は違う。おまえを殺す力がある」
草薙を救うため、英介は自ら命を絶った。これこそがFの真実。警察を嫌っていた草薙が、敢えてその道を選んだのは復讐のためだったのだ。
「泣かせる話じゃないか、私への復讐のためにここまでのし上がってきたとは」
草薙に強い憎悪をぶつけられても、和臣の余裕は変わらなかった。
「だが、ここまでだ」
和臣がパチンと指を鳴らすと、黒いスーツを着た男達が現れ、草薙を囲んだ。
「サユリだけじゃない。私の息がかかった人間はハナムラにもいるのだよ」
二人の男が草薙にぴたりと張りつき、彼らの銃口が体にあてがわれている。
「草薙さん!?」
花村を支えた直人が前に出ようとすれば、近くにいた男がやってきて、拳銃を直人の側頭部に押しつけてきた。
「うるさい蠅だ。始末しろ」
和臣が非情な宣告を下す。これまでかと直人が腹をくくったそのとき、パンという渇いた銃声がした。
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