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真相~Fの言霊~
⑧
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花村からボディーガードを依頼された直人は困惑していた。
「君は何もしなくていい、私の側にいるだけでいい」
「ですが、俺は──」
「その間は警察の人間だということを忘れてくれ。何を言われても、白を切り通してくれ」
直人の言葉など耳に入っていないのか、花村はデスクに戻り、冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
「私も哲平も、君を英介の二の舞にするつもりはない」
花村が草薙のことを名前で呼んだのは初めてだった。
「君に危害を加えるつもりはない。そのようなことがあれば、全力で阻止する」
花村と草薙が何をしようとしているのかわからない。だがこうまで言われてしまえば、さすがに断れない。
「わかりました。お引き受けします。ですが、俺の心配は不要です。これでも捜査一課の人間で、草薙さんの部下ですから」
それに、どういう事情にせよ、花村が狙われていることに変わりはない。この場に留まれば、脅迫状の差出人のこともわかるはずだ。違法捜査は、特殊捜査二係の専売特許でもあるのだから。
「わかった。よろしく頼むよ、桜井君」
「警察のことを忘れろとおっしゃったのはあなたですよ、ボス。俺のことはナオと呼んでください」
レイ達が呼ぶように、直人も花村のことをボスと呼んでみる。一瞬面食らった花村だったが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、右手を差し出した。
「ここはオフィスだよ、ナオ。私のことは社長と呼ぶように」
「そうですね。失礼しました、社長」
直人は花村の手を取り、固い握手を交わす。二人は目と目を合わせ、笑った。
「あらあら、意気投合しちゃって」
そこに、直人をモルモットと呼んだ女性が現れた。
「聞いていただろう。ナオはウチの人間だ、手を出すなよ」
「はいはい、わかりました」
花村の言葉に肩をすくめた後、女性は直人を頭の先からつま先まで観察し、朗らかな笑顔を見せた。
「私はサユリ。始末屋の後片付けをやっているわ。リーダーなんてやりたくないけど、なり手がいないから仕方なくやってるのよ」
花村いわく、彼女は掃除屋のリーダーである。直人も捜査で何度か凄惨な現場に立ち合ったことがあるが、そんな現場が日常茶飯事という状況はとても耐えられない。
「私からも忠告よ、ナオ。これから来る客には、決して隙を見せてはならない」
ハナムラの人間特有の空気を放ちながら、サユリは言った。この後やってくる客とはいったいどんな人物なのだろうか。
「連絡はついたか?」
「K、いえ、シラサカはレイと一緒にこちらに向かってるわ。一般人の避難を指示されたから、言うとおりにしたわよ」
直人が知らないと思ってのことだろう。サユリは、Kがシラサカだとわざわざ言い直してくれた。
「あの子がどこまで手を打ってくれるかで、私の立ち位置も変わるわね」
「レイのことだ、先を読んで色々仕掛けてくるさ」
「そうね、そうであってほしいわ」
サユリと花村は真剣な顔でやり取りする。
「私はおまえを責めはしない。好きにするといい」
「ふふ。あなたのそういうところ、大好きよ、ケン」
直人の見ている前で、サユリは花村に濃厚なキスをした。直人は唖然とした後、目のやり場に困って、あちこちに視線を巡らせた。
俺がいることわかってやってんのかな。
花村は何年か前に妻を病気で亡くして以来、独身だった。子供もいないため、誰とつきあおうが自由である。
そういえば、草薙さんも半年も経たずに離婚したって話だったな。
レイが語った草薙の過去が、直人の脳裏に蘇る。
(草薙の祖父も両親も、既にこの世にいない。父親の強い薦めで一度結婚しているようだが、すぐ離婚していて子供もいない。親族は残っているようだが、草薙が死ねば、直系は絶えることになる)
花村も草薙も結婚したものの、子供がいない。裏社会と警察という真逆の立ち位置にいながら、プライベートは奇妙なほど一致している。花村が死ねば、彼の血も絶えることになるだろう。草薙とハナムラは大昔から裏で繋がっており、持ちつ持たれつの関係を続けていると聞いた。だからこそ、花村はハナムラという裏社会の組織を率いることになり、草薙は警察官僚となって警視総監に上り詰めた。このままでは花村も草薙も、彼の代で終わってしまうのではないか。
「……まさか、な」
思い浮かんだ考えが突拍子がないことだったため、直人は思わず言葉に吐き出した。
「そのまさかだよ、ナオ」
花村の言葉に我に返ると、既にサユリの姿は無かった。そして花村は肯定した、直人が何を考えていたかをわかっているかのように。
「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」
花村の言葉は、まるで何かの条文のようだった。
「死神となって忌み嫌われても、悪に手を染めても、我々は世界を変える」
花村がそう言い終えてまもなく、サユリが白髪の男を伴って現れた。
「お久しぶりです、カズオミさん」
そう言って、花村は深く頭を下げる。ハナムラグループの総帥としても、裏社会のボスとしても、絶対的な地位と権力を持つ花村が畏まる姿に、直人は目を丸くした。
「捜査一課の人間をボディーガードにつけるとは。本当に警察好きだな、謙三」
花村がカズオミと言った男は、彼より年上で、六十代後半ぐらいに見えた。髪は白髪、顔の皺が年齢を感じさせても、花村同様に目つきが鋭く、彼以上に禍々しい気を発していた。しかも直人を見ることなく経歴を言い当てた。
「どなたかとお間違えでは? この者はハナムラの人間ですよ」
「まあいい。そういうことにしといてやる」
二人は直人の存在を無視して話し始めた。応接ソファーに腰掛けることなく、一定の距離を保っている。花村が直人を背後に従えているように、カズオミもまたサユリをその位置に留まらせていた。
ハナムラの人間なのに、サユリさんはどうしてあの人の側にいるんだ?
直人の視線を感じてのことだろう。サユリと目が合った。彼女はクスリと笑い、直人にわかるように口を動かした。
始まるって、何が始まるんだよ。
「事前のアポイントはありませんでしたが、どういったご用件でしょうか」
「良い知らせだ。警視庁のトップで、警視総監の草薙哲平が死んだ」
「君は何もしなくていい、私の側にいるだけでいい」
「ですが、俺は──」
「その間は警察の人間だということを忘れてくれ。何を言われても、白を切り通してくれ」
直人の言葉など耳に入っていないのか、花村はデスクに戻り、冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
「私も哲平も、君を英介の二の舞にするつもりはない」
花村が草薙のことを名前で呼んだのは初めてだった。
「君に危害を加えるつもりはない。そのようなことがあれば、全力で阻止する」
花村と草薙が何をしようとしているのかわからない。だがこうまで言われてしまえば、さすがに断れない。
「わかりました。お引き受けします。ですが、俺の心配は不要です。これでも捜査一課の人間で、草薙さんの部下ですから」
それに、どういう事情にせよ、花村が狙われていることに変わりはない。この場に留まれば、脅迫状の差出人のこともわかるはずだ。違法捜査は、特殊捜査二係の専売特許でもあるのだから。
「わかった。よろしく頼むよ、桜井君」
「警察のことを忘れろとおっしゃったのはあなたですよ、ボス。俺のことはナオと呼んでください」
レイ達が呼ぶように、直人も花村のことをボスと呼んでみる。一瞬面食らった花村だったが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、右手を差し出した。
「ここはオフィスだよ、ナオ。私のことは社長と呼ぶように」
「そうですね。失礼しました、社長」
直人は花村の手を取り、固い握手を交わす。二人は目と目を合わせ、笑った。
「あらあら、意気投合しちゃって」
そこに、直人をモルモットと呼んだ女性が現れた。
「聞いていただろう。ナオはウチの人間だ、手を出すなよ」
「はいはい、わかりました」
花村の言葉に肩をすくめた後、女性は直人を頭の先からつま先まで観察し、朗らかな笑顔を見せた。
「私はサユリ。始末屋の後片付けをやっているわ。リーダーなんてやりたくないけど、なり手がいないから仕方なくやってるのよ」
花村いわく、彼女は掃除屋のリーダーである。直人も捜査で何度か凄惨な現場に立ち合ったことがあるが、そんな現場が日常茶飯事という状況はとても耐えられない。
「私からも忠告よ、ナオ。これから来る客には、決して隙を見せてはならない」
ハナムラの人間特有の空気を放ちながら、サユリは言った。この後やってくる客とはいったいどんな人物なのだろうか。
「連絡はついたか?」
「K、いえ、シラサカはレイと一緒にこちらに向かってるわ。一般人の避難を指示されたから、言うとおりにしたわよ」
直人が知らないと思ってのことだろう。サユリは、Kがシラサカだとわざわざ言い直してくれた。
「あの子がどこまで手を打ってくれるかで、私の立ち位置も変わるわね」
「レイのことだ、先を読んで色々仕掛けてくるさ」
「そうね、そうであってほしいわ」
サユリと花村は真剣な顔でやり取りする。
「私はおまえを責めはしない。好きにするといい」
「ふふ。あなたのそういうところ、大好きよ、ケン」
直人の見ている前で、サユリは花村に濃厚なキスをした。直人は唖然とした後、目のやり場に困って、あちこちに視線を巡らせた。
俺がいることわかってやってんのかな。
花村は何年か前に妻を病気で亡くして以来、独身だった。子供もいないため、誰とつきあおうが自由である。
そういえば、草薙さんも半年も経たずに離婚したって話だったな。
レイが語った草薙の過去が、直人の脳裏に蘇る。
(草薙の祖父も両親も、既にこの世にいない。父親の強い薦めで一度結婚しているようだが、すぐ離婚していて子供もいない。親族は残っているようだが、草薙が死ねば、直系は絶えることになる)
花村も草薙も結婚したものの、子供がいない。裏社会と警察という真逆の立ち位置にいながら、プライベートは奇妙なほど一致している。花村が死ねば、彼の血も絶えることになるだろう。草薙とハナムラは大昔から裏で繋がっており、持ちつ持たれつの関係を続けていると聞いた。だからこそ、花村はハナムラという裏社会の組織を率いることになり、草薙は警察官僚となって警視総監に上り詰めた。このままでは花村も草薙も、彼の代で終わってしまうのではないか。
「……まさか、な」
思い浮かんだ考えが突拍子がないことだったため、直人は思わず言葉に吐き出した。
「そのまさかだよ、ナオ」
花村の言葉に我に返ると、既にサユリの姿は無かった。そして花村は肯定した、直人が何を考えていたかをわかっているかのように。
「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」
花村の言葉は、まるで何かの条文のようだった。
「死神となって忌み嫌われても、悪に手を染めても、我々は世界を変える」
花村がそう言い終えてまもなく、サユリが白髪の男を伴って現れた。
「お久しぶりです、カズオミさん」
そう言って、花村は深く頭を下げる。ハナムラグループの総帥としても、裏社会のボスとしても、絶対的な地位と権力を持つ花村が畏まる姿に、直人は目を丸くした。
「捜査一課の人間をボディーガードにつけるとは。本当に警察好きだな、謙三」
花村がカズオミと言った男は、彼より年上で、六十代後半ぐらいに見えた。髪は白髪、顔の皺が年齢を感じさせても、花村同様に目つきが鋭く、彼以上に禍々しい気を発していた。しかも直人を見ることなく経歴を言い当てた。
「どなたかとお間違えでは? この者はハナムラの人間ですよ」
「まあいい。そういうことにしといてやる」
二人は直人の存在を無視して話し始めた。応接ソファーに腰掛けることなく、一定の距離を保っている。花村が直人を背後に従えているように、カズオミもまたサユリをその位置に留まらせていた。
ハナムラの人間なのに、サユリさんはどうしてあの人の側にいるんだ?
直人の視線を感じてのことだろう。サユリと目が合った。彼女はクスリと笑い、直人にわかるように口を動かした。
始まるって、何が始まるんだよ。
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