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過去~Fの正体~
①
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警視庁のトップである草薙が、自身の権力を使わず松田を頼った。草薙に傷を負わせた人物はそれが通用しない相手、つまり身内の可能性が高い。
「草薙の家系は代々警察官僚でな。生まれたときから警察の人間になるのが決まっている家だ。父親も祖父も曾祖父も、警察官僚に上り詰めた後に終わってる」
レイは直人のデスクに座り、慣れた手つきでパソコンを操作し、別のパソコンとリンクして資料をダウンロードする。直人と蓮見は、持ってきた椅子に座ってもらった。
「終わってるって、まるで死んでるみたいな言い方だな」
直人から草薙が傷を負ったことを聞かされ、二つ返事で捜査を了承した蓮見だったが、レイの言い回しに思うところがあったのか、声を上げた。
「その通りだよ、蓮見さん。草薙の祖父も両親も、既にこの世にいない。父親の強い薦めで一度結婚しているようだが、すぐ離婚していて子供もいない。親族は残っているようだが、草薙が死ねば、直系は絶えることになる。無論、表向きの事情が全て真実だった前提での話だが」
レイは軽やかな手つきでキーボードを叩きながら言った。
「草薙さんが結婚!? そんな話聞いてねえぞ」
驚く蓮見の隣で、直人は腕組みをして何か考え込んでいる。
「確か、半年もしないうちに離婚したって話だったな」
蓮見の席に座り込んだ松田が言った。高校時代からのつきあいということもあり、蓮見よりは色々知っているようだ。
「一方的な離婚だったようで、近しい人物で草薙を恨んでるとすれば、このときの結婚相手ってことになる。だが相手の女性には他に相手がいて、無理矢理に引き離され、草薙とは強引に結婚させられたそうだ。そういう事情もあってか、結婚生活は長続きしなかった。離婚後、女性は引き離された相手と再婚。今は北海道在住で、犯行当日のアリバイも完璧だ。このことからして、犯人は草薙の身内関係じゃない。だとすれば」
レイが言葉を区切ると、腕組みをして考え込んでいた直人が顔を上げた。
「警察。おそらく警視庁の人間ってことだろ」
百点満点の回答が返ってきたため、レイは頷いた。
「草薙の警視総監在任期間は、ここ最近では一番長い。そのことを疎ましく思っている人間がいることは確かだ。草薙が死ねば、すぐに席が空くからな」
「今回の事件は、警察上層部の犯行ってことかよ」
蓮見は厳しい表情になった。
「残念ながら答えはノーだ。自分の後釜に刺されて、草薙が黙っているとは思えない。むしろ大々的に捜査して、確実に追い詰めるはずだからな」
現職の警視総監を消すリスクは大きい。本気で草薙を殺すつもりなら、それこそハナムラに依頼がくるはず。
「つまり、犯人の手掛かりは警視庁の人間ってことだけかよ。そんな曖昧な定義で草薙さんを恨んでる人物を探すなんて、無茶苦茶だぞ。他にはないのか?」
蓮見が言うように、草薙本人が口を噤んでいる以上、その人物を見つけ出すのは難しいだろう。
「さっきおまえが言った花村さんが警察の人間だったって話は、その手掛かりじゃないのかよ」
直人の問いかけを受け、レイは蓮見の席で話を聞いていた松田を見やる。
「そういうことは、先生に聞いた方が早いと思うぜ」
松田はお手上げと言わんばかりに肩をすくめた。
「なるほど。ごり押しを二つ返事で了承したのは、そういうわけだったか」
「ちょうど連絡しようと思っていたところでしたので」
嘘ではない。草薙と花村のことは、松田かヤスオカに聞くのが一番なのだから。
「まあいい。草薙を兄ちゃんに預けた時点で、こうなることはわかっていたからな。それで、俺に何を聞きたい?」
松田はレイ、直人、蓮見を順番に見やる。すぐに直人が手を挙げた。
「花村さんが警察官だったというのは、本当なんですか?」
松田はそうだと言った。直人は蓮見と顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべる。
「学生時代の花村は、稼業を継ぐつもりは全く無かったからな」
「稼業って、昔からあんなことやってんのかよ」
ハナムラの歴史を知らないであろう蓮見が独り言のように呟く。
「苗字は違うが、ボスは旧財閥浅田家の直系だ。浅田は財閥解体で表舞台から姿は消したが、大昔からやってることは今と変わらない」
ハナムラの人間としてレイが答えを返すと、松田が話を続けた。
「花村も草薙も、自分達の家を忌み嫌ってた。だからこそ、二人は意気投合したというべきだろうな。親父の背中を見て、なんとなく将来を決めた俺やヤスオカと違って、あいつらは信念を持っていた」
以前情報屋のリーダーであったヤスオカも、父親が同じ稼業でハナムラに従事していたから、そのまま継いだと聞いた。
「だが、その信念は警察学校でも同期だったあいつが死んで吹き飛んだ。そこからだよ、花村が変わったのは」
「前におっしゃっていましたね。誰かの死に草薙が関わっていて、ボスはそのこと恨んでいたと」
カナリアの事件の際、松田は言っていた。昔の花村と直人は似ている、草薙はひどく恨まれていたと。
「へー、よく覚えてんじゃねえか」
想定内だったのか、松田は笑った。正確に言えば、凄みが増しただけなのだが、慣れていないであろう蓮見は顔を引きつらせ、直人は心配そうな表情になる。
「あのときの話の続きを、ぜひお聞かせ願いたいのですが」
「言いたくねえな、俺達だけの話じゃねえし」
「でしたら、これを見ていただけますか」
こうなることも想定内だったので、レイはパソコンの画面を松田に見せた。すぐさま顔色が変わった。
「ボスが入校した年の警察学校の名簿です。全員のその後を調べました。ボスと同じ高校から入校している人物がいます」
「忘れてたわ、おまえがやたらと頭が回るガキだったこと」
お手上げと言わんばかりに肩をすくめる松田。彼だけはレイを一生子供扱いするだろう。でも、彼にならかまわないと心から思う。
「草薙の家系は代々警察官僚でな。生まれたときから警察の人間になるのが決まっている家だ。父親も祖父も曾祖父も、警察官僚に上り詰めた後に終わってる」
レイは直人のデスクに座り、慣れた手つきでパソコンを操作し、別のパソコンとリンクして資料をダウンロードする。直人と蓮見は、持ってきた椅子に座ってもらった。
「終わってるって、まるで死んでるみたいな言い方だな」
直人から草薙が傷を負ったことを聞かされ、二つ返事で捜査を了承した蓮見だったが、レイの言い回しに思うところがあったのか、声を上げた。
「その通りだよ、蓮見さん。草薙の祖父も両親も、既にこの世にいない。父親の強い薦めで一度結婚しているようだが、すぐ離婚していて子供もいない。親族は残っているようだが、草薙が死ねば、直系は絶えることになる。無論、表向きの事情が全て真実だった前提での話だが」
レイは軽やかな手つきでキーボードを叩きながら言った。
「草薙さんが結婚!? そんな話聞いてねえぞ」
驚く蓮見の隣で、直人は腕組みをして何か考え込んでいる。
「確か、半年もしないうちに離婚したって話だったな」
蓮見の席に座り込んだ松田が言った。高校時代からのつきあいということもあり、蓮見よりは色々知っているようだ。
「一方的な離婚だったようで、近しい人物で草薙を恨んでるとすれば、このときの結婚相手ってことになる。だが相手の女性には他に相手がいて、無理矢理に引き離され、草薙とは強引に結婚させられたそうだ。そういう事情もあってか、結婚生活は長続きしなかった。離婚後、女性は引き離された相手と再婚。今は北海道在住で、犯行当日のアリバイも完璧だ。このことからして、犯人は草薙の身内関係じゃない。だとすれば」
レイが言葉を区切ると、腕組みをして考え込んでいた直人が顔を上げた。
「警察。おそらく警視庁の人間ってことだろ」
百点満点の回答が返ってきたため、レイは頷いた。
「草薙の警視総監在任期間は、ここ最近では一番長い。そのことを疎ましく思っている人間がいることは確かだ。草薙が死ねば、すぐに席が空くからな」
「今回の事件は、警察上層部の犯行ってことかよ」
蓮見は厳しい表情になった。
「残念ながら答えはノーだ。自分の後釜に刺されて、草薙が黙っているとは思えない。むしろ大々的に捜査して、確実に追い詰めるはずだからな」
現職の警視総監を消すリスクは大きい。本気で草薙を殺すつもりなら、それこそハナムラに依頼がくるはず。
「つまり、犯人の手掛かりは警視庁の人間ってことだけかよ。そんな曖昧な定義で草薙さんを恨んでる人物を探すなんて、無茶苦茶だぞ。他にはないのか?」
蓮見が言うように、草薙本人が口を噤んでいる以上、その人物を見つけ出すのは難しいだろう。
「さっきおまえが言った花村さんが警察の人間だったって話は、その手掛かりじゃないのかよ」
直人の問いかけを受け、レイは蓮見の席で話を聞いていた松田を見やる。
「そういうことは、先生に聞いた方が早いと思うぜ」
松田はお手上げと言わんばかりに肩をすくめた。
「なるほど。ごり押しを二つ返事で了承したのは、そういうわけだったか」
「ちょうど連絡しようと思っていたところでしたので」
嘘ではない。草薙と花村のことは、松田かヤスオカに聞くのが一番なのだから。
「まあいい。草薙を兄ちゃんに預けた時点で、こうなることはわかっていたからな。それで、俺に何を聞きたい?」
松田はレイ、直人、蓮見を順番に見やる。すぐに直人が手を挙げた。
「花村さんが警察官だったというのは、本当なんですか?」
松田はそうだと言った。直人は蓮見と顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべる。
「学生時代の花村は、稼業を継ぐつもりは全く無かったからな」
「稼業って、昔からあんなことやってんのかよ」
ハナムラの歴史を知らないであろう蓮見が独り言のように呟く。
「苗字は違うが、ボスは旧財閥浅田家の直系だ。浅田は財閥解体で表舞台から姿は消したが、大昔からやってることは今と変わらない」
ハナムラの人間としてレイが答えを返すと、松田が話を続けた。
「花村も草薙も、自分達の家を忌み嫌ってた。だからこそ、二人は意気投合したというべきだろうな。親父の背中を見て、なんとなく将来を決めた俺やヤスオカと違って、あいつらは信念を持っていた」
以前情報屋のリーダーであったヤスオカも、父親が同じ稼業でハナムラに従事していたから、そのまま継いだと聞いた。
「だが、その信念は警察学校でも同期だったあいつが死んで吹き飛んだ。そこからだよ、花村が変わったのは」
「前におっしゃっていましたね。誰かの死に草薙が関わっていて、ボスはそのこと恨んでいたと」
カナリアの事件の際、松田は言っていた。昔の花村と直人は似ている、草薙はひどく恨まれていたと。
「へー、よく覚えてんじゃねえか」
想定内だったのか、松田は笑った。正確に言えば、凄みが増しただけなのだが、慣れていないであろう蓮見は顔を引きつらせ、直人は心配そうな表情になる。
「あのときの話の続きを、ぜひお聞かせ願いたいのですが」
「言いたくねえな、俺達だけの話じゃねえし」
「でしたら、これを見ていただけますか」
こうなることも想定内だったので、レイはパソコンの画面を松田に見せた。すぐさま顔色が変わった。
「ボスが入校した年の警察学校の名簿です。全員のその後を調べました。ボスと同じ高校から入校している人物がいます」
「忘れてたわ、おまえがやたらと頭が回るガキだったこと」
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