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始まり~Fの呪縛~
⑩
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「でも、草薙総監は──」
「私に用があるのかい、桜井君」
桜井が反論しようとすれば、抜群のタイミングで草薙が現れた。いつも通り凛とした空気を放っているが、やはり顔色はさえない。昨日の今日であるからして、動くのも辛いはずなのにと直人が口ごもると、草薙は藤堂に視線をやった。
「藤堂警部補、ここへの出入りを許可はしたが、君の職場はここではないはずだが」
「ええ。大怪我から復帰した元後輩の無事を確認しに来ただけです。じゃあな、桜井、無理するなよ」
藤堂は草薙をまっすぐ見つめ返し、後の言葉を直人に告げた後、去っていった。
「なんだ、あれ。まるで草薙さんが怪我させたみたいな言い方じゃねえか!?」
蓮見は藤堂が気に入らないらしく、居なくなった途端、文句を言い始めた。
「口が固くて権力に屈しないことだけは確かだけどな、性格悪すぎだろ」
「それぐらいにしておけ、蓮見」
草薙が制したおかげで止まったが、蓮見は不服そうだった。まもなく草薙は直人を見やる。
「先に出て来て悪かったね」
「いえ。あの、事後報告になってしまったのですが、実は──」
「シラサカ君のところで世話になるのだろう。気を遣わせてしまって悪かったね」
何も知らない蓮見は、草薙と直人を交互に見やり、目を丸くした。
「申し訳ありません。勝手に決められてしまったもので」
「謝る必要はないよ。私が君の居場所を奪ってしまったようなものだから」
「どういうことだよ、なぜ桜井君があの殺し屋と同居なんだよ!?」
何も知らない蓮見の疑問に答えたのは、意外な人物だった。
「このバカが、俺に泣きつくような羽目になったからだよ」
松田である。彼と目が合った途端、蓮見は敬礼しかねない勢いで姿勢を正した。
「久しぶりだな、酔っ払いオヤジよ」
蓮見は娘の桜がレイと交際していたことを知り、ショックを受けた。直人が入院している間、レイと一対一で話し合いをしたそうだが、そのとき松田の診療所で醜態を晒したらしい。
「お、お久しぶりです。その節は大変お世話になりました!」
「今日だけは休めと言ったはずだぞ」
蓮見の挨拶を無視し、松田は草薙を睨みつけた。
「仕事の引き継ぎに来ただけだ。すぐ終わる」
「おまえの嘘には慣れている。ここで待たせてもらうぞ」
松田は蓮見の席に座った。たまたま近くあった椅子に座っただけで、そこが蓮見の席であることは知らなかったはずだが、彼が困惑したのは言うまでもない。
「おまえ、どうやってここに入ってきた?」
マイペースすぎる松田に、さすがの草薙も呆れたようである。砕けた口調でこう告げた。
「ここは警視庁本部庁舎だ。おまえが医者でも、そう簡単に入れるわけがない」
言われてみればその通りである。にもかかわらず、松田は外部からの入館だと示す身分証を首からぶら下げていた。
「俺が細工した。非常勤のドクターって扱いにしてな」
現れたのは、スーツ姿で眼鏡をかけたレイである。レイの姿を見て、草薙は観念したように肩をすくめた。
「ウチのセキュリティーを知り得ている君には、敵うはずもないということか」
「俺だってこんな真似はしたくなかったさ。先生に頼まれて仕方なくだよ」
権力も金も松田には通用しない。彼に弱点はあるのかと、改めて思う直人であった。
「ほら、引き継ぎとやらを終わらせてこい。早くしないと、おまえのところに押しかけるぞ」
脅しでもなんでなく、松田なら本当にやる。それをわかってのことだろう。草薙は大きな息を一つついた後、わかったと言って去っていった。
「さてと、邪魔者もいなくなったことだし、始めるか」
そう言うと、レイは半分資料室のままの場所から椅子を二つ持ってきて、直人の机の近くにおいた。
「始めるって何を?」
レイの発言に、直人も蓮見も首を傾げるばかりである。
「寝ぼけてんじゃねえよ、おまえが言い出したことだろうが」
レイは直人のデスクのパソコンを立ち上げ、当然のように座った。
「草薙を刺した犯人を捕まえる。そのための捜査をするんだろ」
レイの言葉で、事の次第を知った蓮見は驚き、すぐさま直人を見る。それが嘘ではないことを示すように、直人は頷いた。
「これは警視庁だけの問題じゃなさそうだ。草薙が口を噤むのは、その辺りの事情もあってのことだと思う」
パソコンがログインIDとパスワードを示す画面に変わると、レイはスラスラと入力をし、起動させた。
「正直俺も困惑してんだよ。一時的とはいえ、ボスが警察の人間だったってことにな」
「私に用があるのかい、桜井君」
桜井が反論しようとすれば、抜群のタイミングで草薙が現れた。いつも通り凛とした空気を放っているが、やはり顔色はさえない。昨日の今日であるからして、動くのも辛いはずなのにと直人が口ごもると、草薙は藤堂に視線をやった。
「藤堂警部補、ここへの出入りを許可はしたが、君の職場はここではないはずだが」
「ええ。大怪我から復帰した元後輩の無事を確認しに来ただけです。じゃあな、桜井、無理するなよ」
藤堂は草薙をまっすぐ見つめ返し、後の言葉を直人に告げた後、去っていった。
「なんだ、あれ。まるで草薙さんが怪我させたみたいな言い方じゃねえか!?」
蓮見は藤堂が気に入らないらしく、居なくなった途端、文句を言い始めた。
「口が固くて権力に屈しないことだけは確かだけどな、性格悪すぎだろ」
「それぐらいにしておけ、蓮見」
草薙が制したおかげで止まったが、蓮見は不服そうだった。まもなく草薙は直人を見やる。
「先に出て来て悪かったね」
「いえ。あの、事後報告になってしまったのですが、実は──」
「シラサカ君のところで世話になるのだろう。気を遣わせてしまって悪かったね」
何も知らない蓮見は、草薙と直人を交互に見やり、目を丸くした。
「申し訳ありません。勝手に決められてしまったもので」
「謝る必要はないよ。私が君の居場所を奪ってしまったようなものだから」
「どういうことだよ、なぜ桜井君があの殺し屋と同居なんだよ!?」
何も知らない蓮見の疑問に答えたのは、意外な人物だった。
「このバカが、俺に泣きつくような羽目になったからだよ」
松田である。彼と目が合った途端、蓮見は敬礼しかねない勢いで姿勢を正した。
「久しぶりだな、酔っ払いオヤジよ」
蓮見は娘の桜がレイと交際していたことを知り、ショックを受けた。直人が入院している間、レイと一対一で話し合いをしたそうだが、そのとき松田の診療所で醜態を晒したらしい。
「お、お久しぶりです。その節は大変お世話になりました!」
「今日だけは休めと言ったはずだぞ」
蓮見の挨拶を無視し、松田は草薙を睨みつけた。
「仕事の引き継ぎに来ただけだ。すぐ終わる」
「おまえの嘘には慣れている。ここで待たせてもらうぞ」
松田は蓮見の席に座った。たまたま近くあった椅子に座っただけで、そこが蓮見の席であることは知らなかったはずだが、彼が困惑したのは言うまでもない。
「おまえ、どうやってここに入ってきた?」
マイペースすぎる松田に、さすがの草薙も呆れたようである。砕けた口調でこう告げた。
「ここは警視庁本部庁舎だ。おまえが医者でも、そう簡単に入れるわけがない」
言われてみればその通りである。にもかかわらず、松田は外部からの入館だと示す身分証を首からぶら下げていた。
「俺が細工した。非常勤のドクターって扱いにしてな」
現れたのは、スーツ姿で眼鏡をかけたレイである。レイの姿を見て、草薙は観念したように肩をすくめた。
「ウチのセキュリティーを知り得ている君には、敵うはずもないということか」
「俺だってこんな真似はしたくなかったさ。先生に頼まれて仕方なくだよ」
権力も金も松田には通用しない。彼に弱点はあるのかと、改めて思う直人であった。
「ほら、引き継ぎとやらを終わらせてこい。早くしないと、おまえのところに押しかけるぞ」
脅しでもなんでなく、松田なら本当にやる。それをわかってのことだろう。草薙は大きな息を一つついた後、わかったと言って去っていった。
「さてと、邪魔者もいなくなったことだし、始めるか」
そう言うと、レイは半分資料室のままの場所から椅子を二つ持ってきて、直人の机の近くにおいた。
「始めるって何を?」
レイの発言に、直人も蓮見も首を傾げるばかりである。
「寝ぼけてんじゃねえよ、おまえが言い出したことだろうが」
レイは直人のデスクのパソコンを立ち上げ、当然のように座った。
「草薙を刺した犯人を捕まえる。そのための捜査をするんだろ」
レイの言葉で、事の次第を知った蓮見は驚き、すぐさま直人を見る。それが嘘ではないことを示すように、直人は頷いた。
「これは警視庁だけの問題じゃなさそうだ。草薙が口を噤むのは、その辺りの事情もあってのことだと思う」
パソコンがログインIDとパスワードを示す画面に変わると、レイはスラスラと入力をし、起動させた。
「正直俺も困惑してんだよ。一時的とはいえ、ボスが警察の人間だったってことにな」
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