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始まり~Fの呪縛~
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マキから解放されたというべきか、眠気に負けたというべきか、気づいたときには直人はダイニングテーブルに頭を突っ伏していた。全身を包み込むように、頭から毛布がかけられていたこともあり、寒さは感じない。隣にいたはずのマキの姿は無く、しんとした室内は物音一つしなかった。凝り固まった体を少しずつ動かして立ち上がれば、陽の光が感じられた。何気なく腕時計で時間を確認して、直人は現実を思い知った。
嘘だろ、七時半って!?
慌てて部屋に戻れば、草薙は「先に出る」というメモを置いていなくなっていた。慌ててシャワーを浴び、着替えをするのが精一杯で、直人は玄関を開け放った。
「勝手にいなくなるなよな。せめて一声かけていけ」
そこには、サングラスをかけ、ジーンズにパーカーというラフな服装のシラサカがいた。
「おはようございます。寝てたんじゃなかったんですか?」
「おはよ。物音で目が覚めたんだよ」
リビングのソファーで、カナリアはシラサカにもたれかかって寝息を立てていた。シラサカも目を閉じていたので、寝ているものだと思い、声をかけなかったのだ。
「お騒がせしてすみませんが、これから仕事なので」
「わかってる。送ってやるからついてきな」
「いや、行き先は警視庁ですよ!?」
「手前までだよ。車なら五分だろ」
「さすがに五分じゃ無理ですってば」
こんなやり取りがあった後、直人はシラサカの車に乗せられた。そのまままっすぐ本庁に向かってくれればよかったのだが、朝飯がまだだの、ハニーの朝ご飯も買うだのと言われ、いくら断っても聞いてもらえなかった。直人が本部庁舎に辿り着いたのは、始業時間である午前九時ギリギリになった。
「お、おはようございますっ!?」
「おはよう。なんだ、寝坊か?」
同僚の蓮見は、既にデスクにおり、コンビニで買ったと思しきコーヒーを口にしていた。
「まあ、そんな感じです。本当すみません!」
マキにつきあわされて散々だったとは言えず、直人は頭を下げた。
「一課みたいな捜査をするわけじゃないんだから、少しくらい遅れたってかまわないよ」
名目上は警視庁捜査一課に属しているが、特殊捜査二係は草薙直属の組織である。部屋も一課とは離れた場所にあり、本部庁舎の地下にある。そこは資料室という名の物置部屋で、半分は片づけられたが、半分はそのままになっていた。片づけられたスペースに、直人と蓮見のデスクがあり、各々デスクトップのパソコンが置かれているだけの簡素な部屋である。
「急ぎの案件もないし、何より桜井君は病み上がりなんだから、ゆっくりすればいいさ」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃないんですって!?」
どうやら草薙が怪我をしたことは、蓮見には伝わっていないらしい。
「お、いたいた。久しぶりだな、桜井」
蓮見に草薙の話をしようとしたとき、ノックと同時に聞き覚えのある声が耳に届いた。振り返れば、ダークなスーツに身を包んだ相手がそこにいた。
「藤堂さん!?」
藤堂駆は捜査一課の刑事である。直人より三歳上の先輩で、一課にいた頃は公私共に交流があった。
「昨日から職場復帰って聞いてたんだけど、俺休みだったからさ、朝イチで顔見に来たんだ。大怪我したって聞いたけど、元気そうでよかったよ」
「わざわざすみません。あ、えっと、こちらは──」
昔馴染みとの再会を喜ぶ直人は、側にいた蓮見を紹介しようとしたが、それより先に本人が声をかけた。
「一課の人間が、用もないのに顔出すんじゃねえよ」
「相変わらず連れないですね、蓮見警部。今日は元後輩の桜井君に会いに来ただけですよ」
やり取りからして、直人が不在の期間中、藤堂はここに出入りしていたようだ。そのことを蓮見はよく思っていないようである。
「胡散臭いんだよ、おまえは」
「酷いなぁ。箝口令もちゃんと守っているんですけど」
蓮見の嫌味をさらりと交わす藤堂。上にも下にも態度は変えず、自分の信念を貫き通す。こういうところは昔から変わらない。捜査一課の高梨班にいた頃、起訴を終える度に藤堂に誘われ、愚痴を言い合ったりもした。酒が入ってのことだが、不条理だらけの現状をどうにか出来ないものかと、青臭い主張をしたこともある。
今の俺は、あの頃とは違うんだよな。
レイ達と関わったことで、直人は不条理どころではない現実を知ってしまったから。
「事情は係長から聞いたぜ」
藤堂の言葉で直人は我に返る。意外にも、彼は笑っていた。
「俺は、おまえを責めるつもりはないからな」
後から聞いた話だが、カナリアの事件が公になる寸前のところで、捜査一課の高梨と藤堂も捜査に加わった。よって、彼らはハナムラという組織のことを知っている。
「いや、でも」
自分がしていることは、警察官としてはあるまじき行為だ。それを自覚した上で直人は日常を送っている。
「おまえより、総監が裏社会と繋がってることの方が問題だろうが。警視庁のトップが反社会勢力と密に関わってんだぞ。これが明るみになれば、どういう事態になるか、わかるだろう」
藤堂が言うような事態になれば、警察という組織は失墜する。大混乱になることだけは間違いないだろう。
「一刻も早く辞めてもらった方がいい」
草薙が警視総監の職を辞せば、彼の直属である特殊捜査二係も解散になるだろう。クビになるのは仕方ないが、ハナムラとの関わりも消えてなくなることになり、レイの力を借りることも出来なくなる。
「あの人には黒い噂もあるしな」
「おい、いい加減にしろ!?」
それまで黙って聞いていた蓮見が割って入る。
「蓮見警部もご存知のはずですよ。有名な話じゃないですか、あの人に関わると死人が出るってね」
正直、藤堂がここまで草薙を嫌っているとは思わなかった。草薙が警視総監に就任した際も、直人が知る限り、それほど気にしていなかったのに見えた。
嘘だろ、七時半って!?
慌てて部屋に戻れば、草薙は「先に出る」というメモを置いていなくなっていた。慌ててシャワーを浴び、着替えをするのが精一杯で、直人は玄関を開け放った。
「勝手にいなくなるなよな。せめて一声かけていけ」
そこには、サングラスをかけ、ジーンズにパーカーというラフな服装のシラサカがいた。
「おはようございます。寝てたんじゃなかったんですか?」
「おはよ。物音で目が覚めたんだよ」
リビングのソファーで、カナリアはシラサカにもたれかかって寝息を立てていた。シラサカも目を閉じていたので、寝ているものだと思い、声をかけなかったのだ。
「お騒がせしてすみませんが、これから仕事なので」
「わかってる。送ってやるからついてきな」
「いや、行き先は警視庁ですよ!?」
「手前までだよ。車なら五分だろ」
「さすがに五分じゃ無理ですってば」
こんなやり取りがあった後、直人はシラサカの車に乗せられた。そのまままっすぐ本庁に向かってくれればよかったのだが、朝飯がまだだの、ハニーの朝ご飯も買うだのと言われ、いくら断っても聞いてもらえなかった。直人が本部庁舎に辿り着いたのは、始業時間である午前九時ギリギリになった。
「お、おはようございますっ!?」
「おはよう。なんだ、寝坊か?」
同僚の蓮見は、既にデスクにおり、コンビニで買ったと思しきコーヒーを口にしていた。
「まあ、そんな感じです。本当すみません!」
マキにつきあわされて散々だったとは言えず、直人は頭を下げた。
「一課みたいな捜査をするわけじゃないんだから、少しくらい遅れたってかまわないよ」
名目上は警視庁捜査一課に属しているが、特殊捜査二係は草薙直属の組織である。部屋も一課とは離れた場所にあり、本部庁舎の地下にある。そこは資料室という名の物置部屋で、半分は片づけられたが、半分はそのままになっていた。片づけられたスペースに、直人と蓮見のデスクがあり、各々デスクトップのパソコンが置かれているだけの簡素な部屋である。
「急ぎの案件もないし、何より桜井君は病み上がりなんだから、ゆっくりすればいいさ」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃないんですって!?」
どうやら草薙が怪我をしたことは、蓮見には伝わっていないらしい。
「お、いたいた。久しぶりだな、桜井」
蓮見に草薙の話をしようとしたとき、ノックと同時に聞き覚えのある声が耳に届いた。振り返れば、ダークなスーツに身を包んだ相手がそこにいた。
「藤堂さん!?」
藤堂駆は捜査一課の刑事である。直人より三歳上の先輩で、一課にいた頃は公私共に交流があった。
「昨日から職場復帰って聞いてたんだけど、俺休みだったからさ、朝イチで顔見に来たんだ。大怪我したって聞いたけど、元気そうでよかったよ」
「わざわざすみません。あ、えっと、こちらは──」
昔馴染みとの再会を喜ぶ直人は、側にいた蓮見を紹介しようとしたが、それより先に本人が声をかけた。
「一課の人間が、用もないのに顔出すんじゃねえよ」
「相変わらず連れないですね、蓮見警部。今日は元後輩の桜井君に会いに来ただけですよ」
やり取りからして、直人が不在の期間中、藤堂はここに出入りしていたようだ。そのことを蓮見はよく思っていないようである。
「胡散臭いんだよ、おまえは」
「酷いなぁ。箝口令もちゃんと守っているんですけど」
蓮見の嫌味をさらりと交わす藤堂。上にも下にも態度は変えず、自分の信念を貫き通す。こういうところは昔から変わらない。捜査一課の高梨班にいた頃、起訴を終える度に藤堂に誘われ、愚痴を言い合ったりもした。酒が入ってのことだが、不条理だらけの現状をどうにか出来ないものかと、青臭い主張をしたこともある。
今の俺は、あの頃とは違うんだよな。
レイ達と関わったことで、直人は不条理どころではない現実を知ってしまったから。
「事情は係長から聞いたぜ」
藤堂の言葉で直人は我に返る。意外にも、彼は笑っていた。
「俺は、おまえを責めるつもりはないからな」
後から聞いた話だが、カナリアの事件が公になる寸前のところで、捜査一課の高梨と藤堂も捜査に加わった。よって、彼らはハナムラという組織のことを知っている。
「いや、でも」
自分がしていることは、警察官としてはあるまじき行為だ。それを自覚した上で直人は日常を送っている。
「おまえより、総監が裏社会と繋がってることの方が問題だろうが。警視庁のトップが反社会勢力と密に関わってんだぞ。これが明るみになれば、どういう事態になるか、わかるだろう」
藤堂が言うような事態になれば、警察という組織は失墜する。大混乱になることだけは間違いないだろう。
「一刻も早く辞めてもらった方がいい」
草薙が警視総監の職を辞せば、彼の直属である特殊捜査二係も解散になるだろう。クビになるのは仕方ないが、ハナムラとの関わりも消えてなくなることになり、レイの力を借りることも出来なくなる。
「あの人には黒い噂もあるしな」
「おい、いい加減にしろ!?」
それまで黙って聞いていた蓮見が割って入る。
「蓮見警部もご存知のはずですよ。有名な話じゃないですか、あの人に関わると死人が出るってね」
正直、藤堂がここまで草薙を嫌っているとは思わなかった。草薙が警視総監に就任した際も、直人が知る限り、それほど気にしていなかったのに見えた。
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