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始まり~Fの呪縛~
⑥
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「心配しなくていい。花村は君に危害を加えることはしないから」
「俺のことより、自分の体を心配してください。明日からどうするんです?」
直人は草薙をリビングのソファーに横たわらせ、寝室から持ってきたタオルケットをかけた。
「勿論、仕事をするよ」
「せめて、明日は休まれた方が!?」
「私には立場がある。警視庁の長としての責任がある」
桜井の訴えに、草薙は静かに笑みを浮かべた。おそらく、何を言ってもノーとしか言わないだろう。
「だったらせめて、捜査をさせてください」
「捜査とは?」
「あなたを刺した犯人を捕まえることです」
「事件にもなっていないのに、どうやって捕まえるのかな?」
怪我の治療を松田に依頼してきた以上、犯人に関しても草薙は口を割らないだろう。
「特殊捜査二係は、捜査一課に所属していますが、基本的に独立した組織です。どんな捜査をしているのか、報告する義務もありません」
「大事なことを忘れていないか、特殊捜査二係は、私が作った組織だよ。ここへ滞在することは認めたが、捜査は認めない」
草薙は鋭い視線で直人を見つめる。
「そういうことなら、草薙総監、休暇をください。仕事じゃなければ、事件にもなっていない事案を調べても、問題ありませんよね」
権力で締めつけてくることは、わかっていた。ならば、特殊捜査二係としてではなく、直人が個人的に動けばいい。
「頼む、無茶をしないでくれ、桜井君」
直人の行動を察して、草薙は起き上がった。常に冷静な彼にしては、ひどく焦っているように見えた。
「私は、君を失いたくないんだよ!」
「だったら認めてください。今回の事案、特殊捜査二係で捜査させてください」
捜査をすれば、草薙の過去に踏み込むことになる。プライバシーに立ち入るのは気が引けるけれど、このまま黙って見ていることなんて出来ない。
『ナオは、俺らが護ってやる』
そのとき、どこからともなくレイの声が聞こえてきた。花村が来るからと早々に辞したものの、この部屋の持ち主はレイだし、奥の部屋にデスクトップパソコン一式が揃えられていることからして、今までのやり取りを聞いていたようだ。
『別にあんたの味方をするわけじゃない。ボスから連絡がきて、ナオが捜査をすると言い出すから、サポートしてやれと言われたんだよ』
『この俺がついてやるんだ、傷一つつけねえよ』
そこに、シラサカの声が混じる。
『ナオが捜査するなら、当然ハスミンも一緒でしょ。そっちは僕に任せて』
続いてマキ。どうやら彼は蓮見に就くようである。
『あんたがくたばると、大事な金づるがいなくなる。権力と金は、いくらあっても困らないからな』
「反対しても、無駄と言うことか……」
草薙は小さく息を吐いた後、苦笑いを浮かべて言った。
「最後の忠告だ、桜井君。この件に首を突っ込めば、後戻り出来なくなるよ」
事の始まりは、草薙から強引に違法捜査を押しつけられたことだった。事実上のクビを言い渡されて、レイ達と出会った。自分とは真逆の位置にいて、決して許されないことをしているというのに、彼らには彼らなりの正義があることを知った。
「今更ですよ。それに、上司を傷つけられて、平気でなんかいられませんから」
レイ達と出会わなければ、こんな気持ちにはならなかった。誰かを救うということが、自分の天職だということにも気づかなかったはずだから。
「わかった。捜査を許可しよう。だが、私は何も話さないよ」
『そういうことなら、勝手に調べるまでだ』
ここぞとばかり、レイが言った。ハナムラの情報屋である彼の手にかかれば、わからないものはないと言ってもいいだろう。
『はーい、話決まり。ナオ、サカさんの部屋においでよ。歓迎パーティーのやり直ししよう』
マキの誘いは有り難かったが、怪我人を置いてはいけない。直人が断ろうとする前に、草薙が言った。
「だそうだよ、桜井君。明日からの仕事に備えて、私はここで休ませてもらうから」
「でしたら、ソファーでなく寝室の方に」
怪我人だからこそ、草薙はベッドで休むべきだと直人は思っていた。
「この部屋の主は君だ。私はここで十分だよ。着替え等は松田が運んでくれることになっている。あいつにも伝えておくから、行っておいで」
部屋が別とはいえ、上司であり警視総監でもある草薙と同じ屋根の下で暮らすのは、緊張感を伴う。
『ほら、お許しも出たんだし、早くおいでよぉ』
マキに急かされたこと、今後のことをレイと話したいこともあって、直人はシラサカの部屋を訪ねることにした。
「俺のことより、自分の体を心配してください。明日からどうするんです?」
直人は草薙をリビングのソファーに横たわらせ、寝室から持ってきたタオルケットをかけた。
「勿論、仕事をするよ」
「せめて、明日は休まれた方が!?」
「私には立場がある。警視庁の長としての責任がある」
桜井の訴えに、草薙は静かに笑みを浮かべた。おそらく、何を言ってもノーとしか言わないだろう。
「だったらせめて、捜査をさせてください」
「捜査とは?」
「あなたを刺した犯人を捕まえることです」
「事件にもなっていないのに、どうやって捕まえるのかな?」
怪我の治療を松田に依頼してきた以上、犯人に関しても草薙は口を割らないだろう。
「特殊捜査二係は、捜査一課に所属していますが、基本的に独立した組織です。どんな捜査をしているのか、報告する義務もありません」
「大事なことを忘れていないか、特殊捜査二係は、私が作った組織だよ。ここへ滞在することは認めたが、捜査は認めない」
草薙は鋭い視線で直人を見つめる。
「そういうことなら、草薙総監、休暇をください。仕事じゃなければ、事件にもなっていない事案を調べても、問題ありませんよね」
権力で締めつけてくることは、わかっていた。ならば、特殊捜査二係としてではなく、直人が個人的に動けばいい。
「頼む、無茶をしないでくれ、桜井君」
直人の行動を察して、草薙は起き上がった。常に冷静な彼にしては、ひどく焦っているように見えた。
「私は、君を失いたくないんだよ!」
「だったら認めてください。今回の事案、特殊捜査二係で捜査させてください」
捜査をすれば、草薙の過去に踏み込むことになる。プライバシーに立ち入るのは気が引けるけれど、このまま黙って見ていることなんて出来ない。
『ナオは、俺らが護ってやる』
そのとき、どこからともなくレイの声が聞こえてきた。花村が来るからと早々に辞したものの、この部屋の持ち主はレイだし、奥の部屋にデスクトップパソコン一式が揃えられていることからして、今までのやり取りを聞いていたようだ。
『別にあんたの味方をするわけじゃない。ボスから連絡がきて、ナオが捜査をすると言い出すから、サポートしてやれと言われたんだよ』
『この俺がついてやるんだ、傷一つつけねえよ』
そこに、シラサカの声が混じる。
『ナオが捜査するなら、当然ハスミンも一緒でしょ。そっちは僕に任せて』
続いてマキ。どうやら彼は蓮見に就くようである。
『あんたがくたばると、大事な金づるがいなくなる。権力と金は、いくらあっても困らないからな』
「反対しても、無駄と言うことか……」
草薙は小さく息を吐いた後、苦笑いを浮かべて言った。
「最後の忠告だ、桜井君。この件に首を突っ込めば、後戻り出来なくなるよ」
事の始まりは、草薙から強引に違法捜査を押しつけられたことだった。事実上のクビを言い渡されて、レイ達と出会った。自分とは真逆の位置にいて、決して許されないことをしているというのに、彼らには彼らなりの正義があることを知った。
「今更ですよ。それに、上司を傷つけられて、平気でなんかいられませんから」
レイ達と出会わなければ、こんな気持ちにはならなかった。誰かを救うということが、自分の天職だということにも気づかなかったはずだから。
「わかった。捜査を許可しよう。だが、私は何も話さないよ」
『そういうことなら、勝手に調べるまでだ』
ここぞとばかり、レイが言った。ハナムラの情報屋である彼の手にかかれば、わからないものはないと言ってもいいだろう。
『はーい、話決まり。ナオ、サカさんの部屋においでよ。歓迎パーティーのやり直ししよう』
マキの誘いは有り難かったが、怪我人を置いてはいけない。直人が断ろうとする前に、草薙が言った。
「だそうだよ、桜井君。明日からの仕事に備えて、私はここで休ませてもらうから」
「でしたら、ソファーでなく寝室の方に」
怪我人だからこそ、草薙はベッドで休むべきだと直人は思っていた。
「この部屋の主は君だ。私はここで十分だよ。着替え等は松田が運んでくれることになっている。あいつにも伝えておくから、行っておいで」
部屋が別とはいえ、上司であり警視総監でもある草薙と同じ屋根の下で暮らすのは、緊張感を伴う。
『ほら、お許しも出たんだし、早くおいでよぉ』
マキに急かされたこと、今後のことをレイと話したいこともあって、直人はシラサカの部屋を訪ねることにした。
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