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誰も知らない世界の果ては(スピンオフ短編)
③
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月日は流れ、翔也もレイも大人になった。
『なんだ、翔也か。大した用もないくせに、連絡してくるなよ』
「オヤジに頼まれて連絡してるだけだ。週末帰ってこいってさ」
『はあ? なんで俺が、てめえらのところに行かなきゃなんねえんだよ』
レイの口の悪さは相変わらずだった。小学生のときの方がまだ可愛げがあったくらいである。こうして話すのはいつ以来だろうか。
「オヤジが久しぶりに三人で食事したいって言い張ってんだよ。ウザくて仕方ねえから、つきあってやれよ」
『だったら、面と向かって俺に言えよ』
「言ったらおまえが断るからって。職場でもオヤジを邪険にしてるんだって? 愚痴を聞かされるこっちの身にもなれよ」
『責任を全部押しつけて隠居した奴に、言われたくねえな』
最近になって、父は自分が抱えていた仕事や責任全てをレイに譲ったそうだ。父が裏社会の人間であることに変わりはないが、第一線から退いた形になっている。
『それに、おまえら親子との家族ごっこは、とっくに終わってるだろうが』
翔也は大学在籍中、アルバイトで貯めた金でようやく家を出たが、レイは高校を卒業するまで父と暮らしていた。卒業後、ようやくGPSが外され、監視されなくなって自立したという。今は仲間と同居しているという話だった。
『つーか、ヤッサンはどこまでお人好しなんだ。見ず知らずのガキを引き取ったかと思えば、情報屋のリーダーの座まで明け渡しやがって』
「オヤジは、おまえのことが大好きなんだよ」
後に父からこっそり聞かされた。レイの両親を殺したのは父の同僚で、彼も一緒に殺されるはずだったが、運良く生き残ったこと。今すぐ死ぬか裏社会で生きるかを問われ、レイは迷うことなく生きることを選択したことを。
レイの悲壮な覚悟を知って、父は手を差し伸べた。決して正しいことであったとは言えないけれど、そうしなければ、レイは生きられなかったし、自由にもなれなかっただろう。
『気持ち悪いこと言うんじゃねえ。あーもう、面倒くせえなあ。仕方ねえから帰ってやるよ。豪勢な飯の準備を忘れんなって言っとけ』
いつかのように、少しばかりレイの声が上擦った。言葉は悪くとも、レイが父を慕っていることはわかる。
「わかった、伝えとく」
三人で食事なんて久しぶりだった。翔也は父とは顔を合わすが、レイとは何年も顔を合わせていなかった。懐かしさでくすぐったい気持ちになりながら、翔也は電話を切ろうとしたのだが……
『おまえ、いつか言ったよな』
「え、何を?」
用が終わればすぐに電話を切ってしまうレイが、珍しく引き伸ばしてきた。
『同情なんかしねえ、必ず這い上がれって。あん時、実は結構嬉しかった。一応、伝えとく』
言うだけ言って電話は切れてしまったが、翔也の胸は少し熱くなっていた。
「結構嬉しかった、か」
あの頃の翔也は甘えていて、何もわかっていなかった。社会に出て、闇を垣間見れば、父の仕事が存在する意味が少しだけ理解出来た。
光がよりいっそう輝くためには、表に出ることのない闇の存在が必要で、それは忌み嫌われながらも、この世界に存在し続ける。
多くの人々はそれを絶望と呼び、見ないふりをする。交われば世界の果てへ飛ばされることを知っているから。
「初めてじゃねえ、おまえが礼を言うなんてさ」
出会ったときからずっと、翔也はレイに敵わない。この先ずっと変わることもないだろう。
世界の果てにある絶望の中で、彼は確かに生きている。
ほんのわずかな希望を胸に抱いて。
『なんだ、翔也か。大した用もないくせに、連絡してくるなよ』
「オヤジに頼まれて連絡してるだけだ。週末帰ってこいってさ」
『はあ? なんで俺が、てめえらのところに行かなきゃなんねえんだよ』
レイの口の悪さは相変わらずだった。小学生のときの方がまだ可愛げがあったくらいである。こうして話すのはいつ以来だろうか。
「オヤジが久しぶりに三人で食事したいって言い張ってんだよ。ウザくて仕方ねえから、つきあってやれよ」
『だったら、面と向かって俺に言えよ』
「言ったらおまえが断るからって。職場でもオヤジを邪険にしてるんだって? 愚痴を聞かされるこっちの身にもなれよ」
『責任を全部押しつけて隠居した奴に、言われたくねえな』
最近になって、父は自分が抱えていた仕事や責任全てをレイに譲ったそうだ。父が裏社会の人間であることに変わりはないが、第一線から退いた形になっている。
『それに、おまえら親子との家族ごっこは、とっくに終わってるだろうが』
翔也は大学在籍中、アルバイトで貯めた金でようやく家を出たが、レイは高校を卒業するまで父と暮らしていた。卒業後、ようやくGPSが外され、監視されなくなって自立したという。今は仲間と同居しているという話だった。
『つーか、ヤッサンはどこまでお人好しなんだ。見ず知らずのガキを引き取ったかと思えば、情報屋のリーダーの座まで明け渡しやがって』
「オヤジは、おまえのことが大好きなんだよ」
後に父からこっそり聞かされた。レイの両親を殺したのは父の同僚で、彼も一緒に殺されるはずだったが、運良く生き残ったこと。今すぐ死ぬか裏社会で生きるかを問われ、レイは迷うことなく生きることを選択したことを。
レイの悲壮な覚悟を知って、父は手を差し伸べた。決して正しいことであったとは言えないけれど、そうしなければ、レイは生きられなかったし、自由にもなれなかっただろう。
『気持ち悪いこと言うんじゃねえ。あーもう、面倒くせえなあ。仕方ねえから帰ってやるよ。豪勢な飯の準備を忘れんなって言っとけ』
いつかのように、少しばかりレイの声が上擦った。言葉は悪くとも、レイが父を慕っていることはわかる。
「わかった、伝えとく」
三人で食事なんて久しぶりだった。翔也は父とは顔を合わすが、レイとは何年も顔を合わせていなかった。懐かしさでくすぐったい気持ちになりながら、翔也は電話を切ろうとしたのだが……
『おまえ、いつか言ったよな』
「え、何を?」
用が終わればすぐに電話を切ってしまうレイが、珍しく引き伸ばしてきた。
『同情なんかしねえ、必ず這い上がれって。あん時、実は結構嬉しかった。一応、伝えとく』
言うだけ言って電話は切れてしまったが、翔也の胸は少し熱くなっていた。
「結構嬉しかった、か」
あの頃の翔也は甘えていて、何もわかっていなかった。社会に出て、闇を垣間見れば、父の仕事が存在する意味が少しだけ理解出来た。
光がよりいっそう輝くためには、表に出ることのない闇の存在が必要で、それは忌み嫌われながらも、この世界に存在し続ける。
多くの人々はそれを絶望と呼び、見ないふりをする。交われば世界の果てへ飛ばされることを知っているから。
「初めてじゃねえ、おまえが礼を言うなんてさ」
出会ったときからずっと、翔也はレイに敵わない。この先ずっと変わることもないだろう。
世界の果てにある絶望の中で、彼は確かに生きている。
ほんのわずかな希望を胸に抱いて。
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