追憶のquiet

makikasuga

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ボーダーラインで生きる

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 一ヶ月後、桜井は松田の診療所を退院した。前日に草薙から連絡があり、退院したらすぐ警視庁本部庁舎へ顔を出すようにと言われていた。

「なんで俺なわけ? これこそマキの仕事だろ。刑事さんと仲良しこよしなんだし」
「うるさい。黙って運転しろ」
 自宅に戻って着替えてから行くつもりだったが、診療所に黒いスーツにメガネをかけたレイとラフな服装のシラサカが現れ、今から草薙に会うからと、その場でレイが用意したスーツに着替えさせられた。わけがわからないまま、桜井は車の後部座席に乗せられ、運転手シラサカと助手席のレイの会話を聞かされている。
「俺、あいつに会いたくないんだけど」
「おまえはただの運転手。庁舎の中には入らない」
「だったら尚更、マキでよかっただろ」
「おまえは始末屋のリーダーだろ。文句があるならボスに言え」
「勿論言ったさ。でも、この件はレイに一任してるからって」
 シラサカがバックミラー越しに桜井を見た。直接攻撃してはこないものの、好印象でないことだけは、はっきりとわかる。
「これでハナムラも終わりかねえ」
 あからさまに視線を外し、シラサカは大きな溜息をついた。
「おまえが生きてる限り、ハナムラは終わらねえよ」
「しかし、よくボスが承知したもんだよなぁ……」
 二人の話が理解出来ず、桜井は首を傾げるばかりである。
「お互いメリットがあってのことだ。いい加減、その刑事さん呼び、やめろ」
「俺はまだ納得してねえんだよ」
「おまえが言ったんだろうが、刑事さん呼びは失礼だって」
「あん時とは状況が違うじゃねえか。警察とタッグを組むなんてこと、浅田の連中に知られてみろ。何を言われるか、わかんねえぞ」
 警察とタッグを組むという言葉に、桜井は目を丸くした。
「だからこそ、おまえが運転手なんだよ。これはボスとリーダーしか知らない極秘事項なんだから」
「こんなときだけ、持ち上げられてもな」
 話に割り込みたかったが、二人の会話は止まることはなく、シラサカは運転しながら、愚痴をこぼし続けていた。

 そうこうするうちに、車は庁舎が見える場所にやってきた。
「ここでいい。車を停めろ」
 レイの言葉を受け、シラサカはハザードランプを点灯させ、路肩に車を停めた。
「ナオ、降りるぞ」
 レイは先に車を降りていた。桜井がドアに手をかけたとき、強烈な視線を感じ、たまらず振り返った。
「散々文句言って、悪かったな」
 運転手のシラサカが、桜井をじっと見つめていた。
「いえ。あの、呼び方はなんでもいいですから」
「あんたさ、俺らのこと、どう思ってるんだ?」
 唐突に問われ、桜井は戸惑った。
「人殺しを平気でやる連中だぜ。あんたらの敵なんだぞ」
「今は平気かもしれないけど、そうなるまでに苦しんだと思います」
 桜井が出会ったハナムラの人間は皆、同じオーラを纏っていた。今まで見てきたどの犯罪者達とも違う覚悟が、ひしひしと感じられた。
「だからといって、あなた達がしていることを認めることは、出来ませんけど」
 それでも、桜井は彼らの側に立つことは出来ない。他人が奪っていい命なんて一つもないし、罪を犯した者は法の下で裁かれなくてはならない。そうでなければ、世界は破滅する。
「認めることは出来ないねえ、言ってくれるじゃねえの」
 そう言うと、シラサカの青い瞳が輝いた。
「なら、認めさせてやるよ。俺達が存在する意味を、嫌っていうほどな」
 死神に魅入られるとは、こういうことをいうだろうか。桜井の背中がぞくりと震えた。
「おい、さっさと降りろ!」
 痺れを切らしたらしいレイが顔を覗かせてきた。 
「レイを怒らせると面倒だからさ、早く降りなよ、ナオ」
 シラサカもレイ達と同じように、桜井を名前で呼んだ。驚いて目を丸くすれば、シラサカは不敵に笑った後、こう言い放った。
「呼び方はなんでもいいんだろ。だったら俺も、そう呼ばせてもらうから」
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