58 / 60
ボーダーラインで生きる
④
しおりを挟む
一ヶ月後、桜井は松田の診療所を退院した。前日に草薙から連絡があり、退院したらすぐ警視庁本部庁舎へ顔を出すようにと言われていた。
「なんで俺なわけ? これこそマキの仕事だろ。刑事さんと仲良しこよしなんだし」
「うるさい。黙って運転しろ」
自宅に戻って着替えてから行くつもりだったが、診療所に黒いスーツにメガネをかけたレイとラフな服装のシラサカが現れ、今から草薙に会うからと、その場でレイが用意したスーツに着替えさせられた。わけがわからないまま、桜井は車の後部座席に乗せられ、運転手シラサカと助手席のレイの会話を聞かされている。
「俺、あいつに会いたくないんだけど」
「おまえはただの運転手。庁舎の中には入らない」
「だったら尚更、マキでよかっただろ」
「おまえは始末屋のリーダーだろ。文句があるならボスに言え」
「勿論言ったさ。でも、この件はレイに一任してるからって」
シラサカがバックミラー越しに桜井を見た。直接攻撃してはこないものの、好印象でないことだけは、はっきりとわかる。
「これでハナムラも終わりかねえ」
あからさまに視線を外し、シラサカは大きな溜息をついた。
「おまえが生きてる限り、ハナムラは終わらねえよ」
「しかし、よくボスが承知したもんだよなぁ……」
二人の話が理解出来ず、桜井は首を傾げるばかりである。
「お互いメリットがあってのことだ。いい加減、その刑事さん呼び、やめろ」
「俺はまだ納得してねえんだよ」
「おまえが言ったんだろうが、刑事さん呼びは失礼だって」
「あん時とは状況が違うじゃねえか。警察とタッグを組むなんてこと、浅田の連中に知られてみろ。何を言われるか、わかんねえぞ」
警察とタッグを組むという言葉に、桜井は目を丸くした。
「だからこそ、おまえが運転手なんだよ。これはボスとリーダーしか知らない極秘事項なんだから」
「こんなときだけ、持ち上げられてもな」
話に割り込みたかったが、二人の会話は止まることはなく、シラサカは運転しながら、愚痴をこぼし続けていた。
そうこうするうちに、車は庁舎が見える場所にやってきた。
「ここでいい。車を停めろ」
レイの言葉を受け、シラサカはハザードランプを点灯させ、路肩に車を停めた。
「ナオ、降りるぞ」
レイは先に車を降りていた。桜井がドアに手をかけたとき、強烈な視線を感じ、たまらず振り返った。
「散々文句言って、悪かったな」
運転手のシラサカが、桜井をじっと見つめていた。
「いえ。あの、呼び方はなんでもいいですから」
「あんたさ、俺らのこと、どう思ってるんだ?」
唐突に問われ、桜井は戸惑った。
「人殺しを平気でやる連中だぜ。あんたらの敵なんだぞ」
「今は平気かもしれないけど、そうなるまでに苦しんだと思います」
桜井が出会ったハナムラの人間は皆、同じオーラを纏っていた。今まで見てきたどの犯罪者達とも違う覚悟が、ひしひしと感じられた。
「だからといって、あなた達がしていることを認めることは、出来ませんけど」
それでも、桜井は彼らの側に立つことは出来ない。他人が奪っていい命なんて一つもないし、罪を犯した者は法の下で裁かれなくてはならない。そうでなければ、世界は破滅する。
「認めることは出来ないねえ、言ってくれるじゃねえの」
そう言うと、シラサカの青い瞳が輝いた。
「なら、認めさせてやるよ。俺達が存在する意味を、嫌っていうほどな」
死神に魅入られるとは、こういうことをいうだろうか。桜井の背中がぞくりと震えた。
「おい、さっさと降りろ!」
痺れを切らしたらしいレイが顔を覗かせてきた。
「レイを怒らせると面倒だからさ、早く降りなよ、ナオ」
シラサカもレイ達と同じように、桜井を名前で呼んだ。驚いて目を丸くすれば、シラサカは不敵に笑った後、こう言い放った。
「呼び方はなんでもいいんだろ。だったら俺も、そう呼ばせてもらうから」
「なんで俺なわけ? これこそマキの仕事だろ。刑事さんと仲良しこよしなんだし」
「うるさい。黙って運転しろ」
自宅に戻って着替えてから行くつもりだったが、診療所に黒いスーツにメガネをかけたレイとラフな服装のシラサカが現れ、今から草薙に会うからと、その場でレイが用意したスーツに着替えさせられた。わけがわからないまま、桜井は車の後部座席に乗せられ、運転手シラサカと助手席のレイの会話を聞かされている。
「俺、あいつに会いたくないんだけど」
「おまえはただの運転手。庁舎の中には入らない」
「だったら尚更、マキでよかっただろ」
「おまえは始末屋のリーダーだろ。文句があるならボスに言え」
「勿論言ったさ。でも、この件はレイに一任してるからって」
シラサカがバックミラー越しに桜井を見た。直接攻撃してはこないものの、好印象でないことだけは、はっきりとわかる。
「これでハナムラも終わりかねえ」
あからさまに視線を外し、シラサカは大きな溜息をついた。
「おまえが生きてる限り、ハナムラは終わらねえよ」
「しかし、よくボスが承知したもんだよなぁ……」
二人の話が理解出来ず、桜井は首を傾げるばかりである。
「お互いメリットがあってのことだ。いい加減、その刑事さん呼び、やめろ」
「俺はまだ納得してねえんだよ」
「おまえが言ったんだろうが、刑事さん呼びは失礼だって」
「あん時とは状況が違うじゃねえか。警察とタッグを組むなんてこと、浅田の連中に知られてみろ。何を言われるか、わかんねえぞ」
警察とタッグを組むという言葉に、桜井は目を丸くした。
「だからこそ、おまえが運転手なんだよ。これはボスとリーダーしか知らない極秘事項なんだから」
「こんなときだけ、持ち上げられてもな」
話に割り込みたかったが、二人の会話は止まることはなく、シラサカは運転しながら、愚痴をこぼし続けていた。
そうこうするうちに、車は庁舎が見える場所にやってきた。
「ここでいい。車を停めろ」
レイの言葉を受け、シラサカはハザードランプを点灯させ、路肩に車を停めた。
「ナオ、降りるぞ」
レイは先に車を降りていた。桜井がドアに手をかけたとき、強烈な視線を感じ、たまらず振り返った。
「散々文句言って、悪かったな」
運転手のシラサカが、桜井をじっと見つめていた。
「いえ。あの、呼び方はなんでもいいですから」
「あんたさ、俺らのこと、どう思ってるんだ?」
唐突に問われ、桜井は戸惑った。
「人殺しを平気でやる連中だぜ。あんたらの敵なんだぞ」
「今は平気かもしれないけど、そうなるまでに苦しんだと思います」
桜井が出会ったハナムラの人間は皆、同じオーラを纏っていた。今まで見てきたどの犯罪者達とも違う覚悟が、ひしひしと感じられた。
「だからといって、あなた達がしていることを認めることは、出来ませんけど」
それでも、桜井は彼らの側に立つことは出来ない。他人が奪っていい命なんて一つもないし、罪を犯した者は法の下で裁かれなくてはならない。そうでなければ、世界は破滅する。
「認めることは出来ないねえ、言ってくれるじゃねえの」
そう言うと、シラサカの青い瞳が輝いた。
「なら、認めさせてやるよ。俺達が存在する意味を、嫌っていうほどな」
死神に魅入られるとは、こういうことをいうだろうか。桜井の背中がぞくりと震えた。
「おい、さっさと降りろ!」
痺れを切らしたらしいレイが顔を覗かせてきた。
「レイを怒らせると面倒だからさ、早く降りなよ、ナオ」
シラサカもレイ達と同じように、桜井を名前で呼んだ。驚いて目を丸くすれば、シラサカは不敵に笑った後、こう言い放った。
「呼び方はなんでもいいんだろ。だったら俺も、そう呼ばせてもらうから」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる