追憶のquiet

makikasuga

文字の大きさ
上 下
55 / 60
ボーダーラインで生きる

しおりを挟む
 桜井は暗闇の中にいた。辛うじて残る最後の記憶によれば、蓮見桜を庇って銃弾を受けたはずである。

 そっか、俺、死んだのか。

 なんとなく理解して周囲を見渡せば、前も後ろも、左も右もわからない。

(そっちじゃないよ、ナオ)

 マキの声がして、前方から一筋の光が射し込んだ。あまりの眩しさに、桜井は右手で目を覆ったが、誰かがその手を取った。

(光を忘れるな、目を背けるなよ)

 レイだ。姿形はわからないが、彼の声に間違いなかった。どういうことかと訊ねようとして、声が出せないことに気づいた。全身は鉛のように重く、その場から一歩も動けなかった。

(命令だ、桜井。戻ってこい)
(桜井さん、早く帰ってきてくださいよ)

 上司である高梨と後輩の山崎の声が降ってきた。

 無理だよ、俺は死んだから。 

(おまえは生かされた。死神の手足となって動くために)

 それは、今まで聞いたことがない男の声だった。姿形はわからないが、声だけで全身が震える位、威圧された。

(光を受け入れろ。そして我々と共に地獄に堕ちろ)

 射し込んだ光は徐々に増していき、やがて飲み込まれた。目を開けることが叶わず、このまま光に焼かれて消えてしまうのではないかと思ったときだった。

「……オ、ナオ……!?」
 マキが桜井を呼ぶ声が、はっきり聞こえた。

 まさか、生きてる、のか?

 自覚してすぐ、桜井は目を見開いた。
「よかった、やっと起きた。ドクター、ナオが、ナオが目を覚ましたよぉ!?」
 まず目に飛び込んできたのは、心配そうなマキの顔だった。長い間眠っていたのか、頭の芯がぼやけているように感じられた。
「気分はどう? 僕のこと、わかる?」
 声を出そうとしたが、喉がカラカラに乾いてうまく言葉にならない。体を動かそうとすると、あちこちが痛み出し、苦痛に顔を歪めてしまった。
「あんまり動いちゃダメだよ。丸三日意識が戻らなかったんだから」
「少年その二、まず水を飲ませてやれ」
 そこに白衣を着た強面の男がやってきた。
「その呼び方やめてよ、ドクター。僕はマキだって何度も言ってんじゃん」
「呼び方なんかどうでもいいだろ。早く飲ませてやれ」
 マキがドクターと呼ぶことからして、男は医者なのだろうが、どう見てもその筋の人間にしか見えない。顔に刻まれた皺と醸し出す空気からして、五十代位だろうか。
 医者の男が酸素マスクを外すと同時に、マキが吸い飲みを口に当ててくれた。一口、二口と飲んで、桜井はようやく生きていることを実感する。
「こ、こは……?」
 久しぶりに声を発したせいか、言葉がぎこちない。それでも、桜井が声を発したことで、二人は安堵の表情に変わる。
「すんごい山奥にある診療所だよ」
「山奥を強調しすぎだぞ、少年二」
「だーかーら、僕はマキだってば」
「俺から見たら、おまえらはガキなんだよ」
 拗ねてはいるが、マキは医者に気を許しているようだった。
「ここにいる限り、兄ちゃんの安全は保障される。ゆっくり養生しろよ」
 一般にイメージする診療所と違い、やけに広い病室である。診療所は外来診療とすることが多いが、定義として、十九人以下の患者を入院させる施設があるところも含まれている。ここはそれに当たるのだろう。白を貴重としたゆったりとした空間は、ホテルの一室のようだった。
「……か、のじょ、は?」
 桜井が庇ったので銃弾を受けていないはずだが、自分が知る限り、桜は意識が朦朧として、様子がおかしかった。
「頭を強く打って様子見で入院してたけど、今日退院だって」
 無事の知らせを聞いて、桜井は胸をなで下ろしたが、側にいた医者は不服そうだった。
「その彼女とやらより、兄ちゃんの方がヤバかったんだぜ。少年が消防の要請を通さずドクターヘリを呼んで、ウチに運んだからなんとかなったが、そうじゃなきゃ死んでたぞ」
 少年その二がマキならば、少年はレイのことだろうか。桜井のことも初対面なのに「兄ちゃん」と呼んできた。かなり個性的な人物のようである。
「そうだ、ナオのこと、レイに知らせてこよっと」
 そう言って、マキは部屋を出て行く。姿が見えなくなると、医者は神妙な顔つきになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...